国際人権(自由権)規約委員会の勧告を実施する応急措置法案要綱

1999(平成11)年12月17日
日本弁護士連合会


第一 本応急措置法案要綱提案の趣旨

現在の行刑には、規律秩序の優先、被収容者の人権保障の欠如等改善すべき問題が数多くある。


監獄法の改正が急がれ、日弁連も刑事処遇法案を提起している。


法務省は「刑事施設法案」に固執しているが、この法案は現状追認が主であり抜本的改善が望めない。


我が国は国際人権(自由権)規約を批准し、その実施は条約上の義務である。


1998年の審査で指摘された問題点は、日弁連が改正を求めている内容と一致しており、条約上の義務を果たすために緊急に改善することが求められている。


本来抜本的改正を求めるものであるが、当面、緊急にこれらの内容が実施されねばならない。


よって、本法律案要綱を提案し、国会において成立することを期待するものである。


第二 要綱

第三者機関の設置
  1. 被収容者の人権と適正な処遇を確保し、刑事施設の公正な運営を図るため、第三者機関-刑務審査会(注1)を設置する。
  2. 刑務審査会は裁判官、検察官、弁護士、学識経験者、地域住民の代表等から構成し、各都道府県に少なくとも一つおく。
  3. 刑務審査会は、次の事項について、調査し(注2)、意見を述べ、または勧告することができる。
    1. 被収容者からの苦情の申出にかかる事項
    2. 被収容者の処遇に関する事項
    3. 被収容者が死亡または、行方不明となり、その他重篤な疾病および傷害にかかったときにその原因の調査に関する事項
    4. その他刑事施設の運営に関する事項

  4. 勧告を受けた刑事施設は、刑務審査会に対して、その実施状況を遅滞なく報告しなければならない。

死刑確定者の処遇の改善
  1. 死刑確定者の処遇は、人道的且つ人間としての尊厳を尊重して行わなければならない。
  2. 死刑確定者の面会及び通信は(注3)、被勾留者の場合に準じて行う。
  3. 親族及び弁護人に対して死刑確定者の執行の事前告知(注4)を行わなければならない。

受刑者処遇の改善
  1. 受刑者の処遇は一般社会と近似した環境で人間の尊厳を満たし、適正な生活条件を充足した内容でなければならない。
  2. 遵守事項として定めることの出来る事項と懲罰の対象となる行為を明確に分離する(注5)
  3. 懲罰に該当する行為は軽微な違反行為を除外し、また懲罰の種類・内容は緩和するなど本法において懲罰要件を明確且つ限定して定める(注6)
  4. 懲罰手続は、被収容者の弁明や防御権を保障した内容を本法に規定する(注7)
  5. 保護房(室)の使用に関する要件、使用方法(注8)を本法に規定する。
  6. 厳正独居処遇(隔離収容)についてその決定や継続の手続(注9)を明確にし本法に規定する。
  7. 革手錠の使用など残酷で非人間的取扱いの禁止を明定する。

代用監獄の廃止

代用監獄を可及的速やかに廃止することとし、そのために必要な措置を講じる(注10)


注1
刑務審査会は、日弁連年来の構想で刑事処遇法案も引きついでいる。2項の都道府県の組織とともに、中央の統轄組織も予定している。いずれも法務省組織から独立した行政機関である。


注2
調査は、被収容者との立会なしの面接、刑事施設が保有する記録・資料の閲覧・謄写や施設職員から報告を徴することも含まれる。


注3
通信には、信書のほか電話、ファクシミリも考えられてよいし、面会・通信の相手方が限定されてはならない。


注4
告知の内容は執行の日時・場所であるが、告知方法及び告知の時期は省令に委ねてよい。但し、告知の時期は1週間前以上とする。


注5
現行法に規定がない。可能な限り両者を法に規定する。


注6
懲罰の要件が現行法に規定がない上、職員の職務上の指示に対する釈明・抗弁までも懲罰事由とし、厳罰に処するなどの運用を改める。


注7
懲罰手続も現行法は規定していない。補佐人選任権や反対証拠の提出権、違反事実や決定の文書化などが求められる。


注8
保護房に関しては、現行法に一切規定がない。


注9
厳正独居に関しても、上記同様。


注10
措置には、存続期間の明示、その間の収容者の限定、管理方法の改善、関係機関の協議が考えられる。拘置所の増設は急務である。


なお、以上の要綱並びに注の内容は、日弁連刑事処遇法案の内容及び解説を基本的モデルとしている。


第三 要綱の提案理由-現状と国際人権(自由権)規約委員会の勧告

本要綱案は、国際人権(自由権)規約委員会が繰り返し勧告してきた、日本の刑事施設と処遇に関し、緊急に改善、改革が急がれる4点に絞って提案している。以下、その提案理由の要点のみ記す。


第三者機関の設置

国際人権(自由権)規約委員会の最終見解は、「受刑者による不服申立について調査するための信頼できるシステムの欠如」を深く懸念する事項として指摘した(27・e)。クレッツマー委員が「救済手段の欠如について…申し立ては監獄業務の外側にあるはずです。」(日本の人権・21世紀への課題145p)と質問したのに対して、藤田法務省矯正局総務課長は「受刑者はその処遇について様々な方法で不服を申し立てることができる。…第一に所長面接…第二に巡閲官への不服申し出…第三に告訴告発…第四に民事訴訟…」(前掲180p)と答えたが、前記の最終見解が出された。


所謂「第三者委員会」の制度化は、行刑施設における人権状況の改善のため、緊急かつ重要な課題である。現在の行刑は余りにも密室化しており、風通しのよい開かれた行刑にする必要がある。そこで、刑事処遇法案に沿う刑務審査会が早急に設置される必要がある。刑事処遇法案では、同審査会の設置について、全12条の詳細な規定を置いている。要綱には、設置されるべき刑務審査会の構成と目的を掲げて、その大要を示すこととした。


死刑確定者の処遇の改善

行刑当局は1960年代はじめ頃まで死刑が確定した者については、刑事被告人と同様、原則として誰とでも面会・通信することを認めていた。また、死刑確定者と他の被収容者の交流も認めていた。ところが、1963年(昭和38年)の矯正局長通達によってこのような取扱いは大幅に制限され、現在では近親者や再審事件の依頼を受けている弁護士など、ごく限られた範囲の者にしか面会・通信が認められない。


また、死刑の執行にあたって、その事実は執行の約1時間前に本人に告知されるのみで、家族にも弁護士にも一切明らかにされない。そのため、死刑確定者は家族や友人に最後のことばを残す余裕すらない。


このように日本では死刑確定者に対して人道にも反する非人間的な処遇が行われている。


国際人権(自由権)規約委員会はこれまでの日本政府に死刑確定者の処遇を改善するよう勧告してきたのみならず、今回の最終見解において次のとおり勧告した。


21項 死刑囚の処遇等

「委員会は、死刑確定者の拘禁状態に深刻な懸念を有し続けている。特に、委員会は、訪問や通信の過度の制限、死刑確定者の家族や弁護人への執行の事前告知がなされていないことは規約に違反すると理解している。委員会は、死刑確定者の拘禁状態を規約の第7条、10条1項に沿って人道的に改善することを勧告する。」


したがって、少なくとも前記の法的措置を講ずることにより、死刑確定者の処遇について応急の改善をはかるべきである


受刑者処遇の改善

日本の行刑に欠如している最大の問題点は、受刑者を人間としての尊厳を尊重して処遇することである。現状では、懲罰の要件、手続は監獄法で規定されず、また、懲罰の内容が過酷であり、過剰な規律秩序維持主義のもとで、各施設ごとの「所内生活の心得」により1日24時間被収容者の行動が規制され、ささいな遵守事項や職員の指示違反を理由にした懲罰事案が頻発し、一層被収容者の不満、無用な反抗を招いている。


懲罰手続の実態としては、所内において所長以下管理職で構成する「懲罰審査会」というものが組織されて、本人に被疑事実を、口頭で告知し、その弁解を聞き、調書をとり、また指導教育課長が本人に代わって弁明をしている。しかしあくまで任意的手続であり、本人の弁解が聞き入れられることはまずなく、証拠の申請も補佐人の出席も認めず、このように第三者の関与なく実施されている。しかも明確な不服申立制度もない。


規律秩序維持のための処遇として、保護房収容(監獄法に規定がなく、所長の裁量で実施されている)、厳正独居拘禁(監獄法施行規則47条)が事実上懲罰の作用をはたしていることも裁判で争われ、大きな問題となっている。非人間的な戒具の使用も同様である。


これに対し、国際人権(自由権)規約委員会の最終見解は、「27 委員会は、規約2条3項(a)、同7条、及び同10条の適用について深刻な問題が生じている日本の刑務所制度の諸側面に関し、深い懸念を抱いている。特に、委員会は以下の事項について懸念を有している。


  1. 受刑者が自由に話をしたり、周囲と親交を持つ権利、プライバシーの権利等を含む基本的な権利を制限する苛酷な所内規則
  2. 厳正独居の頻繁な使用を含む苛酷な懲罰手段の使用
  3. 規則違反を犯したとされる受刑者に対する懲罰を決定するについて、公正で開かれた手続の欠如
  4. 残酷で非人間的な取扱いと考えられる革手錠のような保護手段の多用

と指摘した。したがって、要綱は最少限度の対応である。なお、さらにその細目はすでに用意してあることを付言しておく。


代用監獄の廃止

代用監獄については、国際人権(自由権)規約委員会の平成5年の審査において次のようにコメントされていた。


「当委員会は、規約第9条、第10条及び第14条に規定される保障が、次の点において完全に守られていないことに懸念を有している。すなわち、公判前の勾留が捜査活動上必要とされる場合以外においても行われていること、勾留が迅速かつ効果的に裁判所の管理下に置かれることなく、警察の管理下に委ねられていること、取調べはほとんどの場合に被勾留者の弁護人の立会いのもとでなされておらず、取調べの時間を制限する規定が存在しないこと、そして代用監獄制度が警察と別個の官庁の管理下にないこと、である。


さらに、弁護人は、弁護を可能とする警察記録にあるすべての関係資料にアクセスする権利を有していない。」


日本政府が今回提出した報告書では、代用監獄制度は適切に運用されており、被留置者の人権は十分に保障されている、としている。


しかし、国際人権(自由権)規約委員会の最終見解のうち代用監獄部分は次のとおりである。


「委員会は、取調べをしない警察の部署の管理下にあるとはいえ、『代用監獄』が別の機関の管理下にないことに懸念を有する。このことは規約9条及び14条に定められている被拘禁者の権利が侵害される可能性を大きくしかねない。委員会は「代用監獄」制度を規約の要求をすべて満たすものにすべきであるとした第3回定期報告書の審査後の勧告を再度表明する。」


以上の経過からみれば、日本の現行の代用監獄が世界人権規約の基準に適合していないことが明らかである。そこで、代用監獄を可及的速やかに廃止することとし、このために必要な措置をとる必要がある。日弁連は今世紀中の廃止を求めて来たが、この点に関する限り現時点では多少のずれはやむを得ないであろう。しかし代用監獄を廃止するためには拘置所の増設が必要になることは明白であるから、直ちに着手する必要がある。