自然保護のための権利の確立に関する宣言

本文

自然はあらゆる生命の母胎であり、日光・大気・水・土・生物などによって構成される調和のとれた系であって、人類はこの自然からの限りない恵沢をうけて生存してきた。


しかるに近年、人類は自然の尊さやしくみをないがしろにした利用にはしり、回復困難な自然破壊を繰り返している。とりわけ、森林に対する人間活動の影響は著しく、その破壊と荒廃はいま地球的規模で進行しつつあり、緑が豊かだとされるわが国もその例外ではない。


このような自然の破壊は、自然の調和を根底から損い、人類の生存をすら危くする。


われわれは、自然を公共財として後の世代に継承すべき義務があり、一部の者がこれを独占的に利用し、あるいは破壊することは許されるべきではないと考える。


人は、生まれながらにして等しく自然の恵沢を享有する権利を有するものであり、これは自然法理に由来する。いま自然を適正に保護するために、この権利をあらためて確認する。


われわれは、自然保護の重要性に鑑み、この権利を真に実効あらしめるために、自然保護関連法等において、早期にこれに沿う法制度を整備、確立することを期するものである。


右宣言する。


昭和61年10月18日
日本弁護士連合会


理由

1. 自然は、人間を含めあらゆる生命の母胎であり、日光・大気・水・土・動植物などの相互関連の中で構成された調和のとれた系、即ち、生態系といわれるものである。この生態系はまた、有限であり、かつ、極めてもろい連鎖の系でもある。


われわれ人類は、この自然からの限りない恵沢を受けて生存してきたが、近年これらの自然のしくみや尊さをないがしろにした利用にはしって回復困難な自然破壊を繰り返すようになった。


とりわけ、動植物の生存基盤として重要な森林の破壊や荒廃は著しく、毎年世界中で、わが国の森林面積の約8割に相当する2,000万ヘクタールもの熱帯林が消失し、また、欧米においては酸性雨による森林枯損が発生するなど、世界各地で大規模に進行している。緑が豊かだとされるわが国も例外ではなく、ここ数年、各地で様々な破壊や荒廃が進んでおり、大きな社会問題となっている。


このような世界的自然破壊の傾向がこのまま進行すれば、自然の調和を根底から損い、人類の生存をすら危くすると警告されている。


2. こうした状況の中で、当連合会公害対策・環境保全委員会では、自然保護の問題、わけても森林保全の重要性に鑑みてわが国における森林保護の問題を、主に、林道事業および林業による破壊や荒廃という点を中心に、その現状について実態調査を行うとともに、その法制の現状についても検討し、その有する問題点をさぐり出し、自然をまもるための法的な方策について検討を重ねた。


その結果、青森、秋田両県にまたがる、世界最大規模といわれる白神山系のブナ原生林が、その山系を縦貫する青秋林道の建設工事によって破壊の危機にさらされており、わずかになりつつある各地の原生的な森林も同様な危機的状態に置かれていることがわかった。また、生態系に合致しない大面積の皆伐、観光目的などを兼ねた大型の峰越林道の開設、人口造林不適地の伐採と植林の失敗等を原因とする山地斜面の崩壊等の自然破壊が各地に存在することも明らかとなった。


そして、このような状況は、第一には、現行のわが国の自然保護法制が自然保護に対する国民の権利・権能を明確にせず、また、自然の価値をいわゆる天然記念物保護主義の観点でしか評価していないという基本的な問題点から生み出されるものであり、第二には、森林法などをはじめとする現行森林関係法令が基本的には産業政策立法であるため、これらの法令に依拠しては森林の保護を全うできるものではないことによるものである。


3. 昭和45年9月、当連合会の人権擁護大会のシンポジウムにおいて、公害の未然防止を目的に人間環境を保全するための環境権についての提唱がなされた。次いで、昭和47年6月、ストックホルムで開催された国連人間環境会議において採択された人間環境宣言の中で、環境は人間の福祉と基本的人権の享受のために必要不可欠なものである、と宣言された。今後もこの環境権の果たす役割は大きいものである。われわれは、公害・環境問題における環境権の法理を普遍の法理とする主張を維持するものであり、今後一層その実効性をたかめるべく努める。


ところで、環境権は環境共有の法理を一つの理論的根拠とするが、その提唱当時の緊急課題であった公害被害から住民を救済する権利として構成された。したがって、環境の範囲は、公害の被害を受ける虞れのある人間との関係で決定されるものとし、その結果、権利主体の範囲は限定的に解されてきた。ところがその後、広範囲で急激な自然破壊が進行し、それによって究極的には現在および将来の人類にまで影響を及ぼす事態が生じてきた。そこで、個人の個別的具体的被害と離れてその保護が図られるべき必要性が生じ、地域的限定および権利主体の制約のない権利が要請されるようになった。


4. よって、われわれは次のような自然保護の法理に基礎づけられた実効的な権利の確立が緊要であると考える。


人類は、生態系の一構成要素であり、地球上の自然を構成する生物種や資源に依存してきた。


他方人類は、生態系の各種の構成要素のうちで自らの意思に基づいて自然を改変することのできる唯一の種である。すなわち、現代の人類は、将来の地球上のあらゆる種の生殺与奪の可能性を持ち、自然を保護し、将来の世代にこれを承継するか否かは、その選択にかかっている。


自然法の理念からすると、自然の生態系の保護は、将来の世代の人間から現代の人類に信託されているのである。われわれは、この信託に基づいて自然を保護し後世代に承継する責務を有し、自然を破壊する者に対して、これを排除する権利を行使できると解されるのである。


われわれは、このような権利を仮りに「自然享有権」と名づけたい。この権利の淵源は自然法理に由来し、もしくは憲法第13条及び第25条に実定法上の根拠を見い出すことができる。また、先に述べた公共信託の法理は、憲法前文、11条、97条に示されているのである。


「自然享有権」は、人が生まれながらにして等しく享有する権利である。この権利は、右に述べた自然保護の責務を遂行するため行使されるべきもので、そのため、争訟上は、自然の特質からその回復しがたい破壊を防止するための事前差止請求権を主な内容として事後の現状回復請求権、行政に対する措置請求権を併せ持ち、また行政上は、自然保護に影響を与える施策の策定、実施の各過程における意見・異議申立等の参加権を保障されるべきものと考える。


また、自然保護においては、住民個人の個別的権利や利益を超えてその保護がはかられるべきこと、自然破壊に対応し得る個人の能力には限界があることなどの理由から、環境保護団体が問題に関与せざるを得ないことが多い。現に、自然保護の活動実績を挙げている団体は少なくない。


このことから、環境保護団体に行政上の参加権および争訟上の権利を付与することが要請される。フランスでは、環境保護団体に参加権および出訴権が認められている。


ただし、このような権利を付与される団体であるためには、自然保護を目的とした活動をする団体であって、組織、運営上の自主性を持ち、意思決定の民主性が確保されているなどの資格要件が考えられるべきである。


5. 自然保護あるいはそのための権利についての検討または宣言は、昭和51年近畿弁護士会連合会の、同57年の四国弁護士会連合会の、そして59年の再度近畿弁護士会連合会のシンポジウムや大会においてなされてきた。


われわれは、右の成果を踏まえて、さらに具体的な検討を重ねてきた結果、この「自然享有権」が権利として存することを確認するものであり、この理念は、昭和47年に制定された自然環境保全法第2条、また同法第12条に基づく自然環境保全基本方針にも示されている。しかしながら、現行自然保護法制およびその運用の実態では、かかる視点からの有効な自然保護の施策を採っていない。


このため、右に述べたような考え方を踏まえて、次のような内容を盛り込んだ総合的な自然保護法制を確立し、そのもとに開発法制や産業振興法制等の整備が図られることが必要である。


  1. 国民の「自然享有権」を法的権利として明確化する規定を設け、国民ならびに環境保護団体に行政上の参加権および争訟上の権利を付与すること。
  2. わが国の自然の生態系を調査し、これに即した環境管理計画の策定を義務づけたうえ、保護地域を拡大し、環境影響評価制度を確立すること。