高齢者・障害者の権利の確立とその保障を求める決議

2000年4月、介護保険制度が施行され、同年6月には社会福祉の増進のための社会福祉事業法等の一部を改正する等の法律が公布され、2003年4月から障害者福祉の分野においても、福祉サービスの利用が措置から契約に移行されることとなった。


しかし、介護サービス・福祉サービスのサービス供給基盤は、利用者の需要を十分に満たすには足らず、また、サービスを利用する高齢者や障害者は、必ずしも事業者と実質的に対等な立場で契約を締結したり、自らの自由な意思で契約を締結できる立場にあるとは限らない。高齢者・障害者が、必要な介護サービス・福祉サービスを受けられないことは、憲法13条、25条によって保障された高齢者・障害者の「より快適な生活を営む権利」を侵害するものである。


われわれは、介護保険制度施行後1年半の実績を踏まえ、介護サービス・福祉サービスのみならず、高齢者・障害者の財産管理や生活支援全般にわたって、真に高齢者や障害者の権利が確立され、保障されるように、国及び地方公共団体に対し、憲法25条に定める公的責任に基づき、以下の諸施策の実施及びこれに対する財政上の措置を求める。


  1. 国及び地方公共団体は、利用者の個別のニーズに応じた多様な内容と質の確保された介護サービス・福祉サービスが十分に供給されるように、十分な内容を有する老人福祉計画、障害者計画、介護保険事業計画を策定・推進し、公的資金でその基盤整備を進めるべきである。
  2. 国は、要介護認定等の認定システム、介護保険給付額・支援費の支給限度額等を見直し、すべての高齢者や障害者がそのニーズに応じた必要な介護サービス・福祉サービスを安心して利用できるようにすべきである。
  3. 国及び地方公共団体は、低所得の高齢者や障害者が、社会福祉サービスやその利用援助のための諸制度を利用できるように、介護サービス・福祉サービス、地域福祉権利擁護事業の利用料の減免措置及び成年後見人等の報酬等に対する公的援助制度を創設すべきである。
  4. 地方公共団体は、高齢者や障害者の権利の実現や、その他の生活上のさまざまな問題の解決を図るため、福祉職・法律職・保健医療職が協同して、高齢者・障害者の介護・財産管理・生活支援の全般にわたる利用者支援を図る総合的な相談・支援機関を、公費で設立、運営するとともに、国は、地方公共団体の設置、運営する相談・支援機関に対し、財政的援助を行うべきである。
  5. 国は、介護サービス・福祉サービスの事業者が、サービスの利用者に対して適切な介護サービス・福祉サービスを行う基準となるべきコンプライアンスルールを確立し、事業者から独立したオンブズパーソンを設置することなどを社会福祉事業の最低基準に規定するなど、サービスの質の向上、利用者の苦情解決に向けた取り組みを強化するための施策を行うべきである。

以上のとおり決議する。


2001年(平成13年)11月9日
日本弁護士連合会


提案理由

1. 介護サービス・福祉サービスの利用の措置から契約への移行

2000年4月、介護保険法が施行され高齢者に対する介護サービスが「措置から契約」に移行した。また、同年6月には、社会福祉の増進のための社会福祉事業法等の一部を改正する等の法律が公布され、2003年4月から、障害者福祉の分野においても、福祉サービスの利用が措置から契約に移行し、いわゆる支援費制度が実施されることが決定している。しかしながら、介護保険制度施行後1年半におけるその運用状況を見る限り、契約による利用制度には、さまざまな問題点があると言わざるを得ない。


2. 契約による利用制度の前提条件は未整備

契約による利用制度が十分に機能するためには、サービス利用者とサービス提供事業者とが、実質的に対等な立場で契約を締結することを前提としている。


しかしながら、高齢者や障害者は、気力や体力が低下していたり、心身の機能に障害をもっている。高齢者や障害者は、自ら積極的に契約を締結したり、契約内容に注文をつけたり、場合によっては契約書に署名したりすることもできない場合がある。


  また、サービス利用者が、自らの意思で利用するサービスやサービス提供事業者を選択するためには、利用できるサービスが十分に存在していることが必要である。しかしながら、当連合会が行った介護保険に関する自治体アンケートの結果でも、大都市、中規模の都市においては、入所型施設が足りないとの回答が多く、多くの待機者を抱えている状況にあることが明らかである。また、平成12年版厚生白書によれば、在宅サービスの全市町村平均の充足率は、ホームヘルプサービス84パーセント、訪問看護65パーセント、短期入所サービス76パーセントなどとなっており、介護保険制度の導入により多くの民間事業者が参入したものの、なお供給不足の状況にある。障害者に対する福祉サービスの分野では、民間業者の参入はまだまだ少なく、サービスの供給不足は、より深刻である。


このように、サービスの提供システムが、措置制度から契約による利用制度に移行しても、前提となる利用者とサービス提供事業者との実質的な対等性が確保されておらず、サービス供給基盤も未整備であり、サービス利用者が自由な意思でサービス内容やサービス提供事業者を選択できる状況になっていない。このような現状では、高齢者・障害者が必要な介護サービス・福祉サービスを受けられないことを意味し、高齢者・障害者の「より快適な生活を営む権利」を侵害するものである。


3. 実質的に公的責任が後退

また、措置制度から契約による利用制度に移行したことに伴い、利用者の自己選択と自己責任が強調される傾向にある。しかし、自己責任の強調は、利用者に過重な負担を強いるものである。例えば介護保険制度施行前には、利用者の所得に応じてサービスの利用料を負担していた(応能負担)のに対し、介護保険制度施行後には、サービスの利用量に応じた一律1割の負担(応益負担)を求めたため、低所得者に対して多大な経済的負担を強いる結果となった。また、老人福祉法10条の4、11条に定める「やむを得ない事由による措置」がほとんど行われないなど、国や地方公共団体の公的責任が、実質的には後退していると言わざるを得ない状況にある。国や地方公共団体は、憲法13条、25条によって国民に保障されている「より快適な生活を営む権利」を実質的に保障するために、憲法25条により、社会福祉、社会保障等の向上及び増進に努めるべき責務を負っているのである。この責務は、社会福祉、社会保障等の制度を公的責任と公的費用負担によって運営すべきことを当然に含むものであって、国や地方公共団体の公的責任は免れるものではない。


4. 契約による利用制度実施に向けて政府が行った施策は不十分

(1)

福祉サービス・介護サービスが、措置制度から契約による利用制度に移行するためには、利用者に対する支援や、サービス供給基盤の整備が必要であることは言うまでもないことである。


そこで政府は、2000年4月1日の介護保険制度の施行に合わせて、その利用者に対する支援として、新しい成年後見制度や地域福祉権利擁護事業(福祉サービス利用援助事業)、苦情解決事業、第三者評価事業などをスタートさせ、その基盤整備として、新ゴールドプラン、ゴールドプラン21、障害者プランなどを実施している。しかし、利用者支援として実施されている新たな施策は、必要な予算措置が行われていなかったり、施策自体が市民に十分に周知されていないなどのため、所期の効果をあげていない。また、その基盤整備も、家族による私的介護を当然の前提としてサービスの必要量を算出したものであって、高齢者や障害者の自立を無視したまったく不十分なものである。


5. 提言

高齢者や障害者も、国連の障害者の権利宣言などが示すように、人権享有主体である。介護サービス・福祉サービスの利用に当たっては、サービスの客体としてではなく、権利主体として、主体的な立場で参画する権利を有するものである。平成12年版厚生白書によれば、2000年における65歳以上の高齢者数は、約2187万人、障害者数は約576万人(身体障害者318万人、知的障害者41万人、精神障害者217万人)であり、その総人口における割合は、それぞれ17.2パーセント、4.7パーセントである。これらの人達が権利主体として、主体的な立場で、その生活、介護、財産管理等を行っていくことができるような体制を作ることは、急務と言わなければならない。


われわれは、介護サービス・福祉サービスのみならず、高齢者や障害者の財産管理や生活支援全般にわたって、高齢者・障害者が保護の客体ではなく権利の主体として、真に高齢者や障害者の権利が確立され、保障されるため、さらには高齢者や障害者の主権が確立されるように、国及び地方公共団体に対し、以下の諸施策の実施を求めるものである。


(1) 国及び地方公共団体による基盤整備の公的責務

高齢者・障害者のもつ生活上の不便は、実にさまざまであり、人それぞれである。高齢者・障害者も憲法25条、13条により、「健康で文化的な最低限度の生活」のみならず、「より快適な生活を営む権利」を保障されているものであり、これを満たすためには、個々の高齢者・障害者の有する具体的なニーズに合致した多様な内容と質の確保された介護サービス・福祉サービスが供給される必要がある。国及び地方公共団体は、社会福祉、社会保障等の向上及び増進に努めるべき責務を課せられているのであるから、高齢者・障害者の個々のニーズに見合ったサービスの基盤整備を行う責務がある。また、介護サービス・福祉サービスの契約による利用制度の下で、サービス利用者が、自己の意思で自由にサービス内容やサービス提供事業者を選択するためにも、十分なサービス供給基盤が必要である。したがって、国及び地方公共団体は、高齢者・障害者の具体的なニーズを十分に把握して、老人福祉計画、障害者計画、介護保険事業計画を策定するとともに、公的資金でその基盤整備を行うべきである。


(2) 介護保険制度及び支援費制度の実情にあった見直し

現行介護保険制度における要介護認定等の認定システム、保険給付額・支給限度額、介護報酬等は、実情に見合ったものとなっていない。その結果、要介護認定に痴呆が余り反映されずに、相対的に低い要介護度を認定されたり、介護の必要度に応じた十分なサービス、公的資格を有する専門職による質の高いサービスの提供がなされていないなどの問題が生じている。厚生労働省は、支援費制度の具体的中身を明らかにしていないが、本人負担額を応能負担とするほかは、基本的に介護保険制度における要介護認定、介護報酬の定め方などを踏襲するものと考えられる。そうすると、障害者に対する福祉サービスについても、介護保険の場合と同様の問題が発生する可能性が高い。高齢者・障害者は、「より快適な生活」を営むために、その状態像に応じて、必要なサービスを受ける権利を有するのである。したがって、国は、介護保険制度、支援費制度のいずれについても、要介護認定等の認定システム、保険給付額・支援費等の支給限度額、介護報酬等を実情に見合ったものとすべきである。


(3) 低所得者への公的援助制度の創設

現行介護保険制度では、利用者の自己負担額は一律1割の応益負担となっている。そのため、自治体に対するアンケート結果からみても、多くの高齢者がその利用を控えている傾向にあることが窺える。また、地域福祉権利擁護事業における生活支援員の利用料は、1時間当たり1000円ないし2000円と高額であり、生活保護世帯に対する支援はあるものの、非課税世帯や低所得世帯に対する支援はなく、事実上これらの低所得者は、生活支援員によるサービスを利用できない状況にある。また、成年後見制度における後見人等の報酬についても、成年後見制度利用支援事業は実施されているものの、介護保険制度利用のためにする市町村申立の成年後見人の報酬等に限定されるなどまったく不十分であり、他に国庫補助等の制度がないため、低所得者は家族らによる支援しか期待できず、弁護士や社会福祉士などの専門職が後見人等に就任することができない状況にある。しかしながら、福祉サービス・介護サービスはもちろん、地域福祉権利擁護事業や成年後見制度も、高齢者・障害者が自立した日常生活を営むためには不可欠の制度である。また、地域福祉権利擁護事業や成年後見制度は、高齢者や障害者がサービス提供事業者と対等な契約を締結するために資する制度でもあり、経済的条件によって利用の可否が決定されるというのは、高齢者・障害者の「より快適な生活を営む権利」を侵害するものと言うべきである。国及び地方公共団体は、高齢者や障害者の自立した生活、介護サービス・福祉サービスを利用して「より快適な生活を営む権利」を実質的に保障するために、憲法25条に基づき、低所得者が介護サービスや地域福祉権利擁護事業、成年後見制度等を利用できるよう、利用料の減免措置や公的援助制度を創設すべきである。


(4) 地方公共団体による総合相談・支援センターの設立と国による財政的援助

高齢者・障害者は多くの問題を抱えている。これまで各地の単位弁護士会は、高齢者・障害者のための総合的な相談センターや財産管理センターなどを設置し、それなりの成果を上げてきている。しかし、高齢者や障害者の抱えている問題は、法律・福祉・医療等のさまざまな領域に密接に関連している場合が多い。すなわち、高齢者・障害者が抱えている問題の解決のためには、法律・福祉・医療等の密接な連携が不可欠である。これまで、地域によっては東京の「権利擁護センターすてっぷ」や大阪の「あいあいねっと」などが、法律職と福祉職とが連携して、高齢者・障害者の権利擁護相談に当たることによって、多大の効果を上げている(なお、東京都は、高齢者や障害者に対する権利擁護相談も、地域福祉権利擁護事業などと同様、きめ細かな住民サービスを実施する区市町村が実施すべきものとして、「権利擁護センターすてっぷ」事業を本年5月をもって廃止している。)。しかし、法律職と福祉職が連携するのみならず、保健医療職や他の専門家なども連携することによって、さらに効果的な成果を上げることが可能である。高齢者や障害者は、相談・支援機関に相談することだけでも大変な時間と労力、そして勇気を必要とするのであって、1カ所に相談に行くことによってあらゆる問題が解決できる状態にあることが望ましい。したがって、弁護士会が設置する高齢者・障害者の相談センターとは別に、法律職と福祉職・保健医療職などが協同して、高齢者・障害者に対する相談、支援を行う機関が必要である。このような相談・支援機関の設置及び運営は、高齢者・障害者の有する権利を実質的に保障するために不可欠であって、憲法25条、地方自治法1条の2の規定に基づき、国及び地方公共団体の本来の責務である。したがって、地方公共団体は、住民に身近な行政機関として、公費でそのような相談・支援機関を設置、運営するとともに、国は、地方公共団体の設置、運営する相談・支援機関に対する財政的援助を行うべきである。


(5) 国による、事業者のサービスの質の向上に向けた施策の強化

介護サービス・福祉サービスが、利用者に対して適切に提供されることを必要とすることは、指摘するまでもない。社会福祉基礎構造改革に伴う新たな事業として、事業者段階における苦情解決制度、都道府県段階における苦情解決事業、第三者評価事業などが始まっているが、これらがいずれも十分な制度とは言い得ないことは前述したとおりである。事業者自身が、自らコンプライアンスルール(法令等を遵守するための事業者内の準則)を確立して、直接処遇職員等のサービス提供の基準を確立するとともに、自ら積極的にその苦情解決に努め、事業者からの独立性を確保するために、他の事業者と共同してオンブズパーソンを設置するなどの努力が必要である。


国は、事業者が自らコンプライアンスルールを確立し、苦情解決に努め、オンブズパーソンを導入するように、これらを介護サービス事業、福祉サービス事業の設置・運営に関する最低基準に規定するなど、積極的な施策を講じるべきである。


以上