リゾート法の廃止を求める決議

本文

総合保養地域整備法(いわゆる「リゾート法」)は、良好な自然環境を有する大規模な地域に、民間活力を利用して余暇施設を整備し、もって国民の余暇の活用や地域振興に資する目的で制定された。


リゾート法は、その目的を達成するために、従来の開発規制を緩和し、開発のための財政優遇措置を講じた。このため、わずか4年間に30の道府県が基本構想の承認を受け、さらに11件が準備中であり、全国に大規模リゾート開発の競争をもたらしている。


これまでも、全国各地で、ゴルフ場建設などによる森林伐採や農薬汚染などの環境破壊が問題とされてきた。ところが、このリゾート法による開発競争の結果、さらに一層、全国的な規模で広大な地域の優れた自然が破壊されつつある。


そもそも、大規模な開発を行う場合には、自然環境保護の理念に基づく十分な環境アセスメント制度が不可欠である。ところが、リゾート法は、これを全く欠いており、規制緩和措置などの誘導策により開発のみを強力に推し進めようとするものである。


このようなリゾート法の下での開発を継続するならば、日本の豊かな自然は取り返しのつかない損失を被ることとなり、かけがえのない自然を次の世代に引き継ぐこともできなくなる。


そこで、われわれは、国に対し、自然保護の理念および制度を欠く総合保養地域整備法の廃止を求めるものである。


以上のとおり決議する。


1991年(平成3年)11月15日
日本弁護士連合会


理由

1. 日本の自然は、四季が織り成す風光明媚な景勝地を誇り、日本人の感受性を豊かなものに育て、多様で繊細な伝統文化や文学・芸術を生み出す基となった。古来、われわれの祖先は、何世紀にもわたって治山治水に取り組み、林業を営みながら森林を守り、稲作をしながら水田を維持し、漁業を営みながら海や川の水質を保持してきた。われわれは、この自然を後世代に引き継ぐ責務がある。


ところが、この半世紀にもみたない間に、日本の自然はさまざまな開発の名のもとに破壊されつづけてきた。特に、従来の重厚長大型の産業政策の転換が顕著となった1980年代後半には、バブル経済とあいまってリゾート開発がブームとなった。


このような状況下で、1987年5月、総合保養地域整備法(いわゆる「リゾート法」)が制定された。この法律は、(1)余暇の利用、(2)地域振興、(3)民活による内需拡大を図るため、良好な自然条件を有する土地を含む相当規模の地域において、リゾート施設の整備を行うことを目的としている。そして、この目的を達成するために、民間事業者に対し、規制緩和措置、財政上の優遇措置をとるほか、国や地方公共団体に対して道路や上下水道などの公共施設の整備と国有林野の活用等を要請することとしている。しかしながら、同法制定後、今日に至るまで、国民の余暇の充実に向けての具体的な施策は何ら講じられていない。


2. リゾート法はさまざまに開発規制の緩和をもたらしている。


国有林については、リゾート法制定直前の1987年2月の林野庁長官通達に基づき、ヒューマングリーンプランが実施され、国有林内で民間活力によるスキー場、ゴルフ場の設置が進められることとされたが、リゾート法制定にともない、同プランで指定された19か所の国有林のうち、9か所で重点整備地区に組み入れられている。


民有林については、1989年12月に成立した「森林の保健機能の増進に関する特別措置法」が、開発規制を緩和し、林地開発許可、保安林の利用許可やその指定解除手続きをすることなく一定の開発を認めることとしたため、審議会の諮問や住民からの異議意見書の提出などの手続きを省くこととなり、環境破壊を促進する危険をはらんでいる。


農地におけるゴルフ場の造成については、当初厳しい転用規制がなされてきたが、1969年8月に一定の条件のもとに転用の道が開かれたため、以後、ゴルフ場開発を容易にした。さらに、1990年3月の通達によって、ゴルフ場は転用禁止施設の対象から外され、他の施設と同様の取扱いになった。


3. このように、この法律はさまざまな誘導策を有するリゾート開発推進法である。そのため、リゾート法の制定は、リゾート開発ブームに拍車をかけ、全国各地でリゾート開発競争を引き起こした。リゾート法制定以後1991年7月までのわずか4年間に、すでに30の道府県が基本構想の承認を受け、さらに承認申請中のものが4件、基礎調査中のものが7件に達している。これら基本構想の対象となる地域を合計すると国土面積の約17%を占め、現在検討中の計画を含めるとおよそ20%に達するという異常な事態となっている。


さらに、リゾート法に基づく開発は、かつてない大規模な地域に複合施設の集積を図るものであるために、自然環境へ与える負荷が著しい。リゾート法はそもそも相当規模の広さの地域をその対象としており、これを受けた基本方針では、特定地域にあってはおおむね15万ha程度以下、リゾート施設が集積する重点整備地区はおおむね3000ha程度以下の連接した地域が対象とされ、かつ、複数の地区が一体的、総合的に整備されることが要請されているからである。


4. これまでも、全国各地で、大規模なリゾート開発が問題となってきた。たとえば、各地の基本構想に見られるゴルフ場開発、森林の伐採やたんぼを潰すことによって水源かん養機能や保水機能を喪失し、水資源を枯渇させ、洪水等の危険性を増大させている。さらに、農薬等の散布によって、河川や地下水に汚染をもたらすことは、1990年の第33回日弁連人権擁護大会の農薬の規制に関する決議によっても指摘されている。そのため「伊東市水源保護条例」のように、水道水源保護のため新たな条例の制定を余儀なくされた自治体もある。


このような自然破壊のおそれはゴルフ場のみに限らず、最近とみに大型化しつつあるスキー場やリゾートホテルに関しても同様である。リゾート法によるリゾート開発が、このまま進められるならば、現在残されている良好な自然が各地で大規模に破壊されることとなるのは必至である。


リゾート開発は、自然破壊ばかりでなく、住民生活に対しても多大な影響を及ぼし始めている。


マリン・リゾートの先進地域である沖縄県恩納村では、ホテルやリゾートマンション建設のために、規制の緩やかな地域の土地買収が強力に推し進められた。このため、地価は10倍、20倍と高謄し、住民が住居を求めることも困難となった。さらに、プライバシーの保護、日照、風害、電波障害などの日常生活上の問題も生じている。また、ホテルなどから出される大量の廃棄物の処理、供給能力を脅かす上水道の給水、交通対策など自治体財政を圧迫する事態に至っている。このため、恩納村や読谷村では、村内の環境保全を目的に、中高層建築物などに対する規制条例や要綱を制定した。


リゾートマンションのブームの先駆けとなった新潟県湯沢町では、開発指導要綱によって水道水の給水制限をするなど、自治体の苦悩が見られる。


リゾート法により全国で大規模に開発が推薦される結果、自然破壊や生活侵害は、さらに深刻化することとなる。このため、最近では、自治体からも基本構想の見直しの動向が生まれており、また、21道府県で開発規制のための条例や要綱が制定され、安易な開発にブレーキをかける機運が生じ始めている。これは、リゾート開発の危険性を示すものである。


5. そもそも大規模な開発を行う場合には、環境アセスメントの実施が必要であることはいうまでもない。とりわけ、リゾート法は良好な自然環境を有する地域を開発の対象とするのであるから、なおさら十分な環境アセスメント手続が必要である。また、広大な地域にさまざまな施設等を配置することとされているリゾート開発にあたっては、各事業ごとの環境アセスメント手続を実施すれば足りるというものではなく、少なくとも重点整備地区全体を一つの事業ととらえた総合的な環境アセスメント手続が不可欠である。


ところが、リゾート法には、開発促進のための規定ばかりで、環境アセスメントに関する規定はまったく存しないのである。ちなみに、全国で26の自治体が環境アセスメント制度を実施しているが、いずれも事業ごとの手続きであって、これに基づき基本構想および重点整備地区を一体のものとして環境アセスメント手続きをすることは義務づけされていないのである。


6. リゾート法は、前述のように、自然環境を破壊するだけでなく、住民生活にも重大な影響を及ぼし始めている。過疎問題に悩む地域の人々が、地域振興の切り札としてリゾート開発に期待を寄せているけれども、かつて、1960年代に、新産業都市建設促進法などの法律の下で自治体が競って新産都市などの指定を受けるために奔走したが結局は、各地で公害の激化と自然環境の破壊を招き、地方財政にも多大の負担を与えたことは歴史の示すところである。真の地域振興のためには、住民参加の下で、地域の農林水産業および地場産業の活発化が図られるような新たな地域振興策を策定し、これに対する財政的措置を講ずることが望まれる。


いま、リゾート法に基づき全国各地で繰り広げられているリゾート開発は、まさに60年代の開発と同様の結果を招来するおそれが強い。しかも、今回のリゾート法が良好な自然が残されている地域を開発の対象としているだけに、これによる損失は計り知れないものがある。


今日、リゾート法がもたらし、あるいは、もたらそうとしている極めて憂慮すべき状況は、リゾート法の目的その他リゾート法の本質そのものに起因するものであって、リゾート法は廃止するほかはない。そして、すでに承認救済のものも含めて、道府県の「基本構想」は根本的に見直されるべきである。


以上の理由により、本決議を提案する。