希望社会の実現のため、社会保障のグランドデザイン策定を求める決議

 

東日本大震災及びこれに伴う原子力発電所事故は、被災地の人々の生活を破壊したのみならず、全国の特に社会的経済的弱者に深刻な影響を及ぼしている。国は、震災被害対策を理由に、さらなる社会保障予算の削減や、社会保障制度の縮小さえ企図しているところである。


戦後、我が国では、男性を一家の稼ぎ主とする年功序列・終身雇用制度と開発型の公共事業中心の経済政策の下、本来、社会保障制度が担うべき役割を企業と家族の負担に委ね、出生から生涯を終えるまでの漏れのない社会保障制度の構築を怠ってきた。その一方で、高度経済成長の終わりと、その後の構造改革政策の下に、社会保障基準の切下げ、社会保障費の削減を行い、もともと不十分な年金、医療、介護、生活保護を中心とした社会保障を更に劣化させた。雇用においては、規制緩和による非正規労働の増加等により、雇用で世帯全体の収入を確保し、世帯家族が生活すること自体が成り立たなくなっている。さらに、子育て・介護の過度の家族負担は、もはや困難となっているばかりか、家事従事者の社会参加を妨げるとともに、貧困の原因ともなっている。今、我が国の貧困は深刻化し、格差は固定化しつつある。


そもそも社会保障は誰もが人間らしい生活を営み、その能力を高め、社会参加を実現するために必要なものである。社会保障の充実こそが国家の最大の責務であり、社会経済の安定と発展の基礎である。そして、それこそが、誰もが豊かさを実感し、希望を持てる社会(希望社会)を実現することになる。


社会全体で、命や人間らしい生存をいかに守り、災害や貧困をいかに克服していくかという、憲法制定以来の根源的な問いが、その重みを増している今こそ、社会保障制度の在り方を根本的に見直し、雇用、子育て、教育、住宅なども含めた社会保障のグランドデザイン(全体構想)を策定することが必要である。それこそが被災地の復興と被災者の生活再建にもつながる。策定においては、憲法及び関連する国際人権規約の考え方を基本理念とし、社会保障の享受は、普遍的で恒久的な権利として、また、ナショナルミニマムとして保障され、その内容は、人間らしい生存を確保するに足るものでなければならない。


また、我が国では憲法25条を始めとする人権規定がありながら、安易に保障の切下げや削減が行われ、また、人権の最後の砦である司法の場においても社会保障裁判では個別事件で前進はあるものの広範な立法裁量や行政裁量の壁に阻まれる場合が多い。このような状況の中で、社会保障を人権として捉え、その権利性を高め、これを担保するために、何よりも社会保障基本法の制定が求められる。


社会保障のグランドデザインを策定するに当たっては、国民自らが主体的に参加し、また、その実現に必要な財源についても、応能負担の原則及び税と社会保障の所得再分配機能について自覚しつつ、議論を深めることが必要である。


当連合会は、希望社会を実現するために、国に対し、下記を骨子とする、社会保障のグランドデザインの策定と、社会保障基本法の制定を求める。

  1. すべての人が、能力を発揮でき、差別されることなく人間らしい生存を確保し得る良好かつ安定した労働に従事できるよう、十分な職業教育・職業訓練を受け、必要な職業紹介や就労支援を受けられるようにすること。また、失業時においては十分な所得保障が受けられるようにすること。
  2. 自らの収入や資産によっては人間らしい生存が確保されない人に対しては、最低保障年金や生活保護制度の充実などによって、漏れのない十分な所得保障を行うこと。
  3. 子育て、教育、医療、介護は、社会全体で支え、公的責任において十分な質と量を確保すること。
  4. 住宅保障を社会保障に位置付け、国の責任において、多様な低家賃の公的住宅を確保・提供するとともに、家賃補助(住宅手当)や公的保証制度を創設すること。
  5. 財源不足を理由とした社会保障費の削減は許されず、市民参加の制度設計及び市民監視の下で、歳出予算の社会保障への優先的配分、税・社会保険料及び利用者負担に関する応能負担原則の貫徹等による、社会保障の財源捻出と所得再分配機能の強化を図ること。
  6. 社会保障基本法においては、①社会保障制度の利用が恩恵ではなく、我が国に暮らすすべての人の具体的な権利であること、特に不利な立場にある人々に対しては積極的是正策を講ずること、②現物給付・現金給付ともに、「健康で文化的な」水準の最低基準が確保されなければならないこと、③国及び地方自治体は、社会保障上の諸権利についての情報の周知・助言教示の義務を負い、政策の策定、実施、事後審査の各過程に当事者の参加が保障されるべきこと、④簡易迅速で実効的な行政手続上・訴訟上の異議申立てを行う権利と権利救済における公的な援助を受ける権利を有すること、等を定めること。

 

当連合会は、社会保障のグランドデザインについて、自らも主体的に構想し、社会保障基本法の制定に向け、積極的な役割を果たしていくことを、ここに決意する。

 

以上のとおり決議する。


2011年(平成23年)10月7日
日本弁護士連合会


提案理由

第1 はじめに

2011年(平成23年)3月11日、東日本を襲った大震災は、死亡者15、821人、行方不明者3929人、避難者73、249人[死者及び行方不明者は2011年(平成23年)10月5日現在、避難者は同年9月28日現在]にも及ぶ甚大で深刻な被害をもたらした。そして、この未曽有の震災による被害は、地震だけでなく、大津波、さらには原子力発電所の爆発と放射線漏れなどにより、極めて広い範囲の地域社会全体に及んでいる。そして、辛うじて一命をとりとめた被災者も、被災地域の避難所等で劣悪な避難生活を強いられたり、あるいは、被災地を離れて全国各地に避難することを余儀なくされている。また、放射線による被害は、農作物、魚介類だけでなく、土壌や水という生活基盤全体に広範で深刻な汚染を招いている。


そして、このような被害の広がりの中で、改めて地域の「つながり」の重要性が注目されるとともに、高齢者、障がいのある人、一人親世帯などのいわゆる社会的経済的弱者により多くの被害が集中して表れるという実態も明らかとなった。一方、この大震災による被害を理由として、非正規労働者を中心としたいわゆる派遣切り、雇い止めなどが、被災地だけでなく、全国に広がり、新たな雇用不安を招くなど、全国の社会的経済的弱者に対しても、多大な影響を与えている。


ところが、政府は、震災からの復興対策に大きな財源が必要であることを理由に、かねてから検討してきた「税と社会保障の一体改革」の議論において、社会保障予算の削減を検討する姿勢すら見せている。


本来、今回の大震災により、壊滅的な被害を受けた地域の復興のためにも、ま
た被災者の生活再建のためにも、きめ細かな支援策が欠かせないだけでなく、大震災を契機に、これまでのこの国の社会保障制度の在り方を根本的に見直し、より充実した生存権保障を実践することが、今こそ強く求められているところである。

 

第2 社会保障のグランドデザイン策定の必要性

1 社会保障の本来的意義

そもそも、社会保障制度とは、「疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業、多子その他困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公の負担において経済保障の途を講じ、生活困窮に陥った者に対しては、国家扶助によって最低限度の生活を保障するとともに、公衆衛生及び社会福祉の向上を図り、もってすべての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにすることをいう」とされている〔1950年(昭和25年)社会保障制度審議会勧告〕。


なお、ここでいう「すべての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにすること」の意味内容をどう考えるかについて、近時は、「誰もが権利の主体となり、人間らしい生活を営み、その能力を高め、社会とかかわることができるようにするための社会的・経済的・文化的な条件を公の責任で生涯にわたり保障することを意味する。」とのより広く、積極的な内容の定義を用いることが少なくない。


そして、これは個人の尊厳と生命・自由・幸福追求の権利の尊重を内容とする憲法13条に基礎付けられるものであり、その充実こそが、その社会の安定と経済の発展の基礎となるものである。


また、憲法25条によれば、何人も、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を持つものとされ、その向上及び増進は、国の責務として位置付けられなければならないのである。したがって、社会保障制度を具体化する場合、いたずらに「自助」や「共助」を強調して、「公助」、すなわち、国の責務を後退させるようなことがあってはならない。


さらに、人権の国際的水準から考えた場合、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「社会権規約」という。)においても、差別禁止(2条2項)、男女平等(3条)、労働(6条以下)、社会保障(9条)、家族等の保護(10条)、生活水準の権利(11条)、健康を享受する権利(12条)、教育についての権利(13条以下)、科学及び文化についての権利(15条)などの権利があると規定されている。

2 我が国における社会保障の歴史と問題点

  1. 敗戦直後、日本は、深刻化した貧困問題に対応することが急務であり、先に述べた憲法13条、25条の規定を受けて、1950年(昭和25年)、旧法を全面的に改める形で現行の生活保護法が制定され、先行して制定されていた児童福祉法、身体障害者福祉法とあわせた「福祉三法」から、本格的な社会保障の制度化が出発した。
    そして、1950年(昭和25年)10月に社会保障制度審議会による「社会保障制度に関する勧告(1950年勧告)」が社会保障制度の在り方に関する指針として示され、狭義の社会保障を公的扶助、社会福祉、社会保険、公衆衛生及び医療とし、広義の社会保障に恩給、戦争犠牲者援護を加えたものと分類した。しかし、この勧告は、必ずしも、具体的な制度内容の在り方とその実現方法を明示したものではなかった。
    その後、我が国では、男性を一家の働き手の支柱とし、年功序列制度と終身雇用制度に基づく賃金体系と、社会保障制度としては、上記の勧告による「国民皆保険」を政策の中心とし位置付けてきた。そして、開発型の公共事業投資と大企業中心の経済政策の下、本来、社会保障制度が担うべき役割の多くを、企業と家族の負担と責任に委ね、近隣・地域社会などの連帯を強調し、出生から生涯を終えるまでの、漏れのない社会保障制度を構築することを怠ってきた。
    したがって、福祉三法に精神薄弱者福祉法、老人福祉法、母子福祉法が加わる福祉六法の時代を迎えても、社会保障の役割は、極めて限定的なものにとどめられてきた。
  2.  しかも、高度経済成長が終焉してからは、経済の低迷により社会保障に充てる財源が不足していること、一方出生率が低下し、現役世代が減少し、急速に進む高齢化社会に対応するため、高齢者や児童の福祉について、施設等の整備を十箇年戦略で実現することを内容とする1989年(平成元年)の「ゴールドプラン」、1994年(平成6年)の「新ゴールドプラン」や「エンゼルプラン」、さらには障がいのある人についての各種施策の実現プランである1995年(平成7年)の「障害者プラン」や2002年(平成14年)の「新障害者プラン」などの計画が厚生省や総理府から示されたことはあったが、いずれも、個別的課題についての施設整備などが中心の計画であり、社会保障充実のための総合的、かつ、具体的戦略を内容とするものではなかった。
    このため、我が国では、憲法13条、25条を始めとする社会保障を内容とする人権規定がありながらも、安易に保障内容の切下げや削減が行われる反面、一貫した社会保障制度の理念が確立されず、しかも、社会保障制度の総合的な制度充実のための年次計画などの戦略を具体的に立案するには程遠い実態にあった。
  3. 1995年(平成7年)7月、社会保障制度審議会は、「社会保障体制の再構築―安心して暮らせる21世紀の社会を目指して」と題する勧告(1995年勧告)を行ったが、社会連帯を強調するあまり、社会保障における公的責任の後退ともいうべき内容となっていた。そして、これに基づき実施された「社会福祉基礎構造改革」は、「措置から契約へ」のスローガンの下、社会保障の担う役割が一定の範囲で拡大され、加えて、措置制度の時代に存在した硬直性が改善され、契約によって制度利用者を普遍化することができた。しかし、一方、公的責任がかえって後退するなど、憲法13条、25条を始めとする憲法規定を具体化したものとは程遠いものであった。また、「社会福祉基礎構造改革」の実施の過程において国会の議論も十分になされておらず、全体として法的拘束力を持つものでもなかった。

3 社会保障のグランドデザインの策定及び社会保障基本法制定の必要性 

  1.  このため、1990年(平成2年)以降は、「構造改革」が叫ばれる中で、毎年社会保障費用が2200億円削減されるなど、社会保障全体の「後退」が急速に進められるようになった。
    一方、雇用の面においても、規制緩和が言われ、非正規労働者が急速に増加した。その割合は、若年層、一人親世帯で一層顕著であり、「ワーキングプア」といわれる働く貧困層が1100万人を超えたといわれてから久しい状態にある。
    その結果、我が国において「貧困化」が進み、OECD諸国のデータによると、日本の全人口の相対的貧困率は、2005年(平成17年)発表の数字によれば、5位であり、生産年齢人口の相対的貧困率でみれば、2006年(平成18年)発表の数字で、米国に次ぐ2位となっている。そして、生活保護制度の利用者数も、2000年(平成12年)の107万2000人から2011年(平成23年)3月段階で202万2333人と急激に増加している。
    また、地域間の格差や階層間の格差もますます広がってきている。
  2. このように深刻な人権問題となっている「貧困」と「格差」を解消・克服し、誰もが希望を持って生きることができ、豊かさを実感できる社会を実現するためには、まず、社会保障全体のグランドデザインの策定が必要である。さらに、憲法と社会保障に関する個別法との間をつなぎ、社会保障を人権としてとらえ、その権利性を高め、これを具体的権利として担保するために、社会保障基本法の制定が必要である。 
  3. 社会保障の範囲については、従来、我が国においては、年金、医療、介護、生活保護を中心に限定的にとらえられてきたが、雇用、子育て、教育、住宅についても社会保障の一つとして、あるいは、社会保障との関連において位置付けることが必要である。
    そこで、以下においては、まず、従来の社会保障改革の中で改変されてきた、年金、医療、介護・福祉サービス、生活保護について、あるべき方向性を概観し、次に社会保障の新しいかたちとして、社会保障のグランドデザインの内容、とりわけ、労働の社会保障における位置付けと保障すべき権利、自らの収入や資産によって人間らしい生存を確保できない場合の所得保障(現金給付)、子育て、教育、医療、介護における保障(現物給付)、住宅保障、さらに社会保障の財源、それぞれについて、総括して、あるいは、個別の受給主体ごとに言及する中で、その基本的な考え方を示す。また、社会保障基本法については、その骨格とすべき内容について示す。

 

第3 従来の社会保障改革について

1 医療

日本では1961年に国民皆保険制度が実現したものの、1980年代以降、国が実施してきた医療費抑制政策により国民医療費の対GDP比はG7中最低レベルにあり、一方で、医療費の自己負担割合は増加している。貧困が拡大する中で、市町村国保の保険料滞納世帯は約450万世帯で20%を超え、資格証明書交付世帯は約34万世帯に及ぶ(2008年)。医療提供体制においても医療保険制度においても安心して医療を受ける権利が保障されているとはいい難い。ところが、国は更に医療費の自己負担を増大させるよう検討も行っている。

 

健康に生きる権利(健康権)は憲法の基本的人権に由来する具体的な権利であり、国は安全で質の高い医療を提供する体制を確保する責務を負わなければならない(当連合会1980年11月8日「『健康権』の確立に関する宣言」、2008年10月3日「安全で質の高い医療を受ける権利の実現に関する宣言」)。


2 介護・福祉サービス

2000年4月に施行された介護保険制度においては、サービス利用量に応じた一律1割の負担(応益負担)が強いられた。2005年の介護保険制度の見直しにおいては要介護度の低い高齢者を各種サービスの適用から除外し、2010年の改正や国が検討中の社会保障改革において、さらなる給付の削減や利用料・保険料負担の増大がもたらされることになりかねない。


また、障がい者福祉の分野においては、障がいのある人の福祉サービス等を定めた障害者自立支援法(2006年4月施行)に対し、利用量に応じて負担が課される応益負担や、厳しい利用上限等が問題だとして強い反対運動が起こり、廃止されることとなっているが、未だ新法の形は定まっていない。


高齢者及び障がいのある人がより快適な生活を営む権利を実質的に保障するためには、国や地方公共団体は公的責任に基づき介護・福祉サービスの体制整備・拡充の施策と財政上の措置を採らなければならない(当連合会1995年10月20日「高齢者の尊厳にみちた生存の権利を求める決議」、1999年5月21日第50回定期総会「介護保険・成年後見制度の実施に向けての決議」、2001年11月9日「高齢者・障害者の権利の確立とその保障を求める決議」、2005年11月11日「高齢者・障がいのある人の地域で暮らす権利の確立された地域社会の実現を求める決議」)。


3 年金

1961年に国民皆保険体制とともに国民皆年金体制が成立したものの、現在、40年間すべての期間の保険料を納付したとしても、基礎年金(2011年現在、78万8900円)はモデル高齢者世帯(夫婦ともに高齢者)の生活保護基準(約12~15万円)に及ばない。障害年金も低額である。また、保険料が高い、所得が低いなどの理由により保険料を滞納したり(2007年度で36.1%)、保険料を免除されたりする国民が増え(免除率は19%前後)、高齢・障害・死亡を原因として稼得能力が減少、喪失しても、納付要件を満たさず無年金となったり、低年金となる者が増えている。


高齢・障害・死亡による稼得能力の減少、喪失により、働いて十分な所得が得られなくなった者やその遺族に対する所得保障として、権利性を明確にした税方式(無拠出)の最低保障年金制度を創設する必要がある。


4 生活保護

長引く不況の下、生活保護受給者は200万人を突破した。ところが、国や地方公共団体では、有期保護制度の導入や生活保護基準の切下げなどがもくろまれている。


最後のセーフティネットとされる生活保護の権利性を明確にするとともに、生活再建に向けた適切な支援を充実させていくため生活保護費の全額国庫負担やケースワーカーの増員と専門性の強化による相談窓口の充実等こそが必要である(当連合会2006年10月6日「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人の尊厳に値する生存を実現することを求める決議」)。

 

第4 社会保障の新しいかたち

1 人間らしい生存を確保し得る労働の保障

人間らしい生存を確保し得る良好かつ安定した労働に従事する権利の保障

労働は、社会を支える不可欠の基礎であると同時に、労働者にとって、生活の基盤であるのみならず、生きがいや社会に参加する喜びの源泉ともなるものである。勤労の権利を保障する憲法27条1項は、憲法13条、14条に照らせば、人間に値する生存を確保しうる良好かつ安定した労働をすべての国民が等しく享受する権利を保障しているものと解されるべきである。このように人間らしい良好で安定した労働が等しく確保されることは、労働者の生活基盤を確保するとともに、相互に連帯して共生を目指すという社会保障制度の支え手を確保することでもあり、民主主義の維持・発展にも資するものである。すなわち、人間らしい労働の確保は社会保障の基盤となるのである。


ここでいう人間らしい労働とは、単に労働力の再生産が可能な労働条件にとどまるものではなく、各人が健康で文化的な生活を送ることができ、その能力を十分に発揮でき、社会参加を可能とする内実を持つものでなければならない。


そこで、こうした人間らしい労働を確保するために、フルタイムで働けば人間らしい生活が可能となるように最低賃金を引き上げること、性別等の属性や雇用形態による差別を禁止し、均等待遇原則、同一価値労働同一賃金の原則を確立すること、安定した雇用を確保するために有期労働契約を規制する法制を制定することや労働者派遣法を抜本的に見直すこと、安全・健康・快適な職場環境を確保するための法整備をすること、長時間労働を抑制するための労働時間規制を強化すること、育児介護休業制度を拡充すること等、労働法制を抜本的に見直さなければならない。また、労働関係法規を遵守させるため、国と自治体の監督体制を強化することが必要となる。


人間らしい労働に就くための支援を受ける権利の保障
① 失業時の所得保障の充実
  1. 総論 

    憲法27条1項が人間らしく働く権利を保障していると解されることから、国はまず、さまざまな労働政策を通じて、希望する者すべてが人間らしい労働の機会を得ることができるよう努めることを義務付けられ、さらに、国の努力にもかかわらず失業が生じた場合には、失業者の生活を保障することが義務付けられていると解される。
    失業者は、失業時の生活保障が十分に確保されてはじめて、次の人間らしい労働に就くことができる。失業時の生活保障が不十分だと、失業してもすぐに次の労働に就かなければならず、劣悪な労働条件での再就労を余儀なくされてしまう。その結果、労働力は買いたたかれ、労働市場全体の労働条件が引き下げられてゆくことになり、人間らしい労働が確保されなくなってしまう。したがって、失業時の充実した所得補償は、人間らしい労働を確保する要といえる。
  2. 雇用保険の失業給付の拡充 
    そこで、まず、失業時の生活保障制度である雇用保険制度について、抜本的な改正が必要である。具体的には、被保険者の範囲を拡大するとともに被保険者とならないような雇用形態をあくまで例外として厳しく限定すること、失業給付の受給要件を緩和すること、失業給付の給付額や給付期間を拡大すること等によって、失業時の生活保障を確保するようにしなければならない。
  3. 失業扶助制度の確立 
    また、雇用保険に加入できない新卒未就労者や自営業廃業者等や雇用保険の受給資格を喪失した失業者が生活に困窮し、不本意な就労を余儀なくされることのないよう、失業者の権利としての就労支援制度と併せて生活費等を支給する稼働年齢層を対象とした失業扶助制度を設けるべきである。

② 職業紹介・職業教育訓練の充実

 

  1. 総説
    求職者が早期に労働市場に参入するためには、各人の求職活動だけでは限界があるので、国による求職者本位の職業紹介制度や就労支援制度、さらには利用しやすく効果の高い職業教育・職業訓練制度が確立されなければならない。

  2. 職業紹介 
    求職者に対して、その経験、能力、性格等に応じた効果的な職業紹介制度を充実させるべきである。この観点から、国際的に見ても少ない公的職業紹介の設備、人員を拡充強化すべきである。
  3. 職業教育訓練 
    我が国においては、日本型雇用システムといわれた新卒一括採用、年功型賃金体系、終身雇用の下で、企業が自社の社内労働者の職業教育訓練を担ってきた。しかし、これと裏腹に、国や自治体による公的な職業教育訓練については、予算、設備、教育訓練体制ともに先進諸国の中では貧弱なままである。
    男性正社員を中心にした日本型雇用システムからはずれた非正規労働者、女性労働者、障がいのある人等は、十分な職業教育訓練の機会を持てず、経験・技能が得られないままに貧困が固定化している。さらには、1990年代以降急速に進められた非正規労働化がこれに追い打ちをかけ、若者を中心に職業能力を高める機会を奪われた労働者層が新たに大量に出現するに至った。
    こうした事態を転換させ、憲法27条1項が保障する人間らしい労働を確保するには、労働市場への参入を可能とするための公的な職業教育訓練を希望者が誰でも受けることができるよう、予算の抜本的増額、施設の拡充、訓練カリキュラムの充実、質量ともに充実した教員の養成、確保が必要である。



③「給付」から「自立支援」への動きについて
最近の社会保障制度改革の議論の中で、「福祉」から「就労」への動きが強調されたり、「自助」を基本とし、「給付」よりも「自立支援」に力点を置く必要が指摘されることが少なくない〔例えば、2011年(平成23年)5月12日厚生労働省「社会保障制度改革の方向性と具体策」〕。
特に、その傾向は、生活保護制度の利用者、住宅手当の受給者や母子家庭などについて強調されることが多い。
しかしながら、「自立支援」とは、単に社会保障費(給付)削減のための財政対策の観点から強調されるべきではなく、これまで述べた人間らしい労働を保障するための「支援」を求める当事者の権利として積極的に位置付けるべきである。

2 誰もが社会参加し、その能力と個性を発揮して生活する権利の保障

我が国の社会保障の構造的欠陥

戦後、我が国では、年功序列・終身雇用制度の下における男性正社員を一家の稼ぎ主とし、その賃金収入に依拠して、専業主婦である妻、子ども、高齢の親が同居する世帯が標準的な世帯とされてきた。ここにおいては、子育て、介護は、その世帯家族の負担とされ、専業主婦である妻の役割とされた。社会保障支出は、専ら男性正社員稼ぎ主が会社を退職した後の人生後半に集中したため、年金と医療に偏することになった。しかし、それとても先進諸国に比して十分とはいえず、特に前記の標準的な世帯から外れた高齢者や障がいのある人の年金は極めて低額で生活を維持するに足りない。その他の社会支出は、更に脆弱であって、子育て(保育)や高齢者介護等のケアは主として専業主婦による家庭内の無償労働によって支えられ、こうした構造は、3号被保険者や配偶者控除制度、低賃金のパートなどの主婦の家計補助的労働によって誘導・強化されてきた。

こうした構造は、もともと、多くの女性から、その能力を発揮し経済的に自立する機会を奪い、保育や介護等のケアのためのキャリアの中断と家庭内におけるケア労働の社会保障における不評価は、高齢期の女性の低年金・無年金をもたらしてきた。

ケアの家族負担は、前記の標準的な世帯から外れた母子世帯などの子どもを特に不利な地位に置き、貧困の世代間連鎖を生む原因となり、高齢者・障がいのある人が十分な介護を受けて地域社会に参加する機会を得られない原因となってきた。

とりわけ、正社員の年功賃金が崩れて男性にも非正規雇用が拡大し、「男性正社員稼ぎ主モデル」が崩壊しつつある昨今においては、保育や介護等のケアを家庭内で家族が支えることの困難さがより一層増している。こうしたケアの過剰な家族負担は、体力的に弱い立場にある女性、子ども、高齢者等に対する暴力や虐待を深刻化させ、「老老介護」や介護のために失業した息子による被介護者の殺人や心中などの悲劇を引き起こしている。また、「無縁社会」という言葉が流行語となり、無縁化・孤立化した高齢者や傷病者が、誰からも介護されずに孤独死する事態も頻発している。


ケア労働の社会化と社会保障における正当な評価

本来、憲法13条、14条、25条等からすれば、誰もが、性別、年齢、障害等にかかわりなく、社会活動に参加し、能力と個性を発揮して生き生きと生活することが権利として保障されることが必要である。

そのためには、これまで主として専業主婦の女性によって無償で担われてきた家庭内の保育や介護等の過剰なケア負担を軽減するためにケアの脱家族化・社会化を図ることが不可欠である。
また、家庭内の無償労働、特にケア労働が社会保障制度において正当に評価されることが必要である。ILO156号条約(家庭的責任条約)、同165号勧告に従い、社会保障においては、ケア労働を正当に評価し、これに従事する者に対する出産・育児・介護休業に対する十分な期間の付与とその間の所得保障、転勤・労働時間への配慮、年金等社会保障におけるケア労働時間への保険料免除と保険料支払期間・支払額への算入が必要であり、社会保障において、ケア労働が不利益に扱われないようにすることが必要である。


子どもの成長発達権保障の理念

子どもは、尊厳を有する存在であり、一人一人の個性に応じて最大限に成長発達が保障されなければならない。したがって、子育て、教育は、私事ではなく、社会全体で支えるべきものであり、その負担は、公的責任において行うことが必要である。

保育・幼児教育については、すべての子どもが良質な保育を受ける権利を保障し、これを享受し得るよう、利用料の応能負担を維持するだけでなく、その無償化を目指し、国又は自治体が公的責任と財源において実施する義務を負う制度を維持発展させるべきである。

公立の義務教育課程及び高校については、授業料だけでなく教材、学校給食、実習等の費用も含めた学費の完全無償化を実現し、大学等の高等教育や私立高校についても、経済的負担の軽減に向けた施策を充実させるべきである。

また、子育て世帯に対する所得保障としては、収入の多寡を問わない普遍的な子ども手当制度を維持発展させるとともに、特に、貧困率の高い一人親世帯に対する児童扶養手当を支給要件緩和、支給額増等によって拡充する必要がある。

さらに、家庭崩壊や虐待等によって実親による適切な養育を受けられない子どもに対する社会的養護を拡充するために、児童養護施設に対する職員の加配などの公費設置や公費補助の増加、里親委託の推進などを行うべきである。

このように、子どもの保育や教育に関する普遍的な施策を拡充するとともに、特に不利な立場にある親や子どもに対する積極的な支援策を併せて行うという子育ての社会化を図ることは、貧困家庭を含むすべての子どもに学習環境を保障し、貧困の世代間連鎖を縮小する。のみならず、女性が安心して結婚し、子どもを産み、そして、就労することを容易にし、その人生の選択肢を豊富にするだけでなく、女性の労働力がより社会に活用されることにもつながる。


高齢者に対する社会保障の理念

高齢者が個人として尊重され、豊かな生活を送れてこそ、国民は社会保障に対する信頼を現実のものとし、将来の不安を払拭することができる。高齢者に必要とされる社会保障は、住み慣れた地域社会で自分らしく安心して生活し、社会参加することができるよう、少なくとも生活保護水準以上の最低保障年金制度を創設するなど所得保障を図ることと、利用者負担が利用者の最低生活を阻害しない制度設計にした上で、認知症や加齢等がもたらす判断能力や日常生活動作(ADL)の減退を補完するための法制度を確立させ、各人の特性に合った在宅介護や施設介護、住宅等の福祉施策を充実させることである。


障がいのある人に対する社会保障の理念


障がいのある人は、地域社会のなかで、自分のライフスタイルに合わせて自分らしく生きる権利を有している。そこで、障害者の権利に関する条約を批准するために国内法を整備するに当たり、法律上、当該権利性を明確に位置付けた上で、具体的に問題となる各局面における支援ないし給付を制度的に保障することが必要である。また、障がいのある人が完全な社会参加を行い、地域で自立した生活を営むために、少なくとも、障害を持たない人と同程度の水準の所得保障が図られるべきであるし、その所得から、自立のために利用する福祉制度のために利用料が徴収されることがあってはならない。


女性に対する社会保障の理念

女性の貧困を克服するためには、単に社会保障の権利性を謳うのみでは足りない。すなわち、家庭内の暴力・虐待、性的搾取の被害女性の保護と自立支援、経済状況にかかわらず望む人数の子どもを、望む間隔で安全に妊娠・出産し、望まない妊娠・出産を回避するリプロダクティブ・ヘルス/ライツの保護、労働での均等待遇、母性保護とセクシュアル・ハラスメントからの保護が必要である。女性ということで軽視され、遠慮・我慢・沈黙に慣れさせられてきたことによる自己評価の低さとニーズの表明が困難な女性が多いことに着目した金銭面以外の側面も重視する総合的な手厚い女性福祉が必要である。


外国人に対する社会保障の理念

現在、生活保護法以外の社会保障関係法からは法文上国籍要件が撤廃されているにもかかわらず、実際には、外国人の多くは社会保障制度における十全な保障を受けられない場合が多い。雇用主が各種社会保険への加入を回避したり、他国との年金通算制度が未整備なために年金保険に加入しにくい状況がある。また、日本社会の構成員となっていると評価される外国人についても、入管法の在留資格がないことや在留資格の種類などを理由に健康保険給付や生活保護給付を拒否されている。また、高齢の在日コリアンなどの無年金問題も未だに解決されていない。このような現状は、個人の尊厳原理を規定する憲法13条前段に違背するとともに、社会保障における内外人平等原則を定めた世界人権宣言22条、社会権規約2条・9条・11条、難民条約23条・24条などに反する。

社会保障上の権利は、人が人であるが故に保障される人権である以上、国籍や在留資格の有無・種類にかかわらず、日本で暮らし、日本社会の構成員となっている外国人に対しては、その権利が保障されなければならないのであり、そのための積極的な是正策を講ずることが必要である。


3 人間らしい生存の基盤としての「適切な住宅に居住する権利」の保障


住まいは、人が人として日常生活・社会生活を営む上での最も基礎的な土台であり、憲法13条、25条の趣旨からすれば、本来、国は、適切な住居において生活することを基本的人権として保障しなければならない。
しかし、我が国においては、かねてから住宅の確保は国民の自助努力と位置付けられ、近時、公営住宅の建設が抑制されるなど、その傾向はより強まっている。その結果、特に、不利な状況にある貧困層から順に、家賃負担に耐えられなくなり、「ネットカフェ難民」や野宿等のホームレス状態に陥る事態を招いている。その背後には、住み込み就労者、家賃・住宅ローンの滞納者などの不安定な居住状態にある膨大な予備軍が存在しており、「住まいの貧困」は、今や、特別な人の特殊な問題ではなく、いつ誰の身にも降りかかってもおかしくない普遍的な問題となっている。
欧州諸国においては、住宅保障は当然に国の責務であるとされているが、我が国においても、住まいの保障は人権であり、国が、社会保障の一環として人々の住宅を保障する責務を負うという施策に転換する必要がある。
具体的には、「適切な住宅に居住する権利」が基本的人権であることを法定し、①物理的水準(広さや設備、安全性等)、②コスト(負担能力に応じた入居費)、③アクセス(立地条件等)を考慮した住宅保障水準を明確にし、その水準に達しないすべての人々に対して、国が適切な住居を保障する普遍的な施策を講じる必要がある。
また、持ち家政策に偏した住宅政策を転換し、公営住宅の増設や、一定の物的水準を満たす賃貸住宅を自治体などが借り上げて無償又は低家賃で転貸するなどの方法で多彩な社会賃貸住宅を育成することによって、公的賃貸住宅を拡充する必要がある。
さらに、現行の住宅手当制度を、その受給要件を緩和することによって普遍化し、かつ、住宅入居費を含む家賃補助制度として恒久化すること、保証人を得られない人のための公的家賃保証制度を創設により民間賃貸住宅を活用することが必要である。

 

第5 社会保障の権利性を担保するための社会保障基本法の制定

我が国では、これまで法律上保障されているはずの権利が周知されずに「絵に描いた餅」となったり、保障水準の安易な引下げがなされても立法裁量論・行政裁量論によって司法的救済の道が閉ざされることが少なくなかった。そこで、憲法理念を具体化し、権利としての社会保障を確立し担保するために、少なくとも次のような内容を有する「社会保障基本法」を制定する必要がある。

1 社会保障制度の利用が恩恵ではなく、我が国で暮らすすべての人の具体的な権利であること

社会保障制度によって給付されるサービスや現金の利用は決して恩恵ではなく、憲法上保障された諸人権を具体化する裁判規範性のある権利であるということが明確にされなければならない。

また、社会的排除を受けている特に不利な立場にある人々に対しては、積極的是正策を講ずることも明示することが必要である。


2 現物(サービス)給付・現金給付(所得保障)ともに、国の責任において「健康で文化的な」水準の最低基準が確保されなければならないこと

憲法は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利その他の社会権の実現に積極的な施策を国に義務付けており、社会権保障のナショナルミニマム(国家的最低保障)の確保は、国本来の責務である。他方、憲法が独立の章を設け、人権保障の機関として地方公共団体を規定しているのは、国と地方の双方が重畳的に共同して社会権保障を実現することを求めているものである。
したがって、格差のないサービスを受ける市民の権利を保障するため、国の責任において、憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」水準が確保されるべきこと(ナショナルミニマム)が明確にされなければならない。すなわち、社会福祉、保険、教育、その他、地方自治体が実施責任を負う社会保障については、生活保護を始めとする現金給付について最低基準がいわば「岩盤」として確保されるべきであるし、現物(サービス)給付についても、上記水準を満たし得る施設の設備・面積、職員の資格・配置数等の最低基準が確保されなければならない。同時に、国には、全国的又は広域な管理・運営を必要とする保障分野についての管理・運営責任がある。
地方自治体には、国とともに人権の実現を担う機関として、地域の特性に合わせて、ナショナルミニマムを超える「上乗せ・横出し」を実現する責務がある。地方自治体がその責務を全うできるよう、国には、地方自治体の財政基盤を確立し強化する責務があることも法律上明確にする必要がある。


3 国及び地方自治体は、社会保障上の諸権利について情報の周知・助言教示の義務を負い、政策の策定、実施、事後審査の各過程に当事者の参加が保障されるべきこと

社会保障上の諸権利が形式上保障されたとしても、それが当事者に周知されず、実際に行使することがかなわなければ、権利は「絵に描いた餅」であり何の役にも立たない。権利を有するすべての人が漏れなく自らの権利を行使しうるためには、例えば視力障害を有する人に対しては録音媒体などによって、十分に周知・広報されることが不可欠の前提となる。また、社会保障の諸制度は往々にして複雑怪奇であり素人には理解が困難であるから、当事者がもっとも有利かつ効果的に社会保障上のサービスを享受・利用し得るためには、制度に精通した窓口職員が、当事者の最善の利益のために適切な助言や教示を行うことが不可欠である。
また、人権としての社会保障制度が当事者にとって利用しやすく豊かな内容を備えるものとなるために、政策の決定(法制定や実施計画の策定等)、実施(給付機関の人員構成等)、事後審査(不服申立ての審査会の人員構成等)のすべての過程に当事者及びその利益代表団体が参加し、その意見が反映される仕組みが確保されなければならない。近時、障害の分野で言われる「私たち抜きに私たちのことを決めるな」という理念は、すべての社会保障分野で貫徹されなければならない。 


4 自らに対する処遇に不服のある者は、簡易迅速で実効的な行政手続上・訴訟上の異議申立てを無償で行う権利を有すること

社会保障制度の利用が権利として保障されるためには、権利侵害があったり、処遇に不服や疑問があった場合に簡易迅速に異議を申し立てる事後救済の制度が整備されなければならない。
そして、社会保障制度の利用者の多くは貧困であるから、ドイツなどにならって、社会保障裁判に要する鑑定その他の訴訟費用は無償とすべきである。また、社会保障制度が複雑でその理解には専門的知識が不可欠であるから、裁判のみならず行政上の不服申立てを行うにあたっても、弁護士等の専門家の援助を無償で受けるための法律扶助の利用を権利として保障する必要がある。

 

第6 社会保障の財源と利用料負担に関する原則

1 社会保障への予算の優先的配分

生存権保障は、第一順位の国家目標であるから、財源不足を理由とする社会保障費の制限は許されない。希望社会を実現するために、これまでの予算の使途や優先順位を見直して、無駄な支出をなくし、優先的に社会保障に予算配分を組み替えていくことが必要である。


2 応能負担原則の貫徹等による財源捻出と所得再分配機能の強化

財源の確保は、憲法13条、14条、25条、29条などから導かれる応能負担原則の下、所得再分配や資産課税の強化等の担税力のあるところからなされなければならない。企業の活動は、雇用している労働者によって支えられ、交通網・通信網等の社会的基盤や自然環境に対する負荷の下で行われている。企業には、こうした諸要素の維持と改善のための社会保障コストを負担すべき責務があるというべきである。社会保険料の増額や増税を検討するのであれば、まずは、応能負担の原則を徹底し、所得再分配機能を強化すべきである。

3 財政に対する市民参加と市民監視

安心で公正な希望社会は、我が国の財政において民主主義を十分機能させない限り、到来しない。被保険者あるいは納税者である市民が団体を組織するなどして、社会保障や税制の制度設計に関与するとともに、どのような方法で応能負担の原則を貫徹し、所得再分配機能を強化していくかという観点から、増大する社会保障費の負担の在り方について、広く国民的議論を深めていく必要がある。併せて、保険料や税金の使途を監視できるようにする仕組みを整備すべきである。

 

第7 社会保障制度改革に向けた当連合会の役割



我が国における社会保障制度改革の在り方については、既に国や政党が公表し、また、社会保障基本法についても、研究者グループなどが提案している。当連合会は、過去の人権擁護大会において貧困問題や個々の社会保障制度について、提言を行ってきた。しかし、我が国の貧困問題を解決するためには、社会保障制度全体の在り方について指し示すことが必要であり、社会正義の実現と基本的人権擁護の立場から我が国において積極的な役割を果たしてきた当連合会が憲法と国際人権規約の理念に基づいた提言をすることは極めて重要である。特に東日本大震災とこれに伴う原子力発電所事故を契機として、国や社会の在り方が改めて問われている今こそ、大きな制度の変革について議論すべきときである。我々は、社会保障のグランドデザイン策定と、それに基づく社会保障基本法の制定に向けて取り組み、社会保障制度改革において積極的な役割を果たしていく決意である。


以上