幌延町の「貯蔵工学センター計画」に関する決議

本文

動力炉核燃料開発事業団(以下動燃事業団という)は、1984年8月、高レベル放射性廃棄物ガラス固化体・低レベル放射性廃棄物アスファルト固化体を貯蔵管理する「貯蔵工学センター」を北海道幌延町に建設する計画を公表した。


使用済み核燃料の再処理によって発生する高レベル放射性廃棄物は、極めて高い放射能を有し、長半減期核種を含むことから、その放射能が減衰して環境汚染あるいは放射線の影響のおそれが十分に軽減されるまで、半永久的に人間環境から隔離しなければならない性格をもつものである。


このような放射性廃棄物の危険性に鑑みて、本計画を検討すると、放射性廃棄物の処理・処分に関する科学技術は、未だ完成していない。加えて、幌延周辺は地層処分、一時貯蔵を行う適地とは考えられない。また、その政策決定過程における民主的な手続規定も存在せず、法制度の不備を指摘せざるを得ない。


特に、本計画に関する情報公開・住民意思集約手続の欠落は、原子力基本法の自主・民主・公開の原則に照らして、極めて重大な問題である。


このような状況の下において、当連合会は、動燃事業団の幌延町における「貯蔵工学センター計画」は、一時中止し、次の諸点について再検討をするべきだと考える。


  1. 放射性廃棄物の危険性を踏まえたうえで、その処理・貯蔵・処分、特に高レベル放射性廃棄物の地層処分について、その前提となる使用済み核燃料の再処理を行うことの当否を含めて、安全性確保の視点から、現時点で確立された知見に基づく厳格な科学的検討を行うこと。
  2. その科学的検討の経過及び結果については、関係住民や道民は言うまでもなく、国民に対して、問題点とそれをめぐる意見及びその根拠などを含めた情報を、詳しくわかりやすい形で提供すること。
    そして、この情報に基づいた、自主・民主・公開の原則にのっとった手続によって、政策上の結論を出していくこと。
  3. 現在、不備なままとなっている放射性廃棄物の処理・貯蔵・処分及びその安全規制や責任の問題に関する法制度を整備し、情報公開・住民参加・環境アセスメントを保障した内容のものとすること。

以上のとおり決議する。


1990年(平成2年)9月28日
日本弁護士連合会


理由

1. 動力炉燃料開発事業団(以下動燃事業団という)は、1984年8月、高レベル放射性廃棄物ガラス固化体・低レベル放射性廃棄物アスファルト固化体を貯蔵管理する「貯蔵工学センター」を北海道幌延町に建設する計画(以下本計画という)を明らかにした。


本計画は、北海道の反対ならびに周辺市町村の慎重姿勢に拘らず現在も進行中である。


2. 高レベル放射性廃棄物の性質については、原子力委員会・放射性廃棄物対策専門部会の「放射性廃棄物処理・処分方策について」(1984年中間報告)においても明らかにされているように「極めて高い放射納を有し、また長半減期核種も含まれることから、その放射能が減衰して環境汚染あるいは、放射線の影響のおそれが十分軽減されるまで、長期間にわたり人間環境から隔離する必要がある」とされ、人間にとって極めて危険な物質である。


3. 当連合会は、原子力の開発利用について、1976年開催の第19回人権擁護大会ならびに1983年開催の第26回人権擁護大会において決議を行い、その中で現に稼働している原子力施設の運転及び原子力施設建設の中止を含む抜本的な再検討を速やかに行うべきである旨求めてきた。


当連合会は、1987年6月「核燃料サイクル施設問題に関する調査研究報告書」を採択し、青森県六ケ所村に計画されている核燃料サイクル施設に関し、同施設建設計画の一時中止と再検討を提言した。


4. 当連合会は、本計画についても本年8月「高レベル放射性廃棄物問題調査研究報告書―幌延『貯蔵工学センター計画』をめぐって―」を公にし、施設に関する多くの問題点を指摘したうえで、「今回の『貯蔵工学センター』計画は一時中止し、再検討するべきである」との提言をしている。


そして、その理由として、


  1. 高レベル放射性廃棄物の処理・貯蔵・処分技術はいまだ研究段階の未完成技術であって、施設の危険性が高いこと。
  2. 幌延地方の自然的条件も、地学環境として天北地方全体が活構造体であり、活断層、活褶曲がいたるところに存在する可能性が指摘されており、また、地下水が豊富である点からも、環境に破壊的影響を及ぼす危険性があり適地とは考えられないこと。
  3. 天然バリアよりも人工バリアに重点を置いて地層処分の安全性をはかろうとする原子力委員会の方針に照らして、「貯蔵工学センター」立地予定地周辺地が地層処分場となることが否定できないこと。
  4. 周辺市町村は本施設立地に反対ないしは慎重の姿勢をとっており、北海道もまた反対を表明しているという状況にあること、また道北地方の基幹産業である酪農と、放射性廃棄物は相容れないと考えられること。
  5. 「貯蔵工学センター」をなぜ幌延町に建設しなければならないのか、その選定過程が明らかにされていないことはもとより、「貯蔵工学センター計画」自体の施設の詳細な内容に関する情報、あるいは動燃事業団が幌延町で行った立地環境調査結果についてのバックデータの公開がないなど情報公開が極めて不充分であること。
  6. 原子力委員会において、地層処分のための有効な地層の選定が既に終了したとされているが、その選定手続がいかなる基準の下に行われたかについて何らの説明もなされないこと等が端的に示すように、放射性廃棄物の処分に関する政策決定が不透明であること。
  7. 現在、放射性廃棄物処理・貯蔵とりわけ処分に関する法規制はほとんど存在しないに等しく、国民の生命・環境の保全という重要問題であるにかかわらず、法律ではなく「規則」「告示」「指針」等で決定されている現状は、誠に異常というほかない。このように、不備なままとなっている放射性廃棄物の処理・貯蔵・処分及びその安全規制や責任の問題に関する法制度を整備し、情報公開・住民参加・環境アセスメントを保障した内容のものとすること。

等が挙げられている。


加えて、幌延町における本施設誘致が、原子力発電所誘致から、低レベル放射性廃棄物施設へ、低レベル放射性廃棄物施設から高レベル放射性廃棄物施設へと変更される際、町民はいつも新聞報道によって知らされるのみであった事実をみるとき、幌延町が本施設を誘致するに当たって、事前に住民に対する情報の提供と、これに基づく正しい民意の集約という民主的手続がふまれていないと評価せざるを得ない。


このような問題点を念頭におきながら、前記2回の当連合会人権擁護大会決議を踏まえて、本「貯蔵工学センター計画」を検討するとき、当連合会としては動燃事業団の幌延町における「貯蔵工学センター計画」は、一時中止し、(1)放射性廃棄物の処理・貯蔵・処分方法の科学的検討の必要性、(2)情報公開と民主的政策決定の保障、(3)法制度の確立等の点を踏まえて再検討するべきだと考える。


注A. ガラス固化体
高レベル放射性廃棄物の中心は使用済燃料の再処理工程から発生する「高レベル廃液」である。この「高レベル廃液」をガラスと混合溶融させてキヤニスターと呼ばれるステンレス製容器に充填して固化したもの。
注B. アスファルト固化体
再処理工場等の核燃料サイクル諸施設から発生した低レベル放射性廃棄物をアスファルトで固化してドラム缶づめしたもの。
注C. 使用済み核燃料の再処理
原子炉ではその核燃料を完全に使いきることはできない。一定期間後に使用済み燃料として原子炉から取り出し、残っているウラン、新しくつくられたプルトニウムおよび核分裂生成物(放射性廃棄物)を化学的に分離する。この過程を再処理と呼ぶ。
注D. 長半減期核種
原子核の陽子の数と中性子の数とで原子核の種類を区別する。これを核種と呼ぶ。放射線を出さずに安定しているのが安定核種、放射線を出す不安定なのが放射性核種である。放射性核種から出る放射線の強さ、つまり放射能は時間とともに次第に弱くなる。そして放射能が半分になるまでの時間は一定している。この半分になるまでの時間を半減期と呼ぶ。半減期は放射性核種によって異なる。長半減期核種とは半減期の長い放射性核種のこと。
注E. 地層処分
放射性廃棄物を保管、貯蔵でなく最終処分として地下深層の安定な岩体中に設置した処分場に「ガラス固化体」などとして閉じ込める方法。
注F. 人工バリア
ピット等の構築物のように人間の手で作られるバリア(障壁)。
注G. 天然バリア
周辺土壌、岩石等のように天然自然によるバリア(障壁)。