家族的責任を有する男女労働者の平等実現に関する決議

本文

1981年6月に開かれたILO第67回総会は、「家族的責任を有する男女労働者の機会均等及び平等待遇に関する条約(156号)ならびに勧告(165号)」を採択した。


右条約と勧告は、家族的責任を有する男女労働者間ならびにそれと他の労働者との間の機会および待遇の実質的な平等を目指したもので、加盟各国に対してこの実現を国の方針とし、これに必要なすべての措置をとることを求めている。


しかしながら、わが国においては、現在家庭における子供の養育、老人および病者の介護等の負担と責任の大部分は女性の肩にかかり、それが平等実現を阻害する大きな原因となっている。


よって政府ならびに地方自治体は、これらの障害を除くために、母性保障の充実、男女労働者への育児休暇および看護休暇等の制度化、保育所等の社会施設の整備、男女労働者の労働時間短縮等の労働条件の向上にむけて法的措置を含むあらゆる施策を講ずるなど諸条件の整備をしたうえ、本条約のすみやかな批准と勧告の受入れのため全力を尽すべきである。


右宣言する。


昭和57年10月30日
日本弁護士連合会


理由

1.1981年6月、ILO第67回総会で、男女労働者…家族的責任を有する労働者の機会均等及び平等待遇に関する条約(156号)(賛成331、反対0、棄権86)および同勧告(165号) (賛成346、反対0、棄権78)が採択された。


2.ILOでは、発足当初より労働者の健康で働き続けられるという労働条件の確立に力を注ぎ、とりわけ劣悪な労働条件下におかれていた婦人労働者に対する関心を持ち、母性保護の観点から、「産前産後に於ける婦人使用に関する条約」(第3号)、「夜間に於ける婦人使用に関する条約」(第4号)を採択した(1919年)。


さらに「保護」のみならず、「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約」(1951年第100号)、「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約」 (1958年第111号)等を採択している。


しかし、働く条件において、真に男女平等を確立するには、職場における男女平等や母性保護を規定したのみでは足りない。すなわち、多くの女性が家族的責任のため仕事をあきらめ、あるいは昇進の機会を見過さなければならないならば、平等を規定した措置も十分に機能しない。


そのためILOでは、女性の多くが家庭と労働という二重の責任を負わされていることに留意し、その調和を図って、1965年「家庭責任をもつ婦人の雇用に関する勧告」(123号勧告)を採択した。


右勧告は、その表題に示されるように家庭責任を婦人労働者の問題、すなわち女性特有の問題として取りあげたものである。しかし、この勧告が採択される際にも、家庭責任は女性だけの問題ではなく、すべての労働者の問題として“家庭”と“職場”という二重責任を早期に解決すべきであるということが決議されている。この123号勧告の決議を受け今回の156号条約・165号勧告は、家族的責任はすべての労働者の問題として解決すべきという基本的な観点に立って、男女労働者が家庭と職場の負担を調和させることを目的として採択されたものである。


3.右条約および勧告は、第一に「家族的責任」を有する者とは「子について責任を有する男女労働者」のみならず、「子以外の近親の家族であって、保護または援助を必要とする者について責任を有する男女労働者」として定義し、男女が家族的責任について、平等に負担すべきことを明らかにしている。次いで各加盟国は、これらの家族的責任を有する男女労働者が、家族的責任を有しない労働者と差別されることなく働くことができるような機会や待遇の実質的平等を実現するための措置、そして家族的責任を有する労働者が労働と家族的責任の両立を図ることができるような労働条件、保育所等の社会施設の充実を図り、労働者としての人間的な生活保障およびその向上のためのあらゆる措置をとるよう規定している。また、勧告では、家族的責任を有する労働者が働き続けるための条件として、全体的な労働者の労働条件の向上(同勧告Ⅳ)、施設の整備(同勧告Ⅴ)、社会保障の充実(同勧告Ⅵ)等々の必要性が具体的に提起されている。


4.もともと、男女平等の問題は、人間の基本的人権の問題として、世界的には、1944年の「フィラデルフィア宣言」、1948年の「世界人権宣言」等でうたわれており、とりわけ、1975年の国際婦人年以降「平等」要求は急速な高まりを示している。1979年の国連第34回総会で採択された「婦人に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」では、文字通り、婦人に対するあらゆる形態の差別を禁止している。


わが国でも、憲法第14条で「法の下の平等」、第24条では「家族生活における個人の尊厳と両性の平等」、また、第27条では「働く権利の保障」を規定している。


5.わが国の婦人労働者の現状は、その数においては年々増加し、1981年には、1,391万人となって、全労働者中の34.7%をしめるに至った。


これら婦人労働者の年齢構成を見ると、25才~30才台の年代層において減少し、40才台に入って再び増加する、いわゆるM字型雇用形態を呈している。このことは、結婚、出産、育児時期にいったん職場を離れる女性が多いことを物語っている。


すなわち、婦人労働者の退職理由をみると「個人的理由」が81.8%と圧倒的に多いが、そのうち「結婚」「出産」「育児」が19.3%をしめる(1980年・労働省「雇用管理調査」)。そして、これらいったん職場を去った女性達が、機会があれば働きたいということは、労働省婦人少年局が昨年行った調査のなかで、無職女性に、「働く機会があったら、子供に手がかからなくなったら外に出て何かしたいと思うか」との問に対し、「就職したい」との答えは53.7%をしめ、「外に出て何かしたいとは思わない」は、わずか6.0%、20代・30代では4.0%ということからも明らかであろう(労働省婦人少年局「勤労者及びその勤労世帯の妻の家族意識に関する調査・その1、男女の共同参加に関する事項結果概要」昭和57年3月、16頁、40頁)。


そして、これら中・高年の女性が職場につく時は、多くはパートタイマーという劣悪な労働条件のもとで働かざるを得ないという状況である〔女性のパートタイマーは、1965年には82万人、婦人労働者中の9.6%にすぎなかったものが、75年には198万人、17.4%、81年には266万人、19.2%をしめるに至っている(総理府「労働力調査」)〕。


〔パートタイマーの労働条件が劣悪であることは、例えば賃金は、1時間当り492円、常傭婦人労働者の76.2%と低く(1980年労働省「賃金構造基本統計調査」)、「年次有給休暇なし」の事業所は50.7%(労働省「第三次雇用実態調査」、78年1月~79年6月まで継続勤務した者、調査時点79年6月)にも及んでいる〕。


6.このような、働く意欲をもつ女性が、働きたくとも働けないということは、単に、家庭内において男女がその責任を分担するということのみで解決されるものではない。わが国における保育所等の社会施設の整備や、社会保障が十分になされていないことにも大きな原因がある(81年度の国家予算は、伸び率で、軍事費が社会保障を上まわり、総国家予算の対前年伸び率9.9%に対し、社会保障費は7.6%と非常に低いものとなっている)。


7.また、職場の労働条件をみる時、わが国では男女共に長時間労働であり週法定時間48時間である。これを国際的に比較すると、ILOでは週40時間であり(47号条約)、先進資本主義国を含む74ヶ国(1978年10月、製造業)をみると、41時間以下というのは45ヶ国に及び、先進資本主義国中日本とスイスを除きすべて41時間以下である。


労働時間については、労働基準法研究会第2小委員会から委嘱された専門委員の「医学的専門的立場からみた女子の特質」(1979年10月)と題する報告によっても、「一般に過重な労働負担、特に過重な労働時間が労働者の過労を媒介として疾病災害や能率低下と深い関連を持つことは、内外の多数の資料がこれを実証している」と述べられ(56頁)、前記ILO165号勧告では、その17で「家族的責任を有する労働者がその就業に係る労働条件と家族的責任を調和する」ための「労働条件を確保するため」の「すべての措置をとるべき」として、同18(a)においては、「1日当りの労働時間の漸進的な短縮及び時間外労働の短縮」、(b)では「作業計画、休息時間及び休日に関する一層弾力的な措置」を規定し、同勧告19では「交替労働の措置及び夜間労働の割当てにおいて、家族的責任から生ずるニーズ等の労働者の特別のニーズを考慮すべき」とされている。


以上のように、家族的責任を有する労働者が、他の労働者と同じ様に働き続けるためには、単に家庭内における男女の分担にとどまらず、社会施設の整備、社会保障の充実、職場環境、労働条件の向上が必要とされるのである。


8.わが国でも男女平等への完全な実現が大きな要求となっており、「国連婦人の10年」の中間年の1980年4月には、婦人48団体が一堂に会し、政府・地方自治体および政党・企業・労働組合等に対して、男女平等を達成するための諸施策の実施が立ち遅れていることを指摘し、その推進を要請した。


また同年7月コペンハーゲンにおいて開かれた「国連婦人の10年世界中間会議」では、日本政府も代表を派遣し、男女平等の実現にむけて取り組む旨述べているところである。


9.日本弁護士連合会においても、1979年11月、「雇用における男女平等と労働条件の改善に関する決議」、1980年11月には、「婦人差別撤廃条約の批准と関係法令の制定等に関する決議」をしているが、これら決議の中では、母性の尊重と社会および家庭における男女の役割の変更を基本理念とし、働き易い職場の環境の整備が述べられている。


引き続き、日本弁護士連合会は、ILOの家族的責任を有する男女労働者の条約と勧告の趣旨にのっとり、右条約の早期批准を求め、家族的責任を有する男女労働者が差別されることなく働き続けるために、政府・地方自治体に次の事項を要望する。


  1. 男女労働者の労働時間等の短縮等を含む労働条件の整備・向上
  2. パートタイム労働者の労働条件をフルタイム労働者の労働条件と同等化すること
  3. 母性保障の充実と男女労働者への育児休暇・看護休暇等の制度化
  4. 社会保障の充実と保育所等の社会施設の整備

参照資料“自由と正義”1982年6月号