女子差別撤廃条約の選択議定書の採択を求める意見書

第1 はじめに

 個人等の申立を認める女子差別撤廃条約の選択議定書は、1996年から、国連女性の地位委員会の作業部会で審議されてきており、世界人権宣言50周年にあたる1998年の採択を目指しているとも言われており、重要な段階にある


 日本弁護士連合会(以下「日弁連」という)は、1995年以来、女子差別撤廃条約選択議定書の採択を求めてきたが、現在、前記作業部会で問題となっている諸点についての意見を明らかにすることが重要であると考え、意見を提出するものである。


第2 女子差別撤廃条約の選択議定書採択へ向けての経過

 日本は1985年、女子差別撤廃条約を批准したが、女子差別撤廃条約の国際的保障実施措置は定期報告制度しかなく、条約の条項の解釈についても女子差別撤廃委員会による一般的勧告によるのみであって、権利を侵害された個人等による通報制度は存在しなかった。


 しかし、1993年6月、ウイーンで開かれた世界人権会議は、女性の人権の実施を強化する新たな手続の必要性を認め、ウイーン宣言および行動計画において「女性の地位委員会および女子差別撤廃委員会は、早急に、女子差別撤廃条約の選択議定書の準備を通じて、個人の申立の権利を導入する可能性について検討しなければならない。」と指摘した。


 女子差別撤廃委員会は1995年、第14会期において、選択議定書に含まれるべき諸要素を提案7として採択した。同年の女性の地位委員会は、政府、政府間国際機関及びNGOに選択議定書についての意見を国連事務総長に提出するよう要請すること、および選択議定書起草作業部会の設置を、経済社会理事会に勧告し、これが経済社会理事会決議(1995/29)として採択された。


 北京で開かれた第4回世界女性会議の行動綱領においても、個人の申立を認める選択議定書草案を作成するための女性の地位委員会のとる手続を支持するとされた。


 1996年の女性の地位委員会第40会期では、前記決議に従って、選択議定書起草作業部会が設けられ、選択議定書の検討が始まり、1997年の第41会期にも委員会と並行して作業部会で選択議定書草案が審議され、2000年までの発効を目指して、世界人権宣言50周年を迎える1998年の第42会期には、意見がまとまれば、選択議定書草案が採択される状況となってきている。


第3 日本政府の態度

 日本政府は当初、国連事務総長に提出したコメントでは選択議定書については慎重に検討すべきとして、採択自体に消極的であったが、その後は選択議定書の採択には賛成であるとして、各条項につき積極的に意見を出すようにと変わってきている。


第4 日弁連のこれまでの取組み

 日弁連は第4回世界女性会議に向けて作成した報告書の中で、女子差別撤廃条約についても、選択議定書の採択によって、個人通報制度を設け、条約の実施の国際的保障を強化する必要があると指摘し、1995年11月、国連事務総長宛に日弁連会長名で、前記日弁連報告書の内容を紹介する手紙を送付し、1997年6月には、「女子差別撤廃条約選択議定書の採択を支持する日弁連会長声明」を発表した。


第5 選択議定書採択の意義

 個人などの通報制度を認める選択議定書は、女子差別撤廃条約の実施にとって非常に重要なものであることは、他の人権条約を見ても明らかである。とりわけ、現在審議中の作業部会の議長案は、申立人の範囲を拡大し、差別撤廃義務の懈怠をも申立の対象とし、重大な人権侵害に対する職権での調査手続を取り入れるなど、画期的なものとなっている。


 世界の多くの女性たちが貧困や法的非識字のゆえに申立手段を持たず、かつ、女性に対する差別が社会構造を形成しているため報復をおそれて申立ができない現状がある以上、申立人の範囲を拡げることが必要である。


 また、女子差別撤廃条約は、私人間及び私的分野も含めた差別撤廃義務を締約国に課しており、差別撤廃義務の懈怠を申立の対象とすることは申立制度を実効あるものとするには必要不可欠である。


 さらに、第4回世界女性会議の行動綱領において、武力紛争下における女性に対する暴力が取り上げられ、現実にも多くの女性たちが著しい暴力の被害を受けている現状においては、職権による調査手続がなければならない。


 世界の女性のおかれている現状に則し、女性に対する事実上の差別の撤廃を実際に実現し、条約の実施を実効あらしめる内容を持っている作業部会案が、世界人権宣言50周年の年である本年に採択されることは、重要であり、きわめて意義深いものである。


第6 選択議定書について現在問題となっている諸点についての意見

 このように、女子差別撤廃条約の選択議定書が採択される見込みであるが、各条項について問題となっている点が多くあり、これについて以下のとおり、意見を述べるものである。


1 申し立てることができる者

(1) 集団または組織を含め、第三者による申立を認める必要性

女子差別撤廃条約については、次の理由で、申立できる者を拡げることは特に重要である。


 すなわち、第4回世界女性会議の行動綱領においても「10億人以上の人々が極度の貧困の中で暮らしており、その大半は女性である」と指摘されているように、世界中の多くの女性たちが貧困の故に申立をする手段を持っていない状況がある。また、「世界の9600万人の非識字の成人のうち3分の2以上が女性である」とされているところであり、法的非識字の割合はさらに大きなものとなっている。申立をしたことに対する報復や不利益取扱いをおそれて申立をすることができないケースも多いことも予測される。


 また、1993年に採択された女性に対するあらゆる暴力の廃絶宣言の前文および、第5条e項では、「いくつかの女性の集団が特に暴力を受けやすい」ことを指摘しており集団の申立を認める必要がここにもある。


 さらに、女子差別撤廃条約については、以下の理由で、第三者による申立を認める必要がある。


 女性に対する暴力の廃絶宣言の前文において、「女性に対する暴力は、女性が男性に比べて従属的地位に置かれることを余儀なくさせる残虐な社会構造の一つであることを承認し」とされているように、女性に対する差別、暴力は社会構造となっている。したがって、その社会構造の中に組み込まれている女性たちが、申立をすることは困難な場合が多く、第三者による申立を認める必要がある。


 たとえば、チャドルを纏わないとか、ズボンをはいたり、ボタンのあるシャツを着たなど服装規定に違反した女性に対して刑罰が課される国がある。このような国々において処罰された女性自身が、報復や不利益取扱いなしに申立をし、これを維持することは困難であり、たとえば法律家団体が、これらの処罰規定が第2条g項に違反するとして申し立てることは、女性に対する差別にあたる刑罰規定の廃止のために有効である。


 また、女性性器の切除はアフリカの約20ケ国、アジアと中東の一部、あるいは先進国においても移民社会などにおいて伝統的な慣習として行われており、毎年約200万人の少女が性器を切除され、約1億1000万人の女性が重い傷に苦んでいると言われている。女性に対する暴力廃絶宣言においても、第2条a項でこれを女性に対する暴力と定義し、女子差別撤廃委員会も一般的勧告14を出しているが、慣習に従って親がこれを行っている状況の下では、この慣習を廃絶するためにとるべき措置を怠っている締約国の義務違反について、医師団体など第三者による申立を認める必要がある。


(2) 草案の検討

 草案第2条a項は、申し立てることができる者を「権利の侵害を被ったと主張し、条約に定める義務の不遵守によって直接に影響を受けたと主張する個人、集団または組織」としている。


 このように、申し立てることができる者は、個人ばかりでなく、「集団または組織」とされているが、このような規定は他のいくつかの人権条約にも存在する。


 人種差別撤廃条約第14条1項は「個人又は個人の集団」、ヨーロッパ人権条約第25条1項は「自然人、非政府組織又は個人の集団」、米州人権条約第44条は「個人又は個人の集団」、「若しくは一又はそれ以上の機構の加盟国において承認されたいかなる非政府組織」と規定する。そして、実際のこれらの条約に基づく申立の中でも、「集団または組織」による申立が受理されてきた。


 草案第3条(同条は確定)では申立は書面により、かつ匿名であってはならないとされているのであるから、申し立てることができる者を個人に限定せず、「個人、集団または組織」とすることに賛成である。


 さらに、第2条b項は、「条約に定める権利のいずれかを締約国が侵害したこと、もしくは、条約のもとでの義務を締約国が履行しなかったことを主張する個人、集団または組織であって、委員会の意見においてその問題について十分な利害を持つ者」が申立ができるとしている。


 これは、締約国の条約違反(権利の侵害、義務の懈怠)があった場合に、「十分な利害を持つ」第三者による申立を認めるものである。


 このように第三者に申立を認める他の人権条約としては次のものがある。


 拷問禁止条約第22条1項は「……侵害されたと主張するものからの又はそのもののための通報を」と規定しており、被害者のための申立を認めている。


 米州人権条約第44条は個人等による申立として「締約国によるこの条約の侵犯の告発又は苦情を含む申立を、委員会に提出することができる。」と規定しており、被害者でない者が申立できる手続はこれまでの実際の申立事例において重要な役割を果してきたと、米州人権委員会の委員が指摘している。


 市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という)の第1選択議定書第1条、第2条は、申立できるものを「個人」と定めているが、自由権規約委員会はその実際の通報の取扱いの中で、権利を侵害された個人が通報できない場合にその被害者に代わって被害者のために申し立てることを認めてきた(たとえば、拘束を受けた拷問、失踪につき近親者など)。また、1994年の自由権規約委員会手続規則第90条b項は、「通常は申立は個人又はその代理人によってなされなければならない。しかし、本人が申立をすることができないと思われるような場合には、当該被害者のための(on behalf of)申立を受け付ける」としている。


 加えて、国連経済社会理事会決議(決議1503)「人権及び基本的自由の侵害に関する通報を処理するための手続」も、「重大でかつ信頼できる証拠を有する一貫した形態の侵害を示していると思われる通報」があった場合の、人権委員会によって任命される特別委員会の調査を定めている。暫定手続に関する決議第2項(a)は、人権侵害の被害者であると推定しうる個人又は集団もしくはそれらの人権侵害につき直接かつ信頼に足る知識を持つ個人又は集団と定めて、通報を第三者によるものも認めている。


  以上の次第で、草案2条は、その申立ができる者を広く認める点についても、さらに本人に代わる第三者に申立適格を認める点においても、多くの先例に基づきながら、その実効性を確保できる規定となっている。他方で女子差別撤廃委員会が、「その問題について十分な利害を持つ」か否かを審議したうえで申立が認められるのであるから、濫用の恐れはない。よって、この草案2条に賛成である。


2 申立の対象

(1) 申立の対象に権利侵害だけでなく義務違反を含める必要性

 締約国が条約に定める義務の履行を怠った場合を通報の対象にしないならば、条約の実施措置のための国際的保障措置としては、不十分なものとなり、個人の救済手段としても狭いものとなる。女子差別撤廃条約については、条約に定める差別撤廃義務を怠った場合を通報の対象とすることは不可欠である。


 すなわち、女子差別撤廃条約には、たとえば第7条、第9条、第15条、第16条のように、平等の権利を「与える」、または「確保する」と規定をしている場合があり、この違反は直接の権利侵害になるが、他には、差別を撤廃するためすべての適当な措置をとる義務を定めている規定が多く存在する。


 まず、女子差別撤廃条約第2条は、締約国の義務について定めており、a項では、男女平等原則の憲法その他の適当な法令への組み入れのみならず、「男女の平等の実際的な実現を法律その他の適当な手段により確保すること」と定めており、b項では、「差別を禁止する適当な立法その他の措置(適当な場合には制裁を含む)をとること」を定め、c項では「差別となるいかなる行為からも女子を効果的に保護することを確保する」と規定する。


 さらに、締約国が、差別となる行為または慣行を差し控える(d項)、差別となる自国の刑罰規定を廃止する(g項)だけでなく、e項では、「個人、団体又は企業による女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとること」を、f項では、差別となる法律、規則、慣習、慣行を修正し又は廃止することを定めている。


 このように、女子差別撤廃条約第2条は、締約国の私人間も含めた積極的義務としての差別撤廃義務を定めている。


 また、条約第5条a項は男女の定型化された役割に基づく偏見、慣習などの慣行を撤廃するため、男女の社会的及び文化的行動様式を修正することを規定している。


 女子差別撤廃条約が第2部から第4部までに定める差別の撤廃義務は、政治的、公的活動分野(第7条ないし第9条)、経済的、社会的活動分野(第10条ないし第14条)、法の下の平等と婚姻、家族関係(第15、第16条)とすべての分野に及んでいる。


 さらに、第1条は人種差別撤廃条約が「すべての公的生活分野における」としているのに対して、このような限定をしておらず、私的生活分野における差別の撤廃義務をも締約国に課している。


 条約には、たとえば、第14条2項の農村女性の開発への参加の権利の保障の規定や、第5条a項のような、偏見、慣習などの慣行を撤廃するため男女の社会的及び文化的行動様式を修正するとの規定もある。


 このような規定は、どこまで何をすれば、義務の懈怠にならないのかという問題があるが、社会権規約委員会の一般的意見3でも「目標に向けた行動は合理的な短期間のうちにとられねばならない」とされているように、行動をとらないことはこれらの義務の懈怠にもなるのである。


 また、条約の中にこのような規定があるからといって義務の懈怠を通報の対象からはずす理由とはならず、慣習が女性に対する暴力の原因となっている場合もあり、義務の懈怠を入れることは不可欠である。


 さらに、私人による女性に対する暴力の被害(たとえば、夫による暴力)などについては、権利の侵害は私人によってもたらされるが、国家はこれを防止するなどの適当な措置をとる義務を負うものもある。


  以上の次第で、申立の対象に権利侵害のみならず、締約国の義務の懈怠を含めることが、条約の実効的な実施のためには不可欠である。


(2) 草案の検討

 草案第2条a項、b項は、条約に定める権利の侵害のみならず、締約国が、条約に定める義務の履行を怠った場合を通報の対象としている。


 権利の侵害でなく、条約の不遵守を申立の対象としているのは他にも例があり、ILO憲章第24条は、「条約の実効的な遵守をその管轄権の範囲内において何らかの点で確保していないこと」に対して、使用者団体又は労働者団体による申立を認めている。


 また、義務の履行を怠った場合を通報の対象にすることによって、個別事件における判断を通じて、女子差別撤廃条約で定める差別について、また各規定の解釈について判例法が形成され、条約の解釈がより明確になる。


 よって草案に賛成である。


3 受理許容性

 受理許容性の要件については、基本的な部分を条約の条項で規定し、あとは手続規則によることも考えられるが、いずれにしても、受理許容性については、これまでの他の人権条約の申立制度と同じにすべきである。


 草案第4条は申立の受理許容性についての条項であるが、草案では規定の具体的提案はまだない。


 他方で、作業部会では、①申立が条約の規定と抵触しない場合、②申立が権利の濫用にあたらない場合、③利用可能な国内的手段をつくした場合、を受理許容性の条項に含めることの合意がなされた。なお、③について国内的手段が効果的でないか不合理に遅延している場合を加えるべきであるとする意見や、必要ないとする意見があった。また、④他の手続との重複がある場合は受理許容性なしとすることについても合意された。


 国内的救済手段を尽くしたことを、受理許容性の要件とするのは、自由権規約第1選択議定書(第2条、第5条2項b)、ヨーロッパ人権条約(第26条)、米州人権条約(第46条1項a)等の人権条約にも見られるところである。


 自由権規約の選択議定書第5条2項bは「この規則は、救済措置の適用が不当に遅延する場合には適用しない」と規定している。


 米州人権条約は、第46条2項で1項aの適用除外の規定を置き、2項aで「……権利の保護のために、法律の正当な手続を設けていない場合」、2項bで「国内法上の救済に訴えることを拒否されたか、又はそれを完了することを妨げられた場合」、2項cで「不当な遅延があった場合」としている。


 以上のような他の条約の規定などを踏まえて、特に制限的とならないような受理許容性の要件についての規定が求められる。


4 暫定措置

 通報を委員会が審理している間、条約違反の事態が悪化しないようにするために委員会が暫定的な措置をとることが、実効的救済のためには必要とされる。他の人権条約に基づく申立についても暫定措置がとられてきており、女子差別撤廃条約についても、たとえば、拘禁されている女性に対して強姦や強制猥褻が行われてれいるような場合に、委員会による実体判断がなされる前に、別の施設へ移管する、女性の警察官や看守に変える、適切な医療やカウンセリングを行うなどの暫定措置が必要であり、暫定措置の規定を設けることに賛成である。


 草案第5条は、実体判断が行われる以前に、危害、損害が継続、拡大することを避けるため、締約国に適切な暫定措置をとることを勧告するとしている。


 このような暫定措置は、自由権規約委員会が実際にとってきており、「事件が係属している間、申立人をA国に引き渡さないこと」「資格のある医療機関による診察を受けることができるようにして、医療機関による報告書の写しを委員会に提出すること」「事件の受理可能性についての検討が進行している間、死刑を執行しないこと」といった所見を関係締約国に通知してきた。自由権規約委員会規則第86条に暫定措置の規定がおかれている。


 米州人権条約第63条2項は、「極端に重大かつ緊急であって個人に対する取り返しのつかない被害を避けるために必要である場合には、裁判所は、審理中の事項に関して適当とみなす仮措置を採用する。いまだに裁判所に付託されていない事件に関しては、裁判所は委員会の要請に応じて行動することができる」として、暫定措置の規定をおいている。


 また、米州人権委員会は委員会規則第29条で、緊急の場合には回復不能な損害を回避するため、仮の措置を講ずることができると定めており、暫定措置が実行されている。


 それゆえ、実体判断が行われる以前に、危害、損害が継続、拡大することを避けるため、締約国に適切な暫定措置を認める草案5条のような規定が必要とされる。


5 申立人、被害者の秘匿と関係当事者間での解決(第6条)

(1) 申立人、被害者の秘匿の必要性

 申立ができる者に関する項で詳しく述べたように、この通報制度においては被害者に対する報復などを防止するため、制度的な手当が必要とされるため、現在検討されているような申立人、被害者の秘匿に関する規定が必要である。


 この点について草案第6条1項後段は、委員会が、申立人や被害者の生命や身体への脅威を含む例外的な事件においては第5条の暫定措置を検討する間、申立人や被害者を秘匿できるとする。


 この秘匿の方法や程度については、人種差別撤廃条約第14条6項aが「ただし、当該個人又は個人の集団の身元は、その明示的な同意なしに明らかにしてはならない。」と規定するように、これと同じく、申立人、被害者に対する報復などの可能性があるので明示の同意を要するとする代替案もある。他方で、関係締約国は申立人、被害者の特定がなければ、説明書の準備も救済を行うこともできないとの反対もある。また、秘匿すべき例外的な場合については、委員会規則で定めればよいとするものもある。


 議長案では、特別な場合にのみ期間を限って申立人、被害者の秘匿をすることとしているが、このような場合には匿名であることも必要とされよう。


(2) 関係当事者間での解決

 草案第6条3項には「条約に定められた権利と義務の尊重を基本とする」ことが明示されているのであるから、関係当事者間での解決に委員会を利用させることに賛成である。


 草案第6条3項は、関係当事者間での解決のために委員会の利用について規定する。ヨーロッパ人権条約第28条b項や米州人権条約第48条f項にも、友好的な解決の規定が存在するが、現実かつ実効的な解決のためには当事者間での解決が有効な場合が存在することは否定できない。


 他方で、関係当事者間での解決が、問題のもみ消しとならないように、かかる手続においては、委員会の関与が確保されるべきである。


6 委員会が検討する情報(第7条)

 通報手続を実効的かつ利用が容易なものとするため、委員会が検討する情報の種類や提出方法に特段の制限を課すべきではない。


 草案第7条1項では、検討の対象とする情報は申立人および関係締約国によるものおよび、他の情報源から得た情報を、これが、申立人や締約国にコメントを得るために伝えられるのであれば、考慮することができるとしている。なお、この他の情報は国連の情報に限るとすべきとの意見もあり、また他の情報については、委員会規則に規定すべきとの意見もある。しかしながら、申立人や締約国にコメントを得るために伝えられることが予定される以上、その情報の種類を限定しなくとも、手続の公正や公平は確保でき、情報に富んだ実効的な審査が可能となるのであるから、委員会が情報を入手する方法を限定する必要はないであろう。


 また、口頭陳述を認める案も出されているが、情報の提出を書面に限る必要はなく、提出される情報を書面に限る必要はない。なお、拷問禁止条約第22条4項も、「すべての情報に照らして」とされ、検討すべき情報について書面に限定していない。また、米州人権委員会規則第43条では、口頭陳述についても、委員会が検討する情報として認めており、書面に限定していない。


 よって草案に賛成である。


7 救済措置とフォローアップ(第8条、第9条)

 通報を審査した結果、委員会の判断や勧告を実効あるものとするための手だてとして、その救済措置とフォローアップの手段に関する規定を明文で設けることに賛成である。


 草案第8条は、関係締約国がとるべき救済措置についての規定であり、第9条は勧告等のフォローアップについての規定である。


 条約違反を認定するだけでなく、第8条1項では、委員会は違反に対する救済のため特定の措置をとるように求めることができると定め、2項では、締約国は救済のために必要なあらゆる措置をとること、必要な場合には、適切な補償を含む適切な救済を与えることを保障すると定め、3項では締約国の実施した救済措置を明らかにする説明と声明を文書で委員会に提出するとしている。


 さらに、第9条1項では委員会が締約国がとった措置を議論するために関係締約国を招請することができると定め、2項では18条に基づく報告に委員会の見解、示唆または勧告に対応してとられた措置の詳細を含めるために関係締約国を招請することができるとしている。


 自由権規約委員会はその見解の中で、被害者が受けるべき効果的な救済、必要とされる救済措置の特定の形態についても明示し、被害者に対する補償の支払い義務、同様の違反の再発防止を目的とする救済を求めてきた。1982年からは、関係締約国がとった措置について委員会に出席させて報告させ、1990年からは委員会の年次報告書の中で報告に応じた国と応じない国を公表し、規約第40条に基づく報告の中に見解に対する措置の報告を求めている。さらに、1990年7月24日には見解のフォローアップのための特別報告者を任命することを決定している。


 ヨーロッパ人権条約第50条は正当な満足の規定をおいており、米州人権裁判所はその判決の中で、調査し、責任者を特定し、適切な刑罰を課し、被害者への補償を確保する法的義務を負うとし、命じられた補償について監視すべきであり、補償がなされた時にのみ記録を閉じるべきであるとしている。(1989年7月21日のベラスケス・ロドリゲス事件判決)


 以上のような諸例を踏まえて、救済措置とフォローアップを草案のように規定すべきである。


8 調査手続(第10条、第11条)

 第4回世界女性会議の行動綱領において、武力紛争の下における女性に対する暴力、組織的強姦が取り上げられた。このような問題については、調査手続が適している。また、各国にまたがる人身売買、売春の強制についても、暴力団などが関わってルートが形成されている場合が多く、個別の申立では賄えない場合もあり、調査手続は有効である。また、民族、部族間での武力紛争において女性に対する重大で系統的な暴力がふるわれる場合もあり、人身売買は私人である業者によって行われるものでこれらに対する国家の義務の懈怠をも委員会の調査手続の対象とすべきである。


 草案第10条は、権利の重大で系統的な違反または義務の懈怠をしているとの信頼できる情報を得た場合の調査手続を定めている。委員会は、個別の申立なしに、条約で定める権利の重大で系統的な違反または義務の懈怠があるとの信頼できる情報を得た場合には、職権で関係締約国をその情報の審査のための協力を求めて招請し、関係情報に関する所見の提出を求める(1項)。委員会は利用可能な他の情報と締約国の所見を考慮して、1人またはそれ以上の委員に締約国の同意を得て調査を行わせ、直ちに委員会に報告書を提出させる。締約国の合意がある場合、調査はその領域への訪問を含んでもよい(2項)。このような調査によって判明した事実を審査し、委員会はこれらの判明した事実とコメントを勧告とともに伝える(第3項)。締約国はこれを受領して〔3ケ月〕〔6ケ月〕の後にその所見を委員会に提出する(4項)。このような調査手続は、非公開で行われ、締約国の[同意と]協力が手続のすべての段階で求められる(第5項)としている。


 第11条は、委員会は適切な時期に、関係締約国を招請して、調査に対応して締約国がとった措置を議論することができる(第1項)とし、また、委員会は関係締約国がとった措置の詳細を条約第18条の報告手続に含ませることができる(2項)としている。


 申立によらない職権による手続は拷問等禁止条約第20条に定めがあり、拷問が系統的に行われているとの十分に根拠のある信頼できる情報を委員会が受けた場合に開始される。1993年にトルコにおける拷問についての調査が拷問等禁止委員会によって行われた。この第10条の規定は、4項を除き、ほぼ、拷問等禁止条約第20条1項ないし5項前段と同じである。第10条4項、第11条は、草案第8条、第9条のフォローアップの手続に対応するものである。


 ILO憲章第26条4項は、条約の実効的な遵守を確保していない場合の理事会の発意による手続を規定している。このような調査手続は重大で系統的な違反に対しては、個人等の申立以外に必要であり、たとえば、アムネスティ・インターナショナルのようなNGOが報告書を出し、これに基づいて委員会が手続を開始することが可能となる。また、個人等の申立に対しては、個別の事案に対する救済が中心となるが、重大で系統的な違反については、条約違反の構造的な原因に迫ってこれを変更させることが必要であり、法の改正や機構の改正をも含む変更をこの調査手続によって行うことができる。


 さらに、現地を訪問しての調査は事実を究明する上では特に重要であり、拷問等禁止条約第20条3項にも規定がある。

 以上のように他の諸条約や手続に照らせば、草案が導入しようとする調査手続は、必要かつ現実的なものであり、その導入には賛成である。