刑事裁判に関する決議

本文

冤罪の根絶は、われわれ弁護士はもとより、法曹すべての使命である。


われわれは、数年に亘り多数の誤判・誤起訴事件を調査分析するとともに、重大な再審事件を精査してきた。その結果、捜査段階における虚偽の自白・供述が誤判・誤起訴の最大の原因であり、これら虚偽の自白・供述は、初動捜査の誤りと取調の密室性に起因することが実証された。


捜査段階における虚偽の自白・供述を根絶するため、次の事項を速やかに実現するよう提言する。


  1. 弁護人の接見交通権、その他、弁護活動を立法精神の原点に立ち返って最大限に保障すること
  2. 被疑者に対する国選弁護制度を確立すること
  3. 被疑者の取調についての弁護人の立会権を制度的に保障するよう具体的に検討すること
  4. 代用監獄を廃止すること
  5. 裁判所は、違法収集証拠を厳格に排除し、供述調書の採否に当っては、伝聞禁止の法則を厳守すること
  6. 検察官に、捜査機関が収集した証拠物及び全捜査記録の開示を義務づけること

右決議する。


昭和56年9月26日
日本弁護士連合会


理由

ここ数年来、死刑を含む重大な確定判決に対する再審開始決定が相次いで出された。 現憲法及び刑事訴訟施行後に発生した事件について再審が開始され、また、再審において無罪が言渡されたことに注目しなければならない。


われわれは、これら再審事件に共通した冤罪の原因を分析するとともに、数多くの誤判・誤起訴事件についてその原因を調査した。


その結果、


  1. 捜査段階における虚偽供述の強要
  2. 公判審理における自白偏重主義・伝聞法則を不当に緩和した調書裁判主義

が最大の原因であることが明らかとなった。


ところで、最近の捜査、刑事裁判の実態をみるに、逮捕権の乱用、弁護人との接見交通権の有形無形の妨害、制限、代用監獄における長期勾留がもはや捜査方法の常道となり、裁判所も司法によるチェックを怠り、かえって、これら違法・不当な捜査に協力的であるとさえ思われる態度である。


また、裁判の迅速の美名のもとに自白調書の安易な証拠採用、伝聞証拠排除の法理を無視した供述調書の証拠採用は、違法捜査をますます勢いづける結果となっている。憲法で保障された公判中心主義、直接主義の原則は形骸化したのではないかと思われる程、現実は実に寒心に耐えない状況にある。


われわれは自白が証拠の王であるという過去の遺物が甦りつつある現実を直視し、これが誤判・誤起訴原因になっていることに改めておそれを抱くとともに、速やかに虚偽自白の原因を除去するため全力を傾注する必要がある。


(1)取組むべき第一は、捜査の密室性の打破と捜査段階における当事者主義の保障である。


捜査段階における取調は密室で行われ、そこでは圧倒的な権力を持つ捜査官と、自己を防禦する力をほとんど持たない被疑者以外は取調の実情を知る手段がないのである。


公判の構造が調書偏重にある以上、捜査における糾問主義が裁判の実質を構成することになる。そこでこれを打破するには、


  1. 被疑者の弁護人との接見交通権が、完全に保障されなければならない。
    接見交通権の制限された弁護人は、もはや有名無実である。運用面の実態は、いわゆる一般指定や不当な時間制限など、刑訴法39条3項の違法・不当な解釈運用によって、接見交通権を不当に制限している。
    弁護人の接見が時期を失すれば、被疑者の防禦権を危殆ならしめ、虚偽自白に至ることを防止できない。よって、これらの不当な運用を排し、接見交通権の完全な保障を求める。
  2. 全ての被疑者に対し、弁護人選任権を実質的に保障しなければならない。
    すなわち、被疑者の国選弁護制度を確立する必要がある。公判段階における国選弁護制度だけでは、虚偽自白を排除することは不可能である。
    さらに、一定の重罪事件については、弁護人の選任がなされていなければ被疑者を取調べてはならないとすべきである。これによって、少なくとも重罪事件について被疑者が弁護人のアドバイスを全く受けずに取調を受けることはなくなり、虚偽の自白を強いられる危険をかなり防止することができるであろう。
  3. 黙秘権と当事者主義をより実質的に保障するため、被疑者の取調に弁護人を立会わせるべきである。
    周知のとおり、1966年アメリカ連邦最高裁判所はミランダ判決において、弁護人の立会なしに被疑者の取調ができないと結論した。これは画期的な判決として大きな影響を及ぼしているが、被疑者の黙秘権の実質的保障・違法取調の抑制・捜査密室性の打破によるデュープロセスの確立など、わが国でも弁護人の立会権を認めるべきである。弁護人が被疑者の取調に立会うことにより、暴行や脅迫による自白の強要はもちろん弁護人の適切なアドバイスにより偽計、利益誘導等巧妙な手段による自白の強要を阻止することができるのである。
  4. 代用監獄は捜査官による虚偽自白の強要をより容易にさせていること、そして代用監獄を廃止すべきであることは、長年に亘り日弁連が主張してきたところである。
    代用監獄が、被疑者の人権を侵害する温床となっていること、そして憲法、刑訴法が予定していない産物であることは論じ尽くされた。しかるに、これが廃止に向って前進しないのは、官憲にとって便利であるからにすぎない。われわれは、より強力に廃止に向って立上らなければならない。

(2)次に、以上述べたことを実効あらしめるのは、違法に獲得された自白の厳格なる排除及び捜査の司法的抑制である。


  1. 誤判に至る経過は、再審事件においてその典型的姿を示している。すなわち、見込捜査にはじまり、別件逮捕、勾留、代用監獄における長期勾留、勾留中における強制、脅迫、偽計、誘導等による虚偽自白調書の作成、公判における自白偏重主義、調書裁判主義による有罪認定という一連の経過である。そして、現在においても、身柄拘束は自白獲得のための手段であることは全く変りがない。ただ、取調における自白獲得手法がより巧妙に、より近代化されているにすぎない。
    そこで、違法に獲得される自白を根絶するためには、裁判所は当然のことながら違法収集証拠の証拠能力を否定し、これを厳格に排除しなければならない。別件逮捕、勾留、接見交通権の妨害、不当な制限、拷問、脅迫、利益誘導、偽計、詐術、誘導等による自白の証拠能力の否定はもちろん、これら違法な自白獲得手段によって得られた資料をもとにして獲得された自白も、当然排除すべきである。ところが、こと現実の運用においては、被告人側の立証の困難さを考慮に入れず、違法の疑いが生じているにもかかわらず、安易に採用する傾向は強く批判されなければならない。
  2. 被疑者以外の共犯者の供述調書を含めて、第三者の供述調書の不当な採用は、直ちに改めるべきである。右調書は密室において作成された伝聞証拠であるにもかかわらず、刑訴法第321条1項2号書面として、特信性の立証などほとんどないままに安易に採用されている。しかし、本来、自己矛盾供述調書は証人の弾劾にのみ用いるべきであり、実質証拠たる採用は、伝聞法則の原則に照らし厳格に制限すべきである。
  3. 捜査の全過程に対する司法的抑制をはかり、当事者の武器の対等の観点から証拠開示を認めるべきである。証拠開示は当事者に対等の資料を与え、当事者主義の前進にとって必要であるばかりか、虚偽自白防止の観点から捜査の全過程を明らかにし、デュープロセスによる司法的抑制をはかることを可能ならしめる。冤罪事件の多くは、捜査当局の手持証拠が法廷に開示された結果、冤罪が明らかになったことを銘記すべきである。以上、冤罪の根絶に向けて、提言を一日も早く実現するため本決議を提示する次第である。