時間外・休日・深夜労働について男女共通の法的規制を求める決議

開催日
平成 9年10月23日 1997年10月23日
開催地
下関市
表題
「時間外・休日・深夜労働について男女共通の法的規制を求める決議」
内容
時間外・休日・深夜労働について男女共通の法的規制を求める決議

日本国憲法は、国民が健康で文化的な生活を営む権利を保障し、人間らしく働くための労働条件を法律によって保障することを求めている。


本年6月、通常国会において、男女雇用機会均等法の改正と同時に労働基準法が改められ、女性に対する時間外・休日・深夜労働の規制が撤廃された。しかし、現行労働基準法には、男性についての時間外・休日・深夜労働の上限規制がない。そのため、依然として長時間労働が解消せず、過労死に象徴されるように労働者の健康が脅かされ、子どもの心身の成長や家庭生活にも重大な影響を与えている。この実情に照らすと、人間らしい生活を営むための労働条件が保障されているとは言いがたい。


本来、家庭責任は、男女がともに担うものである。わが国では、性別役割分担意識が根強く残存し、男性は長時間労働の下で家庭責任を担うことも困難な状況におかれ、現在においても家庭責任の多くを女性が負っている。その結果、女性は非基幹的業務・低賃金という処遇により、社会的、経済的自立を妨げられており、憲法施行50年を経てもなお、男女の平等は実現したとは言えない。


長時間労働や深夜労働が、人体に有害であること、家庭生活と職業生活の両立に障害となっていることは、男女ともに共通している。ILOの、家族的責任(家庭責任)を有する男女労働者の機会均等及び平等待遇に関する条約(第156号)及び勧告(第165号)でも、男女労働者が仕事と家庭の調和をはかり、平等に働ける労働条件確立のために、1日の労働時間の漸進的短縮及び時間外労働の短縮などの条件整備を国に求めている。


女子保護規定撤廃をめぐる国会の審議を通じて、男女共通の労働時間の規制を求める声が国会内外に大きく広がり、これを受けて衆参両院でも、時間外労働等の整備に関する付帯決議が行われた。


当連合会は、1999年4月1日の改正男女雇用機会均等法、労働基準法の女子保護規定の撤廃の施行に先立ち、時間外・休日・深夜労働について、法律による男女共通の規制を行い、労働者が、健康で平等に働ける労働条件の確立を強く求めるものである。


以上のとおり決議する。


1997年(平成9年)10月23日
日本弁護士連合会


提案理由

1.わが国の長時間労働の実情

日本国憲法は、国民が健康で文化的な生活を営む権利を規定し、一人ひとりが人間らしく働き、生活ができる労働条件を法律で保障することを定めている。


ところが、わが国の職場の実態を見れば、男性は家庭責任を負わないことを前提に、長時間労働に従事させられてきた。労働基準法では、協定さえ結べば、時間外・休日・深夜労働の規制はない。このように法的規制がない状態で、年間総労働時間は、1996年でも1、919時間(パートも含む)であり、ドイツよりも400時間以上も長く、政府が閣議決定によって定めた1、800時間の目標を達成する目途は立っていない。さらにわが国では、賃金が低く、時間外手当によって生活を支えている労働者も多い。その結果、男性は家庭生活を中心とした私的生活時間へのゆとりがなく、過労死に象徴されるように、健康の維持さえ困難な状況下で働くことを余儀なくされている。さらに、重要なことは、前記男女雇用機会均等法の改正 と同時に労働基準法の一部が改められ、女子保護規定が撤廃されたことによって、女性労働者も、時間外・休日・深夜の規制なく働くことを求められることになる。すでに一部女性については、時間外労働等の規制が緩和され、長時間労働に組み込まれているが、家庭責任負担も加わり、健康破壊は深刻になっている。


こうしたわが国の長時間労働は、家庭生活に大きな影を落としている。子どもの人権がないがしろにされ、家族の介護も手が届かず、ひいては夫婦関係にも影響している。このような実情は、憲法の、人間らしい生活のための労働条件が保障されているとは到底言えない状況にある。


2.わが国の男女平等の実情

憲法は、法の下の平等、性による差別の禁止を定めた。しかし、わが国においては、真に男女の平等が実現したとは言いがたい。1996年における国連開発計画による人間開発に関する指標によると、教育水準や平均寿命などを基準にした人間開発指数では、世界第3位であるのに、女性の経済、社会への進出、意思決定度を測るジェンダーエンパワーメント指標(女性能力発揮度)では、世界第37位と低い(具体的には女性の稼働所得割合、国会議員に占める女性の割合、管理職に占める女性の割合を用いて算出。わが国における女性衆議院議員の割合で見れば83位)。


女性の経済、社会進出の指標がこのような結果になるのは、わが国が社会発展のバランスを失していることを示すものである。


その原因の主要なものは、わが国では、「男は仕事、女は家庭」という性別役割分担意識が根強く残存しており、憲法施行50年たった現在においても、社会制度や企業運営も、これを前提とした「男社会」になっていることである。本来、家庭責任は、男女が等しく担うべきであるが、多くの女性は家庭責任のほとんどを担い、解消されない長時間労働の下で、家庭責任と職業生活との両立のため、パート等の雇用形態を選択せざるを得ない実情にある。その結果、女性は基幹的でない業務に従事させられ、低賃金で、社会的、経済的自立を妨げられてきた。


3.男女共通の法的規制の必要性

長時間労働や深夜労働が人体に有害であること、及び家庭生活と職業生活の両立に障害となることは、男女ともに共通している。健康で、家庭生活と職業生活の両立をはかるためには、時間外や深夜労働について、男女共通の規制が必要である。


わが国が1979年に批准した「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」は、労働者及び家族の生活のため、労働時間等の合理的な規制を国に求めている。また、ILOで1981年に採択され、1995年にはわが国も批准した、家族的責任(家庭責任)を有する男女労働者の機会均等及び平等待遇に関する条約(第156号)及び勧告(第165号)も、家庭責任を有する男女労働者について、育児・介護等の家庭責任を有する労働者の特別の必要に 応じた措置と一般的労働条件を改善することを目的とする措置が必要であるとし、一般的労働 条件を改善する措置として、1日の労働時間の漸進的短縮及び時間外労働の短縮が必要であることを規定して、家庭責任を持つ労働者が、平等に働けるような職場の労働条件の確立を求めている。現に、1995年ILOの調査においても、151カ国中96カ国が、1日当たりの時間外労働の限度、または標準労働時間と最高労働時間をともに定めている。このうち、時間外労働の上限を2時間と定めている国が、最も多く40カ国に及んでいる。


わが国の長時間労働の状況に加えて、今回の女子保護規定撤廃のもたらす、労働者の健康、家庭生活等に対する弊害があまりに大きいことから、現在最も必要なことは、時間外・休日・深夜労働に関する「男女共通」の法的規制であるとの声があがっている。今回、育児・介護休 業法の一部改正で、小学校就学前の子を養育する者、介護を要する家族を介護する労働者が請求した場合は、深夜労働をさせてはならないとされたが、深夜業に限定している点や免除の範囲が狭いなど、これだけでは不十分であることは明らかである。当連合会も、同様の立場での意見書、会長声明を発表してきた。国会審議においても、与野党を超えて多くの議員から、男女共通規制の意見が出され、衆参両院の付帯決議においても、時間外労働を中心とした男女労働者の労働条件を整備することがかかげられている。


当連合会は、労働時間短縮に向けて、時間外労働については、1日2時間、年間120時間、休日労働は禁止、深夜労働は原則禁止とし、公益上必要な範囲に限定する、例外的に認める場合についても、間隔制限、時間外労働の禁止など、健康保持、家庭及び社会的責任遂行のための規制が必要、との提言を発表している(1996年3月「女性の労働権確立に向けての意見書」参照)。


この問題を審議している中央労働基準審議会の審議において、労働者側委員からは、時間外労働については、当面年間360時間を上限とする法的規制を法改正の施行時期までに設けることが不可欠との意見が出され、使用者側委員からは、時間外・休日労働につき、上限規制は適当でなく、適正化指針制度の実効性を高めるとの意見、公益委員からは、法改正の施行時期を念頭におき、まず適正化指針に法的根拠を設け、その実効性担保を検討すべきとの意見が出されている。


しかし、法的拘束力を持たない適正化指針では、到底実効をあげることはできず、法律上の規制が不可欠である。また、政府は、年間総労働時間1、800時間の目標達成を閣議決定しており、そのためには、完全週休2日制の実施、年休の完全取得に加え、時間外労働を年間147時間程度に抑えることが必要と第140回国会において答弁している。男女労働者が、健康で、家庭生活と職業を両立させるような内容の時間外・休日・深夜労働についての法的規制を設けることが必要である。


4.人間らしい生活と真の平等をめざして

今回の改正男女雇用機会均等法及び労働基準法の施行は、1999年4月1日である。その施行に先立ち、政府が閣議決定した年間総労働時間1、800時間の早期達成を果たすため、男女共通の時間外・休日・深夜労働の法的規制を行い、男女の労働者が、人間らしく平等に働ける労働条件の確立を強く求めるものである。