司法改革実現に向けての基本的提言

1999(平成11)年11月19日
日本弁護士連合会


第1 司法の全体像―市民の司法

日弁連は1990年以来、3度にわたり司法改革宣言を発表し、市民に身近で利用しやすい司法を実現するための努力を続けてきた。昨年11月には「司法改革ビジョン」を公表して国民各層に広く意見を求め、これを集約し検討した。司法制度改革審議会における審議が開始されたこの時期に、その結果をもふまえ、日弁連が追求する司法の全体像を「市民の司法」としてここに提示し、司法改革の諸課題について、その実現のための基本的方針を明らかにしようとするものである。


わが国は、長年にわたって官僚主導により政治、経済、社会が動かされてきた。この体制は、戦後のわが国に目覚ましい経済発展をもたらしたが、その一方で様々な社会的矛盾を生じさせ、これが今日、不透明なルール、不合理な規制、政財官の癒着、情報隠しとなってあらわれ、市民の生活に重大な影響をもたらしている。


今、わが国では、この体制の転換が求められている。これに応じて、司法のあり方もまた改められなければならない。この改革の基本的枠組みは、「市民による司法」を実現することである。そのために、「市民のための司法制度」の内容を整備し充実させていくことが重要である。「市民のための司法制度」を充実し、司法に市民が参加するという基盤ができるとき、司法ははじめて市民にとって頼りがいのあるものになる。これが「市民の司法」の実現である。


日弁連は、「官僚司法」から「市民による司法」への根本的な転換をはかるため、法曹一元制度と陪・参審制度の実現を求めるものである。


第2「市民による司法」制度の実現

1.法曹一元制度の導入

日弁連が提唱する法曹一元制度は、市民も加わった裁判官推薦委員会が、社会経験豊かな弁護士を中心とする法律家の中から最も適切と考える人を裁判官として選任しようとする制度であって、「市民による司法」実現の要である。


法曹一元裁判官は市民感覚に富んだ資質が求められるのであり、その意味で「市民の裁判官」である。裁判官は当事者の訴えに耳を傾け、その判断が市民を納得させるものであってこそ、司法は広く市民の信頼を得ることができるのである。


また、三権分立のもとで司法権の独立を真にわが国の司法において実現するには、裁判官もまた市民の信任に立脚すべきであり、それ故に任命権者としての行政権とは一歩離れたところで裁判官を選ぶシステムが何よりも求められる。


「市民の裁判官」は、憲法76条で要求されている裁判官の良心と独立を真の意味で備えたものでなければならない。このような裁判官像は、キャリアシステム(官僚裁判官制度)とは相容れない。司法の階層秩序の中で経験年数と成績によって地位や処遇が変わっていく現在の裁判官制度にあっては、裁判官の独立を実質的に確保するのは困難である。


わが国のキャリアシステムは、判決の内容や裁判の運営を市民感覚からかけ離れたものにしてきた。この弊害を除去するために、市民が裁判官の選任に参加する法曹一元制度の導入が不可欠である。


2.陪審制度の導入

陪審制度は、市民が裁判の重要な部分である事実認定を専権的に担当する制度であり、参審制度は市民が裁判官とともに裁判を行う制度であって、ともに「市民による司法」の一形態である。これによって文字どおり、市民が参加した、市民に身近な裁判が実現する。具体的には、まず刑事重罪事件について陪審制を導入し、さらに刑事軽罪事件への陪・参審制、国や自治体に対する損害賠償請求など一定の民事事件に陪・参審、少年事件に参審制の導入を検討する。


「市民による司法」は、陪・参審制度が、裁判官の選任に市民の声が反映される法曹一元制度と組み合わされることによって、最も効果的に機能することができるものである。


第3 「市民のための司法」制度の整備

1.裁判官、検察官の増員と司法予算(裁判所予算・法務省予算)の大幅な増額

「市民の司法」の実現のためには、「市民のための司法」制度の内容を整備・充実させることが肝要であり、そのためには、裁判官、検察官の増員と国の司法予算を大幅に増額しなければならない。「市民による司法」制度としての法曹一元制度と陪・参審制度の導入を視野に入れ、その裏打ちともなる人的インフラ整備のためにも、その必要性は一層明白である。


2.法律扶助制度の抜本的改革

この課題は、市民がアクセスしやすい司法制度の基礎をなすものとして重要である。国庫補助金を大幅に増額し、中間所得層までを対象に含め、原則「給付制」を採用し、また相談登録弁護士制度を設置する必要がある。


3.国費による被疑者弁護制度の実現

被疑者の権利擁護と冤罪被害防止のために、この制度の早急な実現が求められる。また、制度実現までの措置として、10年近くの実績をもつ当番弁護士活動への国の資金負担を民事法律扶助と並行して進めるべきである。


4.公設事務所の設置と法律相談センターの拡充
弁護士過疎地域における弁護士へのアクセスが不十分であること及びクレサ

ラ事件・少額事件・行政事件など、市民が必要とする特定の領域において弁護士が不足しているという2つの面における「過疎」の解消が急務である。市民が全国どこでも法律相談など良質の法的サービスを受けうる体制を1日も早く確立しなければならない。また、国費による被疑者弁護・法律扶助など公益的活動への対応体制が必要とされている。このために、公的資金の導入をも視野に入れ、弁護士会主体の法律相談センターの拡充と公設事務所の設置が不可欠である。


5.行政に対する司法審査の充実、強化

市民が強大な国家権力等を相手に権利救済を実現しようとするとき、現行の法制度は諸外国と比べて市民にとって極めて不十分である。わが国では、行政事件における市民サイドの勝訴率は異常に低く、この現状では司法が行政に対するチェック機能を果たしているとはいい難い。「法の支配」による救済を実効あるものとするために、行政事件訴訟法を改正し、行政手続法の適用範囲を抜本的に広げるとともに、裁判官と訟務検事の人事交流の廃止等が検討されなければならない。もとより、行政事件に関する弁護士研修の充実に一層の努力をする。


第4 弁護士・弁護士会の自己改革プログラム

弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現のために、弁護士自治によって国家権力から独立して職務を遂行することが保障されている。この弁護士自治は、市民から負託されたものであり、その基盤は市民の信頼と支持にある。


市民からの信頼と支持は、われわれが目指す法曹一元にとっても不可欠である。われわれは、その公共的使命を自覚し、公益的活動を一層強化しなければならない。


日弁連は1990年の「司法改革宣言」以来、この市民の負託に応えるべく、弁護士過疎地域を含む各地の法律相談センターの開設、当番弁護士制度の全国展開、法律扶助事業の拡大等のさまざまな努力を重ねてきた。


日弁連は、これまで、子ども、女性、高齢者、障害者、外国人、消費者、勤労者、中小企業者など社会的に弱い立場にある人たちの人権を守るために地道な活動を重ねてきたが、さらに、「市民による司法」,「市民のための司法」を実現するために、弁護士・弁護士会がその使命を自覚し、市民により身近で利用しやすく、良質な法的サービスを市民に提供するよう、これまで以上の努力をしなければならない。弁護士は、公正なルールにより法と正義に基づいた紛争の処理解決と予防などが求められている今日、社会のあらゆる分野において、積極的にその責務を全うするよう努める。


このため日弁連は、弁護士・弁護士会の自己改革として以下の課題の実現に努める。


1.弁護士人口の増加

市民が要望する良質な法的サービスの提供と法曹一元制度を実施するためには、弁護士の人口が相当数必要であり、法律扶助制度の改革、国費による被疑者弁護、公設事務所の設置、法律相談センターの拡充、裁判外紛争処理機関(A.D.R)への関与など、より多くの弁護士が積極的に公益的事業活動に参加することが必要となる。また、法の支配を社会のすみずみまで貫徹させる観点からも、弁護士が前記のとおり社会のあらゆる分野と地域に進出することは極めて重要である。このような見地から、日弁連は国民が必要とする弁護士の増加と質の確保を実現する。


2.法律事務独占に伴う責務

弁護士に法律事務の独占が認められているのは、市民に対し等しく良質な法的サービスを提供し、その権利を正しく守り紛争を公正に処理解決するためである。日弁連はその責務を果たすため、弁護士人口の増加に加え、次の取り組みを推進する。


弁護士過疎地域を中心とする地域等において、弁護士に対する法的アクセスが不十分であったことは否定できない。日弁連は、今後計画的に法律相談センター・公設事務所の全国的展開、当番弁護士制度の拡充、法律扶助の充実強化ならびに公益的責務についての弁護士の意識改革等により、弁護士の提供するサービスが不充分であった分野や地域においても、市民のニーズに応えるため全力を挙げる。


また、知的財産権に係る紛争や税務訴訟等の専門分野について、研修制度の充実や業務広告制度の見直し、会員情報の開示等を通じて、これらの業務を担う弁護士の質及び量の確保に努める。さらに、市民に対する法的サービスをより充実したものにするため、関連資格者との業際分野における協力関係について検討し、これを推進する。


3.法曹養成制度の改革

「法の支配」が徹底される社会の実現をはかるとともに「市民の司法」の実現を展望するとき、それにふさわしい法曹養成制度を構築する必要がある。


現行修習制度は、戦後、法曹三者の統一養成制度として大きな役割を果たしてきた。しかるに現在、法曹に求められるものが多様化、高度化、国際化していることから、現行試験制度や修習制度に寄せられている批判については耳を傾けるべきものがある。


法曹一元を展望するとき、弁護士養成制度に徹した法曹養成制度を目指さなければならないが、そのために大学関係者とも協議しつつ、その養成に積極的に取り組む。


それまでの間にあっては、現在の司法研修所の運営への弁護士会の主体的参加と研修弁護士制度の確立を目指すとともに、弁護士研修による弁護士の資質の向上に一層の努力を惜しまない。


4.弁護士倫理の確立

日弁連は、市民の利益を擁護するための弁護士自治を強固にし、法曹一元制をはじめとする司法改革を実現するために、弁護士会の自浄能力に対する市民の信頼を確保することに一層努力する。弁護士会は、弁護士の資質と業務能力の向上をはかることはもとより、市民からの意見の収集などを通じ、会員へ適切な助言・指導の積極化をはかるとともに、綱紀・懲戒事案の一層の迅速適切な処理と弁護士倫理のさらなる確立に努める。