まちづくりの改革を求める決議

近年、規制緩和・民間活力の導入政策のもと、各地で著しい地価高騰や乱開発が起こり、居住環境の悪化、自然や景観の破壊など様々なひずみが生じ、住民の生活環境がおびやかされるにいたっている。世界的価値を有する文化遺産である歴史都市京都の変容もその一例である。


これは、従来のまちづくりが、土地の高度利用など経済的合理性や効率を求めるあまり、地域の特性や町並みへの配慮を欠き、住民の生活環境を重視したまちづくりを実現するために必要な土地利用への規制、誘導等の公共的コントロールを怠ってきた結果である。


もともと、まちはそこに人々が住み、多様な活動と生活を共同して行う場であり、まちづくりは、その主人公である住民の参加のもとに地域の特性を生かしながら、安全、快適で誰もが安心して生活できる環境を創造していくべきものである。このような観点からまちづくりのあり方を根本的に問いなおすべきである。


すでに、地域の特性を生かしたまちづくりをめざして独自の取り組みをすすめている地方自治体も少なくない。また、諸外国では、都市空間はそこに居住する人々の共有財産であるとして、厳しい公共的コントロールのもとでまちづくりを行っている例もある。


ここに、私たちは、住民こそがまちづくりの主体であり、豊かな生活環境を享受することは、まちに居住する人々の基本的な権利であることを確認したうえ、国および地方自治体に対し、以下のとおり提言する。


  1. まちづくりの理念を、土地の高度利用を重視し経済効率を優先した考え方から、豊かな生活環境の保全と創造を基本とした考え方に転換し、容積率や建物の高さ規制、町並みに配慮した建築規制など、土地利用に対する公共的コントロールを強化すること。
  2. 地域の特性を生かしたまちづくりを行うために必要な権限と財源を地方自治体に保障すること。
  3. 広く住民に対し、まちづくりの計画や開発に関する十分な情報を公開し、アセスメント手続や決定手続への参加および争訟の権利を保障すること。
  4. 京都、奈良などに残されている歴史的景観の保全と修復を図るために必要な規制と財政措置等をとること。

以上のとおり宣言する。


1993年(平成5年)10月29日
日本弁護士連合会


提案理由

1.まちづくりをめぐる混乱とひずみ

わが国では、戦後の急激な都市化と工業化の過程において、各地でまちづくりをめぐって様々の混乱やひずみが生じた。その後、適切な対策が講じられないまま、1980年代後半になって規制緩和と金融緩和を背景に、東京都心部の業務・商業用地に端を発して、周辺住宅地から近郊都市へ、さらに地方都市へ、著しい地価高騰とこれに伴なう土地投機が発生した。


この結果、住宅の取得は著しく困難となり、たとえ住宅を購入できたとしても、長距離・長時間通勤を覚悟しなければならない。公共事業における用地取得費が高騰し、社会資本整備も遅れている。


都市部では、木造低層住宅が地上げにあい、業務・商業ビルや高層マンションが建築されて居住環境が悪化し、住民は転出を余儀なくされている。都市周辺部では、社会資本整備が不十分なまま小規模な宅地開発がくりかえされ、スプロール化がすすみ、無秩序な開発による農地や里山の破壊がいたるところで生じている。良好な自然を残していた地域でも、リゾート開発がすすめられ、貴重な自然生態系が破壊されている。


ここ京都でも、市内中心部に残っていた京町家が取り壊され、マンション、業務・商業ビルなどの高層建物に建て替えられ、その結果、居住環境の悪化にとどまらず、高層建物の林立により、京都三山のスカイラインに囲まれた京都の歴史的景観が破壊されてきた。


2.まちづくりに関する法制の不備

このような、今日のまちづくりをめぐる混乱やひずみの原因は、わが国における都市計画法制とこれに基づく土地利用規制のあり方自体に内在している。


(1) 都市計画法は、都市計画区域の指定、市街化区域と市街化調整区域の線引き、用途地域の指定などを行うことにより、指定区域に応じた土地の開発・利用・保全規制が行われている。しかしながら、わが国の用途地域制は、昨年(1992年)の法改正により若干の詳細化が図られたものの、用途地域の指定範囲が広すぎ、個々の用途地域が目指そうとしている都市像が明確でないうえ、規制内容も極めて緩やかである。


また、用途地域に対応して定められる建ぺい率、容積率、高さ制限などの建築規制は、道路、公園、緑地、下水道などの社会資本整備の充足状況や町並み・生活環境の保全に十分な配慮を欠き、経済活動の活性化と効率化を優先した定めがなされてきた。


(2) 都市計画の種類や内容もしくは建築行為の可否については、都市計画法や建築基準法で基本的枠組が決められており、地方自治体が地域の特性に応じて独自の用途地域を創設したり、規制の内容を自由に設定したりすることは許されないと解される傾向にある。しかも、市町村の有するまちづくりに関する権限についても、知事もしくは建設大臣等による画一的監督がおよんでいる。


このような、都市計画や建築行為に対する全国一律の規制は、地方自治体による地域の特性を生かしたまちづくりを困難にしている。


(3) さらに、都市計画決定に際して、住民に対し計画案が縦覧され、意見をのべる機会が部分的に与えられているが、住民にはそれ以上の参加の機会はないし、開発許可や建築確認に対しても、住民の意見が反映される制度的な保障はない。しかも用途地域等の都市計画決定や開発許可に対し、住民が不服申し立てや抗告訴訟を提起しても、処分性もしくは原告適格が否定される傾向が強く、これを争うことは困難である。


このように、都市計画や開発許可、建築確認等のまちづくりに関する行政手続は、住民の生活環境に著しい影響を与える可能性を有する重要な手続であるにもかかわらず、現行法下では、住民がこれに参加する機会が制限されており、争訟の可能性にいたっては極めて困難な状況にある。


3.新しいまちづくりの動き

(1) これに対し、全国各地で、住民もしくは地方自治体がまちづくりの改革を求めて様々な試みが実践されつつある。


たとえば、マンション建設反対の運動から、その地域の生活環境を保全するためのまちづくり運動に発展して、住民自らがまちづくりの基本原則を示すまちづくり憲章を制定し、その実効性を高めるために建築協定の締結にすすみ、さらに、地区計画へと条例化を求める一連の流れがある。


地方都市においても画一化がすすみ、地域の特性や独自性が失なわれつつあるなかで、その地域の歴史や風土を残すことが地域の良好な生活環境を保全し、地域の活性化に役立つと考えた住民が、これを破壊する開発行為を阻止し、地方自治体と一体となって、その地域の歴史や風土を尊重したまちづくりをすすめ、生活環境の保全と地域の振興の両立に成功している例がある。


また、まちづくり協議会を設立するなどして積極的な住民参加を前提に、行政と住民が一体となって着実なまちづくりを推進しようとする動きがある。さらにすすんで、掛川市や真鶴町のように、独自の条例を制定して、土地利用のあり方に対する市民意識を高めながら、住民に対し、土地利用に対する計画・規制からその実現にいたるまでまちづくりに参加する権限と責務を与え、地域の特性に応じた住民主体のまちづくりを積極的に行おうとする地方自治体も出現するにいたっている。


さらに、現行の法制では十分に規制できない景観保全についても、多くの地方自治体では景観条例を制定して、豊かな生活環境を保全し創生するために、景観を保全し修景していこうとする施策を展開している。


このような地方自治体の動きは、いずれも、そこに居住する人々による、より豊かな生活環境を求める主体的な運動の反映であり、成果である。


(2) 他方、海外におけるまちづくりのあり方をみると、たとえば、ドイツでは地方自治体がまちづくりの計画策定の権限と責任を有し、その策定過程に住民参加を保障したうえ、「計画なければ開発なし」の原則を徹底している。


北部イタリアでは、まちづくりは、地方自治体の定める詳細で拘束力のある都市基本計画に従って行われている。この都市基本計画は、計画策定段階で地区住民評議会や住民の意見を聞いたうえ議会の議決を経て策定され、しかも、住民はいつでも計画に対して訴えを提起できる。


このようなドイツ、イタリアのまちづくりは、都市空間は住民の共有財産であり、土地の開発・利用はもとよりそこでの建築行為は、詳細で厳格な公共的コントロールに服すべきであるとの国民的コンセンサスを背景としている。


また、アメリカでは、日本と同様の用途地域制(ゾーニング制)を土地利用規制の柱としながらも、たとえば、ボストンでは、都市の成長が市民の幸福につながらなかったとの反省にたって、高さ規制を内容とするダウンゾーニングを実施したうえ、住民参加のもとにコミュニティに根ざした地域ごとの都市づくりを進めている。サンフランシスコやシアトルでは、住民投票によって高さ規制とともに年間のオフィス面積の開発規模を制限する都市の成長管理政策を採用している。


4.提言

(1) もともと、まちは、そこに居住する人々が経済活動はもとより多様な活動をしながら生活する場である。従って、まちづくりは住民が安全、快適で誰もが安心して生活できる場を保障し、より豊かな生活環境を創造するものでなければならない。


わが国では、これまで、経済活動の活性化と効率化を優先したまちづくりを行うあまり、土地の高度、有効利用に傾斜して都市集中を促進させ、その反面、まちに居住し生活する人々の豊かな生活環境の保障を後回しにしてきた。


そこで、私たちは、現在のまちづくりの混乱やひずみを是正し改革していくためには、まず、まちづくりの主体はそこに居住し生活する住民自身であること、そして、豊かな生活環境を享受することは憲法13条、25条に由来する国民の基本的な権利であることを確認する必要があると考える。


そのうえで、まちに居住し生活する住民の視点に基づいて、まちづくりのあり方を、従来の経済効率を優先した考え方から、豊かな生活環境を保全し創造することを基本とする考え方に転換し、その実現のために、地域の特性を生かした目標を具体的に定めたうえ、詳細で具体的な規制・誘導をするなど、限られた土地に対する公共的コントロールを強化する必要があると考える。具体的には、現行の用途地域の詳細化、容積率や建物の高さ等、町並みに配慮した建築規制などが望まれる。


(2) このような公共的コントロールは、住民の意見を聞いたうえ、地域の歴史や風土を生かしながらなされるべきであるから、まちづくりは地域と住民に最も密着した地方自治体である市町村が、住民の負託に基づいて責任をもって行うべきである。本来、まちづくりに関する権限は第一次的に地方自治体が有すべきものであり、地方自治体が前述した用途地域の詳細化や規制の強化など、土地利用に対する規制を独自になしうることを明確にすべきである。これと同時に、まちづくりを行うために必要な財源を地方自治体に保障することが不可欠である。


(3) まちづくりの主体は住民であるから、地方自治体による土地利用に関するコントロールはもとより、生活環境に影響を及ぼす土地の開発・利用に対して、住民が事前に十分な情報を得て、意見をのべ、またこれを争うことができるような法制度を整備すべきである。


とくに、計画段階におけるアセスメント制度を確立するとともに、事業段階でのアセスメントの対象を拡充することが必要である。


(4) 歴史的景観は、まちが育んできた固有の文化を反映しながら、まちの個性を創りあげ、そこに住む者にとって生活環境の重要な要素となっている。しかし、いま全国各地で都市の画一化がすすみ、地域独自の歴史的景観が破壊されつつあり、その保全が問題となっている。とりわけ、世界的価値を有する文化遺産である京都、奈良などの歴史的景観の保全は急務である。


そこで、美観地区、伝統的建造物群保存地区などの現行制度を積極的に活用するとともに、既にいくつかの地方自治体で採用されている景観形成計画の策定による保全など新しい景観保全制度を導入して、歴史的市街地を含む都市全体を歴史都市として保全し、修復していくべきである。そのためには、援助助成措置の充実とともに、相続税あるいは固定資産税を軽減するなどの税制上の措置が必要である。


以上の理由により、本決議を提案する。