生物多様性の保全と持続可能な自律した地域社会の実現を求める決議

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地球上の全ての生物は、様々な個性を持ち、食物連鎖や花粉を運ぶ昆虫と植物の共生など、つながりあい、直接間接に支えあって生きている。生物多様性とは、こうした生物の豊かな個性とそのつながりをいう。生物多様性は、様々な恵みを私たちにもたらしており、その保全は、私たちが生存するために不可欠である。
 

ところが、生物多様性は、開発による生息地の破壊や分断・乱獲、人の手が入らなくなったことによる里山などの劣化、外来種や化学物質による生態系の撹乱、地球温暖化の進行などにより、危機に瀕している。その危機に対応すべく、1992年の「地球サミット」(ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された「環境と開発に関する国際連合会議」。以下同じ。)において、生物の多様性に関する条約(以下「生物多様性条約」という。)が採択された。我が国も、1993年、同条約を締結し、また、同年、環境基本法を制定し、その中で生物多様性の保全を重要な指針の一つと定め、2008年には、生物多様性基本法を制定するなど法制度の整備を進めてきた。しかし、依然として生物多様性の危機は進行している。
 

例えば、我が国最大の湖である琵琶湖では、高度経済成長期以来の工場排水や農薬、生活排水の流入、1972年に始まった総合開発事業などによって、多くの固有種やヨシ原など古代から育まれてきた豊かな生物の多様性が著しく損なわれた。その後、滋賀県や多くの市民などによる生物多様性の保全と再生の努力が進められているが、その効果はいまだ限定的である。
 

したがって、生物多様性の保全を図るために、環境基本法の基本理念にのっとり、生物多様性基本法の制定の趣旨を踏まえて法制度全体を包括的に見直し、実効性のある施策を講じることが必要である。
 

また、生物多様性の保全のためには、農業や林業の生物多様性保全型への変革、農業者や林業者などを含む市民の手による自然の適切な管理・利用、地域の再生可能エネルギー資源の活用などによる自立可能なエネルギー循環の確立が不可欠であり、それを支える市民参加型の持続可能な自律した地域社会を構築していかなければならない。さらに、開発などによる生物多様性に対する危機を回避するためには、市民が権利として、生物多様性に関する情報にアクセスし、国や地方公共団体の意思決定に参画し、かつ環境保全のための司法手続にアクセスできるようにすることが必要である。1998年に国際連合欧州経済委員会で採択され、2001年に発効した「環境に関わる、情報の入手、意思決定への公衆参加および司法の利用に関する条約」(以下「オーフス条約」という。)は、これらの権利を市民に保障することを各国に求めているが、我が国はいまだ同条約に加入していない。
 

よって、当連合会は、以下のとおり、国及び地方公共団体に求める。


1 国及び地方公共団体は以下の立法措置を採ること。


 (1) 国及び地方公共団体は、生物多様性に影響を及ぼすおそれのある事項に関わる法令を制定するときは、生物多様性の保全について配慮すべき旨の条項を設け、既存の法令にその旨の規定がないときは、改正してその旨の条項を設けること。


 (2) 国は、生物多様性基本法を改正し、生物多様性に影響を及ぼす行為については、回避・最小化・代償という順序により影響を緩和する措置を実施すべき旨の制度(以下「ミティゲーション制度」という。)を設けること。


2 地方公共団体は、生物多様性を保全し、持続可能な地域社会を実現するため、単独で又は他の地方公共団体と共同して以下の施策を講じ、国は、それを財政的、技術的、その他の手法により支援すること。


 (1) 地域の生物多様性に関する保全管理計画を策定すること。


 (2) 生物多様性を保全する持続可能な農業及び森林管理を促進するため、生物多様性保全に取り組む農林業者等への直接支払制度の拡充その他の経済的支援及び税制上の優遇措置を行うこと。


 (3) 地球温暖化による生物多様性の減少を抑止するため、市民などによる持続可能な再生可能エネルギー拡大のための施策を推進すること。


3 国は、オーフス条約に早期に加入し、以下を実現すること。


 (1) 生物多様性に関する情報の公開制度を整備すること。


 (2) 生物多様性に影響を及ぼす計画の策定、施策の実施及び評価(監視)に対する市民参加を権利として保障する内容の手続規定を整備すること。


 (3) 市民が生物多様性保全のための環境訴訟などを提起できるように法整備し、環境団体が公益訴訟を提起する環境団体訴訟の制度を創設すること。


 以上のとおり、決議する。

 

2017年(平成29年)10月6日

日本弁護士連合会

 

提案理由

第1 生物多様性の保全の必要性

地球上には、多様な生き物が存在している。種の数は、判明しているものだけで175万種、全体では3000万種(生物多様性国家戦略2012-2020)ともいわれている。それらの種は、つながりあい、相互に影響しあって、土壌、大気、水などの非生物的な環境の中で生態系を創り出している。生物多様性とは、このような生物の豊かな個性とそのつながりのことをいい、1992年の地球サミットで採択された生物多様性条約において文書化された。同条約では、「『生物の多様性』とは、すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系、これらが複合した生態系その他生息又は生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む。」としている(第2条)。
 

生物の多様性は、食べ物、紙や繊維・ゴム、燃料はもちろん、例えば、熱帯の森林の生態系に存在する植物や菌などが医薬品となるなど、私たちの生活に欠かせないものを提供しているが、それに尽きるわけではなく、植物による酸素供給、森林による水循環のバランス調整や豊かな土壌の形成といった、生存基盤を提供し、また、地域ごとの景観や文化の育成といった文化的な生活環境の提供、災害の軽減や土壌流出防止などの生活環境の調整をしている。
 

このように、生物多様性の保全は、私たちが生存するために不可欠である。
 

しかし、近代以降、生物資源が乱獲・破壊され、その枯渇が問題となっている。例えば、干潟が消失すれば水質の浄化作用、多くの水生生物の繁殖場を提供する機能、シギ・チドリ類などの渡り鳥に餌場を提供する機能、潮干狩りや自然観察などを通じて人間に食べ物や娯楽を提供する機能などが失われる。また、熱帯雨林が喪失すれば、熱帯雨林に存在する多様な生物種が失われるほか、森林による二酸化炭素吸収量が減少して地球温暖化による気候変動にも拍車がかかり、将来世代への計り知れない影響が危惧される。
 

当連合会は、第16回人権擁護大会において、「環境権の確立に関する決議」(1973年8月18日)を、第29回人権擁護大会において、「自然保護のための権利の確立に関する宣言」(1986年10月18日)を、第39回人権擁護大会において、「野生生物の保護を求める決議」(1996年10月25日)を、そして、第49回人権擁護大会において、「野生生物との共生のための生物多様性保全法の制定を求める決議」(2006年10月6日)を、それぞれ採択し、一貫して、自然の恵沢を享有することが人権に含まれることを確認してきたものである。そして、この人権の内容をなすものとして、生物多様性の保全を求め、琵琶湖に面する大津市で開催される第60回人権擁護大会で決議をする次第である。


第2 生物多様性条約と国内法制度

生物多様性条約は、前記のとおり、1992年の地球サミットで採択された。20世紀後半の顕著な人口増加や、経済発展に伴い、森林の伐採を始め、過度の資源利用などにより生態系の健全性が損なわれた結果、特定の生物や場所を保護することだけでは生物多様性の保全ができなくなった。そこで、生物多様性を包括的に保全し、生物資源を持続可能な形で利用するための国際的な枠組みとして成立したのが、同条約である。条約の前文では、生物多様性の保全が人類共通の関心事であるとされ、生物多様性の保全及び持続可能な利用への配慮が国際社会のあらゆるレベルで基本原理となる旨がうたわれている。
 

1993年、我が国も同条約を締結し、また、同年、国の環境政策全体の基本法として環境基本法を施行した。同法は、①健全で恵み豊かな環境の恵沢の享受と継承(第3条)、②環境負荷の少ない持続的発展が可能な社会の構築(第4条)、③国際的協調による地球環境保全の積極的推進(第5条)を基本理念としている。さらに、国の施策の策定等に係る指針として、「生態系の多様性の確保、野生生物の種の保存その他の生物の多様性の確保が図られるとともに、森林、農地、水辺地等における多様な自然環境が地域の自然的社会的条件に応じて体系的に保全されること」を明記している(第14条第1項第2号)。
 

1995年には、同条約に基づき、国は、生物多様性の保全と持続可能な利用に関する国の基本的な計画となる生物多様性国家戦略(以下「国家戦略」という。)を策定し、2008年には、生物多様性基本法が施行された。
 

同法は、生物多様性を保全すると同時に、これを持続可能な方法で利用しようとするものであり、生物多様性保全の基本的施策を定めるほか、国による国家戦略の策定義務を定め(第11条)、国の他の計画において、生物多様性の保全、利用に関して策定する場合は、国家戦略を基本にするものと定めている(第12条第2項)。また、国だけでなく、都道府県及び市町村による生物多様性地域戦略の策定の努力義務などを規定した(第13条)。
 

2010年に名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議では、世界の行動目標として「愛知目標」が定められた。長期目標として、2050年までに、人間が「自然と共生する世界」を実現し、短期目標として、2020年までに、生物多様性の損失を止めるために、実効的かつ緊急の行動を実施することとし、個別目標として、生物多様性の保全と持続可能な利用を、地球規模から身近な市民生活のレベルまで、様々な社会経済活動の中に組み込むこと(生物多様性の主流化)、森林を含む自然生息地の損失速度が少なくとも半減、可能な場所ではゼロに近づけるなど、20項目を設定している。
 

2012年に策定された国家戦略(2012-2020)では、愛知目標達成のための行程表のほか、生物多様性の保全と持続可能な利用の取組を推進していくための基本戦略として、「生物多様性を社会に浸透させる」「地域における人と自然の関係を見直し、再構築する」ことなどをうたっている(第1部第4章第2節)。


第3 生物多様性保全配慮義務とミティゲーション制度

1 生物多様性保全配慮義務

(1) 生物多様性の保全に配慮を欠いた琵琶湖総合開発事業

琵琶湖総合開発事業は、1972年に制定された琵琶湖総合開発特別措置法に基づき、25年の歳月と約2兆円の費用をかけて行われた。本事案は、水資源開発と治水及び水質汚濁等の環境悪化対策を目的とした地域整備事業であり、高水時の琵琶湖沿岸域の洪水被害を防止するため湖岸工事を行い、水質保全のために下水処理施設を造り、農地の圃場整備、河川の改修工事を行うとともに、堰による水位操作を行うものとした。しかし、当時は「生物多様性」という概念さえなく、生物多様性の保全に対する配慮を欠き、在来の魚類の産卵行動の撹乱を招き、かつて湖岸に多く見られたヨシ原が破壊されるなど、琵琶湖を取り囲むようにして存在していた内湖や近江八景にもなった琵琶湖の景観は大きく損なわれた。
 

琵琶湖の水質保全のため、下水道整備事業などもなされたが、成果は上がらず、1986年から湖沼水質保全特別措置法に基づき滋賀県と京都府が策定した水質保全計画によって、集水域における水質保全施策が行われた。1992年、琵琶湖の水質保全にヨシ群落が果たしている機能の重要性を認識した滋賀県は、滋賀県琵琶湖のヨシ群落の保全に関する条例を制定し、2000年からは琵琶湖総合保全整備計画を策定して、水質保全、水源かん養、自然的環境・景観保全などに取り組んだ。その結果、富栄養化の原因となる全リンや全窒素は減少し始めたが、水質汚濁に係る環境基準は、琵琶湖北湖の全リンを除き未達成である。特に、水質汚濁の程度を示す重要な指標の一つである化学的酸素要求量(COD)は、琵琶湖全域を通じて環境基準を超え、悪化傾向を示している。また、植物プランクトンの大量発生によるアオコは止まず、在来魚介類の減少に加え、湖底の低酸素化、水草の大量繁茂や外来動植物の増加といった新たな問題も生じ、琵琶湖の生態系の健全性は著しく損なわれたままである。
 

こうした状況を打開するため、2015年、琵琶湖の生態系の保全を目的に掲げる「琵琶湖の保全及び再生に関する法律」が制定された。同法は、関係府県の連携、多様な主体の協働をうたい、水質汚濁の防止を始め、琵琶湖の抱える課題をほぼ網羅したものとなっている。しかし、同法は、琵琶湖の生態系の保全のほか、琵琶湖の利水・治水も目的の一つに掲げている。この二つの目的はときに相反することがあり、その両立を図りながら、いかにして、琵琶湖の生態系の保全を実現するかが今後の課題になる。


(2) 現行法上の生物多様性配慮義務

生物多様性の保全を法の目的や趣旨に挙げる法律は、「琵琶湖の保全及び再生に関する法律」のように新しく制定され、又は既存法が改正されて、徐々に増えてきた。環境基本法(1993年制定)、生物多様性基本法(2008年制定)のほか、野生生物や生息地の保全・利用に係るものとして、絶滅のおそれのある野生生物と生息地を保全する「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(1992年制定)、治水・利水に加え、河川環境の整備と保全を目的とする「河川法」(1997年改正)、鳥獣や生息地を保護する「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」(2002年改正)、自然環境を保全することが特に必要な区域等の生物多様性を確保することを目的に挙げる「自然環境保全法」(2009年改正)、国立公園などにおける生物多様性を確保することを目的に挙げる「自然公園法」(2009年改正)などがある。
 

また、外部撹乱要因に係るものとして、人の健康の保護に追加して、生態系の保護も目的とする「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(2003年改正)、国際的な協力による生物多様性の確保を目的とする「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(2003年制定)、海外から導入される生物による被害を防止し生物多様性の確保を目的とする「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(2004年制定)などがある。
 

しかし、法制度の整備はいまだ十分とはいえない。生物多様性に及ぼす影響が大きい土地利用について、例えば、国土の70%近くを占める森林について定める森林法は、地域森林計画の対象となる民有林の開発行為が「森林の周辺の地域における環境を著しく悪化させるおそれがある」ときは許可されない旨定める(第10条の2第2項第3号)が、同法が生物多様性の保全に対する配慮については明言していないため、多くの場合、残地森林の割合が所定の基準さえ満足すれば許可されてしまう。このように、国土の利用について生物多様性の保全に対する配慮を欠く法律は、森林法のほかにも、都市計画法、農地法、道路法、採石法、砂利採取法など、数多く存在する。
 

また、生物多様性の撹乱要因の化学物質に係る規制においても、水質汚濁防止法や農薬取締法、又は肥料取締法など、生物多様性の保全に対し配慮すべき旨の規定を欠く法律は多い。


(3) 生物多様性配慮義務規定の明記の必要性

自然環境に改変を加える行為、里山や里海の管理放棄、生態系に対する外部からの撹乱など、生物多様性の保全に係る法令が、十分に生物多様性に配慮する仕組みを持っていれば、生物多様性への影響は計画的にコントロールすることができる。
 

各省庁や、地方公共団体の各部署が所管する生物多様性の保全に係る諸法令において、その保全が目的や理念として明記されれば、それに応じて必要な法令の改正もなされ、また、行政計画も適切な目標設定がなされ、達成方法も明確に位置付けられることになる。国土の利用については、各地域の土地利用計画及び整備計画などにおいて、生物多様性の保全の観点からの規制の基準や許認可の要件(法令解釈の基準)を設定することなども可能となり、計画的管理がなされ、生物多様性の保全が可能となる。化学物質の規制については、統一的な基準で生物多様性に対する化学物質の毒性を評価し、その輸入、製造や使用、排出を管理することができる。


(4) 小括

したがって、国及び地方公共団体は、生物多様性に影響を及ぼすおそれのある事項に関わる法令を新たに制定するときは、当該法令に生物多様性の保全に配慮すべき旨を規定し、既存の法令にその旨の規定がないときは、当該法令を改正してその旨を規定することが必要である。

 

2 ミティゲーション制度の導入

ミティゲーション制度は、生物多様性など環境に影響を及ぼす行為については、まず、可能ならば実施しないことで影響を回避する、次に、当該行為の実施の程度や規模を制限することで影響を最小化する、それも不可能な場合には、代用の資源や環境で置き換え又はこれらを提供することによって代償するなどの環境保全措置を実施することをいう。ミティゲーション制度は、生物多様性を保全するための有効な方法とされており、トータルで生物多様性に対する損失をゼロにするか、これを上回るものとするという意味を持つ。
 

欧米諸国では、自然や景観、保護価値の高い貴重な生物や湿地などを保全するためにミティゲーション制度を実体的規制法として導入している。原因者負担の原則に由来するもので、乱開発を抑止し、保全を促進することになる。
 

ところで、環境影響評価法では、同法の対象事業を行う事業者が環境影響評価の一環として環境保全措置を検討することが規定されており(同法第2条第1項、第3条、第12条等)、環境保全措置の検討に当たっては、「環境への影響を回避し、又は低減することを優先するものとし、これらの検討結果を踏まえ、必要に応じ当該事業の実施により損なわれる環境要素と同種の環境要素を創出すること等により損なわれる環境要素の持つ環境の保全の観点からの価値を代償するための措置の検討が行われるものとすること。」(平成9年12月12日環境庁告示第87号「環境影響評価法の規定による主務大臣が定めるべき指針等に関する基本的事項」第五、二)とされている。これは、環境影響評価手続における検討を通じて、事業者が自発的にミティゲーション制度を実施する方向に誘導しようとするものであるが、あくまで事業者の自主性に委ねるもので、実施を義務付ける実体的な規制ではない。
 

当連合会は、第45回人権擁護大会「湿地保全・再生法の制定を求める決議」(2002年10月11日)において、「開発行為が湿地に及ぼす影響について、回避・最小化・代償という優先順位をもって保全を行う手法」の導入を求める決議をしたが、ここに改めて、実体的規制としてのミティゲーション制度の導入を再度提言するものである。

第4 生物多様性の保全を基調とする自律した地域社会の実現

1 地域の生物多様性に関する保全管理計画の策定

(1) 保全管理計画の必要性

生物多様性を保全し、生物多様性が地域にもたらす様々な恵みを持続可能な方法で利用するためには、人の手が入った環境である里山や身近な環境を含め、全ての自然環境を対象とする市町村の自然環境保全に関する計画が必要であり、かつ、生物多様性が一定のまとまりを持つ河川の流域単位などでの複数の地方公共団体の共同による生物多様性の保全管理計画が必要である。こうした保全管理計画の整備の中で、第3で述べたミティゲーション制度をより実効性を持って実施することが可能になる。
 

よって、地方公共団体は、単独で又は共同して、各省庁所管の法律による縦割り的な整備計画や整備の管理を包括した総合的な地域の計画として、地域の森林、河川、湿地、農地、都市など様々な生態系間の密接なつながりや相互作用を捉え、それが成り立つ自然的社会的諸条件を科学的に検討しながら、実効的な保全管理計画を立てていく必要がある。
 

また、保全管理計画の策定、決定その実施に当たっては合意形成の努力も必要となるため、後記に述べるように市民の参加も必要となる。


(2) 生物多様性基本法に基づく生物多様性地域戦略の現状

なお、生物多様性基本法第13条第1項は、「都道府県及び市町村は、生物多様性国家戦略を基本として、単独で又は共同して、当該都道府県又は市町村の区域内における生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する基本的な計画を定めるよう努めなければならない。」と規定しており、2016年12月末時点において、39の都道府県と15の政令指定都市が「生物多様性地域戦略」を策定している。しかし、全国1、721の市区町村(政令指定都市を除く。)においては、策定についての予算、人員やノウハウを欠くため、「生物多様性地域戦略」を策定している市区町村はわずか56で、全体の約3.3%にすぎない。また、現行の制度においては、「生物多様性地域戦略」の策定に当たり、市民参加が保障されていない。


2 農林業者等への支援について

(1) 里山、森林の再生

里山は、人が定期的に手入れをすることによって成り立つ環境に適応した、生物に好適な生息環境を提供しており、森林は、国土の7割近くを占め、多くの陸上生物の生息生育地となっている。
 

しかし、近年は、経済のグローバル化によって安価な農林水産物が輸入されるため、国内生産物の消費が激減し、同時に、高齢化と人口減少(特に農村部においては減少が際立っている。)が拍車をかけ、耕作放棄地や放棄林が増加し、シカやイノシシなどの野生鳥獣が人里へ侵入するようになり、深刻な農林被害も引き起こしている。
 

農林業における生物多様性の保全を図るためには、生息地の改変や生態系に悪影響を与える行為をなくすとともに、里山では、人の自然への適切な働きかけによって生物多様性が保たれてきたことを認識し、持続的に利用していく必要がある。例えば、化学肥料や農薬を使用しない有機農業は、生物多様性への寄与が非常に大きい。また、兵庫県豊岡市のコウノトリの野生復帰への取組をきっかけとする生物多様性保全活動では、コウノトリが棲むことができる環境づくりを目指し、農薬に頼らない米作り、魚が田圃へ自由に出入りできる魚道や里山の整備、環境教育、地産地消、地域外との交流などを推し進めた。その結果、コウノトリの舞う里山が創生され、安心・安全な農作物などで、地域の活性化につながっている。
 

持続可能な森林管理に関しても、例えば、環境負荷の少ない林道を設置し、適切な間伐で林内に光を射し入れ、林床植生を豊かにするとともに、国内材による断熱性に優れた直交集成材パネルに加工したり、排出される間伐材を木質固形燃料にして発電や熱利用に供するなど、地域の実情に応じて、荒廃林を適切に管理し、健全な森林に再生するための取組には様々なものが考えられる。また、単一種による人工林を自然林に近い植生に戻していくという森林の再生も重要である。森林の再生は、二酸化炭素を吸収・固定することになり、地球温暖化防止にも役立つ。また、里山などの伝統的な農山村景観の保全にもなる。
 

さらには、生物多様性保全策として、持続的に自然資源を利用することは地域の雇用の創出にもつながる。都会の住民が農山村に滞在し、自然や文化を体験する旅行、いわゆるグリーンツーリズムは、生物多様性の新しい利用方法であり、人々に安らぎや憩いを提供し、かつ、都市の住民と農山村の住民の交流の場、子どもたちの環境教育の場となる。
 

こうした事業の結果、地域はより活性化する。


(2) 経済的支援、税制等の措置

生物多様性の保全のためには、経済的手法といわれる環境政策の導入も有効である。農業の分野では、2015年に施行された「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」により、環境保全型農業直接支払制度や中山間地等直接支払制度など、生物多様性保全の取組への直接支払制度が拡充されている。しかし、過疎化が著しく進行してきている山間地などでは、現行の中山間地直接支払制度では対象地域が限定されており、集落協定の締結と5年間の生産活動が条件になるなど、山間地が抱える耕作放棄地などへの経済的支援対策として十分とはいえない。
 

したがって、劣化してしまった里山の生物多様性を保全する活動自体を対象に、経済的支援を行うための直接支払制度の拡充や税制措置などが必要である。
 

また、森林・水源環境税のように、森林の有する水源かん養、土壌保全、生物多様性保全などの公益的機能に着目し、その保全費用の一部を受益者たる住民が負担する制度もある。これは、農林水産業や自然環境がもたらす様々な恵みを「サービス」として捉え、その恩恵を受けている人が、サービスの内容や規模に応じて、その供給を担う人や組織に対し対価を支払う制度である。


3 再生可能エネルギーの拡大のための政策推進

地球温暖化を抑制するためには、化石燃料の使用を削減する必要がある。他方、大規模な風力発電や太陽光発電案件の中には、大規模な森林伐採を伴ったり、鳥やコウモリに悪影響を及ぼしたりするなど、生物多様性の破壊をもたらすものもあり、地元住民とのトラブルも多発している。今後は、生物多様性に配慮し、かつ、地域を活性化するため、市民からも出資を募って小規模な太陽光発電や小水力発電、バイオマス(化石資源以外の動植物由来の有機物である資源)による熱供給や発電に地域で取り組むなど、地域の自然資源から市民の力でエネルギーを作り出すという発想が、ますます重要となるだろう。
 

我が国における再生可能エネルギーの発電量の割合は、太陽光を除くと、小水力が一番大きく、次いでバイオマス、風力となっている。小水力発電にあっては流量のある水路と設置場所さえあれば、昼夜、年間を通して安定した発電が可能になり、設置面積も狭いことから景観を損ねることもなく導入が進んでいる。岐阜県郡上市石徹白地区では、江戸時代から存在した用水路に水車と発電機を設置して地区内の全世帯(約100世帯)の電力を賄い、地域の活性化も図っている。
 

また、地域のバイオマス資源である、家畜の排泄物や下水汚泥、食物残渣などから精製したガス等の燃料や、森林の立木を丸太にする際に出る枝葉や梢端部分、森林外へ搬出されない間伐材等通常活用されない木質資源を原料とする木質固形燃料を使って熱供給や発電を行うことは、資源循環の観点から見て、その有用性は高い。その他、地熱発電なども、方法次第では地域の活性化につながることが期待される。
 

したがって、化石燃料や原子力に頼らない、こうした多種多様な再生可能エネルギーのより一層の拡充は、生物多様性を保全しつつ地域創生を行うという観点からも望ましい。
 

これらを推進するためには、エネルギー消費の削減や効率化を行った上で、固定価格買取制度の維持拡充、送配電網の拡充強化と優先接続及び再生可能エネルギー資源による熱の利用の積極的推進など、当連合会が、「新しいエネルギー法制度の構築に向けた意見書」(2012年2月17日)及び「『電力システム改革の基本方針』についての意見書」(2012年9月13日)に述べたような、再生可能エネルギーを拡大するための諸施策が採られる必要がある。


第5 生物多様性の保全と市民参加の保障

1 リオ宣言とオーフス条約

1992年の地球サミットで採択された「環境と開発に関するリオ宣言」において、環境問題の最も適切な解決のためには、関係市民の参加が必要であること、関係市民の参加のために、①環境情報の入手の権利、②意思決定過程への参加権、③司法・行政手続への参加権を各国が確保すべきことが国際的に合意された。そして、1998年に国際連合欧州経済委員会で採択されたオーフス条約に具体化された。
 

オーフス条約は、現在及び将来の世代の全ての人々が、健康と福利に適した環境のもとで生きる権利の保護に貢献するため(第1条)、①情報へのアクセス権、②政策決定への参加権、③司法へのアクセス権という3つの権利を環境団体も含め、全ての市民に一体的に保障することを目的としており、現在、EUほか47の国と地域が加盟している。
 

同条約では、意思決定の早い段階における市民参加が認められ、事業の採否の決定に関する資料などの検討時間も十分確保されるべきこととされ、環境関係の行政立法段階、環境政策の決定段階、個別許可・事業アセスメント段階の3つの段階での参加や環境団体への経済的援助も規定されるなど、環境民主主義に関する国際的な指標となっている。
 

同条約が保障すべきものとしている司法アクセスとは、裁判所のみならず、行政不服審査、各種裁判外紛争解決手続など、様々な独立した救済機関に環境法規違反行為の防止・是正を求めることを含んだ概念である。
 

国際連合加盟国は、締約国会議の承認により条約に加入することができるとされており(同条約第19条第3項)、我が国も同条約に早期に加入し、市民参加のための国内法を整備するべきである。


2 情報公開制度の整備

参加を実効的に保障するためには、情報公開は不可欠であり、情報公開請求権は、生物多様性に関心を持つ全ての人に対し、確保されなければならない。
 

また、情報公開を実質的に確保するためには、文書管理規定の整備とともに、十分な調査をする義務なども整備されなければならない。さらに、専門性の高い情報に関しては、専門家による解説などの支援をすることも重要である。
 

そして、公開による環境上の悪影響や経済的利益・個人の人権への侵害を理由とする公開拒否が、必要な情報の公開の阻害につながらないよう、国は、行政における紛争処理手続や裁判所による審査等を実施することで公正さを確保する必要がある。


3 権利としての市民参加の保障

生物多様性の保全のための、計画の策定、実施、評価(監視)の各プロセスにおける市民参加は、公正で合理的な決定を得るために極めて重要である。また、生物多様性を保全するための具体的な施策を各地で実効的に進めていくためには、地域の実情をよく知り地域に根ざした活動を行う市民の主体的な参画が不可欠である。
 

そのためには、市民の参加が確保されない場合に、それ自体を権利侵害として司法手続において是正できるものとするため、参加を権利として保障するように、①案の撤回や変更が可能な早期の段階において、②根本的に異なる複数の案と理由を示し、③意見表明に対する応答も行い、④意見を考慮に入れることを義務付けその判断過程を明らかにする、といった、市民の参加を実質的に保障する手続を法的制度として確立することが重要である。
 

こうした市民参加制度は、アメリカ合衆国やヨーロッパでは以前から認められてきており、例えば、ドイツでは、建築計画の策定手続において、上記の内容の実施を義務付けて、実効的な市民参加ができるように手続を整備している(建設法典第3条)。オーフス条約は、市民参加の保障を法的制度として定めることを締約国に求めている。
 

しかし、我が国では、案の撤回や変更が可能な早期の段階での参加は権利として認められておらず、根本的に異なる複数の案の提示も不要で、住民らの意見に対する応答制度もなく、どのように、市民の意見を考慮したかも不明で、全体として権利としての参加は保障されていない(都市計画法第16条及び第17条)。それゆえ、我が国においても早急な手続整備がなされるべきである。
 

加えて、市民参加を実現していくためには、市民を補助し専門的・科学的な知見を提供していくことを可能とする仕組みが必要である。そのためには知見を提供し得る立場にある環境保護団体への支援が必要であり、国及び地方公共団体は、環境保護団体に対し、経済的補助や情報の提供などの支援を行うべきである。


4 司法アクセスの拡充

生物多様性に関する法制度は、訴訟によって最終的にその履行が確保できるが、我が国では、関心を持つ市民や環境保護団体が訴訟を起こすことが限定されており、その面でも生物多様性保全が実効的に実現されていない。
 

特に、生物多様性に関する訴訟は、自己の生命・身体・財産が侵害されているわけではないとして、原告適格や訴権を否定する裁判所の判断が後を絶たない。
 

これに対して、オーフス条約では、環境に影響を与える可能性のある行為全般について、司法アクセスを保障することを締約国に求めている。司法審査の権利を保障することで、違法・不当な行為に対する抑止効果も働く。
 

法治主義の観点からも、環境法規違反行為にあまねく司法コントロールを及ぼすため、生物多様性の保全が人々の権利利益に関することであることを明確にするとともに、環境利益についての原告適格を拡大し、さらに、環境団体が公益訴訟を提起する環境団体訴訟の制度を創設する必要がある。


第6 まとめ

当連合会は、第39回人権擁護大会(1996年)で、実効性ある生息地等保護区の指定と野生生物保護施策の実施などの提言を行い、さらに、第49回人権擁護大会(2006年)において、生物多様性保全法(仮称)の制定を求めた。
 

2006年の決議から10年が経ち、開発法の「環境法化」と言われるように、開発法に環境配慮が明記されることが多くなってきている。しかし、2010年の生物多様性条約第10回締約国会議で「生物多様性を主流化する」ことが目標とされたにもかかわらず、生物多様性の保全の必要性は、まだ法制度全般には浸透していない。私たち人間も生態系の一部であり、地球上で生き続けていくためには、生物多様性の保全が不可欠である。そのためには、生物多様性の保全を目的に据えた法制度への全面的かつ包括的な見直しが必要である。
 

また、市民が、生物多様性の保全のための計画策定・政策形成に参画し、かつ、持続的な保全管理活動にも参加していくことにより、多様な主体同士の真の協働も生まれ、持続可能な地域社会も創造される。
 

よって、当連合会は、生物多様性の保全と持続可能な自律した地域社会の実現に向けて、本決議をするものである。