ハンセン病問題についての特別決議

1.本年(2001年)5月11日、熊本地方裁判所において、ハンセン病元患者らが国を被告として提起していた「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟につき、国の責任を認める判決が言い渡され、国の控訴断念により、同判決は同月26日に確定した。


ハンセン病患者らに対する絶対隔離政策は、1907年の法律「癩予防に関する件」制定から1996年のらい予防法廃止まで、実に90年にわたって継続されてきた。ハンセン病患者は、この政策のもと強制的に療養所に収容され、収容後は外出を許されず、断種、堕胎を強制されるなどの重大な人権侵害を受けてきた。このような国の政策が個人の尊厳を規定する憲法13条に違反することは明白であり、国の責任は厳しく問われなければならない。


同判決後、ハンセン病元患者らと国の間で、「ハンセン病問題対策協議会」が設置され、謝罪・名誉回復措置の問題、療養所入所者に対する在園保障の問題、社会復帰支援・社会生活支援、非入所者、遺族の問題及び真相究明・再発防止の問題等について協議が重ねられている。これらの諸問題の解決は、当然に、国の法的責任に基づく原状回復措置としてなされなければならない性質のものである。


2.われわれ弁護士及び当連合会は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする立場にあるにもかかわらず、長期間かかる重大な人権侵害の事実を見過ごしてきた。


また、当連合会は、1996年2月16日の「らい予防法制の改廃に関する意見書」において、「今後、本問題について継続的に調査を行う」ことを確認したにもかかわらず、具体的な対応をとることをせず、さらに、1996年8月には、ハンセン病元患者の一人から退所後の生活に関わる人権救済の申立を受けていながら、2001年6月21日まで関係各機関に対して勧告を行い得なかった。


そこで、当連合会は、以上の責任を自覚し、かかる事態に立ち至った原因及び理由を究明することにより再発防止に努め、かつ、今後、人権擁護・社会正義の実現という社会的責任を果たすことを改めて誓うとともに、ハンセン病患者、元患者及びその家族らをはじめ、この問題によって被害を受けたすべての方々に対し、真摯に謝罪の意を表明するものである。


3.当連合会は、本年(2001年)6月21日、国の関係各機関に対し、ハンセン病の患者であった人々の人権を回復するために、社会復帰支援、医療と生活の保障、住居の確保、親族関係の調整、精神的ケア、名誉回復措置、差別と偏見の除去等のあらゆる分野にわたり、十分な施策を講ずるよう勧告するとともに、全国の弁護士会に対し、元患者らの社会復帰・帰郷を実現するための諸施策を講ずるよう各都道府県に要望するなどの取り組みを、速やかに実施することを要請している。


当連合会としては、今後も引き続き、積極的にこの問題に取り組み、しかるべき機会に、上記取り組みの成果を検証することとする。また、再び同種の人権侵害が発生することのないよう、他の感染症対策、公衆衛生行政一般に対して、不断の監視をしていくことを決意するものである。


また、ハンセン病元患者らの多くは、高齢や障害等の問題を有し、遺言、財産管理及び成年後見等の法的サービスを必要としている。


そこで、当連合会は、ハンセン病元患者らの求めに応じ、法律の専門家団体として、法律相談、成年後見等の法的支援のため最大限の努力を尽くす決意である。


4.当連合会は、国に対し、この90年にわたる絶対隔離政策における国の法的責任を十分に認識したうえで、謝罪・名誉回復措置の問題、療養所入所者に対する在園保障の問題、社会復帰支援・社会生活支援、非入所者、遺族の問題及び真相究明・再発防止の問題等に関する元患者らの意見を尊重し、ハンセン病問題の早期かつ全面的な解決を図るよう強く要望する。


以上のとおり決議する。


2001年(平成13年)11月9日
日本弁護士連合会


提案理由

1. ハンセン病問題における国責任

(1) 本年(2001年)5月11日の熊本地方裁判所判決は、そもそもハンセン病が感染し発病に至るおそれが極めて低い病気であること、及びそのことは1953年の「らい予防法(新法)」制定よりはるか以前から、政府やハンセン病医学の専門家において十分に認識されていたこと等の事実を前提に、1960年以降も隔離政策を継続し続けた厚生大臣の行為、及び1965年以降も「らい予防法(新法)」を廃止しなかった国会の立法不作為を国家賠償法上違法であると評価し、原告らに対する損害賠償を命じた。わが国においては、1907年の法律「癩予防に関する件」制定から1996年のらい予防法廃止まで、実に90年にもわたってハンセン病患者に対する絶対隔離政策が継続されてきた。ハンセン病患者は、この政策のもと、症状、感染性の有無等を問わず、強制的に離島・僻地の療養所に収容され、収容後は外出を許されず、徹底した優生政策のもとで断種、堕胎を強制され、強制労働や劣悪な治療・生活環境のなかで、飢えと障害に苦しみながら、あるいは恣意的な懲戒権の行使によって、死を迎えていったのである。


(2) このような人権侵害は、人として当然に持っているはずの人生のありとあらゆる発展可能性を奪う者であり、その人権の制限は人としての社会生活全般にわたる広汎かつ重大なものであり、憲法13条に根拠を有する人格権そのものに対する侵害である。かかる国の絶対隔離政策の違法性は明白であり、国はその責任の重大性を十分自覚しなければならない。


2. 当連合会の社会的責任

(1) われわれ弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする立場にあるにもかかわらず、極めて長期間にわたって、かかる重大な人権侵害の事実を見過ごしてきた。


すなわち、国が1948年に優生保護法により、ハンセン病を理由とする断種、堕胎を適法化し、1953年には「らい予防法(新法)」を制定して、それまでの絶対隔離絶滅政策を立法的に整備、継続した際、ハンセン病患者らが一体となってハンガー・ストライキを含む命がけの反対運動を展開したにもかかわらず、われわれは、この問題に対して何らの取り組みをすることをしなかった。さらに、その後、人権を著しく侵害し、ハンセン病に対する差別・偏見を助長、維持するという弊害をもたらし続けた「らい予防法(新法)」に対しても、その廃止直前まで、何ら具体的提言をすることなくこれを放置してきたのである。


(2) 九州弁護士会連合会に対し、1995年9月にハンセン病元患者の一人から、「人権に最も深い関係を持つはずの法曹界が何らの意見も発表せず、傍観の姿勢を続けている」との厳しい批判の手紙を受けたことを契機として、これまで療養所の現地調査及び入所者らに対するアンケート調査、シンポジウムの開催のほか、司法救済への支援決議等を行ってきたところであるが、現在、療養所入所者の平均年齢が74歳を超えているという現実に思いをいたすとき、人権救済が遅きに失したことに対し、当連合会としても厳しい自責の念を覚えるものである。


また、当連合会は、1996年2月16日、「らい予防法制の改廃に関する意見書」をとりまとめ、国に対して、「らい予防法」法制の改廃に伴う提言及び公衆衛生を目的とする法制度に関する提言をしているが、同意見書において、「今後、本問題について継続的に調査を行う」ことを確認したにもかかわらず、その後何ら具体的な対応をとることをしなかった。さらに、1996年8月には、ハンセン病元患者の一人から退所後の生活に関わる人権救済の申立を受けていながら、2001年6月21日まで関係各機関に対して勧告を行い得なかった。


(3) そこで、当連合会としては、以上の責任を自覚し、かかる事態に立ち至った原因及び理由を究明することにより、再発防止に努める必要がある。かつ、今後、人権擁護・社会正義の実現という社会的責任を果たすことを改めて誓うとともに、ハンセン病患者、元患者及びその家族らをはじめ、この問題によって被害を受けたすべての方々に対し、真摯に謝罪しなければならないと言うべきである。


3. 当連合会の取り組みと今後の責務

(1) 当連合会は、本年6月21日に、国の関係各機関に対し、ハンセン病の患者であった人々の人権を回復するために、社会復帰支援、医療と生活の保障、住居の確保、親族関係の調整、精神的ケア、名誉回復措置、差別と偏見の除去等のあらゆる分野にわたり、十分な施策を講ずるよう勧告した。


(2) しかしながら、現実の地域社会においては、いまなお、かつての隔離政策によって助長、維持された差別・偏見が根強く残っており、これが既に退所して社会内で暮らしている者の生活を現に妨げ、かつ、これから退所しようと考えている者の社会復帰の大きな妨げになっている。また、療養所内に未だ多数の遺骨が引き取り手のないままに眠っている現実にも変わりはない。さらに、ハンセン病元患者らの多くが、これまで長期にわたって家族関係や地域社会との関係を断絶され、かつ高齢や障害の問題を抱えていること等の事情から、その社会復帰のためには乗り越えなければならない数々のハードルが存在する。


これらの問題を克服し、ハンセン病元患者らが地域社会の一員として暮らせるようにするためには、当該地域社会の理解と協力が不可欠であることは言うまでもない。


(3) 当連合会は、この観点から、前同日、各弁護士会に対して、名誉回復措置、差別・偏見除去のための広報活動、全般的な生活支援と十分な医療の保障、住宅の確保・親族関係の調整等、元患者らの社会復帰・帰郷を実現するための諸施策を講ずるよう各都道府県に要望するなどの取り組みを、速やかに実施することを要請しているところではあるが、前記のとおりの問題の根深さないし深刻さに鑑み、今後も引き続き、積極的にこの問題に取り組み、しかるべき機会に、上記取り組みの成果を検証する必要がある。


また、この問題を教訓として、再び同種の人権侵害が発生することのないよう、他の感染症対策、公衆衛生行政一般に対し、不断の監視をしていくことこそが、われわれ弁護士に課された今後の責務である。


(4) ハンセン病元患者らの多くは、高齢や障害等の問題から、遺言、財産管理及び成年後見等の法的サービスを必要としており、このことは、九州弁護士会連合会がこれまでに療養所で行ってきた無料法律相談でも明らかとなっている。さらに、元患者らが賠償金または補償金を受けることに伴い、その財産管理の問題が極めて切実なものとなるほか、財産上のトラブルに遭遇する可能性も増加することが予想される。これらの問題を円滑に処理し、または解決するにあたっては、法的サービスによることが不可欠である。


そこで、決議のとおり、当連合会は、ハンセン病元患者らの求めに応じ、法律の専門家集団として、法律相談、成年後見等、法的支援のため最大限の努力をすべきである。


4. 国に対する要望

(1) 「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟判決確定後、本年6月15日に「ハンセン病療養所入所者に対する補償金の支給等に関する法律」が成立し、同訴訟の原告以外の療養所入所者及び退所者についても補償金が支払われることとなった。


また、その後、「ハンセン病問題対策協議会」が設置され、ハンセン病元患者らと国との間で、謝罪・名誉回復措置の問題、退所を希望する者に対する社会復帰支援の問題、社会内で暮らしていくための社会生活支援、非入所者、遺族の問題等について協議が重ねられている。


(2) 前記判決によって、国の責任が認められ、かつその判断が確定している以上、これらの問題は、社会福祉等、一般の政策立案の問題ではなく、あくまでも、法的責任に基づいて解決されるべき問題である。


すなわち、国は、法的責任に基づく原状回復措置として、誤った隔離政策によって侵害されたハンセン病元患者らの名誉を回復し、誤った隔離政策がなかったならば享受し得たであろう社会内での生活を回復し、社会内での生活に対する代替的被害回復措置として療養所入所者の在園を保障し、誤った隔離政策の歴史・実態についての真相を究明するとともに、再発防止のためこれを後世に残さなければならない。


(3) 当連合会は、国に対し、かかる法的責任を十分に認識したうえで、元患者らの意見を尊重し、ハンセン病問題の早期かつ全面的な解決を図るよう強く要望するものである。


以上