銀行取引における消費者の権利確立を求める決議

近時、バブル経済の崩壊を契機として銀行融資による借り手側の被害が重大な社会問題となっており、その被害の救済が法律実務の重要な課題として現実化している。


なかでも、銀行が投資資金の融資を積極的に勧誘した、いわゆる「提案型融資」をめぐる紛争において被害が深刻である。多くの個人借主が、銀行提案の投資プラン破綻によって返済不能の巨額の負債を抱えて生存の基盤を危うくし、悲惨な顛末に至っている例も少なくない。融資拡大競争に走った銀行が、危険かつ過剰な融資を勧誘して生みだした消費者被害と指摘せざるを得ない。


銀行が、これら消費者被害を生み出した最大の原因は、銀行と消費者の取引においては圧倒的な経済力や知識・情報量の格差が支配し、消費者が極めて弱い立場におかれているところにある。この事態を改善して、消費者被害の発生を防止するためには、銀行取引、とりわけ融資の場面における消費者の権利確立が必要である。


そのための施策として、以下の提言をする。


  1. 銀行が消費者に融資を実行するに際しては、融資者としての責任を負うものであって、専門家として十分な情報を提供し、契約内容の説明を尽くすべきである。もとより不適正・過剰な融資は回避されなければならず、銀行自ら投機資金や過剰融資の勧誘をするようなことがあってはならない。
    既に行われた不適正・過剰な融資に関しては、上記融資者としての責任の観点から、適切な被害救済が実行されるべきである。


  2. 銀行と消費者との契約の対等性を確保し、消費者の権利を擁護する観点から、融資における現行各約款は、次のとおり見直されるべきである。
    1. 約定書が顧客の手元に残らない差し入れ方式をやめて、双方所持方式とすること。
    2. 約定書の内容を顧客と対等・平等なものとすること。特に、銀行の民事上の責任を免除する規定、銀行にのみ契約内容の変更権を認める規定などを改めること。
  3. 消費者の権利擁護の立場から、現行法制に欠落している銀行の融資業務における行為規制の立法措置を求める。

この立法措置においては、消費者への融資における銀行の融資者としての責任を明確にし、消費者に対する説明義務、契約内容を記した書面の交付義務、過剰融資の規制等の条項を盛り込むべきである。


以上のとおり決議する。


1996年(平成8年)10月25日
日本弁護士連合会


提案理由

1.「消費者の権利」の宣言とその具体化

当連合会は、1989年9月、島根県松江市における第32回人権擁護大会において、「消費者被害の予防と救済に対する国の施策を求める決議」を採択した。


同決議は、「消費者は、その消費生活の全ての場面で、安全及び公正を求める権利が保障されるとともに、その実現に参加する権利を有する」ことを確認している。また、その提案理由は、「消費者の権利は、営業の自由との比較・調整によるものではなく、事業活動によって侵害されてはならない優越的権利、言い換えれば、生存的基本権として位置づけられる」と述べている。


同決議の後、消費生活の各場面で、「生存的基本権」としての「安全と公正を求める消費者の権利」を具体化することが、当連合会の課題とされてきた。その立場から当連合会は、1992年には「製造物責任法の制定に関する決議」を、1994年には「多重債務者の救済制度の整備・拡充を求める決議」を採択した。


そして今、銀行取引という場面で、「安全と公正を求める消費者の権利」を具体化することが喫緊の課題となっている。


なお、ここでいう「銀行」とは、銀行法上の普通銀行のみならず、消費者と接触する機会のある信用金庫、信用組合等の預金取扱金融機関を含む。公共的使命・経済的力量・社会的信用を有する金融機関を総称して、銀行という用語を使用するものである。


2.今なぜ、「銀行と消費者」なのか

銀行取引、とりわけ融資という場面において、消費者は事業者とは区別された存在として、格別にその権利の保障が必要とされる。


対事業者融資と対消費者融資とは、その基本構造を異にする。事業者は、融資資金を事業に運用し、利潤をもって返済の原資とする。一方、消費者は、家計から生計費を控除した可処分所得を原資にするほかない。事業者の返済原資となる利潤の獲得は、市場の競争原理におけるリスクを当然の前提とするが、消費者はリスクへの挑戦とは無縁である。利潤を追求する事業者には、自らの力量による知識・情報の収集とそれに基づく判断を期待することができるが、消費者への同様の期待はなし得ない。つまりは、事業者のリスク負担は当然のこととされている反面、消費者には、「安全と公正」が保障されなければならないのである。


しかし、現実には、銀行から融資を受ける場面における消費者の「安全と公正」の保障は甚だ脆弱で、広範かつ深刻な消費者被害が顕在化している。その救済と予防は、解決を迫られた大きな現実の課題である。


なお、事業者の中でも零細企業、中小業者においては、消費者と同視すべき場合が多く、消費者に準じた権利の保障がなされるべきである。


3.銀行と消費者をめぐる現状

本人権擁護大会シンポジウム第2分科会実行委員会が、本年3月に、日弁連会員に対して行った「銀行と消費者」争訟事例アンケートにおける集計では、銀行を相手とした訴訟1661件、調停173件、交渉968件の貴重な事例の集積を得た。そのうち、融資に関する案件が2042件を数え、名義冒用、融資拒絶、提案型融資、過剰融資、保証否認など、広範な銀行取引の問題点が浮かび上がっている。


また、本年6月、当連合会の依頼によって主要単位弁護士会が実施した「銀行消費者トラブル110番」には、390件の相談があった。うち161件が融資に関するもので、銀行主導による安全性を欠いた投資と融資の勧誘、返済能力を無視した安易な過剰融資の問題性が鮮明となっている。


国民生活センターの「金融機関をめぐる最近の消費者苦情」(「国民生活」96年2月号)によれば、89年、90年ころから銀行取引に関する相談が急増して、それ以前の3~4倍になり、全相談件数に占める割合も、2%台から5~7%に大きくアップしており、その90%は融資に関する相談であるという。同報告は、「いかに消費者の銀行取引に対する不満が高まっているかが知れよう」と分析している。


これら、広範な銀行取引をめぐる不満や紛争のうち、とりわけ問題とすべきは、資金需要を特に感じていない消費者に対して、銀行が積極的に投資プランを設定して勧誘する「提案型融資」である。銀行が提案した融資対象は、変額保険や不動産共同投資、あるいは証券やゴルフ会員権への投資、賃貸住宅建設、相続税節税商品購入等々であった。その多くが、リスクの高い不適正な投資であって、銀行の提案はバブル経済の崩壊とともに破綻するに至った。消費者被害は、往々にして被害者の生計の基盤を危うくするに至る。不適正・過剰な提案型融資のうちの少なからぬ例が、被融資者の生計を破綻させ、自殺者を出すまでの悲惨な顛末に至っていることは、重い現実として受け止めなければならない。


これまで、銀行の社会的信用は極めて厚く、「銀行は違法・不当をなさず」とされる聖域ですらあった。しかし、既にその神話は崩壊した。従前対事業者融資をもっぱらにしていた銀行が、対消費者融資を拡大せざるを得ない環境の中で、消費者被害をもたらした。融資獲得競争の中で、消費者に不適正かつ過大な融資を押し付けた銀行の責任は、大きいと言わざるを得ない。


今日、銀行業務が、市民の日常生活に広く深く浸透している実状に鑑みるとき、問題は、「全ての市民」の経済生活の場面における拡がりを有する。銀行取引という場において措定されるべき被害者像は、決して「無知でだまされやすい特定の消費者」ではない。広く銀行と接触の機会ある一般市民全てが、「銀行取引における安全と公正」侵害の危険を有しているというべきである。


一般消費者を被害者とした構造こそが問われなければならない。


4.消費者の権利の確立を

銀行と対峙した消費者に被害をもたらした最大の原因は、当事者間の経済力、知識・情報量等の圧倒的な格差にある。この格差は、銀行の消費者に対する支配力をもたらす。いわば、消費者は銀行の圧倒的な支配力の手中にあって、その意のままに操られる無力な存在に過ぎない。この格差を是正して、実質的に対等・平等な契約関係を形成するには、銀行から消費者への必要にして十分な知識や情報の伝達が必要となる。銀行の側から見た情報提供・説明義務の認識が、銀行と消費者の実質的対等性回復の基本である。銀行が消費者に融資を実行するに際しては、上記の情報提供ないし説明義務を中心とした「融資者として消費者の権利に配慮すべき責任」を負担する。具体的には、銀行は、対消費者融資の実行に際しては、融資資金の使途や返済計画について調査を尽くし、被融資者に十分な情報提供をなし、契約内容の説明をしなければならない。いやしくも、銀行自ら投機資金の融資勧誘や、過剰な融資の勧誘をするようなことがあってはならない。この融資者の責任は、消費者保護ないし消費者の権利擁護の理念、銀行業務の公共的使命、免許事業としての社会的責任、銀行の専門家性、更にこれまで築かれてきた銀行の信用を信頼したことの保護等を根拠とする。


「買い手注意から売り手注意へ」という既に定着したスローガンは、ここでは「借り手注意から貸し手注意へ」と言い換えることになる。まずもって、銀行がこの責任を自覚することが重要である。


伝統的な融資の法的構造に関しての理解は、要物契約としての金銭消費貸借契約の成立要件と、貸金債務が生ずるという効果だけを視野に入れるもので、融資に際しての融資者の責任は、一見目新しいもののごとくである。しかし、この理はこれまでの消費者 取引における判例や通説的見解が積み上げてきた諸理論の、銀行取引の場への適用にすぎない。


仮に、上記の融資者としての義務に違背する融資実行がなされた場合には、飽くまでこの責任を全うする観点から、被融資者に消費者被害があったものとして、実態に即し た適切な救済がなされるべきである。まずは、銀行において自主的な解決をなすべきことが望まれるが、司法解決においても事情は変わらない。この意味で融資者としての責任は、単に銀行が遵守すべき商道徳というに止まらず、法的義務である。


これを無視して、現実に生起している争訟において、形式的な自己責任原則で消費者被害を切り捨てるようなことがあってはならない。


5.消費者の権利の確立を

また、消費者と銀行との取引において、実質的な対等性を回復し、公正な取引を実現 するためには、取引の内容を規定する約款を見直さなければならない。


融資における基本約款である銀行取引約定書は、周知のとおり全国銀行協会連合会が、そのひな型を決定し、ほとんど全ての銀行でそのまま採用されている。これについて、融資を受ける側から契約内容に異議を述べ、一部を変更することは事実上できない。


この約定書は、1962年8月に作成され、1977年4月に一部修正されたが、その後19年余修正されることなく今日に至っている。


消費者ローン契約書ひな型も、その内容・形式の大筋において、銀行取引約定書を踏襲したものである。


消費者の権利擁護の観点から、これら約款には問題が多く、少なくとも次の諸点において、早急の見直しが必要と考えられる。


(1) 現行の約款は,一方的に顧客の義務を銀行に対して約束する差し入れ方式となっており,顧客側の権利を設定する余地がない。また,紛争が生じたとき当事者を拘束す る約款が,一方当事者の手中のみにある不都合は明らかである。双務契約にふさわしい 契約書の双方所持方式に改めるべきである。


(2) 約款の不平等な内容は,顧客と対等・平等な規定に改められるべきである。


例えば,印鑑照合に関しての銀行の注意義務を軽減する規定,一切の費用を借主負担とする規定,銀行にのみ契約内容の変更権を認める不平等な増担保(保証人の追加を含む。)請求権,金利変更請求権などは,いずれも対等・平等な内容に改められるべきである。


その他担保の実行方法は,銀行の自由裁量とする規定,保証人は包括根保証の義務を負うとする規定など,消費者側に酷な義務設定というべき問題点は,多々指摘される。なお,そもそも,事業者団体である銀行協会が,銀行に一方的に有利な規定を盛り込んだ約定書のひな型を作り,傘下の銀行にその採用を推奨する行為には,少なくとも独 禁法の精神上問題があることを指摘せざるを得ない。


6.消費者の権利の確立を

さらに,消費者の権利擁護の観点からの,銀行の融資業務における行為規制の法的措置が必要である。この行為規制の観点は,銀行性善説から,現行法には完全に欠落しているものである。しかし,銀行は決して性善でもなければ,聖域でもない。同じ業態の事業者には,同じ行為規制をという当然の法的規制がなされるべきであり,これによって銀行取引の分野を,消費者の権利にとっての真空地帯でなくすることができる。


類似の業態を規制する貸金業規制法の行為規制を俯瞰すると,以下のとおりである。過剰貸付の禁止,顧客となろうとする者の資力・返済計画等の調査義務,貸付条件の掲示義務,誇大広告の禁止,契約内容を明らかにする書面交付義務,受取証書の交付,帳簿備え付けの義務,公正証書作成についての白紙委任状取得の禁止,取り立て行為の規制,債権証書返還の義務,債権譲渡の規制等々である。割賦販売法もこれに準じ,保険業法も消費者保護の立場からの行為規制規定を有する。ひとり銀行のみが,消費者保護ないし消費者の権利擁護の観点からの行為規制と無縁である。


銀行は過剰貸付と無縁であるか。銀行には説明義務は不要であるか。既に,現実が否との回答をしている。現行法の解釈のレベルでの解決に止まらず,銀行業務における必要な行為規制の立法措置をなすべきである。


この立法措置においては,少なくとも消費者への融資における銀行の融資者としての責任を明確にし,消費者に対する説明義務,契約内容を記した書面交付義務,過剰融資の規制等必要な条項を盛り込むべきである。


7.消費者と銀行,よりよい関係のために

今日,銀行と消費者の関係は,極めて緊密で,銀行との接触を欠いた消費生活は考えられない。銀行と消費者の関係は,消費生活の質を左右するものでさえある。望まれるものは,消費者にとっての「安全と公正」が保障された,銀行と消費者の良好な関係である。


バブル経済の崩壊を機に,消費者にとっての「安全と公正」の欠如が露呈した。責は経済現象にあるのではなく,融資者としての責任を自覚しなかった銀行の融資業務のあり方にある。また,銀行による消費者被害は,必ずしもバブル後遺症としての一過性のものではない。銀行の大衆化現象のますますの進展,銀行業務多様化の急速な進行,更に複雑でリスキーな金融商品の開発・販売等々,消費者被害を生み出す構造は,今なお深化する方向にある。


銀行取引による消費者被害の再発を防止し,消費者と銀行との良好な関係を築くには,消費者の権利の確立が不可欠である。両者のより良い関係を形成するために,本決議の各提言の実行を求めるものである。


以上のとおり,銀行の関与による消費者被害を救済し,再発を予防し,更に銀行との取引における消費者の利益を擁護するために,本決議を提案する。