拘禁二法案の再々提出に反対する決議

本文

法務省及び警察庁は、二度も廃案となったいわゆる拘禁二法案(刑事施設法案、留置施設法案など)を、旧来の形のまま、近く国会に再々提出しようとしている。


このような政府の態度は、第1に、われわれのみならず国民各層からの法案に対する強い批判の声に耳をふさぐものであり、第2に、わが国の刑事手続と拘禁制度に対する国際的批判と確立された国際基準を無視するものであり、第3には、とくに代用監獄を最大限に利用した取調べによる虚偽の自白が数多くの冤罪事件件を生んできたという、その深刻な教訓をまったく生かそうともしないものであって、到底容認できない。


いま、政府がなすべきことは、一つは代用監獄を廃止する基本的政策を明らかにするとともに、その実施に一歩踏み出すことであり、他方では真の監獄法改正作業を早急に行うことである。


われわれは、このように拘禁二法案の再々提出には強く反対するとともに、広く世論と国会に訴えて代用監獄の早期廃止の実現をはかり、さらに刑事司法改革の一環として、近代的な新しい行刑法案の検討策定の事業を進めてゆくものである。


以上のとおり決議する。


1990年(平成2年)9月28日
日本弁護士連合会


理由

1.いわゆる拘禁二法案は、この8年間に二度廃案となっている。第一回は、第100回国会での衆議院解散による廃案である。第二回は、本年1月24日、第117回国会での衆議院解散による廃案である。いずれも解散廃案であるから、形式的には法案の内容を理由とする廃案でもなければ、審議未了すなわち継続審査を拒否した結果の廃案でもない。


この点をとらえて、政府提出の法案が偶々解散で廃案になっただけであるから、次の国会に再提出するのが筋である旨法務・警察当局は言明している。法務大臣も、第118回国会の衆参両院の法務委員会での所信表明にあたり、会期中の提出を明言した。これにそって、自民党政務調査会の法務部会と地方行政部会が、去る4月26日、旧来の刑事施設法案と留置施設法案などの再提出をそれぞれ諒承したといわれる。


当連合会は、このような動きに対し、6月5日第10次国会要請行動にとりくみ、その前後の各会における要請行動を含めて、合計約420名の与野党議員に二法案の再々提出反対をアピールした。


会期中の6月15日、法務省は第118回国会への法案提出を断念したことを公式に発表した。


この結果は、商法改正案の審議を先行させるため、という説明であるが、当連合会の機敏な要請行動も与かっている。


しかし、同時に、二法案は次期国会に「先送りした」と評されているように、本年中に再々提出される危険性が一段と高まったといえる。


2.二度廃案となった法案を、そっくりそのまま再々提出せんとする政府の態度は、到底納得できるものではない。解散廃案とはいえ、第一次廃案までには約1年半、第二次廃案までには約3年、それぞれ継続していたものの、法案に対する強い批判を反映して、審議が進まなかった事実は否定できないところである。


このような経過をたどった法案を、何ら見直すことなく提出しようとするのは、それ自体強く批判されて当然である。加えて、二法案の内容的欠陥と政府の姿勢を批判せざるを得ない。ここでは三点にしぼって指摘する。


(1)監獄法改正と直接関係しない警察立法たる留置施設法案が一体となっていることである。


その意味するものは、代用監獄の恒久化であり、警察拘禁と取調べの一体化、弁護人の接見交通など防禦権の実質的な形骸化である。刑事訴訟手続を変質させるものといってよい。このことをわれわれは危惧し批判してきたのである。国民各層の強い批判が集中したのも正にこの点である。何よりもまず、留置施設法案を切離す必要がある。


しかし、警察庁はもとより、法務省にも、二法案セットを改める姿勢は全くみられない。


(2)二法案が国際的諸基準に違背し、その批判に到底耐えられないということである。


たとえば、日本政府も賛同し、一昨年12月国連総会で採択された「あらゆる形の拘禁・受刑のための収容状態にある人を保護するための諸原則」によれば、捜査機関に対する司法コントロール、自白を強要するための拘禁状態の不当な利用の禁止、被疑者・被告人と弁護人との秘密交通権の完全な保障、起訴の前後を問わない国選弁護人や保釈の制度的保障などがうたわれており、わが国の刑事手続は、現行制度でもすでに幾多の問題点を抱えている。そのうえに、二法案は、代用監獄を恒久化し、施設の管理運営を理由とする「遅滞なく、また検閲されることのない」弁護人との接見と通信の制限を導入し、実効性のない不服申立と監督の制度でよしとしている。


これらは、この国連原則に違背する。より重要なことは、国連人権委員会の場や有力なNGOにより、そのことを現に指摘されているのに、政府が無視し続けているという事実である。


(3)前回の再提出後も、死刑再審事件である島田事件の無罪をはじめ、代用監獄に拘禁して取調べ、偽りの自白をつくり上げたケースが次々と公になっていることである。これらの教訓を生かすなら、代用監獄は一日たりとも存続させてはならず、自白中心の捜査・裁判は根本的に改変されるべきである。


しかるに、政府は、この改革の方向と矛盾対立する二法案を無反省に且つ強引に成立させようとしているのである。


以上のとおり、二法案の問題点と併せて、政府の姿勢も厳しく問わなければならないのである。


3.われわれは、政府に、代用監獄の廃止を迫り、留置施設法案を切離した真の監獄法改正を求めるが、その具体的方策や改革案を提示していくべきである。


二法案の再々上程の阻止を広く内外に訴えるためにも、また何よりも今世紀中の代用監獄廃止に向けた具体的一歩を進めるためにも、代用監獄の早期廃止を実現する法案などを検討していく必要があろう。


拘禁二法案が提出されない状態が続いても、いささかも代用監獄は廃止へと進まず、その弊害も根絶できない現実をみるとき、この新たな提案は幅広い国民的支持を得られるであろう。その法案要綱などを準備するとともに、国際的視野に立った新しい行刑法、人権保障を貫徹させ、未決被拘禁者の防禦権と処遇のあり方にも意を用いた新しい刑事訴訟法の実現を目ざす作業に着手していかなければならない。


政府が拘禁二法案の再々提出を企画しているいま、これを阻止するために、新たな立法提案にとりくみつつ、広く世論と国会に働らきかけて、その実現を期したい。