製造物責任法の制定に関する宣言

われわれは、欠陥商品被害の予防と救済のために、「製造物責任法要綱」を提言し、1991年5月24日定期総会で「製造物責任法の制定を求める決議」を採択した。


ところが、政財界からは、わが国には製造物責任法は不要であるとか、時期尚早であるとする慎重論が現在なお強く唱えられている。われわれは、国民生活審議会、産業構造審議会の各審議が、大詰めを迎えている現在、わが国に製造物責任法の制定を実現するために会をあげて行動するとともに、それぞれの日常活動を通じて欠陥商品による被害の救済のために、一層積極的に取り組む決意である。


以上のとおり宣言する。


1992年(平成4年)11月6日
日本弁護士連合会


提案理由

1. 日本弁護士会連合会は1991年3月15日に「製造物責任法要綱」を発表した。これは、製品事故による被害救済につき欠陥を要件とする無過失責任制度に転換するとともに、欠陥や因果関係の推定、証拠開示の規定を備えたものである。


さらに、同年5月24日の定期総会において、「製造物責任法の制定を求める決議」を採択し、国民生活審議会を含む関係省庁や政党に製造物責任法の制定を強く要請してきた。


2. ところが、1991年6月10日の通商産業省の外郭団体である財団法人日本産業協会に設置された「製品安全対策研究会」の報告に引き続き、同年10月8日の与党の「製造物責任制度に関する小委員会」においても、「日本は薬事法や食品衛生法など国による安全規制が実施されているので被害はそう多くない。被害救済に関しても、SGマーク制度等の救済もある。現在の民法が過失責任を採用しているために救済を受けられない例が果たしてどれだけあるのか。判例では無過失責任に近い考えを採用するなど原告負担を軽減する工夫をしてきている。製造物責任制度導入は時期尚早である。」として製造物責任法の立法に消極的な態度が表明された。さらに1992年7月27日には関西経済連合会が、9月25日には中部経済連合会がそれぞれわが国の消費者被害の予防と救済のための制度は欧米に比べて充実しているし、裁判での過失の判断は欠陥と区別できないレベルにある等として、わが国への製造物責任法の導入を牽制している。


3. しかし、現状はどうであろうか。当連合会が実施した欠陥商品110番や弁護士アンケート等によれば、オートマチック車の急発進、家庭用電気製品の発火などの欠陥商品被害が存在する一方、現在の救済の現状は不十分であることが判明している。本年1月に行った「欠陥商品110番」では、わずか3日の電話受付で1,044件の被害・苦情が寄せられた。1990年及び1991年に実施した欠陥商品110番当時よりも増加しており、この問題に対する関心が強まっている。コンピュータを駆使した多機能ハイテク商品、多様な科学物質やバイオテクノロジーを利用した製品が増加し、製品の高度化・複雑化が進む自動車、家庭用電気製品に関する苦情が増加する傾向にある。消費者にとって技術・事故・救済の各情報への接近が著しく困難な故に、過失や因果関係の証明の負担が重きに過ぎるという実状にある。本年5月に当連合会会員に対して行ったアンケート調査においても、欠陥商品事件の相談550名の会員から寄せられた1,473件のうち32パーセントは、欠陥・過失・因果関係の立証困難を主な理由として、救済のための請求を断念したとの結果が明らかになっている。このような状況は、一日も早く改善されなければならない。


4. 現行のSGマーク制度や医薬品副作用被害等の救済制度は、制度の存在・意義が知れ渡っていない、給付金額が限定されるなど内容が不十分である、審査が非公開であるなど多くの問題点が指摘されている。また、消費者センター等の苦情処理でもその大半は欠陥品の交換、治療実費の支給程度のものに止まり、慰籍料・休業損害・逸失利益の支払等の点について十分な救済には至っていないというのが実情である。さらに消費者と企業との相対交渉では、消費者が十分に満足を得ているとは到底考えられない。このことは欠陥商品110番に相対交渉での不満が多数寄せられ、弁護士の関与によってはじめて救済が得られた例も少なくないことからも明らかである。


5. 今日、基本原則において過失責任主義を見通し、欠陥を要件とする製造物責任制度に転換することは生活者重視の政策をとるわが国にとって急務である。


欠陥商品被害救済について、行政的手続きによる予防・救済制度や訴訟外の紛争処理機関の新設を含む充実強化策を講じるという問題も検討されなければならないが、被害救済のための紛争解決の透明性、公平性を確保するためには、まず司法における適正な被害救済のルールの確立が必要である。


6. 本年野党から相次いで製造物責任法案が国会に提出され制度化へ向けての動きとしては一歩前進と評価すべきものである。しかし、これらの政党案は、製造物の範囲をどうするか、法人の被害を適用外とするかどうか、欠陥や因果関係の推定規定の適用要件をどうするか、証拠開示の規定を置くかどうかなど今後検討をしなければならない問題が残っている。さらに注目すべきことは地方自治体による製造物責任法制定促進要請決議も100自治体を超え現在も続々と増えつつある。本年6月の行政改革推進審議会の答申も製造物責任制度の導入を要請している。しかし、この10月の国民生活審議会消費者政策部会の製造物責任制度に関する報告では結論を1年後に先送りし、製品ごとの所轄官庁の意見を聞くこととなった。


7. 全国各地の会員が無過失責任原則の現行制度の中でも様々の困難を乗り越えて欠陥商品被害の救済に取り組み一定の成果を得ているが、なお多数の被害者が未だに十分に救済されていない。われわれはこの現状に鑑み、会員一人ひとりがさらに積極的に取り組み、司法救済手続等を通じて被害の実態を明らかにし、被害予防の視点を踏まえながら、救済のための製造物責任法の立法化への世論を高めていくことが一層必要であるという共通認識に至った。


われわれは、消費者の権利の確立を目指して今後一層欠陥商品に起因する被害の救済に取り組むとともに、製造物責任法の制定に向けて立法府、行政府に働きかけを強め、欠陥商品110番などの被害掘り起こしと救済活動、欠陥商品被害事件情報の収集と提供、各地でのシンポジウムや学習会活動等、国民世論の形成に向けて広範な運動を展開することを決意してこの宣言を提案する。