スパイクタイヤの使用規制等に関する決議

本文

積雪・寒冷地において、近年スパイクタイヤが普及し、これを装着して走行する自動車が、騒音を増大させ、舗装道路を削って道路損耗による財政負担を増大させているほか、粉じんを発生させて大気を汚染する結果、一部地域ではすでに粉じんにより、目・鼻・のどの疾患を生じ喘息を増悪させるとともに、じん肺症等の重大な健康被害を引きおこすおそれが生じている。


国民が健康を保持し、人間らしい生活を営むためには、良好な環境を保全することが必要不可欠であり、かかる現状にかんがみるとき、環境汚染地域の拡大と汚染の進行を防止するため、緊急に抜本的対策をとらなければならない。


そこで、国及び関係者は速やかに次の方策を講ずべきである。


  1. 国はスパイクタイヤの使用を早い時期に全面的に禁止する法的措置を講ずること。そして全面的な使用禁止に移行するまでの間、次の規制措置をとること。
    1. スパイクタイヤの使用につき、地域の実情に応じて、使用を禁止する地域と使用期間を制限する地域を定めて、規制すること。
    2. 大型自動車及び大型特殊自動車につき、スパイクタイヤの使用を禁止すること。
  2. 国、地方公共団体及び道路公団等は次の施策をとること。
    1. 冬道における自動車交通の安全と円滑を確保するため、除融雪等の道路対策を強化すること。
    2. 自動車運転者に対する冬道走行における安全教育等の充実を図ること。
    3. 右対策を推進するため、国は地方公共団体等に対し所要の財政措置をとること。
  3. 国及びタイヤメーカーは、スタッドレスタイヤ等スパイクタイヤに代わる冬用タイヤの性能向上を早急にすすめること。

右宣言する。


昭和60年10月19日
日本弁護士連合会


理由

1.スパイクタイヤによる被害の実情

積雪・寒冷地におけるスパイクタイヤ公害は現在解決を迫られている重要かつ緊急な課題である。


スパイクタイヤ装着車はその走行によって、路面を削り粉じんを発生させて大気を汚染し、店舗内における陳列食品等の汚損・洗濯物の汚れ等、生活環境上の被害を発生させているのみならず、既に疫学的調査を行った地域においては健康被害をも生じさせていることが明らかになっている。すなわち、目・鼻・のどの疾患を生じさせ、また、喘息児童の発作回数を増加させその程度を重くし、さらに、このような大気汚染の状態が永年継続すれば、粉じんが肺内に蓄積し、人肺症などの重大な疾患に至る可能性も指摘されている。


このような実情からすると、健康被害について調査していない、同程度の汚染地域でも健康被害が発生している蓋然性がある。


スパイクタイヤの使用は、非装着期に比べ、約5ホン騒音を増加させ、静かであるべき環境を悪化させている。また、路面損耗に対応する補修費用は、ひかえ目にみても国の直轄道路で、一冬に約90億円に達し、地方公共団体管理の道路補修費を加えれば数百億円の財政負担になっている。


このようなスパイクタイヤ使用による被害をこのまま放置すれば、自動車の保有台数が今後も確実に増加することが予測される状況の中で、粉じんと騒音による環境汚染の拡大と悪化が一層進行するであろうことは十分予見しうるところである。


なお、外国においては、約10年前から、道路の損耗が著しいとの理由のみで、スパイクタイヤの使用を禁止、または制限してきたが、わが国では金銭で代えることのできない健康被害と環境破壊の問題が生じていることから考えて、規制の必要性がより強いと言わなければならない。


2. 安全性と利便性

スパイクタイヤの使用規制を行った場合、交通事故が多発し、交通の安全が確保されないのではないかと危惧するむきもある。しかしながら、スパイクタイヤが普及する7、8年前までは、スノータイヤと、制動・登坂性能に優れているチェーンによって、交通の安全が確保されてきたし、最近販売されているスタッドレスタイヤは、従来のスノータイヤに比べ、格段の性能向上がみられる。


凸凹のないスケートリンク状の凍結路では確かにスパイクタイヤの方が現在市販されているスタッドレスタイヤより制動・登坂性能に優れているものの、通常の凸凹のある凍結路での制動・登坂性能には両者間に大きな差はなく、圧雪路ではほとんど性能差がみられない。


スパイクタイヤの使用を禁止すれば部分的にチェーンを使用することとなるが、簡易脱着の可能なチェーンや、無公害のゴムチェーンも開発販売されており、また、ある程度の不便さは環境保全のために受忍しなければならない代償といえよう。


交通事故は、諸種の要因が重なって発生するもので、単にタイヤの性能のみによって多発の有無を判断することはできない。むしろ、スパイクタイヤの使用者が、その性能を過信し、速度を出しすぎて逆に事故を増加させているとの指摘もあり、スタッドレスタイヤが普及する前にスパイクタイヤを禁止したカナダのオンタリオ州や西ドイツ等の例によれば、禁止によって交通事故はかえって減少、または増加しなかったとの報告がなされている。


さらに、乾燥・湿潤路においては、スパイクタイヤの制動能力は低下し、かえって危険であるばかりでなく、路面を削るためわだち掘れが生じて方向安定性を害し、また、わだち掘れに雨がたまりハイドロプレーニング現象による事故発生の危険がある。


スパイクタイヤの代替手段がすでに存在し、スパイクタイヤを規制しても交通の安全は確保しうるものである。


3. 法的規制の必要性

憲法25条は「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定め、同13条に「幸福追求の権利」を認めているが、これらの権利は良好な環境の下においてはじめて実現される。


スパイクタイヤによる環境悪化、ことに健康被害の地域的拡大と深刻化を防止するためには、発生源であるスパイクタイヤの使用そのものを規制する以外に適切な防止方法は存しない。


積雪地域の11の自治体では、昭和58年9月に出された環境庁の要請にもとづき、スパイクタイヤの使用自粛を運転者に求めているが、最も強力に脱スパイクタイヤ運動を展開してきた仙台市の例をみても、スパイクタイヤの装着率は約40%に半減したもののここ2年間横ばいの状況であり、スパイクタイヤを使用している運転者の多くは、法的規制が望ましいと思いながらも規制されるまでは使用する考えでいることが明らかになっている。これらのことから使用自粛の方法は、もはや限界に達しているといえよう。


4. 規制の内容

(1) スパイクタイヤによる公害は、地域による濃淡があり、地方公共団体による条例規制も十分考えられる。しかし、自動車の広域移動性に比べ、地方公共団体の地理的範囲が狭い関係上、条例規制には自ら限界があるので、法律による禁止が必要である。


ただし、スパイクタイヤが相当程度に普及している実情からすれば、3年程度を準備期間として、その間はスパイクタイヤの使用時期を制限するにとどめ、しかる後全面禁止に移行すべきであろう。


なお、宮城県や札幌等では、健康被害が顕在化する等、スパイクタイヤの弊害が広く住民に認識され、関連する諸対策もすすんでいるので、即時禁止の措置をとるのが適当である。


そして、全面禁止に移行する間は、違反に対して制裁を課さないのが妥当であろう。


(2) 大型自動車及び大型特殊自動車については、路面を摩耗する割合が乗用車の2ないし4倍に達し、一般に走行距離も長く、環境悪化に対する寄与度が高いので規制の要請が強く、運転者も職業運転手で冬道運転に対する対応力があるので即時使用禁止が適当である。西ドイツでも大型車については当初からスパイクタイヤの使用を禁止している。


5. 関連する諸対策

(1) スパイクタイヤの使用を効果的に規制するためには、道路法42条に照らし交通の安全と円滑を確保する措置をとる必要がある。交通量や坂道等の道路状況に応じた除融雪、道路情報の提供、チェーン脱着所の整備等の対策を講ずべきである。ただし融雪剤の使用にあたっては、二次公害を生じないよう配慮し、新融雪剤の開発を推進すべきである。


(2) 健康被害の調査や冬道安全運転教育やタイヤ性能のP・Rの充実・模擬凍結路における運転実習を運転免許取得の条件に加えることなども検討されるべきである。


(3) 除融雪等の関連する諸対策を強力に推進するためには地方公共団体への財政的措置が必要となる。たとえば、仙台市では脱スパイクタイヤ運動の本格化に伴い、除融雪等の対策に従来の5倍もの支出を要することになったが、同市は積雪寒冷特別地域における道路交通の確保に関する特別措置法にもとづく指定地域でないため同法にもとづく補助金の交付もないし、スパイクタイヤ対策のための特段の助成措置もないため、これら施策に要する費用負担に苦慮している。


従って、既に北海道東北知事会等が要望しているように、速やかに国による財政助成措置を講ずべきである。


(4) タイヤメーカーは、ピンの縮小と本数を自主規制して粉じん発生量の減少を図り、スパイクタイヤの生産を継続しようとしている。しかし、ピンの規制はかえって制動・登坂性能の低下を招き、むしろ現在のスタッドレスタイヤと性能差がなくなるのみならず、これによりスパイクタイヤの使用が固定化され、公害を慢性化させるおそれがある。


狭い国土に膨大な数の自動車が年々増加している実情を併せ考えたとき、スパイクタイヤの根絶とスタッドレスタイヤの性能向上こそ急務であり、わが国の進むべき道であろう。タイヤメーカーは、無公害の商品を供給すべき責務があり、国は、国民の健康を守り快適な環境を保全するため、積極的にこれを推進すべきである。