オウム真理教に対する破防法棄却決定の検討報告書
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1999(平成11)年12月
日本弁護士連合会
はじめに
日弁連は、1952年(昭和27年)破防法制定当時から今日に至るまで、破防法が基本的人権を侵害する等憲法上の疑義があることを指摘し、深い関心を払い、1996年(平成8年)5月24日開催の第47回定期総会において「破壊活動防止法による団体規制に反対する決議」を行い、同決議において「当連合会は、今後とも憲法の下における破防法の問題について、さらに調査・研究を重ね、その成果を世論に提起し、必要な対策を講ずる」と表明し、これに基づき人権擁護委員会は同年9月、破防法問題調査研究委員会を設置し、現在まで調査研究活動を続けてきた。
当調査研究委員会は、破防法制定の経過、破防法の憲法適合性等破防法全般及びいわゆるオウム真理教に対する今回の処分請求並びにこれに対する公安審査委員会の決定につき、入手しうる限りの審理手続調書、同証拠等、さらに関係文献、研究者及び被請求団体代理人等からの意見聴取などにより、調査・研究を行ってきたが、当調査報告書は、前記公安審査委員会の1997年(平成9年)1月31日付決定を中心に、破防法全般に関する問題点についてまとめたものである。
第1 主な論点
当報告書で取り上げた主な論点は、以下のとおりである。
- 破防法自体の憲法適合性について
- 破防法の審査手続の合憲性について
- 破防法の審査手続の構造
- 本件審査手続の合憲性、合法性について
- 本件処分請求の適法性につい
- 本件調査書の特異性と証拠能力について
- 公安審査委員会の認定について
- 認定その1(本団体の沿革、構成、政治上の主義等)について
- 認定その2(本団体の暴力主義的破壊活動)について
- 認定その3(本団体の将来の危険性)について
- 請求棄却の結論について
- 公安調査庁のあり方について
第2 破防法自体の憲法適合性についての要旨
- 破防法は、「暴力主義的破壊活動」規制するために刑罰的規制と団体規制を規定している。
- 刑罰的規制については、「暴力主義的破壊活動」の概念は極めて広範であり、明確性に欠け、内乱等のせん動、その実行の正当性を主張した文書等の印刷、頒布・掲示等を処罰の対象としたことは、罪刑法定主義違反、表現の自由等を侵害する疑いが強い。
- 団体規制について。
- 団体性の要件については、恣意的な認定をされるおそれが極めて強い。
- 「暴力主義的破壊活動」の要件については、4条1項1号のいわゆる政治犯の本犯の実行行為のみならず、教唆、せん動にも及び、また、同項2号のいわゆる自然犯については「政治上の主義」等による絞りをかけてはいるものの、その絞り自体が不明確であり、また、いずれも未遂、教唆、せん動を行った団体についても対象とするものであり、結社の自由を侵害するおそれが強い。
- 将来の危険性の要件については、危険の蓋然性があれば足りると解され、言論・表現・結社の自由を制限する上で要求される「明白かつ現在の危険」の存在の原則に反する。
- 「そのおそれを有効に除去することができないと認められるとき」という補充性の要件については、客観的な基準がなく、恣意的に運用される危険性が極めて強い。
- このように破防法の団体規制は、憲法が保障する、思想・良心の自由、集会・結社・言論・表現の自由、通信の秘密等を侵害するおそれが極めて強い。
第3 破防法の審査手続の合憲性について
1. 破防法の審査手続の構造
破防法は、団体規制を行政処分として行うが、その審査手続は、弁明期日の手続を含む処分請求と狭義の審査手続からなる。公安調査庁長官は、弁明期日の手続を経た上で公安審査委員会に処分請求を行い、公安審査委員会は処分請求の適否、当否につき審理し、却下、認容、棄却の決定を行う。
2. 本件審査手続の合憲性、合法性について
(1) 審査手続(広義)の合憲性について
公安審査委員会が時の権力から独立している保障、同委員会による実質的な聴聞手続の保障、審査手続における予断排除、伝聞証拠排除等の保障、証明力の程度に関する合理的保障、手続の公開の保障、司法的審査による事後の実質的救済の保障について、これらの保障が欠如し、又は形式的に留まり実質的な保障があるとは言えず、憲法31条の保障する適正手続の保障に違反する疑いが強い。
(2) 審査手続(狭義の)合法性について
決定は、書面審理を原則と解し、証拠提出権及び閲覧・謄写権を否定した。決定はそのうえで被請求人団体に証拠提出、閲覧・謄写の機会を与える等の配慮をなしたとする。決定は、審査手続を非公開にした。決定は、証拠については証拠能力の制限はないとし、証明力の程度については、「将来の危険性」を除いて「厳格な証拠に基づく合理的な疑いを入れる余地がない」とするまでの心証までは要求されないとした。しかし、本件審査手続は認容決定がもたらす結果の重大性に鑑みると、審査手続は法律上公開を禁止されているわけではないから公開すべきであり、前記の権利を実質的保障し、証拠能力の有無を審査すべきであったのであり、これらを欠いた本件審査は適正手続の保障に反する。
3. 本件処分請求の適法性について
(1) 弁明期日について
本件処分請求の前提である弁明期日の手続は、被請求団体がその代表者の出席要求をしたにもかかわらず、これを第3回、第4回に限り出席を認めたに留まり、また、公安調査庁が被請求人団体にその意見書提出期限を明示しなかったにもかかわらず、意見書の提出が期限を過ぎていたことを理由として受理しなかったこと、被請求人団体が意見陳述の機会を求めていたにもかかわらず一方的に弁明期日の手続を打ち切ったことにより、被請求団体が個々の証拠に反論し、自己に有利な証拠を提出する機会を奪うなどの違法があった。
(2) 処分請求について
本件における弁明期日の前記の違法は、必ずしも軽微とは言えないが、審査手続において意見の補充及び追加証拠の提出は可能であり、団体代表者は2回出席し、意見を述べたことを考慮すると、処分請求を無効とするまでには至らない。
4. 本件調査書の特異性と証拠能力について
- 本件審査手続における主要証拠のほとんどは、公安調査官作成の調査書である。その内容は、供述者の供述そのものではなく、公安調査官が信徒等から事情聴取した供述の要旨であるか、要旨をまとめた上で公安調査官の認識・判断を述べたものであり、刑事手続における捜査官による捜査報告書に相当する性質の証拠であり、伝聞証拠であることに加えて、さらに調査官の主観的認識・判断が記載されており、真実性、客観性に重大な疑問がある。
- さらに、これらの調査書はいわゆる「白抜き調書」といわれ、供述者の姓名、住所、日時、行為、場所等内容の重要部分の記載箇所が抹消され白抜きになっているため、事実の真偽、当否を調査、反論、反証することが著しく困難になっている。
- また、本件各証拠は、その証拠資料として他の証拠を相互に列挙しており、各証拠が相互に複雑に依存しあっており、認定がどの証拠に基づいているか判断すること及び個々の証拠の証明力を吟味することは事実上不可能な関係になっている。
- 以上のように、本件審査手続における証拠の特異性は、公安調査官作成の証拠には、真実性、客観性の裏付けがなく、かつ、その確認を行うことも事実上不可能に近いことを意味する。このような証拠は本来排除されるべきであり、それにもかかわらず証拠能力の判断を行わずに採用したことは、行政処分とはいえ、証拠主義の原則に実質的に反する。この点は本件決定の致命的な欠陥である。本決定は、極めて危険であり、先例的意義を認めてはならない。
第4 公安審査委員会の認定について
1. 認定その1(本団体の沿革、構成、政治上の主義等)について
- 認定当たって、前記第3、4において指摘した証拠能力に問題がある証拠はこれを排除して認定すべきである。
- 認定に供するに足る証拠に基づけば、本団体の「政治上の主義」を認定するに足る証拠はない。すなわち ,「祭政一致の独裁国家」を樹立するという具体的構想が客観的に存在し、その構想が構成員の共通の認識になって、客観的に同体制樹立の戦略が存在する、等の点はいずれも認定できず、単に麻原の説法等において片言隻句があるにとどまり、破防法でいうところの「政治上の主義」というには至らない。
- 本団体の沿革、構成等については特に異論を述べることはない。
2. 認定その2(本団体の暴力主義的破壊活動-松本サリン事件)について
- 証拠能力については前記1.(1) におけると同様の問題がある。
- 松本サリン事件が起きたこと、同事件が武装化の一環であったと認定したことは、 不当とは言えない。
- 松本サリン事件は裁判の妨害が直接の目的であり、裁判所周辺の住民に被害が及ぶ ことが容易に認識できたとする認定は相当である。
- しかし、これをもって近隣住民を抹殺し政治上の主義を推進する目的であったと認 定するに足る証拠はない。
3. 認定その3(本団体の将来の危険性)について
- 決定の解散指定の要件の解釈については、概ね相当と解する。
- 決定が本団体の将来の危険性について、判断の基準を決定時としながら、決定時以前の危険性を認定するなど不当な点はあるが、結論として、これを消極に解したことは相当である。
4. 請求棄却の結論について
決定が本件請求を棄却したことは、当然であり正当である。本決定に至るまでには相当な圧力が公安審査委員会にあったであろうことは想像に難くないだけに、当然の結論とは言え、圧力に屈することなく棄却決定をなしたことは評価すべきである。
第5 公安調査庁のあり方について
公安調査庁は、その存在自体憲法上の問題があり、また、活動実態も憲法あるいは破防法自体に違反している疑いが強い。
破防法及び公安調査庁の実態を憲法に適合するように破防法の廃止を含めて検討することが必要である。
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