金融審議会第一部会「中間整理(第一次)」に対する意見書

1999(平成11)年7月16日
日本弁護士連合会


1.はじめに

金融審議会は、第一部会「中間整理(第一次)」(以下中間整理と略称)をまとめ、公表した。この中間整理は、今後の金融システムのあり方として効率性と公正性の二つの軸がともに重要だとしながら、その実質は効率性の追求に終始している。


日本弁護士連合会(以下日弁連と略称)は、これまで日本版ビッグバン(金融制度改革)について、消費者保護の観点から提言と意見を取り纏めてきた。日本版ビッグバンと金融機関の利用者の保護については、国会でも問題とされてきており、昨年の金融システム改革法の議決に際し、衆参両院で「いわゆる金融サービス法等の利用者の視点に立った横断的な法制について早急に検討を進めること」等の付帯決議がなされている。


しかし、中間整理は、日弁連の提言や意見・国会の付帯決議とは、全く違う方向でまとめられている。利用者を犠牲にして効率性を追求するようなことは、あってはならない。


本意見書は、中間整理に顕れている問題の深刻さを指摘するために、取り纏めたものである。金融システムは、利用者のためにこそ構築されなくてはならない。そして、金融サービス法は、そのために制定されるべきものである。


(注) 日弁連のこの関係の提言・意見書は次のとおりである。


(1) 日本版ビッグバン(金融制度改革)に伴う消費者保護方策についての提言(1997年6月20日)


(2)日本版ビッグバン(金制度改革)に伴う消費者保護方策についての意見書(1998年3月19日)


(3) 新しい金融の流れに関する懇談会「論点整理」に対する意見書(1999年1月14日)


(1) は、金融サービスの分野において従前発生してきた消費者被害を指摘し、金融制度改革を進める場合には、十分な消費者保護方策が同時に検討されるべきであるとしたうえで、検討に際しては金融サービス分野の消費者被害の実態を十分踏まえ、かつ理想的消費者像ではなくて現実の消費者像を前提とする必要があるとし、消費者保護の方策の水準はグローバル・スタンダードをリードする水準を目指すべきであるとしたものである。


(2)は、日本版ビッグバンが消費者保護方策を後回しにして進められていることを指摘し、金融機関の破綻処理と消費者保護・金融機関の監視体制の深刻な問題を明らかにして、消費者保護のため充実した金融サービス法の早期制定を求めている。


(3) は、金融サービス法検討のための「論点整理」に対して、消費者保護の観点から問題点を指摘したものである。日弁連の上記(1)の提言とは全く逆に、金融サービス法の検討は、被害実態を踏まえることなく、しかも経済的合理性を備えた消費者像を前提として、消費者側を抜きにして関係省庁・学者・関係業界の間で行われている等を指摘した。


2.金融サービス法の目的

(1)個別問題に入る前に、まず何のための金融サービス法かが問題となる。


この点について中間整理は、「今後の金融システムのあり方としては、ルールの透明性の確保を前提とした上で、効率性と公正性という二つの軸が、ともに重要となる」とする。


しかし、その公正性については、「幅広く効率的なリスク分散を行うためには、一般の利用者が安心して取引ができるシステムを構築することが必要である」と指摘するにとどまっている。


そして、「余りにも利用者保護を強調しすぎれば、利用者のモラルハザードを助長しかねない。また、利用者保護を余りにも強調することが金融商品・サービスの提供コストに跳ね返り、多くの魅力的な金融商品・サービスを一般の利用者に提供することが経済的に見合わなくなったり、あるいは業者の自由な創意工夫の発揮を妨げ、金融イノベーションの進展を阻む可能性があることにも留意が必要である(そのような場合には、結果として、利用者にとっても金融技術の革新の成果を享受できなくなることから不利益となりかねず、さらには幅広く効率的なリスク配分が阻害されることによって、経済の活性化にもつながらないことになろう)」と、利用者保護の制限に重点を置いている。


(2)以上のとおり、中間整理では、主目的は効率性である。公正性は、効率性の達成のために必要とされるという関係とされるのである。すなわち、公正性は、効率性の達成を阻害しない範囲で認められるにすぎない。


このような考え方は、従来以上に公正性を軽視するものである。例えば、証券取引法の場合、その目的として、「国民経済の適切な運営及び投資者の保護に資するため、有価証券の発行及び売買その他の取引を公正ならしめ、且つ、有価証券の流通を円滑ならしめることを目的とする」と定めている。


すなわち、有価証券の流通の円滑化は、投資者保護に資するためという位置付けである。中間整理では、これとは逆に、効率性が目的であり、公正性は効率性を達成するために必要とされるにすぎないのである。


しかし、日本版ビッグバンは、金融制度改革を先に実行してきた米国や英国に追いつくことを目指していたはずである。その米国や英国における利用者保護制度は、日本に比較して格段に金融業者に厳しいものである。しかし、そのために米国や英国において、「業者の自由な創意工夫の発揮」が妨げられ、あるいは「金融イノベーションの進展を阻む」ことになったのであろうか。事実は、全くその逆である。日本の消費者こそ、英米の消費者保護ルールと制度に比較して、極めて劣悪な環境におかれてきたのである。「業者の自由な創意工夫」が発揮されず、「金融イノベーションの進展が阻まれた」のは、日本の金融機関と監督行政のあり方の問題である。


また、日弁連は、かねてから金融機関と消費者の紛争・被害実態を踏まえて検討しなければならないと指摘してきた。しかし、中間整理をまとめるに際して、この点を検討した形跡は、残念ながら全くない。立法に際して、どういう事実があったのかを踏まえる必要があることは当然である。


公正性を制限してまで効率性を追求するという考え方は、到底受け入れられない。日本の金融システムでもっとも必要なのは、公正性である。この確立なくして、金融機関への国民に信頼回復は、ありえない。


3. 中間整理の概要と問題点

(1)次に、中間整理全体の構成について言及しておきたい。


中間整理は、ルールの枠組みについて、「金融の多様性の展開と変化の速さを考えると、構築される制度は、簡素・柔軟・スピーデイーなものであることが望まれる。そうした観点では、すべてのルールを法令の形で規定するのは望ましいとは思われない。むしろ、自己責任原則の下、業者の法令遵守体制の整備、自主規制団体のルール、業法レベルの法令、民事法制に係るルール等のさまざまな水準のルールが全体として整合的な一つのしなやかなルール体系を形成することが望まれる。」とする。


(2)しかし、中間整理が焦点を当てているのは、集団投資スキームの問題を別にす れば、金融商品の販売・勧誘行為に関連する問題である。その他の点については、論点整理の段階から進展していないものが多い。例えば、自主規制団体のルールについて言えば、その内容以前に、自主規制団体の方向性すら見出せていない。「今後、関係者の間で自主規制団体のあり方についての議論が進められることを期待したい。」などと業界任せの姿勢をとっている。これでは、「全体として整合的な一つのしなやかなルール体系」とは何なのか、全体像が不明のままである。


また、ルールの実効性の確保では、自主規制団体のほかに裁判外紛争処理制度の充実という問題がある。この点についても、中間整理では、「その中立性・公正性についての信頼確保を一層図っていく必要がある。」とわずかに記載されるにとどまっていて、具体的な内容が何もない。


こうしたことでは、「一般の利用者が安心して取引ができるシステムの構築」からは程遠い段階にとどまっていると言える。相次ぐ金融機関の破綻、次々と明らかになる金融機関の不正行為、巨額の公的資金の投入等、国民の金融業界と監督行政に対する不信感は一層高まってきている。国民の信頼を取り戻すに足りる、ルールとシステムの全体像を早急に示すべきである。


4.販売・勧誘に関するルール

日弁連としては、これまで販売・勧誘に関するルールを中心に意見を述べてきている。  中間整理は、この部分に焦点を当てているので、以下論点ごとに問題点を指摘する。


(1)説明義務
A. 取引ルールにおける要件と効果

論点整理においては、業者が顧客に対して当該金融商品について「説明すればリスクは移転する」「説明がなければリスクは移転しない」ことを基本として、要件と効果を明確化するとされていた。中間報告では、この点について、「利用者に提供されるべき一定の主要な情報を業者が提供しなかった場合、業者に損害賠償等の民事上の効果が発生することを、ルールとして明確化すべきである。」とする。 


「損害賠償等」とされているので、説明義務違反があった場合にも契約は有効に成立して、あとは損害賠償の問題が残るだけだという考え方なのか、あるいはそれにとどまらず契約の効力を否定するということまで踏み込むのかは、必ずしも明確にされていない。


しかし、消費者契約法においても、重要事項の不告知あるいは不実の告知は、契約の効力を否定することを基本として検討されている。金融商品の取引は、目に見えない商品を扱うばかりでなく、リスクが伴っている。その意味で、一般の消費者契約に比較して、わかりにくいばかりでなく危険性をともない、万一勧誘や取引に不正があった場合の被害も深刻となる。従って、消費者契約法の一般原則を、金融商品の特質に照らして、むしろ強化すべきである。それにもかかわらず、これを逆に軽減する理由は、ないのである。契約の無効・取消・解除といった、契約の効力を否定することを基本とし、あわせて損害賠償の問題も検討すべきである。


B. 必要とされる情報提供の内容

この点について中間整理は、「利用者が金融商品の内容のすべてについて知るということを想定するのは非現実的である。説明義務の趣旨に照らせば、それは金融商品のリスク判断にとって重要となる情報として捉えるべきである。その場合、説明内容としては、金融商品の種類に加え、金融商品に係るリスクの種類(損益の変動をもたらす要因)とリスクの内容、さらにリスクが顕在化した場合の状況といったことがらが、最も重要な意味を持つ重要事項になると思われる。」とする。 しかし、このような説明義務の範囲では、甚だ狭い。例えば、この程度のことは、宣伝用にパンフレットやチラシのなかにも細かい字で記載されている程度の内容である。説明義務は情報の提供義務であり、それは口頭だけでなく文書での情報提供でもよいという解釈がとられる時は、結局のところ宣伝用のパンフレットを渡せばいいということになってしまう。この点も、ひたすら効率性を追求した結果のルールであると言わざるを得ない。


ワーキンググループのレポートとの関係で言えば、重要事項となりうる事項の例示としてあげられているものは、すべて含まれるとすべきである。例えば、商品の基本的な仕組みには、元本保証ないし元本確保の仕組み・レバレッジの構造・権利行使できる場合の内容及び期限等、当然知らなくてはならない事項が含まれている。また、リスクの管理に関する情報も、譲渡方法や換金解約の方法(リスク回避の情報)など重要なものばかりである。さらに、取引のコストに関する情報も、当然のことである。これらを説明しなくていいとするようなルールは、不当である。


C. 説明と理解

次に、中間整理では、説明義務は利用者がそれを理解するところまでをカバーするものかどうか明確でない。ワーキンググループのレポートでは、説明義務は、理解するために必要な情報の提供を意味するにとどまり、それについて利用者が理解しなくとも業者の義務は尽くされているとするのである(そして、逆に説明がなくとも、利用者が理解している場合には業者に損害賠償の義務は生じないとする)。このような位置付けでは、例えば、書面さえ交付していれば「理解に必要な情報の提供」は行われているという解釈が成り立つことになる。しかし、それでは現行の判例水準を大幅に後退させることになり、消費者保護の切り捨て、もっぱら金融取引の効率化を目的とするルールとなる。このようなルールの制定は、到底許容できない。理解なくして、自己責任に基づく取引など不可能である。当該顧客が理解するための説明でなくして、説明の意味はない。


D. 業者ルールとしての説明義務

この点についても中間整理は、「円滑な金融取引の妨げになるほど、不必要に過重なものになることは避けるべきであり」として、次のような場合の説明義務の除外等を検討している。


  1. ホールセールあるいはプロに関する取引
  2. 同種取引を反復・継続する場合
  3. 利用者側が説明を不要とした場合
  4. 金融商品に周知性がある場合
  5. ディスクロージャーが別途行われている場合

中間整理は、ここでも効率性には極端に配慮し、説明義務は狭く、除外規定は広く」という基本姿勢をとっているのである。


なお、業者ルールの違反に民事上の効果を与えることは当然で、「必要と認められる範囲内で」などと言う限定をつけるべきではない。原則として、業者ルール違反に対しては民事上の効果を付与すべきである。


(2)適合性原則

中間整理は、適合性原則について狭義と広義があるとして、前者は一定の者に対しては説明義務を尽くしても一定の金融商品を勧誘・販売してはならない、後者は利用者の知識・経験・財産力・投資目的等に照らして適合した勧誘・販売を行わなければならないという定義としている。


A. 狭義の適合性原則

この点について中間整理は、「このように取引を一律に無効とする取り扱いを法令で明示的に規定することは、契約における私的自治の原則等に照らせば難しいのではではないか、との意見が多かった。」とされている。


しかし、取引ルールとして考えれば全て無効でなければならない、ということにはならない。説明義務違反についても、中間整理の立場では、取引は有効であり損害賠償義務の問題となるにすぎないとの考え方を基本としている。適合性原則は、極めて重要であり、取引ルールとしても導入すべきである。


ただ、これを業者ルールとしても、その違反が民事的効果と結び付けられるのであれば、同じような効果がある。この点、中間整理の「業者ルールとして、一般的な個人に対して極端にリスクが大きい金融取引の勧誘行為を禁止する」という指摘には賛成できる。中間整理に指摘している、「取引経験のない一般的な個人を相手に、レバレッジが極端に大きい取引を行ったり、利用者に相当額の負債が残るリスクの大きい金融取引を行う場合」等の例では、勧誘禁止とすべきは当然のことである。むしろ、その要件が厳密すぎるので、これを緩和する必要がある。日弁連としては、後述のとおり不招請勧誘そのものの禁止を提言してきた。その意味から、不招請勧誘の禁止ルールが導入されない場合には、少なくともリスクが高い金融商品全般について、勧誘を禁止すべきである。


B. 広義の適合性原則

この点について中間整理では、「広義の適合性を業者ルールとして考えた際、適合性に配慮する勧誘・販売の前提として業者が利用者の属性等について知ることが必要となる。しかし、業者が利用者に関する情報を調査するにしても、得られる利用者の協力には限度があり、それを義務づけることは難しい。むしろ、業者の内部的な行為規範を義務づけるべきではないか、との意見が大宗を占めた。」としている。


そして、「広義の適合性原則はあくまでも業者の内部的な行為規範に関するルールであり、個別の訴訟等において、業者の内部体制の不備が斟酌されていく余地はあろうが、私法上の効果に直接連動させて考えるのは困難であるとの意見が大宗を占めた。」とする。適合性原則のこのような捉え方では、ほとんど実効性がないルールとなってしまう。金融商品がますます多様化・複雑化・ハイリスク化していく状況の中で、適合性原則は、利用者にとって極めて重要なルールである。それにもかかわらず、わざわざこのような実効性がないものにするということは、英米に比較して明かに利用者軽視・効率優先の考え方である。このようなルールでは、「一般の利用者が安心して取引ができるシステム」とならないことが明白である。顧客に不適合な商品の勧誘が禁止されるべきは当然で、その違反は私法上の効果を伴うとすべきである。


(3)プロと一般利用者との転換問題

中間整理は利用者像に関して、利用者が特段の条件なしに自己責任を貫徹しうる場合(ホールセール・プロ分野)、利用者が一定の情報提供等を受けたことを前提として自己責任の下でリスク負担ができる場合(一般リーテイル・一般利用者分野)、利用者の自己責任の全部ないし一部が問い得ない場合(特定リーテイル・特定利用者分野)の3つに分ける。


そして、「利用者はアマに区分されることによってよりきめ細やかな対応を受けられる一方、プロに区分されることによって取引の選択肢の拡大や低い手数料といったメリットが享受できる。」として、「その主体的な選択を尊重し、一般利用者からプロへの選択・転換を一定の適正かつ明確な手続きにしたがってみとめるということが考えられる。」とする。


しかし、転換を認める根拠とされている「主体的選択の尊重」という点も、「利用者のモラルハザードの助長を防ぐ等の観点からは・・プロから一般利用者への選択・転換は原則として認めるべきではないであろう。」というわけであるから、ここでも実質は効率化の追求のためとしか考えられない。そして、一般利用者がプロへ転換した場合には、最低限の利用者保護規定の適用もなくなるわけであるから、この転換の勧誘が行われることは極めて問題が多い。金融機関の信頼性が確立していない現状では、このような概念を認めるべきではないと考えるべきである。


(4)勧誘等に関するルール
A. 不適切な勧誘行為の禁止

中間整理は、不適切な勧誘行為の類型として、(ア)詐欺的な行為による勧誘(重要事項等に関する虚偽の情報の提供、重要な事実の故意による秘匿等)、(イ)誤解を招くような行為による勧誘(断定的な判断の提供等)、(ウ)強迫的な行為による勧誘をあげている。


しかし、中間整理は、こうしたものに対してすら、明確な態度を示していない。「これに民事責任発生の要件等まで持たせることについては、民法の原則等に照らして議論の余地がある、との意見もあり、引き続き検討を深めていくことが必要である。」とする。


ワーキンググループの議論で、詐欺的あるいは強迫的行為による勧誘についてすら、自由な金融取引を過度に制約しかねないという観点から検討を深めるというのは、いったいどういうことであろうか。このような勧誘行為による金融取引も、「効率的な資金及びリスクの配分を実現し、ひいては我が国経済の活力を十分引き出す」ことになるというのであろうか。


このような方針を支持するのは、悪徳金融業者だけであろう。ワーキンググループの議論では、オブザーバーとして参加を認められ発言していたのは金融業界だけであった。そもそも議論のあり方にも問題があったと考えられる。


B. その他の勧誘ルール

これまでの金融取引分野の消費者被害は、そのほとんどが業者からの電話・訪問による勧誘によって引き起こされてきたのである(その実態については、冒頭で述べた日弁連の提言に詳述している)。


日弁連が、かねてから不招請勧誘の禁止ルールの導入を求めてきたのは、そうした経緯の分析による。このルールは、これまでの金融取引被害の経緯を考えると、日本の場合とりわけ重要である。


中間整理でこの問題について真摯に検討されていないのは、日弁連の再三の指摘にもかかわらず、金融業者が引き起こしてきた消費者被害の実態を踏まえようという姿勢に欠けるためである。