障害者権利条約の完全実施を求める宣言

2014年1月20日、日本は、「障害者の権利に関する条約」(以下「本条約」という。)の批准書を寄託し、同年2月19日、本条約は日本について効力を生ずることになった。

 

本条約は、「全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進すること」(1条1項)を目的として、障がいのある人の権利の実現のために締約国が立法、行政をはじめとする全ての適当な措置をとるべきことを定めている(4条)。

 

本条約の批准に向けて政府は、障がいのある人に係る制度の集中的な改革を推進することとし、2011年「障害者基本法」の改正に始まり、2012年の「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(以下「総合支援法」という。)の制定、2013年の「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下「雇用促進法」という。)の改正及び「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(以下「差別解消法」という。)の制定など、国内法の整備を行っている。

 

しかし、これらの法整備によっても、今なお、日本の障がいのある人たちは、本条約が目指す「あらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有」を保障されておらず、本条約を実効あらしめる国内法整備は不十分である。

 

よって、国は、本条約の完全実施に向けて、以下の施策を行うべきである。

 

1 差別の禁止及び解消のための基本的施策

  • (1) 本条約が、定義規定の中で、「障害に基づく差別」を、他の者との平等を基礎として権利の享有や行使を害する目的又は効果を有するものとし、差別の形態として、合理的配慮の否定を含む「あらゆる形態の差別」を含むとしているのと同様に、差別解消法においても、間接差別や関連差別など、あらゆる形態の差別が対象となることが明らかになるよう、具体的な差別の定義規定を設けるべきである。

     

  • (2) 障がいのある人に対して合理的な配慮をなすべきことについて、民間事業者の努力義務を直ちに法的義務とすべきである。

     

  • (3)国等職員対応要領、地方公共団体等職員対応要領及び事業者対応指針(ガイドライン)の策定に当たっては、不当な差別的取扱いや合理的配慮の例外事由となる正当な理由の存在や過度な負担であることが安易に認められることがないようにすべきである。

2 差別の禁止及び解消を伴う個別分野の施策

(1) 労働・雇用分野
  • 改正雇用促進法においても、差別解消法と同様に、禁止される差別の具体的な定義規定を新たに設けるとともに、差別禁止等に係る同法改正規定の施行までに策定される差別の禁止に関する指針及び均等な機会の確保等に関する指針についても、安易に例外が認められないようにすべきである。

     

    また、障がいのある人は差別を助長又は生み出す構造的な労働環境に置かれがちであるため、これを是正する施策を行うべきである。

     

    本条約が求める公正かつ良好な労働条件の保障は、総合支援法が規定する福祉的就労の分野においても実現されるべきであり、その分野で働く障がいのある人に対しても労働基準法等の一般労働法規をできるだけ適用し、一般就労との格差を埋める方向で法制度を整備すべきである。
(2) 教育分野
  • 学校教育法及び同法施行令は、障がいのある人もない人も、分け隔てられることなく、ともに学ぶことを原則とするインクルーシブ教育制度を前提とするものに改正すべきであり、義務教育のみならずあらゆる段階の教育においてともに学ぶための合理的配慮を保障し、ともに学ぶ中で各人が必要とする支援をともに学ぶ中で拡充するよう法整備を行うべきである。
(3) アクセシビリティ
  • 建物や輸送機関等の施設及びサービス利用が保障されるよう、「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」に、障がいのある人のアクセスの権利を明記するとともに、地域間格差を是正する仕組みを盛り込むべきである。

     

    円滑に情報にアクセスし、他者とのコミュニケーションを図ることができるようにするために、情報・コミュニケーション法を制定するとともに、手話の普及を図り、国及び地方公共団体を含む社会全体や教育現場において手話の使用を促進するために手話言語法を制定すべきである。
(4) 欠格条項
  • 障がいの有無のみを理由として資格や免許の付与を制限・禁止する欠格条項を廃止すべきである。
(5) 障がいのある女性の複合差別
  • 障がいのある女性に対する複合的な差別の解消に向けた調査と施策の検討を行うべきである。
(6) 精神科医療
  • 「精神障害者」のみを対象とする「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」に定める強制入院については、本条約14条1項の観点から早急に見直し、通院治療により地域で生活できる状態まで病状の回復を図ることを制度の目的に置いて強制入院を必要最小限のものとするとともに、患者の医療を受ける権利を保障し、強制入院中は常に入院者の希望する権利擁護者を付する制度を確立すべきである。

     

    また、精神障がいのある人の地域移行については、精神病床を居住系施設に転換するのではなく、地域生活支援の充実を図るべきである。
(7) 司法手続における配慮
  • 訴訟をはじめとする司法手続において、障がいのある人に配慮すべきことを訴訟法等に明文で規定すべきである。

3 障がいのある人の尊厳が尊重される生活を確保するための施策

(1) 総合支援法
  • 総合支援法を障がいのある人が個別事情に即した支援が受けられるものに改正すべきである。
(2) 虐待防止法
  • 「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」(以下「虐待防止法」という。)の障がいのある人の虐待防止の仕組みの範囲を拡大し、学校、保育所等、医療機関、官公署等における虐待も適用対象とすべきである。
(3) 成年後見制度
  • 精神上の障がいによる判断能力の低下に対する行為能力制限について、現行の画一的かつ包括的な制限を、個々人に応じた必要最小限の制限にとどめ、当事者が可能な限り自己決定しうる支援と環境整備を原則とする制度に改めるべきである。

4 本条約実施のための制度的担保

 

本条約33条2項は、本条約の実施を促進し、保護し、監視するための仕組みを設置することなどを求め、その際には、「国内人権機関の地位に関する原則」(以下「パリ原則」という。)を考慮に入れるべきこととしている。

 

本条約の国内実施のため、パリ原則に則った政府から独立した国内人権機関を創設するとともに、本条約の選択議定書を批准して、個人が国連の障害者権利委員会に救済を求めることができる個人通報制度を実現すべきである。

 

本条約の発効から2年後の2016年には、国連の障害者権利委員会に対する第1回目の報告の提出が締約国に義務付けられている。そのときには、日本での取組が国際的にも問われることになる。

 

当連合会は、国に対し、日本が、障がいのある人への差別をなくし、障がいのある人の権利が保障される社会を構築し、本条約実施について諸国のリーダーとなるために、条約の完全実施に向けての取組を強化することを求めるものである。

 

また、当連合会も、果たすべき役割が多大なものであることを自覚し、会内における研修の実施、会内外における啓発活動などを継続し、障がいのある人もない人も、分け隔てられることなく、自分らしく、ともに生きる社会の実現に向けて全力を尽くすことを宣言する。

 

2014年(平成26年)10月3日
日本弁護士連合会


提案理由

第1 はじめに

「障害があることは、悪いことではありません。それを自慢することだってできるのです。私たちはみな違っていて、誰もがさまざまな能力を持っています。どの子どもも、家庭や学校、そしてコミュニティに、その能力の存在を知らせてくれる大使となることができるのです。私たちそれぞれが、ほかの人のために役立てられるアイディアや経験、そして能力を持っています。この本を通じて、すべての国の、すべての人々に、あるがままの私たちを受け入れ、尊重してくれるよう、呼びかけたいと思います。」

 

これは、子どもたちのために本条約の説明を書いたUNICEF発行の冊子「わたしたちのできること -It's About Ability-障害者権利条約の話」(2008年4月発刊、監訳玉村公二彦、翻訳・編集財団法人日本障害者リハビリテーション協会2008年11月翻訳版発刊)の紹介文である。この冊子の作者であるビクター・サンチャゴ・ピネダ氏は、筋ジストロフィーの障がいがあり、国連で条約の審議を行った障害者権利条約特別委員会に、最年少の政府代表として参加した。

 

この冊子では、世界中の障がいのある人が、障がいがあること自体がマイナスと評価されて、一般社会と隔たりのある社会で生活してきたこと、基本的人権の享有主体として認められてこなかったことなどの歴史を認識した上で、本条約の成立が障がいによる隔たりのない社会の実現に大きく寄与するものであることが分かりやすく説明されている。

 

日本は、2013年12月4日、本条約締結のための国会承認を経て、2014年1月20日、本条約の批准書を国連事務総長に寄託した。これにより、本条約は、同年2月19日に日本について効力を生ずることになった。日本は、本条約が2006年12月13日に採択されてから、世界で140番目(EUを含めると141番目)の批准国となった。

 

本条約の締約国は、障がいのある人の市民的及び政治的権利(自由権)や経済的、社会的及び文化的権利(社会権)を実現し、これらの権利を実効あらしめるための様々な法制度の整備や施策の実施を義務付けられている。

 

本宣言は、国に対し、本条約によって義務付けられた、障がいのある人に関連する国内法の改正を含めた諸施策の実施を求めるものである。

 

第2 日本の障がいのある人の現状

厚生労働省の調査によれば、身体障がい、知的障がい、精神障がいの3区分による障がいのある人の概数は、それぞれ、393万7千人、74万1千人、320万1千人である(2014年版障害者白書)。

 

複数の障がいのある人もいるため単純な合計数にはならないが、障がい3区分だけで、およそ国民の6%が何らかの障がいを有していることになる。なお、身体障がい、知的障がいについての統計は障害者手帳を所持する人を対象としているため、障がいがあっても手帳を所持しない人を含めると更に数値が上がることに留意する必要がある。

 

これらの障がいのある人は、これまで長きにわたって、日常生活や社会生活の様々な場面で、障がいのない人であれば問題なく享受してきた利益を享受できなかったり、社会参加の機会を奪われてきた。

 

内閣府の「障害者に対する障害を理由とする差別事例等の調査」や、千葉県、北海道、さいたま市などが実施した調査・アンケートなどで、多数の差別事例が明らかになっている。

 

第3 本条約の基本的な内容

本条約の目的は、「全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進すること」(1条1項)であり、障がいのある人の概念について、「長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な機能障害であって、様々な障壁との相互作用により他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げ得るものを有する者を含む。」(同条2項)と規定している。

 

また、「障害に基づく差別」の定義は、「障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。」とされており、「合理的配慮」の定義は、「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう」とされている(2条)。

 

これらの規定において、障がいは個人の問題としてのみではなく、個人の外部に存在する種々の社会的障壁によってもたらされるものとして捉えられている。

 

社会的な障壁の除去・改変によって障がいの解消を目指すことが可能であって、障壁の解消に向けての取組の責任は障がいのある人個人にではなく社会の側にあるとする社会モデルの考え方である。

 

このような障がいの捉え方から、個々の障がいに応じた合理的配慮の提供が法的義務として導かれることになり、本条約は、合理的配慮が提供されないことも含め、あらゆる分野において、障がいに基づくいかなる差別も禁止している。

 

また、本条約は、締約国における条約の実施のため、国内的には、条約実施の促進、保護、監視に当たるパリ原則を考慮した、一定の枠組みないし機関を設置することを求め、国際的には、本条約の選択議定書(日本は未批准)により、条約機関である障害者権利委員会に、権利を侵害された個人などからの通報を受ける権限を与えている。

 

第4 本条約締結のための国内法整備

政府は、2007年9月の本条約への署名後、本条約の批准に向けて、2009年12月に、内閣に「障がい者制度改革推進本部」を設置し、同本部の下に、「障がい者制度改革推進会議」を設置した。

 

そして、同会議(障害者基本法改正後は、「障害者政策委員会」)及びその下に設置された部会の意見に基づき、本条約批准のための国内法整備として、2011年には障害者基本法が改正され、2012年には総合支援法が、2013年には差別解消法が制定されたほか、労働政策審議会障害者雇用分科会の意見を受けて雇用促進法が改正された。

 

第5 国内施策の問題点と本条約の完全実施に向けた提言

1 差別の禁止及び解消のための基本的施策

条約批准のための法整備として差別解消法が制定されたものの、その内容は本条約を国内で実施するための法制度としては不十分であるといわざるを得ない。

 

すなわち、本条約は、「合理的配慮の否定」も含む「あらゆる形態の差別」を「障害に基づく差別」として禁止し、「障害に基づく差別」を「障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。」として定義している(2条、5条)。一方、差別解消法は、「障害を理由とする差別」の定義規定を欠き、不当な差別的取扱いや合理的配慮を提供しないことを差別と位置付けているにすぎない。

 

しかも、不当な差別的取扱いの中に「間接差別と関連差別」が含まれるかについては、「現時点で一律に判断することが難しい」(国会答弁)としたまま、その具体的な内容については、法律ではなく包括的に各省庁が策定する対応要領や対応指針と呼ばれるガイドラインに委ねている。しかし、障がいを理由とする差別には、外形的に中立的な規定、基準又は慣行が、他の人々と比較して特定の障がいのある人々に対して特定の不利をもたらすであろう場合をいう間接差別や、障がいのある人の障がいに関連する事柄を理由とする関連差別など、直接的には障がいそのものを理由としない場合を含むことは明らかである。また、そもそも、ガイドラインは、法律が定める差別の定義を受けて、更にこれを具体化・例示化するものとして機能するべきである。そうでなければ、行政が恣意的にガイドラインを策定することが許容され、差別禁止の実効性が失われる結果になるとも限らないからである。

 

したがって、間接差別や関連差別については、これが差別に当たるかどうかはガイドラインによって定義されるようなものではなく、差別解消法を改正し、間接差別や関連差別が障がいを理由とする差別であることが明らかとなることも含めて、あらゆる形態の差別を対象とした差別の具体的な定義規定を設けるべきである。

 

また、本条約は、「合理的配慮の否定」による差別の禁止についても即時的な実施を求めているにもかかわらず、差別解消法では合理的配慮の提供が行政機関等は法的義務となっているのに対し、民間事業者は努力義務にとどまっている。しかし、商品購入や交通・建物の利用など日常生活や社会生活において、民間事業者との関わりは広範であり、この場面で努力義務にとどまれば、差別解消の趣旨は全うされないことになる。

 

この点に関し、差別解消法は附則で、2016年4月の施行から3年経過時に、民間事業者の合理的配慮の在り方を含めて、本法律についての所要の見直しを行うこととしているが、施行後3年を待たず、可及的速やかに差別解消法を見直し、民間事業者の合理的配慮の提供を法的義務とすべきである。

 

さらに、差別解消法の実施に向けてガイドラインが策定されることになっているが、特に、例外事由となる正当な理由の存在や過度な負担であることが安易に認められることになると、差別禁止の趣旨が損なわれるおそれがある。したがって、その要件を真にやむを得ない場合に限定するとともに、説明や立証責任が行政や事業者側にあることを明示すべきである。またガイドラインの策定に当たっては、障がいのある人の実状にあった内容となるよう、その策定過程に障がいのある人の参画の仕組みを設けるべきである。

 

2 差別の禁止及び解消を伴う個別分野の施策

(1) 労働・雇用分野における問題点

本条約27条は、「あらゆる形態の雇用に係る全ての事項」に関して、「障害に基づく差別を禁止する」とともに、「公正かつ良好な労働条件」(例えば機会均等の確保、同一労働同一賃金の原則など)等についての障がいのある人の権利を保護することとしている。

 

ところが、本条約を踏まえて改正された雇用促進法も、差別の具体的な定義を設けておらず、その具体的な内容を差別の禁止に関する指針及び均等な機会の確保等に関する指針に委ねているため、差別解消法と同様の問題がある。

 

このような状況に鑑みると、雇用促進法にも、あらゆる形態の差別を対象とした具体的な差別の定義規定を新たに設けるとともに、上記指針は前記1の差別解消法で指摘したと同じく、安易に例外が認められることにならないよう、策定されなければならない。さらに、この指針は定期的に見直されるべきである。

 

また、雇用促進法が前提としている一般就労においては、障がいのある人の多くは非正規雇用とされ、それに伴い労働能力において遜色がないにもかかわらず低賃金を強いられたり、あるいは分離的な労働環境に置かれることも多い。さらには、精神又は身体の障がいにより業務に耐えられないことを解雇事由とする多くの就業規則の存在により、障がいのない労働者が中途で障がい者になると、解雇等により職場そのものから排除されるなど、差別を助長し又はこれを生み出す構造的な労働環境に置かれている場合も多く、そのような構造的な労働環境そのものを是正する施策が必要である。

 

総合支援法が規定するいわゆる福祉的就労、とりわけ従来の授産事業を引き継ぐB型就労継続支援においては、一般的には労働者性を欠くとの解釈の下で、労働基準法、最低賃金法、労災保険法等の労働法規は適用されず、実態としても月に1万数千円の工賃しか支払われず、労働災害があっても労災給付さえ受け取れない状態である。本条約が求める公正かつ良好な労働条件の保障は、このような福祉的就労の分野においても実現されるべきであり、労災保険法を速やかに適用するとともに、労働基準法等の一般労働法規をできるだけ適用することをはじめ、一般就労との格差を埋める方向での法制度を整備すべきである。

 

(2) 教育分野における問題点

本条約24条は、教育について、締約国が障がいのある人の教育についての権利を実現するため、障がいのある子もない子も、あらゆる段階において分け隔てられることなく、ともに学ぶインクルーシブな教育制度及び生涯学習を確保するとした。そして、この権利を実現するために、具体的には、障がいを理由として一般教育制度から排除されないこと、自己の住む地域社会においてインクルーシブで質の高い無償の初等教育及び中等教育にアクセスできること、個人が必要とするものについての合理的配慮が提供されること、効果的な教育を容易にするために必要な支援を一般教育制度内で受けること、を締約国が確保するとした。

 

しかし、日本における学校教育法及び同法施行令はいまだ障がいのある子もない子も分け隔てられることなくともに学ぶことを原則としておらず、2013年の学校教育法施行令の改正及びそれに伴う文部科学省通知において「保護者の意見については、可能な限りその意向を尊重しなければならない」としたにもかかわらず、本人・保護者の意向に反して特別支援学校・学級へ就学指定が行われる例が多くみられる。また、普通学校への就学後も、合理的配慮の提供がされず、必要な支援が得られないことから、修学旅行や学校行事から排除されたり、親の介助・付添いが求められる等、差別が見逃され、十分な教育の機会が保障されない事態が生じている。

 

さらに、就学前及び後期中等教育(高校)、高等教育における合理的配慮は、初等教育から更に低いレベルにとどまっている。

 

しかしながら、インクルーシブ教育の実施のため、教員の加配措置や物理的アクセシビリティの保障などの合理的配慮を行うことは国の義務であり、あらゆる段階において共生社会を形成するためのインクルーシブ教育を保障するための法整備が必要である。すなわち、学校教育法及び同法施行令において、障がいのある子もない子も分け隔てられることなくともに学ぶことを原則として規定し、義務教育段階のみならず就学前及び後期中等教育(高校)、高等教育を含めた、あらゆる段階における教育において、合理的配慮を保障し、ともに学ぶ中で必要な支援を拡充するよう、法整備を行うべきである。

 

(3) アクセシビリティに関する問題点

① 建物や公共交通機関の分野に係る利用の機会の確保に関しては、既に「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」及びその前身となった法律の施行により、物理的な環境のバリアフリー化が長年にわたって取り組まれ、これにより都市部においてはかなりの前進が見られた。

 

ところが、地方においては、バリアフリー基準の対象となる大規模な施設等が少ないことや、既存施設への基準適合が努力義務でしかないため、多くが障壁を残したままの状態である。

 

また、乗車拒否等の事態が生じても、障がいのある人のアクセスの権利が前提とされていないため、その是正を求める仕組みがない。

 

これに対し、本条約は、障がいのある人の移動の自由についての権利(18条)があることを前提に、締約国に対して「都市及び農村の双方において」建物や公共交通機関を「利用する機会を有することを確保するための適当な措置をとる。」(9条1項(a))ことを求めている。

 

したがって、「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」はこれを改正し、本条約の趣旨に沿ってアクセス権を明記するとともに、地域ごとの進捗状況に応じて適合基準を強化し、適合化に対する支援措置を手厚くするなど、地域間格差をなくすための仕組みを盛り込むことによって、障がいのある人が全国どこでも建物や公共交通機関を利用できるようにすべきである。

 

② 上記①とは異なり、情報・コミュニケーション分野の利用の機会の確保に関して、日本は「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」に相当する法制度を持たない。しかし、本条約は、9条1項(b)において情報に係るサービス等を利用する機会の確保を求め、同条2項においてサービスのアクセスに関する最低基準及び指針の作成、公表等や情報に係るサービスのアクセスを実現する適当な措置を求めている。さらに、表現及び意見の自由の保障を定めた21条において、情報へのアクセスを確保する措置を求めている。これを受けて、日本では障害者基本法が改正され、情報アクセスに係る必要な施策を求める規定が置かれた。しかし、同法は施策の基本方向を指し示すものでしかないため、それを具体化した法制度が求められることになる。衆議院において、更なる法制の整備その他の必要な措置が必要との附帯決議がなされているのもそのためである。

 

これらの点を踏まえ、より実効性のある情報・コミュニケーション法を制定し、その中に本条約が作成を求める情報アクセスに関する最低基準及び指針を盛り込む必要がある。

 

③ 手話が、情報・コミュニケーションの手段であるだけでなく言語そのものであることは、本条約(2条)及び障害者基本法の改正(3条)により既に確認されたところである。そのことを前提に、本条約は、21条(e)において「手話の使用を認め、及び促進すること。」と規定し、更に24条3項(b)(c)や30条4項において教育や文化的な生活について障がいのある人の手話を重視している。そもそも人間の言語能力の獲得は、人間のあらゆる能力の基盤となるものであり、人間の発達にとって極めて重要なものであり、人が人として存在するために必要不可欠なものである。このため、本条約では、情報アクセスの保障に加えて、言語に関して上記の各規定を置いているのである。手話は、ろう者が使用する、音声日本語とは異なる独自の体系を有する言語であるが、手話に対する社会の理解は不十分であり、教育の現場においても日本語学習の妨げになるとの誤った認識のために手話の使用が禁止されるなど、ろう者の言語取得が困難な状況に置かれた。このような状況を改善するために、社会において手話に対する正しい理解を広め手話を普及し、教育の場面において手話教育を認めた上で積極的に取り組むことが求められる。この要請に応え、日本国内でも複数の地方自治体(鳥取県、石狩市、新得町、松阪市、嬉野市、鹿追町等)において手話言語条例が制定されるようになっている。これらの点を踏まえ、手話を普及し、手話の使用を促進する手話言語法を制定すべきである。

 

(4) 欠格条項に関する問題点

欠格条項とは、障がい又は障がいに関連する事由を理由として資格や免許の付与等を制限・禁止する法令上の諸規定である。本条約は4条1項(b)、5条1項・2項、12条1項・2項、19条、27条1項(a)などによって欠格条項の修正を求めており、少なくとも障がいを明示した基準を用いて不利益取扱いを行う直接差別類型については例外を許容しないものと解される。障がいの有無を基準としている欠格条項(銃砲刀剣類所持等取締法5条等)は廃止されるべきである。

 

(5) 障がいのある女性に対する複合差別の問題点

本条約6条は、締約国が「障害のある女子が複合的な差別を受けていることを認識するもの」とした上で「女子の完全な能力開発、向上及び自律的な力の育成を確保するための全ての適当な措置をとる」べきことを規定している。

 

日本においては、障がいのある女性が、性的被害、暴力被害、恋愛・結婚、異性介助などの問題について、障がいがあることに加えて女性であるゆえの差別、すなわち複合差別という深刻な困難を抱えているにもかかわらず、この問題への対応が進んでいない。障がいに関する国の統計等では、男女別統計といった基礎的データが収集されておらず、男女共同参画白書においては障がいのある女性の視点を入れた統計はなされていない。

 

日本においても、障がいのある女性について複合差別の問題が深刻であることを強く認識し、 障がいのある女性の視点を入れた公的統計資料を収集・整備するとともに、実態を踏まえた各種施策を実施すべきである。

 

(6) 精神科医療に関する問題点

「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」における強制入院は、本条約が14条1項(b)において「いかなる場合においても自由の剝奪が障害の存在によって正当化されないこと」を定めていることに対して「精神障害者であ(ること)」を要件としていることに加え、強制入院の要件が厳格ではないこと、期間制限がないことなどにより、精神障がいのある人の人権を侵害している。したがって、精神科医療における強制入院については、通院治療により地域で生活できる状態まで病状の回復を図ることを制度の目的に置いて、強制入院を必要最小限のものとするとともに、患者の医療を受ける権利を保障するよう、見直す必要がある。

 

また、現在行われている強制入院においては、入院者に対し権利擁護者が制度的に保障されておらず、早急に、権利擁護者を付する制度を確立すべきである。その際、実質的に入院者の権利を保障するためには、入院時から退院に至る全ての過程において、弁護士を含む、入院者の希望する者を権利擁護者として付するべきである。

 

さらに、厚生労働省は「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会」において、精神病床を削減した病棟を入院患者の居住系施設として再利用し、あるいは、精神科病院の敷地内に退院支援施設、地域移行型ホーム等の施設を設置する計画を進めようとしているが、精神病床を居住系施設に転換することは、自立した生活及び地域社会へのインクルージョンを定めた本条約19条に反する。真の地域移行は地域生活支援の充実によってこそ成り立つのであり、それには精神障がいのある人に対する差別をなくし、施設ではなく地域の中に居住の場を確保し、当たり前に地域で暮らせるようにすることや福祉サービスを充実させることが必要であり、病床の名前を変えて終わらせるような施策をとってはならない。

 

(7) 司法手続に関する問題点

本条約13条は、「司法手続の利用」として、障がいのある人が全ての法的手続において、他の者と平等に司法手続を効果的に利用することを保障している。障害者基本法29条は、司法手続における国の配慮義務を定めているが、視覚障がいのある訴訟当事者に対する裁判資料の音声や点字情報の提供、知的障がいのある訴訟当事者に対する分かりやすい用語や絵や図を用いた説明など、訴訟法等の手続法において障がいのある人の個別事情に応じた配慮義務を定めた規定はなく、訴訟法等において配慮義務を明定する必要がある。

 

3 障がいのある人の尊厳が尊重される生活を確保するための施策

(1) 総合支援法に関する問題点

本条約19条は、「自立した生活及び地域社会への包容」として、全ての障がいのある人が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する権利を有することを明確に規定している。しかしながら総合支援法では、障がいのある人が利用できる障害福祉施策の種類は「障害支援区分」における一定の区分認定を受けることが条件とされ、利用できる時間数も行政実務上は認定区分と連動し、厳しく制限されている。

 

2014年4月から「障害程度区分」は「障害支援区分」に改められ、「支援の要否」の観点等から調査項目の整理等がなされたものの、依然として「身体的動作が可能か」等の障がいの医学モデルに依拠した旧「障害程度区分」の枠組みを維持したままである。

 

障がいの社会モデルを採用する本条約に照らせば、社会参加を妨げる社会的障壁を除去するためにその人にとってどのような支援が必要かという視点から制度構築されるべきであり、現行法は、本条約19条「地域社会への包容を支援し、…必要な在宅サービス、居住サービスその他の地域社会支援サービス(個別の支援を含む。)を障害者が利用する機会を有する」との規定に抵触するというべきである。

 

障がいのある人の地域生活を実現するために、個々の支援の必要性に即した充分な支援を受ける権利が保障される法制度に改めるべきである。

 

(2) 虐待防止に関する問題点

本条約16条1項は、「搾取、暴力及び虐待からの自由」として、あらゆる形態の搾取、暴力及び虐待から家庭の内外で障がいのある人を保護するための全ての適切な措置をとることを締約国に義務付けている。

 

しかし、虐待防止法において、学校、保育所等、医療機関、官公署等における虐待は、同法2条の「障害者虐待」の定義には含まれていない。単に、学校、保育所等、医療機関の長に対して、虐待防止に向けた措置を講じることを義務付けているのみで、いずれも、通報義務や行政機関等による保護に必要な措置などの適用対象外となっている。そこで、同法2条の「障害者虐待」の定義を広げ、同法が用意する救済の仕組みに学校等における虐待をも含め、これらの義務や措置の適用対象とする法改正を行うべきである。

 

 (3) 成年後見制度における問題点

本条約12条は、障がいのある人の法的能力の完全なる行使を保障するため、行為能力の制限や代理・代行決定による支援から「支援付き意思決定」の仕組みへの転換を求めている。障がいがあることによって「行為能力」が制限されることを原則として認めず、締約国にその法的能力を行使するために必要な支援を受けられるようにする措置をとることを求めている。

 

この点、日本の成年後見制度は、精神上の障がいによる判断能力の低下に応じ後見・保佐・補助の3類型に分け、後見類型では画一的な行為能力制限と包括的な代理権が付与され、保佐類型でも民法13条所定の行為につき画一的に行為能力制限がなされている点、また制度利用につき必要性や補充性が吟味されない点、あるいは取消事由がない限り終身・無期限に適用がなされる点等において、本条約に抵触するものといわざるを得ない。

 

日本においても、まずは障がいのある人個々人に応じ自己決定をし得る支援と環境整備を原則とし、代理権の付与や行為能力の制限は、個々の事情に応じて有期・必要最小限のものとする制度への抜本的な見直しが必要である。

 

4 本条約実施のための制度的担保

本条約33条2項は、他の人権諸条約と異なる新たな規定として、条約上の権利の実施を促進、保護、監視する機関を設けることを締約国の義務としており、国内においてそのための枠組みや機関を設置することを求めている。また、その際には、国連決議であるパリ原則を考慮に入れるべきこととしている。

 

ところが、政府は、促進、保護、監視の三つの機能のうち、監視の機能を障害者基本法によって内閣府に設置された障害者政策委員会に担わせることで足りるとするのみである。

 

しかし、障害者政策委員会は、独立性がなく、しかも、本条約の実施に関する監視はあくまで障害者基本計画の監視を通じた間接的なものでしかない。

 

また、条約の促進を常時追求する独自の機関は存在せず、裁判所による解決が長期間を要し、申し立てる者に多くの負担がかかるにもかかわらず、政府は、簡易迅速に権利救済を行う機関を設ける予定もない。

 

条約を国内で完全実施するためには、実体法規の整備だけではなく、実施のための国内における仕組みが不可欠であり、当連合会がかねてから提言しているとおり、パリ原則に則った政府から独立した国内人権機関の創設が急務である。創設されるべき人権機関は、他の人権諸条約の国内実施の目的を含む包括的な人権機関であることが必要であるが、本条約の国内実施に特化した人権機関は、少なくとも早急に創設されるべきである。

 

また、本条約の選択議定書は、権利を侵害されたり、差別を受けた人が、国連の障害者権利委員会に個人として通報し、救済を求めることを認めているが、日本は未だ選択議定書を批准していない。人権諸条約を適用して判断することに積極的とはいえない日本の裁判所の現状も鑑みると、個人通報制度の実現は急務である。

 

第6 結び

本条約の締約国となった日本は、国連の障害者権利委員会に、2016年、第1回目の報告をしなければならない。そのとき、日本の本条約の実施状況が国際社会から問われることになる。

 

以上に述べたとおり、批准に向けて整備されたとされる日本の法制度はなお、本条約が求める水準に達していると評価することはできず、当連合会は、国に対して、上記第5記載の各施策を早急に実施するよう求めるものである。

 

また、当連合会は、本条約の完全実施に向けて弁護士が果たすべき役割が大きいことを自覚し、会員に対する研修等を行って障がいのある人の権利侵害に対する救済についての会員の意識と法的スキルの強化に努め、司法アクセスの向上を図るとともに、一日も早く条約を国内において完全実施するべく、国内外において全力で働きかけを強めることを宣言する。

 

 

(※本文はPDFファイルをご覧ください)