消費者の権利確立に関する決議

本文

消費者問題は、わが国社会が現在解決を迫られている重要課題の一つである。事業者による大量生産、大量販売、複雑化した流通機構など現代的な社会経済構造に根ざす消費者被害が日常的かつ大規模に発生している。


このような構造的消費者被害を確実に予防し救済する立法は不十分であって、消費者の権利救済手段も適切に機能しておらず、人権としての消費者の権利は未だ確立されていないといわねばならない。


関係当局は、消費者の権利を確立し、消費者被害の予防と完全かつ迅速な被害救済を図るための総合的な施策を行うべきであり、当面次の改善措置を速やかに講ずべきである。


  1. 事業者の無過失責任の採用や、消費者の立証責任の緩和などいわゆる製造物責任の法制化を図ること。
  2. 消費生活における安全性の確保や公共料金の決定にあたっては、消費者の意向が十分反映されるよう、消費者の参加と情報公開を制度的に保障すること。
  3. 消費者保護に関する施策が総合・統一的に行われるよう、現在各省庁に別々に設置されている消費者対策関連部局を整備・統合すること。


右宣言する。


昭和59年10月20日
日本弁護士連合会


理由

1.消費者問題はわが国社会が現在解決を迫られている重要課題の一つである。われわれの日常購入する商品、サービスの多くが事業者による大量生産・大量販売、複雑化した流通機構により供給されるという体制下では、消費生活の安全面でも経済取引面でも広範囲に大量な消費者被害が発生するようになった。例えば、次々と生み出される医療品や農薬そして食品添加物等さまざまな化学物質は、その安全性について未知の複合的な影響も含め深く憂慮されている。また、消費経済の拡大に伴う消費者信用をめぐる被害や、訪問販売・通信販売・マルチ商法等の特殊販売、金・商品先物取引・店舗外販売等による被害が次々と広がっている。


このような消費者被害は、かつての個々の取引による「古典的被害」とは異なり、現代の社会構造に根ざす「構造的被害」として把握すべきものである。


2.すでに当連合会では、経済企画庁の委託を受けて昭和49年4月、消費者被害と被害救済の実状について調査し、消費者被害の構造的把握の必要性と救済のための施策について報告した。昭和50年に国民生活審議会消費者保護部会消費者救済特別研究委員会は、これらの検討をもとに「消費者被害の現状と対策―中間覚書―」及び「消費者被害の救済」(最終報告)をまとめ、消費者被害の救済のための制度化の方向を明らかにした。


この報告における提言は、その後約10年を経た今日、消費者運動の前進や関係者の努力で一部改善された点はあるものの、基本的には問題として残されたままになっている。その第一は、事業者に対する無過失責任の原則の採用や、因果関係の証明等の立証責任の緩和などいわゆる製造物責任法が実現されていないことであり、その第二は、救済制度の面で「クラスアクション」のような多数被害のための制度改革や簡易裁判所の運営の改善を含め、少額裁判の簡便な制度の検討、消費者オンブズマン制度等の検討等多くの重要な改善のための提言は論議にとどまり、実現されていないことである。


一方自覚的な消費者や消費者運動は、(1)安全性あるいは原価公開等の情報を求め学習しようとしたり、(2)公正な競争の下での商品、役務の提供を求め選ぶ権利を行使しようとしたり、(3)公共料金や約款等で消費者の意見を反映させるべく努力しようとしているが、これらを実現する有効な手段やそのための権利が阻害されている実情にある。


3.このような消費者被害の実態や消費者の置かれている立場にかんがみ、関係当局は消費者の生活と生存を保障するため、消費者被害の予防と完全かつ迅速な被害救済を図るための総合的な施策を行うべきであり、われわれとしても右施策の実現に最大限の努力をすべきことはいうまでもない。われわれは改善すべき当面の措置として関係当局が速やかに次のような措置を講ずべきであると考える。


その第一は、立法的解決を前進させることである。そのうちでも既に国民のコンセンサスを得ていると思われる、いわゆる製造物責任の法制化が早急に行われるべきである。


第二は、消費生活における安全性の確保や公共料金の決定等にあたって、消費者の意向を反映させることである。


消費者保護基本法第13条は、国は消費者保護の適正な施策の策定及び実施に資するために、「消費者の意見を国の施策に反映させるための制度を整備する等必要な施策を講ずるものとする。」と規定している。しかしながら、現在、消費者の意向を国の施策に反映させるための制度は全く不十分である。とりわけ食品、医療品等の安全性の確保や公共料金の決定等にあたっては、消費者の意向が十分反映されているとはいえない。


その消費者の意向が十分反映されるようにするためには、消費者参加(食品、医薬品等の安全行政への参加や公共料金決定手続における消費者参加等)と情報公開が不可欠の要請であり、これらを制度的に保障する必要がある。


第三は、消費者行政の組織運営を改善することである。今日、消費者保護行政は通商産業省、大蔵省その他の省庁ごとに分離して行われ、それぞれ省庁における事業育成行政などと併列的に行われていることは、消費者保護課題の重要性の点で問題であるばかりか、いわゆる縦割行政の弊害等消費者保護対策の有効な措置をとるうえで支障のあることが指摘されている。


消費者保護という国家目標は、本来消費者保護基本法第16条にあるように、これらのバラバラの消費者対策の関連部局を整備統合して消費者保護を最優先課題とする消費者保護庁のようなものによって実現されるのが望ましいといえよう。しかし、近時第2次臨時行政調査会をはじめとする行財政改革のもとで、かえって消費者保護行政の縮小化が進められているのは問題である。消費者の権利を確立し、消費者自らが主体的能動的の被害を回復できるよう配慮することがまず重要である。


われわれは、当面の消費者保護行政の推進のために、消費者保護関係省庁が消費者保護行政の優先的価値を認識し、現在各省庁ごとに別々に設置されている消費者対策関連部局を早急に整備統合することが必要と考える。


4.よって、本決議を提案する。