障害者自立支援法を確実に廃止し、障がいのある当事者の意見を最大限尊重し、その権利を保障する総合的な福祉法の制定を求める決議


「Nothing about us, without us !」私たち抜きに私たちのことを決めないで!

 

この言葉をスローガンとして2006年12月13日、「障がいのある人の権利に関する条約」(Convention on the Rights of Persons with Disabilities)(「権利条約」)が国連において採択された。「障がいのある人が個々に必要な支援を得て社会の対等の一員として位置づけられること(インクルージョン)」といった理念が広く浸透し、障がいのある人は、社会の一員としてすべての基本的人権を完全かつ平等に享有し、固有の尊厳を有する権利の主体であると国際的に確認され、同条約採択に至ったものである。

 

しかしながら、我が国では長らく障がいのある人は「権利の主体」ではなく、「保護の客体」として従属的地位に置かれてきた。我が国の障がいのある人に他の者と平等に生きる権利が保障されるためには、国内法を権利条約の求める水準に改革した上で、同条約を批准することが求められる。

 

権利条約を批准するため、そして、その条約が実現しようとする障がいのある人の権利が実効的に保障されるためには、障がいのある人の実感と実情に基づく当事者自身の声を最大限尊重して国内法整備が図られるべきである。そのような観点から、政府では、2009年12月から権利条約批准を実現することを目的として障がい者制度の集中的な改革を行う「障がい者制度改革推進本部」、障がいのある人を半数以上の構成員とする「障がい者制度改革推進会議」(「推進会議」)が設置され、当事者の意見を踏まえずに拙速に施行して障がいのある人の尊厳を傷つけた障害者自立支援法の轍を踏まないように55人からなる「総合福祉部会」が設置され、障害者自立支援法廃止後の新たな総合的な法制について精力的な議論がなされ、新しい法律の骨格が提言されてきた。かかる当事者主体の議論の成果を最大限尊重して法案が制定されなければ、真に障がいのある人の権利の主体性が保障されるとはいえず、権利条約の精神が活かされない。しかしながら2010年にこれらの障がいのある当事者の意見を十分に踏まえずに、障がい者自立支援法「改正法」が成立するなどの状況もあり、改革の行く末に危惧を禁じえない状況である。

 

そのため、当連合会は国に対して、次の事項を強く求めるものである。

 

1 障害者自立支援法の2013年8月までの確実な廃止

 

2 同法廃止後に向け、次の(1)から(6)までの事項を満たす、障がいのある人の権利を保障する総合福祉法(新法)の制定・施行

 

  1. 障がいのある人の「完全参加と平等」の理念の下、障がいのある当事者が多数構成員となっている推進会議及び総合福祉部会が、新しい法律の骨格について提言している意見を、最大限尊重すること。
  2. 権利条約、憲法に基づく障がいのある人の基本的人権を具体的に保障する規定を明確に設けること。
  3. 発達障がい・難病等が法の対象となるよう障がいの範囲を広げることなど制度の谷間を作らないこと。
  4. 障がいのある人の地域での自立生活を実現可能とするための支援を量的にも質的にも保障すること。
  5. 応益負担を撤廃し、障がいゆえの特別な負担を障がいのある当事者に強いないこと。
  6. 「支援のない状態」を「自立」と理解する現行の介護保険制度と障がいのある人の権利保障制度とを統合せず、現行の「介護保険優先原則」を廃止すること。

 

以上、当連合会は、障害者自立支援法を確実に廃止し、障がいのある当事者の意見を最大限尊重し、当連合会の本提言に沿った、障がいのある人の権利を保障する新たな総合福祉法の制定を強く国に対して求め、自らも積極的な役割を果たしていくことをここに決意する。

 

2011年(平成23年)10月7日
日本弁護士連合会


提案理由

はじめに

1975年、国連において、「障害者の権利宣言」が採択された。そこでは、障がいのある人はその人間としての尊厳が尊重される、生まれながらの権利を有しており、可能な限り通常のかつ十分満たされた相当の生活を送ることのできる権利が基本的権利として保障されるべきとされた。そして、1976年の第31回国連総会で、1981年の国際障害者年の設定が決議され、1979年の第34回国連総会で、国際障害者年行動計画が承認された。ここにおいて、障がいのある人がいかなる障壁もなく、各種の活動に自由に参加できる平等な社会づくりを目指すというノーマライゼーションの理念を基に「障害者の完全参加と平等」が社会公共のあらゆる施策を貫く基本テーマとして共通認識された。1983年から1992年が国連障害者の10年とされ、1993年には日本でも心身障害者対策法が改正されて障害者基本法が成立した。2006年には、国連において「障がいのある人の権利に関する条約(権利条約)」が採択され、翌2007年には我が国も署名している。


権利条約は多くの障がいのある当事者によるNGOが「Nothing about us, without us !(私たち抜きに私たちのことを決めないで!)」とのスローガンの下、その成立過程に参加した。同条約の基本理念の大きな特徴としては、障がいのある人を保護の客体から権利の主体へと、そして、障害観をそれまでの医学モデルから社会モデルへと大きく転換させ、「差別」には直接差別・間接差別のみならず、合理的配慮を行わないことも含まれることを明確にした。また、生活のあらゆる場面において障がいのある人が、その個別的なニーズが最大限尊重されながら社会的に包容されるというインクルージョンの理念に基づき障がいのある人の地域で暮らす権利を保障した。


しかしながら、OECD(経済協力開発機構)の2007年社会支出統計(SOCX)によれば、加盟各国のGDP(国内総生産)に対する障がい者関係支出額の比率を対比すると、我が国の障がい政策公的支出費用比率は0.67%とされ、加盟30か国の中で下から3番目であり、我が国の障がいのある人の権利保障の水準は国際水準に照らして、憂慮すべき低い水準に置かれている。そのような劣悪な状況を変革し、我が国の障がいのある人の固有の尊厳とあらゆる基本的人権が尊重される社会に転換していく改革が、一日も早く成し遂げられなければならない。


そのためには、権利条約が求める権利の水準に、この国の法制度を抜本的に改革し、障がいのある人の基本的人権保障を明記する国内法を早急に整備・制定・施行した上で、権利条約の批准を実現することが必要である。

 

1 障害者自立支援法(「自立支援法」)の2013年8月までの確実な廃止

同法は応益負担制度を法の骨格として導入した。これは障がいゆえに生じる不利益や負担を本人の責任に帰する仕組みとして、障がいのある人が他の者と平等に生きる権利が保障されるとする権利条約の精神に違背する。生きるために必要不可欠な支援を「益」とみなし「障がい」を自己責任とする仕組みは障がい者支援の基本理念に反し、「このままでは生きていけない」という障がいのある人自身から激しい批判の声が湧きあがり、2008年10月に障害者自立支援法は違憲であるとする訴訟が全国で一斉に提起され、訴訟は第二次、第三次と続いた。国(厚生労働省)(以下「国」)はそれらの障がいのある人たちの声を受け止め、障害者自立支援法違憲訴訟原告団・弁護団と2010年1月7日、基本合意文書を調印し、自立支援法の2013年8月までの廃止を確約した。権利条約を我が国で実施するためにも同基本合意文書で確認された同法の廃止を確実に行うことが不可欠であり、違憲訴訟の意義を理解して基本合意が調印された以上、断じて障害者自立支援法の「改正」などではなく、同法の「廃止」がなされなくてはならない。

 

2 自立支援法廃止と同時に次の(1)から(6)までの事項を満たす、障がいのある人の権利を保障する総合福祉法の確実な制定が不可欠であること

権利条約の定める完全参加の原則からしても、基本合意文書でも確認された、自立支援法に代わる、障がいのある当事者の意見が尊重されるべきである。


国は基本合意文書にて「障害者自立支援法制定の総括と反省」との表題の下、「障害者の意見を十分に踏まえることなく、拙速に制度を施行するとともに、応益負担(定率負担)の導入等を行ったことにより、…障害者の人間としての尊厳を深く傷つけたことに対し、…障害者及びその家族に心から反省の意を表明するとともに、この反省を踏まえ、今後の施策の立案・実施に当た」り、その「反省に立ち、…障害者の参画の下に十分な議論を行う。」旨確約している。


ところが、推進会議にも総合福祉部会にも何ら協議されることなく、障害者自立支援法「改正案」が衆議院厚生労働委員会に2010年5月28日上程され、同月31日衆議院本会議で可決された。


総合福祉部会は同年6月1日、「強い遺憾の意」を全会一致で表明し、推進会議も同趣旨の意見を推進本部に提出した。障がいのある当事者の声を尊重しないやり方に、抗議の声が全国から殺到した。それにもかかわらず、結局、同年12月3日には、同法は国会で可決された。2013年8月限りの廃止と2012年1月頃の新法案国会上程が決まっている法律について、2010年12月に「改正法」を通し、2012年4月1日から(一部前倒し事項あり)「改正法」を施行するというのである。これでは現場も混乱する上、障がいのある当事者の意見を尊重する姿勢が希薄で、果たして国は本当に自立支援法を廃止するのか疑問の声が湧き出てくるのも当然の状況である。当連合会も、そのような動きを遺憾とする会長談話を2010年12月3日発表した。


他方、障害者基本法(「基本法」)をめぐる動きも注目される。推進会議では2010年1月から2011年1月まで29回にわたる基本法改正を意識した議論を重ねてきた。ところが、2011年2月14日に推進会議事務局から公表された基本法一部改正案は「地域社会において他の人々と共生することができること」に「可能な限り」との限定符がつくなど、地域生活を「権利」とする権利条約の考えを反映したものといえるのかなど、障がいのある当事者を中心とする推進会議構成員らから批判され、当連合会も同年2月18日、①障がいのある人が権利の主体であることを明確にし、②障がいのある人の地域生活の権利を確認し、③障がいのある子とない子が共に学ぶ教育を原則として教育の場の選択を保障することなどを求め、「閣議決定に沿った障害者基本法の抜本的改正を求める会長声明」を発表した。その後、若干の修正を経て、同年4月22日に基本法改正法案は閣議決定され、国会で更に一部修正が加えられ、同年7月29日に至りようやく国会で成立に至った。本改正は、手話を言語と認めたこと(同法第3条)、障害者政策委員会に内閣総理大臣に対する勧告権限を付与する(同法第32条)など、基本法改正法の成立は障がいのある人にとって前進との積極評価がある反面、結局、「可能な限り」の表現は条文に残るなど、障がいのある当事者の声や期待との落差も指摘されている。


上記のような、自立支援法「改正」、基本法改正の動向などをかんがみると、国は本気で障がい者制度改革に取り組む気があるのか、権利条約を批准し、条約に沿った障がいのある人の権利保障を推進するのか、自立支援法を廃止して、新法の制定が期待できるのか、強い危機感を抱かざるを得ない。


折しも2011年6月2日国連から、権利条約について、同条約署名国149か国中、批准国が101か国に達したとの発表がなされた。


署名により条約批准の方針を国際的に明らかにしている我が国も、いよいよ権利条約の批准に向けて本腰を入れ、国内法整備を加速させる時である。


当連合会は、国が権利条約を批准することを求めるとともに、それが形式だけでなく、退院が必要であるにもかかわらず地域における受入れ環境が整わないために退院することができずに人生の大半を病院で送る「社会的入院」状態の人が何十万人といる現状が変革され、障がいのある人の地域生活実現に実効性を持った国内法と地域資源の整備が必要不可欠であるとの認識に立ち、そのための新たな法制定を強く求めるものである。

 

(1) 障がいのある人の「完全参加と平等」という国連が掲げた理念の下、障がいのある当事者が多数構成員となっている推進会議及び総合福祉部会が新しい法律の骨格について提言している意見を、最大限尊重すること

権利条約3条(c)は「社会に完全かつ効果的に参加し、及び社会に受け入れられること。」とする。これは国際障害者年のテーゼ、完全参加と平等が深化したものである。


ここにおける「参加」には、障がいのある当事者が主体的に政策形成過程に参加することも含まれる。権利条約自身、障がいのある当事者を中心とするNGOが活躍して作り上げたものである。


推進会議と総合福祉部会が障がいのある当事者中心で構成され議論されてきたことは、新法の策定過程に障がいのある当事者が参画し、その意見が反映することこそが権利条約の精神を具現化するものだからである。


したがって、新法は、推進会議と総合福祉部会での議論を最大限尊重した上で制定されなければならない。

 

(2) 権利条約、憲法に基づく障がいのある人の基本的人権を具体的に保障する規定を明確に設けること

権利条約1条が同条約の目的を「すべての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進する」とするとおり、障害者自立支援法廃止後の新法は、権利条約・憲法に基づき、障がいのある人の基本的人権と平等を保障し、固有の尊厳を尊重し、その権利を具体的に保障する規定を設けるものでなければならない。

 

(3) 発達障がい・難病等が法の対象となるよう障がいの範囲を広げることなど制度の谷間を作らないこと

今般の障がい者制度改革の大きな目的の一つが、谷間のない支援である。


2010年6月29日、政府は推進会議の第一次意見を尊重し「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」を閣議決定した。


その中でも、基本法の在り方として、「制度の谷間を生まない包括的な障害の定義」が提言されているところ、総合福祉部会でも同じ問題意識が共有されてきた。


従来、「障がい」の定義から抜けることにより、社会的な不利益に関する支援が及ばなかった人たちに公的支援が保障される改革が必要である。


そして、制度の谷間を生まない支援が重要である。就労の場と居宅など場所における支援の谷間、子ども・成人・高齢などのライフステージごとの谷間などを作らないことが重要である。


今回の改革で、障がいのある子は、障がいのあるなしにかかわらず子どもとしての支援がなされるべきとの視点から、障がいのある子どもは児童福祉法が支援する方向である。その場合、児童福祉法と総合福祉法での制度の谷間に陥って、障がいのある子どもに支援が及ばない事態がないよう十分に留意が必要である。


虐待問題などで障がいのある子どもの生きる場所の確保が不可欠であり、権利条約の前文(r)は「障害のある児童が、他の児童と平等にすべての人権及び基本的自由を完全に享有すべきであることを認め」としており、児童福祉法においても権利条約の精神が貫かれることが大切である。

 

(4) 障がいのある人の地域での自立生活を実現可能とするための支援を量的にも質的にも保障すること

権利条約19条は「すべての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を認めるものとし、障害者が、この権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に受け入れられ、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとる。この措置には、次のことを確保することによるものを含む。


(a)障害者が、他の者と平等に、居住地を選択し、及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有すること並びに特定の居住施設で生活する義務を負わないこと。」とする。


上記のとおり、全国で当事者の意に沿わない「社会的入院」状態の障がいのある人が未だに多数存在し、また重度の知的・発達・身体の障がいのある人の入所施設中心の施策から、地域生活の実現への転換のため、実効性のある自立生活の支援が量的にも質的にも手篤く保障されるべきである。

 

(5) 応益負担を撤廃し、障がいゆえの特別な負担を障がいのある当事者に強いないこと

権利条約において「障がい」の概念は、障がいは本人の努力や訓練により克服するべき対象との理解(医学モデル)から、社会的障壁に対して合理的配慮を行わないことや、個々の障がいに対応した必要な支援が用意されていないことこそが「障がい」なのであり、「責任の主体は社会にある」との考え(社会モデル)に転換した。そして、障がいに伴う社会的不利益の是正施策について社会の側が責任を持つことが原理である以上、そのために必要な支援施策について、「利用したサービスの量に応じて金銭を障がいのある当事者に負担させる」応益負担の仕組みは、権利条約の精神に反する。


とりわけ、重度で重複障がいのある人など、様々な手厚い支援が必要な人ほど負担が過酷になることは、障がい者支援の根本理念に抵触するというほかない。したがって、新法においては、障がいに基づく社会的不利益を解消・軽減しようとするための支援施策の利用に関して、特別な負担を障がいのある当事者に求める制度は撤廃するべきである。


反面、食事の材料費など、障がいのあるなしにかかわらず一市民として当然に掛かる費用については原則本人負担とし、ただし、一般に障がいのある人は障がいゆえに所得が極めて低い現状に鑑みて、経済的負担の減免施策についても十分に配慮するべきである。

 

(6) 「支援のない状態」を「自立」と理解する現行の介護保険制度と障がいのある人の権利保障制度とを統合せず、現行の介護保険優先原則を廃止すること

2004年に国から自立支援法が提唱された当時、障がい者制度は介護保険に統合することが企図された。実際、介護保険法と自立支援法の体裁は酷似しており、障害程度区分などは、介護保険法の要介護認定の引き写しであり、障がい者の特性を無視した欠陥制度であった。


介護保険法は、高齢者のADL(日常生活動作)の能力を維持したり高めて、支援を受けることなく「独力」で生活出来ることを「自立」と理解するのに対して、権利条約を基礎として国際的に理解されている障がいのある人の「自立」は、積極的に公的支援も活用しながら生き生きと主体的に社会参加することであり、根幹において相反する基盤に立っており、「統合」は今まで確認されてきた障がいのある人の社会参加の権利や地域での自立生活の実現を危うくするものといわざるを得ない。


今回の改革によりせっかく障がい施策における利用者負担がなくなっても、65歳に達した障がいのある人や、介護保険特定疾病に指定されるALSなど16種の難病患者で40歳に達した人は、「介護保険優先原則」(自立支援法第7条、平成19年(2007年)3月28日付厚生労働省課長通知)が適用され、利用料一割負担が課せられる矛盾に直面する。


したがって、新法においては、介護保険統合をはっきりと否定し、現在ある介護保険優先原則を撤廃するべきである。

 

3 結論

当連合会は、2005年の第48回人権擁護大会(鳥取大会)にて、「高齢者・障がいのある人の地域で暮らす権利の確立された地域社会の実現を求める決議」を決議し、地域で生きる権利を憲法や国際人権条約に基づく基本的人権であることを確認した。それは権利条約の精神を先取りした決議との評価が今可能である。


当連合会はその後に国連で採択された権利条約の批准を実効性のあるものとし、障がいのある人の他の者と平等に生きる権利が保障されることを求め、障害者自立支援法を確実に廃止し、障がいのある当事者の意見を最大限尊重し、その権利を保障する総合的な福祉法の制定を国に対して強く求め、ここに決議するものである。

 

以上