強いられた死のない社会をめざし、実効性のある自殺防止対策を求める決議

我が国の自殺者数は、経済情勢が急激に変化した1998年に、前年から8472人増加して3万2863人となり、その後、昨年まで14年連続で3万人を超えるという異常事態が続いている。国際比較においても、日本の自殺率は、極めて高い。



このような異常な事態を踏まえ、国は自殺対策に乗り出し、2006年に自殺対策基本法が制定され、これを受けて、2007年に自殺総合対策大綱が策定されたが、深刻な状況は今日に至るまで続いている。



その背景には、労働分野の規制緩和により非正規雇用への置換えが進められワーキングプアが増大する一方、もともと脆弱であった生活保護をはじめとする社会保障制度がさらに切り縮められ、格差と貧困が拡大してきたという構造的要因がある。そして、自殺者数を根本的に減少させるためには、こころのケア、精神疾患に対する治療の促進、相談体制の充実、自殺問題に対する広報など従来の取組に対する国の支援を強化するとともに、自殺を生み出す構造的要因を解消することが不可欠である。



そもそも、多くの自殺は、個人の自由な意思や選択の結果ではなく、このような構造的な要因を背景に、解雇、過労などの労働問題、多重債務、生活保護などの生活問題、DV、虐待などの家庭問題、いじめなどの学校問題などが複合的に重なり、心理的に追い込まれ、自らの自由意思で適切な行動を選択することができなくなった結果である。その意味で、多くの自殺は、自己決定権、そして、生きる権利という究極の基本的人権が、社会の構造的要因によって侵害されている、強いられた死だといえる。したがって、自殺対策としては、構造的な要因を除去、改善するための実効的な対策を講ずることが緊急の課題である。



そこで、当連合会は、実効性のある自殺対策として次のとおり要望する。



第1 国は、まずは、人を死へと追い込む社会の構造的要因を除くことが自殺対策として不可欠であるとの認識に立って、非正規雇用を拡大させている労働法制・労働政策の抜本的見直し、経済的に追い詰められた人が社会保険、生活保護等から排除されることのない充実した社会保障制度の確立、全ての子どもや若者が将来に夢や希望を持てるよう、充実した教育制度、経済的支援策などを実現すべきである。


第2 この基本的な取組に加えて、関係機関に対して、次のとおり求める。


1 国及び地方自治体は、自殺予防対策として、



(1) 自殺に至る経路、自殺要因について、遺族の心情に配慮しながら、関係者等への聴取りなどによって徹底的な調査を行うこと、特に、国の発表で自殺の「原因・動機」として最も多いとされる「健康問題」について、その背景にある社会的要因を分析することにより、自殺予防対策に役立てること。



(2) 法律家・医療者・福祉関係者などと積極的に連携してネットワークを構築し、その連携の中核を担うこと。



2 国及び地方自治体は、自死遺族支援策として、


(1) 自殺や自死遺族に対する差別・偏見を速やかに解消するため、自殺に至る背景や要因について、啓蒙、啓発に取り組むこと。


(2) 自死遺族が置かれた厳しい社会的立場を理解し、自死遺族の生活再建を支援する制度、体制を構築すること。


(3) 保護者の自殺を原因として、自死遺児が経済的困難に陥るなど、自殺者の不利益・社会的排除が、自殺を契機として世代間で引き継がれることを防ぐために、自死遺児への経済的支援を充実させるとともに、成長・発達の過程において必要な支援を受けられる体制を構築すること。



3 事業主は、労働者の過労自殺・パワーハラスメント問題、メンタルヘルス問題に関して、自らが負っている責任が大きいことを自覚し、問題の根本原因を取り除くべく、雇用の安定に努め、労働者の長時間労働をなくし過重労働によるストレスを軽減する対策を講じるとともに、職場のハラスメントを防止する等、労働条件や職場環境、並びに健康管理体制や組織の改善に徹底して取り組むこと。



4 報道機関は、自殺に関する報道をする場合には、自殺者やその遺族の名誉・プライバシーに配慮するとともに、自殺が行われた場所、自殺の方法等の具体的な情報を公にすると連鎖自殺が生ずるおそれがあるとされていることを踏まえ、適切な報道のあり方について自主的に議論すること。



当連合会は、これまで、自殺の要因となる社会問題について取組を続けてきたが、自殺対策自体を正面から人権課題として捉える点では必ずしも十分ではなかったことを踏まえ、過去の取組を真摯に振り返り、今後は、自殺対策において、永続的に積極的な関与を行うことを自ら誓うとともに、個々の弁護士においても、「自殺予防のゲートキーパー」としての役割を担うために、研修やマニュアル作成、相談担当者のメンタルヘルスケアを含めた必要かつ十分な支援を行うことに全力を尽くすことをここに決意する。



以上のとおり決議する。


2012年(平成24年)10月5日
日本弁護士連合会


提案理由

第1 我が国の自殺の実態と国の施策

1 我が国の自殺の実態-自殺者数の高止まり

我が国の自殺者数は、1998年以降、昨年まで、14年連続して年間3万人を超える異常事態が続いている(警察庁の自殺統計資料による。以下の数値も同じ。)。



我が国の年間自殺者数は、1983年と1986年に単年で2万5000人をわずかに超えることがあったが、同種の統計が取られ始めた1978年以来、とりわけ平成の時代に入ってからは、ずっと2万人台前半で推移していた。ところが、1998年に、前年の2万4391人から、突如8472人増加し(34.7%増)、3万2863人という数字を数えた。そして、この増加傾向は、一過性のものにはならず、2003年に3万4427人のピークを記録しつつも、その後も顕著な減少傾向は見られず、2万人台前半はおろか、現在に至るまで14年間もの長きにわたって、連続して3万人の数字を割り込むことがない状態が続いている。精神疾患による薬物過剰摂取による死亡を含むと、さらにその数は多くなる。



世界保健機関(WHO)によれば、主要国の自殺死亡率(10万人あたりの自殺者数)は、ロシア30.1、日本24.4、フランス16.3、ドイツ11.9、カナダ11.3、アメリカ合衆国11.0、イギリス6.9、イタリア6.3となっている(2004年から2009年まで。国により調査年が異なる。)。また、同機関によれば、2000年以降のデータがある国では、日本の自殺死亡率は、リトアニア、韓国、ロシア、ベラルーシ、ガイアナ、カザフスタン、ハンガリーに次いで、8番目に高いとされている。



昨年3月11日に発生した東日本大震災とそれを契機とした原発事故は、家族、住居、職業的活動に直接の甚大な被害を与え、それまで自殺の危険因子を持っていなかった者をも自殺に追い詰めるほどの深刻な出来事である。また、転居等によって、住み慣れた住環境を喪失したり、災害活動や仮設住宅での生活の疲労などから自殺の危険因子が重なり合うなど、震災の間接的な影響による自殺も発生している。そして、長期間の忍耐が限界に達し、援助の遅れや行政の対応への不満が蓄積して、さらに自殺の危険が高まっているとの指摘もされている。
  

2 国の対応

(1) 自殺対策基本法の成立

国が本格的に自殺対策に乗り出したのは、2006年以降である。



2006年、自殺対策の法制化を求める市民団体の呼び掛けに対して、10万人を超える署名が集まり、その声に応える形で、議員提案により、自殺対策基本法案が参議院に提出され、同年6月「自殺対策基本法」(平成18年法律第85号)が制定された。



自殺対策基本法は、「近年、我が国において自殺による死亡者数が高い水準で推移していることにかんがみ、(中略)自殺対策を総合的に推進して、自殺の防止を図り、あわせて自殺者の親族等に対する支援の充実を図り、もって国民が健康で生きがいを持って暮らすことのできる社会の実現に寄与すること」を目的として定めた上(同法1条)、基本理念として、「自殺対策は、自殺が個人的な問題としてのみとらえられるべきものではなく、その背景に様々な社会的な要因があることを踏まえ、社会的な取組として実施されなければならない」、「自殺対策は、自殺が多様かつ複合的な原因及び背景を有するものであることを踏まえ、単に精神保健的観点からのみならず、自殺の実態に即して実施されるようにしなければならない」、「自殺対策は、国、地方公共団体、医療機関、事業主、学校、自殺の防止等に関する活動を行う民間の団体その他の関係する者の相互の密接な連携の下に実施されなければならない」などの考え方を掲げている(同法2条)。



かかる基本理念は、当連合会が自殺対策に取り組む際の基本的な考え方と基本的に合致している。



ただ、同法は、基本法としての性質から、国、地方自治体等の一般的な責務などを定めるだけで、自殺対策における具体的な施策や関係者の権利義務関係についてまで定めているものではない。



(2) 自殺総合対策大綱の策定

自殺対策基本法を受け、政府は2007年、自殺総合対策大綱を策定し(2008年一部改正)、2012年8月には、全体的な見直しを行った。



大綱では、自殺対策の基本認識として、まず、個人の自由な意思や選択の結果ではなく、「自殺は、その多くが追い込まれた末の死」であると位置付けている。すなわち、「自殺に至る心理としては、(中略)様々な悩みが原因で心理的に追い詰められ、自殺以外の選択肢が考えられない状態に陥ってしまったり、社会とのつながりの減少や生きていても役に立たないという役割喪失感から、また、与えられた役割の大きさに対する過剰な負担感から、危機的な状態にまで追い込まれてしまうという過程と見ることができる。



また、自殺を図った人の直前の心の健康状態を見ると、大多数は、様々な悩みにより心理的に追い詰められた結果、うつ病、アルコール依存症等の精神疾患を発症しており、これらの精神疾患の影響により正常な判断を行うことができない状態となっていることが明らかになってきた。



このように、個人の自由な意思や選択の結果ではなく、『自殺は、その多くが追い込まれた末の死』ということができる。」


大綱は、このような考え方を示した上で、自殺は社会的な取組によって防ぐことが可能であることについて、次のように説明している。



「世界保健機関が『自殺は、その多くが防ぐことのできる社会的な問題』であると明言しているように、自殺は社会の努力で避けることのできる死であるというのが、世界の共通認識となっている。



すなわち、経済・生活問題、健康問題、家庭問題等自殺の背景・原因となる様々な要因のうち、失業、倒産、多重債務、長時間労働等の社会的要因については、制度、慣行の見直しや相談・支援体制の整備という社会的な取組により自殺を防ぐことが可能である。」



このような基本認識を掲げた上、大綱は、自殺対策の基本的な考え方として、「社会的要因に対する働きかけ」、「自殺や精神疾患に対する偏見をなくす取組」、「マスメディアの自主的な取組への期待」などを掲げるほか、重点施策として、自殺の実態を明らかにすることや、様々な社会的な取組で自殺を防ぐこと、遺された人の苦痛を和らげること、などを掲げている。



また、2012年8月の見直しでは、「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指す」ことを強く掲げ、「自殺や多重債務、うつ病等の自殺関連事象は不名誉で恥ずかしいものである」という間違った社会通念からの脱却や、自殺に追い込まれるという危機は「誰にでも起こり得る危機」であって、その場合には誰かに援助を求めることが適当であるということを普及することの重要性を指摘している。このほか、いじめ自殺を含めた若年層への取組の必要性を大きく取り上げ、自殺未遂者への対応の重要性を指摘するなど、内容を充実させている。ただ、自殺者数の高止まりの状況が続いていることからすると、これらの指摘をどのように具体化し、適切に実践するかが重要な段階に来ているといえる。 
 

第2 自殺者数高止まりの背景

自殺者数が1998年に3万人を超え、国が自殺対策に乗り出したにもかかわらず減少せず、14年連続で3万人を超えるに至っている背景としては、次の事情を指摘することができる。



1 自殺を生み出す構造的要因

我が国では、経済のグローバル化、国際競争の激化を背景に、「市場の障害物や成長を抑制するものを取り除く」という市場中心主義の下、規制緩和と政府活動の見直し(「小さな政府」、「官から民へ」)を行ういわゆる構造改革政策が推進されてきた。



すなわち、労働分野では、1990年代に入り徐々に増加していた非正規雇用が、1990年代半ば以降、急速に増加した。1995年、日本経営者団体連盟は「新時代の『日本的経営』」と題する報告書をまとめ、従来の日本型雇用システムを転換し、正規雇用を減らし非正規雇用へ置き換えていく雇用改革案を明らかにした。その後、これと連動するように、労働者派遣法改正による派遣対象業務の拡大、労働基準法改正による有期労働契約期間の上限の緩和などの規制緩和が進められ、その結果、非正規雇用が急増し、不安定就労・低賃金労働が拡大した。


一方、社会保障制度は、いわゆる日本型雇用が社会保障機能の一部を肩代わりしていたため、それほど顕在化していなかったものの、元々極めて脆弱なものであったところ、構造改革政策は、規制緩和によってワーキングプアを増大させ、社会保障への需要を大きく増加させながら、社会保障そのものを大リストラの対象とし、雇用保険の給付削減、児童扶養手当の縮減等の給付削減や負担増による社会保障費の抑制政策を進めたため、社会保障の機能不全が一層進んだ。


このように、1990年代半ば以降、正規雇用から非正規雇用への置換えが急速に進められてワーキングプアが拡大し、それとともに、元々脆弱であった社会保障制度の機能不全が一層進み、その結果、収入の低下や失業が生活の崩壊に直結するという構造が作られ、それによって貧困や格差が急速に拡大した。



自殺の高止まりの背景には、このような社会構造の変化によって、労働問題、生活問題などの様々な解決困難な問題を抱え、セーフティネットによって支えられず、追い詰められて死に至るという、社会構造的要因があるといわなければならない。



上記のとおり、国は自殺対策を講じ始めたが、それにもかかわらず、自殺者数が一向に減少しないのは、自殺を生み出すこのような構造的要因が何ら解消されていないからであると考えられる。



2 経済的背景

自殺者数が3万人を超えた1998年は、いわゆるバブル経済が崩壊した後、長引く不景気の中、金融機関が破たんするなど経済の急激な変化が見られた年である。



1989年12月、日経平均株価は3万8915円の最高値をつけたが、翌年からは、その急騰ペースをも上回る急落のペースを刻み始める。地価もこれにあわせ、90年代初頭をピークに下落の一途をたどる。そして、政治情勢が混乱したまま、アジア通貨危機(1997年)を迎え、我が国では金融危機と言われる状態まで経験する。すなわち、1997年から1998年にかけては、北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行、山一證券、三洋証券などの大手金融機関が相次いで破たんした結果、経済全体の信用収縮を招き、その後数年で新たな融資を受けられずに倒産に追い込まれる企業が続出することとなる。



このような経済情勢の悪化は、雇用情勢を直撃した。あらゆる職域で実質賃金が減少するだけでなく、過剰人員の削減のために新規採用が抑制され、第二次ベビーブーム世代の大量の新卒者が就職できない状況は「就職氷河期」などと呼ばれた。また、企業が不況下で目先の利潤確保に走るあまり、安易に人員削減に走り、法的に違法な整理解雇を含めて、「リストラ」の名の下に大量の中高年の熟練労働者などが解雇され、また正規社員から派遣労働者などの非正規雇用への置換えが進んでいった。戦後最悪の失業率、最低の有効求人倍率をみるのもこのころである。



労働市場からはじき出されたものは、やむなく非正規雇用を甘受することとなり、彼らの生活・雇用の不安定さ、社会保障の負担が充分できずにセーフティネットから外れ困窮する様が、様々な形で、大きな社会問題となっていく。

 

3 経済・社会情勢と自殺者数の関係

自殺統計を更に詳しく見ると、中高年(30歳から64歳まで)の自殺者数が、自殺者数が3万人を突破した1998年に急増し、50代を除き顕著な減少傾向をみずに今日に至っている。また、1998年は、50歳代男性の自殺者数の増加が際立っている。



これに対して、2012年の内閣府の自殺対策に関する意識調査によれば、自殺を考えた経験を持つのは、年齢別では20歳代の割合が最も高く、また、雇用情勢の悪化を背景に、就職活動の失敗を苦に自殺する若者の急増も指摘されており、自殺者が従来の中高年中心から若者へも広がる傾向を見せている。



子どものいじめを原因とした自殺など、必ずしも経済情勢と直接関連しない自殺要因も存在することは確かである。しかし、以上にみた我が国の経済・社会情勢と自殺統計を照らし合わせて考察すると、少なくとも経済・社会情勢の悪化が自殺者数の急激な増加をもたらしたことは明らかである。


第3 自殺と人権

そもそも、多くの自殺は、個人の自由な意思や選択の結果ではなく、上記のような構造的な要因を背景に、解雇、賃金切下げ、過労などの労働問題、多重債務、生活保護などの生活問題、DV、虐待などの家庭問題、いじめなどの学校問題が複合的に重なり、心理的に追い込まれ、自らの自由意思で適切な行動を選択することができなくなった結果であるといえる。



その意味で、自殺は、憲法13条が保障する人格権の一部としての自己決定権、さらに、憲法25条が保障する生存権、すなわち生きる権利という究極の基本的人権が侵害されている問題である。



したがって、自殺対策は、社会構造的要因による重大な権利侵害を防ぐものであるから、構造的な要因を除去、改善するための実効的な対策を講ずることが緊急の課題である。 

 

第4 当連合会が求める自殺対策

そこで、当連合会は、実効性のある自殺対策として次のとおり要望する。 
 

1 自殺を生み出す構造的要因の解消

上記のとおり、自殺の背景には、労働政策、社会保障政策等によって作られた社会構造的要因がある。国の対策によっても自殺者数が減少しないのは、自殺を生み出す構造的要因が何ら解消されていないからである。


当連合会は、これまでの人権擁護大会において、次のような決議を採択してきた。

 

(1) 当連合会は、2006年の第49回人権擁護大会において、「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人の尊厳に値する生存を実現することを求める決議」を採択した。ここでは、貧困問題を、当連合会としては初めて人権問題として捉え、日本社会の貧困や格差の拡大という実態を直視し、生活保護の切下げを止め、基礎年金額の引上げや生活保護法の積極的適用などにより社会保障の充実を進めること、生存の最後の砦である生活保護制度より手前のセーフティネットの整備・充実などを求めた。



(2) 2008年の第51回人権擁護大会において、「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」を採択した。ここでは、構造改革政策の下で、労働分野の規制緩和が推進されたことに加え、社会保障費の抑制が進められたことにより、ワーキングプアが急増したこと、いったん収入の低下や失業が生じると社会保障制度によって救われることなく、貧困が世代を超えて拡大再生産される「貧困の連鎖」構造が作られていることを指摘した。その上で、正規雇用を原則とし、非正規雇用を拡大させている労働法制と労働政策の抜本的見直し、ワーキングプア等が社会保険や生活保護等から排除されることのないよう社会保障制度の抜本的改善を、具体的な政策提言を添えて求めた。



(3) 2010年の第53回人権擁護大会においては、「貧困の連鎖を断ち切り、すべての子どもの生きる権利、成長し発達する権利の実現を求める決議」を採択した。ここでは、貧困が拡大したことにより、教育、保育、医療面で決定的な不利益を受ける子どもが増加していることに加え、虐待や家庭崩壊を招いている現状を指摘し、改めて貧困の連鎖を断ち切り、全ての子どもが家庭環境に左右されずに安心して生活を営み成長し発達することができるよう労働法制・社会保障の抜本的改善と教育を受ける権利の実質的保障を図ることを求め、子どもの貧困の実態調査を直ちに行うことをはじめ具体的な諸方策の実施を求めた。


(4) そして、昨年の第54回人権擁護大会においては、「希望社会の実現のため、社会保障のグランドデザイン策定を求める決議」を採択した。ここでは、誰もが豊かさを実感し、希望を持てる社会(希望社会)を実現するためには、社会経済の安定と発展の基礎としての社会保障が重要であることを指摘し、これまでの社会保障制度の在り方を根本的に見直し、雇用、子育て、教育、住宅なども含めた社会保障のグランドデザイン(全体構想)を策定するとともに、憲法的理念を踏まえた社会保障基本法の制定を求めた。



これらは、いずれも、貧困対策であると同時に、自殺の社会構造的要因の改善を求める意味において自殺対策でもあることから、改めて、以上の諸施策の実現を求める次第である。



2 これからの自殺対策

(1) 自殺要因調査の必要性

自殺の社会構造的要因を改善するためには、まず統計・社会調査のレベルで自殺の原因を可能な限り正確に把握することが前提となる。自殺の統計調査としては、警察庁の自殺統計がその要因分類をしているが、原因・動機別の自殺の状況については、最大3つまで計上することが2007年から始まったばかりで、それも遺書等の自殺を裏付ける資料により明らかに推定できる原因・動機を計上しているに過ぎない。



また、自殺統計は、1998年まで分類があった「病苦等」、「アルコール症 精神障害」について、1999年以降「健康問題」に統一され、それが、2007年以降、改めて、4つの精神疾患の病名と「身体の病気」など、合計8つに分類された経緯があるが、その数値が実態を反映しているか疑問がある。まず、精神疾患に分類されているのは、精神科、心療内科等の治療を受けていた者のみと推認されるが、かかる治療を受けていないで自殺に至った者が多数いると思われる。自殺者の約9割が何らかの精神疾患に罹患していたと判断される精神医学・公衆衛生学上の通説を尊重しながら、調査、分類方法については再考すべきである。また、そもそも、より問題とすべきは、精神疾患に罹患するに至った原因である。2007年以降、自殺の原因・動機について最大3つまで計上することができるようになったものの、精神疾患の通院歴がある場合、単に「健康問題」(精神疾患)のみを「原因・動機」としているケースが少なくないと思われる。精神疾患の背景には、経済上の問題、家庭内の問題、勤務問題等、いかなる社会的要因が存していたのかを分析・調査することこそ重要である。



そもそも、自殺統計の分類のための具体的な手順等は明らかにされないまま、全国的に統一的な運用がなされていること自体に疑問も呈されている。



さらに、厚生労働省が行う人口動態統計と警察の自殺統計では、自殺者数の数自体が相当異なる問題も指摘できる。



自殺の要因調査では、自殺者遺族へのケアを前提として、自殺者の遺族や故人をよく知る人から故人の生前の状況を詳しく聴き取り、自殺が起こった原因や動機を明らかにしていく心理学的剖検(psychological autopsy)の手法が効果的であることが明らかになっているが、今まさに、国家的なプロジェクトとして、適切、正確な統計調査と、大規模な心理学的剖検が必要とされているといえる。



この点、10年間の国家プログラムにより自殺者数を30%減少させたフィンランドにおいては、プログラム開始当初に全自殺者を対象とした、遺族、関係者、医療者などからの聴取りを含む徹底的な要因調査を行ったことが参考になる。



政府も、2007年度以降、心理学的剖検の手法を用いた調査を始めたことを明らかにしているが、規模が小さいことに加え、調査を容易にするために対象者を限定しているなど多くの問題も指摘できる。

 

(2) ネットワーク構築の必要性

様々な社会問題、経済問題に直面した者は、法律家や行政窓口に相談に訪れる。精神疾患を始めとした体調不良を訴えるものは、主に医療機関に相談に訪れる。経済的窮状が生活を圧迫する場合、主として福祉関係者が対応を行う。しかし、様々な悩みを抱える者が、常にその問題について適切な専門家に援助を求めようとするとは限らない。その場合、自らの専門外であるとして、相談者を排除することがあってはならず、他の適切な専門家に相談者をつなぐ必要がある。



さらに、自殺が多様かつ複合的な原因及び背景を有するものであることからすると、各専門家としては、自らの専門分野への対応のみならず、それと併せて、その相談者が抱える他の問題についても、それが専門外の問題であっても対処しなければならない。そのためには、各専門機関及び各専門家の間におけるネットワークの構築が不可欠である。



また、ひとたび自殺を図ったいわゆる自殺未遂者については、再度自殺を図る危険性が高いことが指摘されている。自殺未遂者に直接対応することの多い警察や救急医療の現場が、自らの職責を果たすだけでなく、必要な援助ができる専門家に対応を引き継ぐことが、効果的な対策となると考えられる。



既に、先駆的な自殺対策に取り組む地方自治体においては、様々な形で専門家、専門機関とのネットワークの構築が進んでいるが、まだまだ取組が進まない地方自治体も多い。


地方自治体は、法律家・医療者・福祉関係者などと積極的に連携してネットワークを構築し、その連携の中核を担うことが必要であり、国もこれにより積極的な支援を行う必要がある。



(3) 自殺・自死遺族に対する誤った認識の解消

現在に至っても、「自殺は自らの理性的な判断によって勝手に行われたものである。」、「自殺は社会の問題ではなく個人の問題である。」、「自殺は弱い人間が行うものである。」などといった誤った認識・偏見が残っている。



また、自殺に対する誤った認識が解消されていないために、自死遺族は、家族を自殺で亡くしたことを他人はおろか家族内部でも話すことができなかったり、家族を自殺で亡くしたことについて、いわれのない差別偏見を受けることもある。



しかし、世界各地で行われた自殺に関する心理学的剖検は、自殺者のおよそ約9割が、気分障害などの精神疾患を抱えた状態で自殺に追い込まれたことを明らかにしている。自殺の大部分が理性的な判断によって行われるのではなく、多くの場合、誰でも罹患しうる精神疾患の病態として行われることが、精神医学の観点から見ても明らかになっている。



また、警察庁の自殺統計よっても、自殺を動機別に見た場合、健康問題、経済・生活問題、家庭問題、勤務問題、男女問題、学校問題の順となっており、自殺の動機には健康問題を除く社会的要因が重大な影響を及ぼしている。そして、健康問題の中には相当数精神疾患による問題が存在していると思われることから、健康問題を除く社会的要因を動機とする自殺は、統計で現れたものよりも多数にのぼると考えられる。



このように、自殺の原因を考える場合、気分障害などの精神疾患の存在と、経済・生活問題などの社会的要因を無視することはできない。特定非営利活動法人自殺対策支援センターライフリンクの調査によれば、自殺者は平均で4つの危機要因を抱えて自殺をしており、①うつ病、②家族不和(親子間、夫婦間、離婚の悩み、その他)、③負債(多重債務、連帯保証債務、住宅ローン、その他)、④身体疾患、⑤生活苦、⑥職場の人間関係(職場のいじめ)、⑦職場環境の変化(配置転換、昇進、降格、転職)、⑧失業、⑨事業不振、⑩過労を10大危機要因とした場合、自殺者の抱えていた全体の危機要因の約7割が10大危機要因に集中し、この10大危機要因が複雑に関連しながら自殺に至る危機経路を形成しているとされている。


そこで、国及び地方自治体は、心理学的剖検などの調査を通じて自殺と精神疾患や自殺と社会的要因などの関係を明らかにし、その結果を公表することで、自殺に対する誤った認識の解消を図るべきである。



(4) 自死遺族支援のための制度体制の構築

法定相続人である自死遺族は、以下のように予期しない家族の自殺により、突然、様々な法的問題に直面することになる。まず、自殺によって自殺者の法律関係を相続するか否かの決断に迫られることになる。前述のとおり、自殺に追い込まれる要因が複数ある場合、自殺者が複雑な法律関係の主体となっている場合も少なくないことから、積極財産と消極財産の判別がつきにくく、相続をするか否かという判断自体が困難となる場合が少なくない。加えて、相続とは別に、生命保険の請求、賃貸物件の連帯保証債務、労災の請求など、自死遺族固有の法律関係も発生する。このように、自死遺族は、自殺者の法律関係と、自死遺族固有の法律関係の両方に対処しなければならない。



また、自死遺族は、家族を自殺で失ったことにより、①驚愕、②茫然自失、③否認・歪曲、④離人感、⑤自責、⑥抑うつ、⑦不安、⑧怒り、⑨記憶の加工、⑩非難、⑪他罰、⑫疑問、⑬合理化、⑭隠蔽、⑮救済感、⑯二次的トラウマといった心的反応を示すのみならず、自死遺族を対象とした心理学的剖検では、約30パーセントの自死遺族にうつ症状が見られたとの報告や、心的外傷性ストレス障害(PTSD)症状の遷延化が自死遺族の80パーセントに認められたという報告も存在する。自死遺族が自殺念慮を有する場合が多いことは一般的に知られているが、自死遺族のうち、自殺の直後であれば約25パーセントが、自殺から平均8年10か月経過した時点でも約13パーセントが「自分も死にたい」と考えているとの報告もある。



このように、自死遺族は、法的にも肉体的・精神的にも厳しい状況に置かれる場合が少なくないため、自死遺族の生活を再建するためには、法律、医療、心理、福祉などからの多面的な支援が必要となる。



そこで、国及び地方自治体は、自死遺族が置かれた厳しい社会状況を理解し、法律、医療、心理、福祉などからの多面的な支援を行うため、支援制度や体制を速やかに構築すべきである。

 

(5) 自死遺児への支援の必要性

交通事故による遺児(交通遺児)に対しては、1960年代以降、働き盛りの父親世代が交通事故で急に亡くなり、突如家計が窮乏して、学費が払えずに進学を断念する子ども達が多数に上ることが社会的に認知されると、遺児を救うべく各種の奨学金制度などが発達し、比較的早くから経済的支援がなされてきた。



しかし、働き盛りの一家の支柱を突如失うという意味では、交通事故と自殺でなんら差はないにもかかわらず、自殺による遺児(自死遺児)に対する支援は極めて脆弱である。



自殺者数は年間3万人を超えて久しく、しかも、一向に減少の傾向は見られない。自死遺児が年間どれほど発生しているのか、正確な統計すら取られていない。既に見たとおり、社会的・経済的要因により、働き盛りの親の世代の自殺が増えていることは明らかで、毎年、多数の自死遺児が新たに生じていることをもはや看過することはできない。社会的・経済的事情による自殺が増えたということは、自殺した保護者は重大な経済的問題を抱えていた可能性が高いことを意味する。このため自死遺児は、適切な支援を受けることができなければ、保護者の社会的・経済的事情をそのまま引き継ぐこととなってしまうから、経済的格差・貧困が世代間で引き継がれ、さらに格差が拡大・固定化することが懸念される。



国、地方自治体は、自殺を原因とした不利益・社会的排除が世代間で引き継がれることにより、格差が拡大・固定化するのを防ぐため、自死遺児に対し経済的支援を行うべきである。


さらに、発達途上にある子どもは、保護者が自殺することにより、大人に比して、精神的にも大きな影響を受けるにもかかわらず、自殺に対する社会的偏見のため、周囲に支援を求めることができない状態に追い込まれている。そこで、国や地方自治体は、経済的支援に加え、子どもを対象とした相談窓口の設置やスクールカウンセラーの配置など、子どもの成長・発達に必要となる支援体制を構築するべきである。



(6) 事業主の責任

1998年以降の自殺者の急増と平行して、不安定雇用の増大、仕事による過労、ストレス、職場のハラスメント等が原因となって、うつ病等の精神疾患を発症し自殺に至る過労自殺、職場問題が原因といえる自殺も急増した。こうしたなか2000年3月、最高裁において、労働者の自殺について、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」として、使用者の不法行為責任(使用者責任)が認められ(電通事件)、職場における労働者のメンタルヘルス対策、自殺予防対策が重要な課題となった。厚生労働省(当時は労働省)は、同年8月、「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」を策定し、その後、2006年4月1日改正労働安全衛生法が施行されたことに伴い、新たに「労働者の心の健康の保持増進のための指針」を発表し、事業場における、より一層の適切かつ有効なメンタルヘルス対策の実行を求めてきた。また、自殺予防対策として、2001年には、「職場における自殺の予防と対応」(自殺予防マニュアル)を策定し、担当部門や現場ライン責任者に対して日常から労働者の心の病気や自殺の予防を念頭においた対応を求めるとともに、これらの者に対する事業場内の産業保健スタッフ等による支援、教育を事業主に求めてきた。さらに、2006年に成立及び施行された自殺対策基本法においても、「事業主は、国及び地方公共団体が実施する自殺対策に協力するとともに、その雇用する労働者の心の健康の保持を図るため必要な措置を講ずるよう努めるものとする。」と定められ(5条)、2007年6月、閣議決定された自殺総合対策大綱に、自殺を予防するための重点施策として職場におけるメンタルヘルス対策を推進することが掲げられるとともに、同年10月、上記自殺予防マニュアルを改訂し、その後、2010年8月、第5版まで改定が重ねられている。



しかし、こうした対策にもかかわらず、職場における精神障害や過労自殺者数は減少していない。2011年度の職場における精神障害等に係る労災請求・決定件数は、それぞれ1272件、325件といずれも過去最高を記録している。しかも、これらは、業務に起因する精神障害発症のごく一部に過ぎない。



こうした観点から、メンタルヘルス対策に関して、事業主が負っている責任は極めて大きい。民法、労働契約法、労働基準法、労働安全衛生法などに基づいて、事業主は労働者に対して安全配慮義務を負っており、労働者の命と健康を守るのは事業主に課せられた責務である。仕事によるメンタルヘルス悪化の原因は、その組織、職場内にあることからすれば、事業主は、根本の原因を取り除くべく、雇用の安定に努め、労働者の長時間労働をなくし、過重労働による労働ストレスを軽減する対策を講じるとともに、職場のハラスメントを防止する等、勤務条件や職場環境、並びに健康管理体制や組織の改善に取り組まなければならない。


ただ、不況下で経営難に苦しむ中小零細事業主にとっては、自らの経営上の困難から、必ずしも自殺対策まで手が回らない現状があることも否定できない。この点で、国や地方自治体が、中小零細事業主に対して、雇用確保のための諸施策を実現させるため、あるいは、メンタルヘルス等のために、経済的な補助や支援対策が必要であることにも留意する必要がある。



(7) 報道機関に対する要望

いじめによる自殺、集団自殺など、社会的に反響の大きい自殺の事例があった場合、自殺に関する報道がなされることがある。報道機関には、自殺を強いられた背景を社会に問題提起し、社会がその解決に向けて進むよう強く働きかける力がある一方、自殺報道に使用される映像、インタビュー、背景事情の詳細な報道等により、自殺者やその遺族が特定され、二次被害を生み出す危険性もまた有している。自殺報道に際しては、自殺者や遺族の名誉・プライバシーに配慮する必要がある。



また、社会学においては、メディアの自殺報道の影響により自殺率が増加することが研究、検証されている(ウェルテル効果など)。特に、自殺報道が過剰になされる場合、著名人の自殺が取り上げられる場合、自殺の場所、手段などが詳しく報道される場合には、報道により自殺者が増加する危険性が指摘されており、WHOでも「自殺予防 メディア関係者のための手引き」(2003年、2008年改訂)を出している。報道機関は、自殺の背景となった問題を社会に警鐘するのに必要な限度で自殺報道をすべきであり、連鎖自殺を予防するため、問題の分析には直結しない自殺の場所、手段などを具体的に報道することは差し控える等、報道内容にも配慮する必要がある。


オーストリアにおいて、1984年以降メディアの報道により急増した地下鉄自殺が、1987年のガイドラインの制定によりメディア報道の方法を配慮した結果、自殺率が減少したという事例に代表されるように、報道方法の工夫による自殺の予防効果は一定程度認められているところである。



日本では、現時点で、自殺予防の見地からのメディア報道の在り方について、十分な議論がなされているとは言い難い。日本民間放送連盟の放送基準(2004年改正)には、「人権」について定めた章で「人命を軽視するような取り扱いはしない。殺人あるいは自殺、心中、安楽死などを番組で取り上げる必要があっても、これを肯定したり賛美したり、あるいは興味本位に取り扱うことを避け、表現にも注意しなければならない」とあり、「表現上の配慮」として、「心中・自殺は、古典または芸術作品であっても取り扱いを慎重にする」とあるが、抽象的な規定にとどまり、具体的な放送の基準たり得ているのか疑問を禁じ得ない。実際に、近時でも、女性アイドルタレントが自殺したことに関する報道内容を見ると、報道として必要な事実を超えて自殺方法等に関する詳細な事実を報道したり、扇情的な報道も散見され、その直後には自殺者が増えた事実との関連性が指摘されたりしている。


したがって、自殺報道の在り方について議論することが不可避かつ喫緊の課題であり、報道機関、遺族団体、支援者等を交え、報道機関自らが自主的にかつ徹底的に議論する場を早急に作るべきである。

 

第5 自殺問題に対する当連合会の取組 

1 当連合会のこれまでの活動

自殺を導く要因については、様々言われており、警察庁の自殺統計では、健康問題、経済・生活問題、家庭問題、勤務問題、男女問題、学校問題などに分類して統計が取られている。



当連合会は、これまで、多重債務、生活保護をはじめとする貧困問題、DVや虐待などの家庭問題、解雇や配置転換、過労などの労働問題、いじめなどの学校問題など、自殺の要因となる社会問題を人権課題として捉え、絶え間なく取組を続けてきた。



また、昨年3月11日に発生した東日本大震災とそれを契機とした原発事故への対応においては、適宜意見表明を行い、政府の施策に直接関与するとともに、未曾有の規模で被災者の相談活動を組織的に行うなど、積極的な活動を続けてきた。



ただ、当連合会は、自殺者が急増した1998年以降も、自殺対策自体を正面から取り上げ、これについて公に意見を表明したり、人権課題として直接取り上げて人権擁護大会等で議論をしたことはなかった。



当連合会が、自殺対策そのものを取り上げたのは、2009年8月に「自殺対策に関するワーキンググループ」を設置したのが始めである。



ワーキンググループは、市民の「生存権」保障の観点から、自殺が発生する諸要因の調査・研究その他の情報収集、弁護士会における相談体制の充実及び関係機関との連携の在り方の検討などを行うことを目的としている。そして、これまで、先駆的な取組を行っている地方自治体への訪問調査や、自殺予防相談についての緊急研修会の企画・実施(2010年2月)、同研修会にあわせた「マニュアル」の作成、特別研修の企画・実施(2010年9月)、弁護士会・全国地方自治体アンケートの実施(2010年11月)、全国自殺対策ネットワーク作りに関する全国協議会の実施(当初2011年3月実施予定が延期され、同年7月に実施)等を主導してきた。



さらに、2011年5月からは、自殺問題が、社会保障・社会政策と深く関わることから、貧困問題対策本部において自殺問題を取り扱うことを決め、今後も永続的な活動を行う体制が整った。

 

2 今後の取組

当連合会の自殺問題に対する取組は、必ずしも十分であったとは言い難い。かかる自覚をもって、当連合会としては、過去の取組を真摯に振り返り、今後は、自殺対策において、永続的に積極的な関与を行うことを自ら誓わなければならない。



また、社会的な問題を抱えた人々と多く接触の機会を持つ弁護士は、自殺の要因を直接取り除くことができる立場にあるだけでなく、自殺の危険に気づくことのできる立場にもある。今、自殺予防の現場では、自殺予防のために、悩んでいる人に気付き、声をかけ、話を聞き、必要な支援に繋げる人のことを、ゲートキーパー(門番)と呼び、職務にとらわれずに多くの人がゲートキーパーになることを求めている。



弁護士も、自殺予防のゲートキーパーとしての役割を担うために、当連合会としても、必要な研修やマニュアルの作成、相談担当者のメンタルヘルスケアを充実させるなど、必要かつ十分な支援を行うことに全力を尽くす決意である。