平和と人権に関する宣言

本文

平和は、人間の生存とすべての人権の前提であるとともに、人権の尊重なくして真の平和はありえない。


力による平和と安全の維持の思想は、各国をはてしない軍備競争にかりたて、ことに核兵器の異常な増強は、戦争の危険性を高めているばかりか、人類とその文明の滅亡の危機をすら招いている。


われわれ日本国民は、世界最初の核兵器攻撃による被爆体験を有し、第二次世界大戦の惨禍とそれにいたる経過の反省の上にたって、平和と人権の尊重を根幹とする日本国憲法を制定した。われわれは、この憲法前文の誓いの実現を期し、諸国民と協力して核兵器の廃絶、完全全面軍縮の達成のため、一層の力を尽くさなければならない。


われわれは、世界人権宣言35周年にあたり、基本的人権の尊重が平和の基礎であることを確認して、平和擁護のための活動を強化し、国際的な交流を積極的にすすめ、国際人権規約の具体的実現など人権保障制度の確立に努めるとともに、国民の人権に消長を来たす立法の動向にも注意を怠らず、われわれに課せられた社会的責務の達成に邁進する決意をここに表明する。


右宣言する。


昭和58年10月29日
日本弁護士連合会


理由

1.来たる12月10日は世界人権宣言が発せられてから35周年の記念日にあたり、国際連合はその総会の決議をもって「宣言が『全ての人民と全ての国とが達成すべき共通の基準として』人権と基本的自由の擁護と促進に向けての国内的及び国際的努力を啓発する根源となっていることに鑑み」加盟国及び各団体に対してこの日を期して宣言の目標を達成する具体的措置ならびに行動がなされるよう呼びかけている。


2.世界人権宣言前文は 「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎をなしている」とのべている。また、平和があってこそ人権が尊重されることは明白な事実である。ところが、世界の現状をみるとき、「人類は今日、かって生産された中では最も破壊的な武器の大量かつ競争的な蓄積のもたらす、前例のない自滅の脅威に直面している。現在の核兵器貯蔵量だけでも地球上の全ての生命を破壊して余りある。軍備競争、就中、各軍備競争を停止し逆転させるための努力に失敗することは、核兵器拡散の危険を増大させる。しかし今もなお軍備競争は続いている。莫大な人的、物的資源の消費とともに軍事予算は絶えず増大している」(第1回国連軍縮特別総会における最終文書)。


米ソ両超大国を中心に現在地球上に貯蔵されている核兵器は核弾頭数37,000~50,000 発、11,000~20,000メガトン、広島型原爆の100万発分といわれている(1980年国連事務総長報告)。


3.わが国は広島、長崎など世界で最初の被爆体験をし、沖縄戦などの悲惨な戦争によって全国で多数の貴い生命を失った。また日本軍隊の行動によりアジア諸国民に対し多大の被害を与えた。そのなかから平和憲法を有するに至っている。


しかし、安保条約により、全国各地に米軍基地がおかれ、自衛隊も年々強化され、爆音、飛行機の墜落、演習による山火事、流れ弾等の基地被害は後を絶たない。


数年前「有事立法」問題が登場し、大きな社会問題となったが、自衛隊法改正、スパイ防止法(防衛機密保護法)制定等の動向は今日も続いている。そして、最近「武器輸出三原則」の一角が崩れ、「非核三原則」も核積載艦船の日本領海の「通過」は「持ち込まず」にふれないといった形でその遵守が危うくなっている。中曽根首相は「改憲の時間表をもっている」といい「タブーがあってはならない」として改憲に向けての姿勢を示している。


4.「諸国は、長い間、軍備の保持によってその安全を維持することを追及してきた。たしかに、国家の存在は、ある場合、十分な防衛手段を期待できるか否かに依存していた。しかし、兵器の蓄積、特に核兵器の蓄積は、今日、人類の将来にとって防護というよりは脅威を構成している。軍備競争の停止と真の軍縮の達成は最も重要で緊急な課題である」(前記最終文書)。


そして、これは国際的にすべての国家、政府に要求すべき事柄であると同時に、日本は日本として国内的措置として戦争につながる一切の政策を中止させる努力が必要である。人権擁護と社会正義の実現を任務とする法曹として、また未来に責任を負う現在に生きる市民として、われわれは、この全人類的危機に直面している現在、思想、信条をこえて、核廃絶と完全軍縮を求め、一切の戦争政策をやめさせて恒久平和を実現するために努力すべきである。これこそ「われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意」した主権者たる国民の崇高な使命であり、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」した憲法の精神でもある。


5.平和の維持について第一に責任を負わなければならないのは各国政府である。しかし、それのみによっては戦争の危険を遠ざけ、軍縮を実現できないことは現実が示すとおりである。であるからこそ1978年の第1回国連軍縮特別総会最終文書第15項は国際世論の積極化のための普及をうたい、第106、107項は平和と軍縮のための教育計画を提起している。


昨年6月に開かれた第2回国連軍縮特別総会は軍縮の具体的措置を合意できなかったばかりか、その最終文書の採択すらできなかった。しかし、国際世論の一層の昂揚の必要性を強調する軍縮キャンペーン文書を採択した。日本弁護士連合会は、昨年5月29日の総会で核兵器廃絶実現のための宣言を採択し、これを持参した代表5名を、この総会への要請のためニューヨークに派遣した。代表はここにおいて各国法律家と意見交換をなした。


各国の経済・社会状態が国際化するとともに、人権問題も国際化し、かつ、人権は主権を超え、国境を越えて尊重されなければならないとの考え方が、次第に強まった。国際人権規約は、まさにそのような考え方に基づいて制定されたものである。このような情勢の下で、人権擁護のための国際的交流と協力の必要性は一段と強まっている。


日本弁護士連合会は、これまで国際人権規約、難民条約、婦人差別撤廃条約の批准促進の運動を進めてきた。そして、これらの条約内容を具体的に実現するため、金大中事件についての調査報告書の発表、国籍法改正意見書の作成、男女雇用平等法要綱試案の提唱、サハリン残留韓国・朝鮮人帰還問題を、国連人権委員会に提訴するなど、さまざまな活動を行ってきた。このように国際的視野に立って人権擁護活動に取り組んできたことは、国内における人権擁護活動の前進のために重要であると同時に、国際的に、平和の基礎を形成するものであるということができる。われわれは今後とも、国際人権規約の批准に当って、政府が行った留保の撤回、自由権規約選択議定書の批准、国際人権規約に定められた権利の完全な実現のため、努力を傾注する必要がある。


わが日本弁護士連合会は、昭和25年第1回総会における平和宣言をはじめとして、総会及び人権擁護大会において平和と人権の擁護、核兵器の廃絶にむけての宣言・決議をかさねてきた。とくに、第29回定期総会では、核兵器についての核兵器使用禁止条約案の作成・提唱を行った。


ひるがえって、第二次世界大戦に至る経過を顧みると、戦時体制下はもちろん、それまでの過程において思想・信教・言論・集会・結社等の自由が次第に抑圧されて行き、弁護士の活動に対しても制限がなされ、裁判を受ける権利をはじめ、国民のあらゆる人権が侵害されたことは顕著な事実である。われわれは、このような歴史的経験の上に立って弁護人抜き裁判法案、弁護士自治に対する攻撃などに対して、組織を上げて反対運動を行ってきた。


また、最近唱えられている有事立法、スパイ防止法などの問題についても、戦時体制下の人権状況を省みるとき、人権擁護の観点から重大な関心を寄せざるを得ないところである。


われわれは、弁護士法第1条によって課せられた弁護士の使命を達成するため、世界各国の国民との国際的な交流と協力に努めつつ、平和と人権の擁護のための活動を強化することを期して、この宣言を行うものである。