循環型社会形成推進基本法案に対する意見書

2000(平成12)年4月28日
日本弁護士連合会


意見の趣旨

現在、国会で審議されている「循環型社会形成推進基本法案」は、一部、拡大生産者責任の原則(EPRの原則)を導入しているものの、その対象となる製品について、個別法により指定して処理をする構造となっているなど、現下の社会環境に見合った実効性の点で不十分なものとなっているので、以下のとおり要望する。


  1. すべての製品廃棄物について生産者の引取義務を原則とするなど、包括的基本法としての性格を強化すること。
  2. 廃棄物処理関係の法規との総合化により、生産から最終処分までの体系的な規制により、実効をあげるよう改善すること。 その中で、緊喫の課題である水道水源保護地域での廃棄物処理施設の立地・操業の規制を立法化すること。
  3. 資源循環型社会を実現する過程での情報公開と国民参加の原則を明定すること。

意見の理由

1.大量生産、大量消費、大量廃棄型社会は、廃棄物処分場の逼迫や環境汚染問題を引き起こしていると同時に、貴重な資源の浪費によって将来世代の生活基盤を危機にさらしている。わが国の永続的発展のために、大量生産、大量消費、大量廃棄型社会から決別し、21世紀における永続的発展を可能にする資源循環型社会を築く必要があり、その基本法として循環型社会基本法を制定することが緊急かつ優先的な政策課題であることは、衆目の一致するところである。


2.ところで、持続的に発展可能な社会の構築は環境基本法においてもうたわれている。


また、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)では、廃棄物の適正処理がうたわれ、再生資源の利用の促進に関する法律(再生資源利用促進法)、容器包装に係る分別収集及び再商品化の促進に関する法律(容器包装リサイクル法)、特定家庭用機器再商品化法(家電リサイクル法)などの個別リサイクル法においては、リサイクルの促進が進められてきた。


それにもかかわらず、現在、循環型社会基本法の制定が求められている理由は、官庁の縦割り行政に対応した廃棄物処理法や個別リサイクル法によっては、逼迫した廃棄物処理場では対処ができなくなっているという短期的な問題だけではなく、そもそも、21世紀において、これまでのような大量生産、大量消費、大量廃棄を続けていけば、資源が枯渇し企業の生産活動に重大な支障が生じるおそれがあるという資源問題と、大量の廃棄物処理が水源地汚染や大気汚染など重大な環境汚染を引き起こし、その影響が生態系にまで及ぶおそれがあるという環境問題が重なって、将来世代の人類の生存を脅かすまでになってきているという認識が広がってきているからにほかならない。


3. 環境基本法に基づく環境基本計画の廃棄物・リサイクル対策において、「第1に、廃棄物の発生抑制、第2に、使用済製品の再使用、そして第3に、回収されたものを原材料として利用するリサイクルを行い、それが技術的な困難性、環境への負荷の程度等の観点から適切でない場合、環境保全対策に万全を期しつつ、エネルギーとしての利用を推進する。最後に、発生した廃棄物について適正な処理を行うこととする」とされ、廃棄物対策についての優先順位が定められている。


しかし、この間、環境基本法を実現するための具体的計画は策定されず、廃棄物についての優先順位は具体的な政策として実現されてこなかった。


他方、廃棄物処理法の相次ぐ改正によって、廃棄物処理における規制は近年次第に進んできた。しかし、その一方で、不法投棄や不適正処理の問題が後を絶たず発生し、最終処分場や焼却施設からの深刻な環境汚染が各地で顕在化している。各地で住民運動が発生し、水源地における最終処分場や焼却施設の新規建設は非常に難しくなっている。


しかし、そのことがわが国全体としての廃棄物の減量化や社会生産構造の大転換につながっていない。


2000年(平成12年)4月1日から完全施行を迎えた容器包装リサイクル法は、容器や包装物の回収・リサイクルに要する費用のほとんどが市町村の負担とされ、事業者は市町村が収集・保管などの責務を果たした後に引取・再商品化義務を負うことになっている。しかし、最も費用のかかる分別・回収の部分が市町村の負担とされていることは、拡大生産者責任の原則からすれば当然これらの費用を負担すべき生産者に負担がかからず、市町村が税金でこれらの費用を負担していることにほかならず、生産者の責任が軽減され、その結果、生産者が設計・製造段階からゴミとならない製品を作るインセンティブ(動機づけ)として機能しない弊害が指摘されてきた。


容器包装リサイクル法における拡大生産者責任の不徹底は、生産者に対して、廃棄物の発生抑制やリユース(再使用)、リサイクル可能な商品開発へのインセンティブとして働かないというだけではなく、かえって、リユースができるビンの使用が減少し、使い捨てのぺットボトルの使用を増大させる結果となるなど、資源循環型社会の実現とは矛盾した現象が生じている。


4. それでは、わが国の法制度のどこに問題があるのだろうか。


製品の原材料、設計、製造方法、包装などを最も良く知り、これを決定できる立場にあるのは生産者である。生産者は、長寿命の製品を開発し、生産に際して、再生資源を使用し、使用後の処理の過程で有害物質が生じる旨を製品に表示し、あるいは包装を簡易化することを、他の誰よりも容易にできる立場にある。また、生産者に対して、不要物を引取らせ、再使用やリサイクルを行う責任を負わせることにより、生産者は、自らの費用負担を軽減するため、再使用やリサイクルしやすい製品の開発に積極的に取り組まざるを得なくなる。


生産者が廃棄物の発生に対して有している決定的で重要な影響力に着目し、生産者の法的責任をあらゆる製品廃棄物の廃棄の段階まで拡大し、使用済み製品廃棄物の引取義務などを定めることによって、資源循環型社会を構築し、持続的発展をしていくという構想が、ドイツ連邦共和国をはじめとするヨーロッパ諸国で普遍的なものとなりつつある。


世界で最も早く拡大生産者責任を取り入れた循環経済・廃棄物法を制定したドイツでは、2020年には廃棄物のない社会を実現することを目標としているとも聞く。


当連合会は、1999年(平成11年)10月14日に開催された第42回人権擁護大会シンポジウム第3分科会において、「資源循環型社会をはばむものは何か-あるべき生産者責任の確立を-」という基調報告書を作成して、わが国の施策の現状分析とあるべき拡大生産者責任のあり方を論じ、翌10月15日に開催された第42回人権擁護大会では、「資源循環型社会の実現に向けて生産者責任の確立等を求める決議」を採択して、以下の提言を行った。


  1. 長寿命製品の開発、再生資源の使用、不要物の引き取り、再使用・リサイクルの実施、使用後の処理の過程で有害物質が生じる旨の表示、有害性が著しい場合の生産・使用の禁止など、生産者の責任を確立すること。

  2. 生産者責任の原則を確立するため、市民が製品情報、廃棄物の発生抑制策、計画などについて知り、施策の立案、実施に参画する権利を保障すること。
  3. 地方公共団体が、生産者責任の原則に基づいて、廃棄物の発生抑制策などを推進するため、地域の実情を踏まえて施策を決定し、条例を制定する権限を保障すること。

当連合会は、真剣に資源循環型社会を構築するには、前記のような拡大生産者責任の原則が盛り込まれた「循環型社会基本法」を制定しなければ、拡大生産者責任の原則を法制化した諸外国に大きく遅れることになるのみか、わが国において直面することになる21世紀の資源問題や環境問題を解決し、持続的発展をしていくことも大きな困難に逢着せざるを得なくなると考える。


5. 政府提出の「循環型社会形成推進基本法案」の問題点


これは、理念法として、従来の考えをさらに一歩踏み出したものである点は評価できるとしても、前記のような拡大生産者責任の原則を十分に取り入れておらず、すべての製品廃棄物について生産者に引取義務を課すといった拡大生産者責任の骨格をなすシステムが取り入れられていない。


  1. 廃棄物の定義においてすら、第2条第2項一で、廃棄物処理法の定義をそのまま引きずっており、ドイツの循環経済・廃棄物法のように「占有者が廃棄し、廃棄しようとし、又は廃棄しなければならないすべての動産をいう」といった循環型社会の基本法に相応しい定義の見直しすら行われていない。
  2. 政府提出の「循環型社会形成推進基本法案」の基本的理念は、国、地方公共団体、事業者、国民の責務が責任分担論に立って規定されており、拡大生産者責任の原則に則って強化されなければならないはずの事業者(生産者)の責任は軽減され、従前どおり、税金や国民の負担による製品廃棄物の分別・回収の存続が許されるものとなっており、実質的には、拡大生産者責任の原則は骨抜きのものとなっている。
  3. 第2条第7項において、「熱回収」に絞りをかけておらず、廃棄物の燃焼に伴うダイオキシン類発生の抑制の観点から燃焼による廃棄物処理を抑制すべき施策も規定されておらず、「熱回収」を名目にした焼却による廃棄物処理に途を開く問題のある定義となっている。

6. 包括的基本法としての提言


  1. 資源循環型社会を、単なる製品廃棄物の物質循環としてだけとらえるのであれば、それは大量リサイクル社会の言い換えでしかない。現在、わが国に必要とされている循環型社会の構築のための基本法は、大量リサイクル社会や大量焼却主義の抜け道を許すような法律であってはならず、真に21世紀の持続的発展の実現を可能とすることのできる包括的基本法として制定されなければならないと考える。それは、製品の製造から流通・消費・廃棄のすべての段階を対象にした包括的基本法でなければならない。
    それには、少なくとも、すべての製品廃棄物について生産者の引取義務を定めるなど、いわゆる拡大生産者責任の原則(EPRの原則)に立った包括的な基本法として制定されなければならない。
  2. 廃棄物処理施設の立地・操業についても、全国の水道水源保護地域をゾーニングして、そこでの立地を規制し、それ以外の場所で廃棄物処理業者が施設の計画を立てられるように、基本法の中でその理念を明らかにすべきである。
    処理業者にとって立地ができない場所をあらかじめ除外しておくことは、地域住民だけではなく、事業者にとっても無駄な労力を未然に防ぐことができる点で利益であり、資源循環型社会の下流分野における重要な問題の一つにほかならない。
  3. 最も重要な点は、資源循環型社会を実現するための具体的施策を立案し、運用していくそれぞれの段階において、国民参加と情報公開に関する国民の権利を定めることである。国民にとって必要なことは、責務の規定ではなく、権利の規定である。

7. 循環型社会を構築するための基本法は、21世紀におけるわが国の生産構造・社会構造の転換にも結びつく重要な法律であり、一旦、制定された基本法を改正することは極めて困難となるので、循環型社会形成推進基本法の制定については、少なくとも、前記の意見の趣旨を取り入れた法律として制定されるように意見を述べるものである。


以上