婦人差別撤廃条約の批准と関係法令の制定等に関する決議

本文

政府は、去る7月、コペンハーゲンで開催された国連婦人の10年世界会議において、「婦人に対するあらゆる形態の差別撤廃に関する条約」に署名した。


この条約は、男女平等の形式的な保障にとどまらず、母性の尊重と社会および家庭における男女の伝統的役割の変更を基本理念とし、政治的・経済的・社会的・文化的・市民的その他いかなる分野においても、既存の法令・慣習・慣行を含むあらゆる形態の女性に対する差別を撤廃するために必要な措置をとることを締約国に義務づけている。


ところでわが国の現行法制のもとにおいては、とくに雇用・教育・国籍などの分野でこの条約に抵触しあるいはその基準に達しないものが少なくない。そこでこの条約の理念とわが国における男女差別の実態に即し、現行法令の徹底的な再点検と平等原則の実効ある保障のための立法作業が必要である。


よってわれわれは政府に対し、本条約の無留保の批准とそのために必要な法令の制定および改正を早急に行なうことを要望する。


右決議する。


昭和55年11月8日
日本弁護士連合会


理由

  1. 国際連合憲章(1945年) が人間の尊厳の理念を基調に基本的人権の尊重と男女平等を謳って以来、「世界人権宣言」(1948年) 、「国際人権規約」(1966 年) 、「婦人に対する差別撤廃宣言](1967年) 、「メキシコ宣言」「世界行動計画」(1975年) が各採択され、男女平等の原則の具体化は国際的規模で大きく前進した。
    なお1974年、国連「婦人の地位委員会」は前記「婦人に対する差別撤廃宣言」の条約化を決議し、6年に亘る審議を経て1979年12月18日第34回国連総会において本条約が賛成130カ国、反対なし、棄権11カ国の圧倒的多数で採択となり、わが国も本年7月コペンハーゲンの国連婦人の十年世界会議でこれに署名した。
  2. 条約はその前文で、男女間の完全な平等達成には、母性の尊重と子の養育における男女間および社会全体の責任の分担、社会と家庭における男女の伝統的な役割の変更が必要であるとし、政治的・経済的・社会的・文化的・市民的その他あらゆる分野で、国家、個人、組織または企業に対し、法律・規則・慣習・慣行等によるあらゆる形態の女性差別を撤廃するための必要な措置をとることを義務づけている(第一条ないし第三条)。
    さらに条約は締約国が形式的保障にとどまらず完全な平等を達成するよう、あらゆる差別をすべての適当な方法で遅滞なく撤廃するための措置をとり、しかも批准に際し条約の対象・目的と両立しない留保は認めないことを明記し、極めて厳格な態度で臨んでいる(第二条、第二八条第二項)。
    わが憲法は基本的人権の尊重と男女平等の原則を謳うが、現実には種々の分野で多くの差別があり、とくに雇用・教育・国籍の分野では条約に明らかに抵触しあるいは基準に達ししないものが少なくない。
  3. 雇用について条約第十一条は、「すべての人間の奪い得ない権利としての労働の権利」を女性に確保すべきこと、雇用機会、職業選択、昇進、職業訓練・再訓練、賃金、退職等における社会保障の権利などを確保するための適当な措置(第一項)、婚姻、妊娠または母性休暇を理由とする解雇を制裁を課して禁止すること、所得保障を伴う母性休暇の導入など母性保護のための強力な措置(第二項)を義務づける。
    しかし、わが国では労働基準法第四条が男女同一賃金を定めるほか雇用上の男女差別を直接禁止する法規がなく、結婚退職や差別定年制等差別的雇用条件は容易に改められず、また採用差別はほとんど手つかずの状態である。したがって、前記条約内容を実現するには採用から退職に至る差別、とくに婚姻や母性を理由とする差別を禁止する立法措置が必要である。
    母性保護についても労働基準法には産前産後休暇の規定はあるが所得保障はなく、原職復帰の保障や不利益扱い禁止条項もない。社会保障も含めてより積極的な母性保護のための立法措置が必要である。
    これらの立法作業を進めるには条約第四条が、母性保護を目的とする特別措置も男女間の事実上の平等を促進することを目的とする暫定的な特別措置も差別とみなしてはならない、としている趣旨を充分に尊重すべきであろう。
  4. 教育について条約第十条は、男女同一の教育過程、同一の試験など(b)、教育のすべての段階とあらゆる形態における男女の役割についての定型化された概念の撤廃、男女共学等の奨励(c)を規定する。
    しかし、わが国における義務教育段階の中学校では、文部省中学校学習指導要領に基づき、男子は技術科を女子は家庭科をそれぞれ必修している。なお、昭和56年度からは男子女子相互に両科目を学習する機会が与えられるが、科目の選定は各学校の判断に委ねられ、かつ男女が共に学ぶ必要はなく依然として問題がある。
    高等学校では家庭科が女子のみ四単位必修であり、全日制、定時制、普通科、職業科のすべての女子に適用される。
    他教科の教科内容や進路指導等においても伝統的役割分業観に基づくものが多い。これらは条約の基本理念および第十条に抵触し早急に改められなければならない。
  5. 国籍について条約第九条は、女性の国籍取得・変更・保持と子の国籍に関し男性と同等の権利が与えられるべきであると規定する。
    しかし、わが国籍法は出生による国籍取得につきいわゆる父系優先血統主義の立場をとり( 第二条) 、日本国民である父の子を本来的日本国民とし、父が知れない場合または無国籍の場合に限って日本国民の母から生まれた子を日本国民とする。これは条約第九条に明らかに抵触する。
    また帰化による国籍取得につき、いわゆる簡易帰化要件に関する国籍法第五条と第六条は、日本国民の夫と日本国民の妻とを不平等に扱っている。すなわち日本国民を妻とする外国籍の夫と日本国民を夫とする外国籍の妻は帰化要件が異なる。この点もまた条約第九条に抵触する。
    国際交流が進み国際結婚が増加する今日、国籍の男女差別は子の利益のうえからも早急に改められなければならない。
  6. 政府が昨年の国連総会で条約の採択に賛成し今回コペンハーゲンの国連婦人世界会議で署名したことは、わが国が男女平等へ向けて大きく前進したものといえよう。しかし、条約内容を実現するには以上のように国内法の大幅な改正ないしは新立法が必要である。この作業については緩やかな解釈をしたり批准に留保をつけたりしてはならない。署名が単に形式的対外的保障にとどまることのないよう、政府は即時かつ無条件に条約の全面的批准を行い、その理念の実現をめざして早急に差別撤廃のための法令の制定と改正の作業を行うことを強く要望する。