医療にともなう人権侵犯の絶滅に関する件(宣言)

医療事故の頻発、不当な人体実験的医療行為、精神病患者の不当処遇等の諸問題は、わが国の医療につき、国民に多大な不安を与えている。


右諸問題の根本が、政府の医療に関する諸政策の不備と医学教育の欠陥、ならびに一部医師等の自覚の不足に基因することは否定できない。


われわれは、政府ならびに医療関係者に対し、人命尊重を基調とする医療政策と医の倫理の確立を強く要望し、医療を真に国民のものとするため、医療をともなう人権侵犯の絶滅を期する。


右宣言する。


1971年(昭和46年)10月23日
第14回人権擁護大会、於神戸市


理由

医の本義は、生命への畏敬にある。


医学は、病者を治療する医術に止まるものではなく、ヒューマニズムに立脚した仁術でもなければならない。我が国の先覚は、医師は単なる職業ではなく、病者を救う国手を以て任じかつ身を以てこれを実践したものである。


然るに、戦後アメリカ医学の影響を受けたわが医学界は、その物質主義にわざわいされ、人命の尊厳を忘れ、ヒトを医学研究の材料視し、不当な人体実験的医療行為を為し、甚だしきは、適応をまげて不必要な手術を敢行して、患者を死に致らしめるような事例が発生している。これら医の本義を忘れた医師達の人命軽視の思想から生ずるもので、その他もろもろの医療事故の頻発につながるものである。


精神病院における患者の不当処遇等の諸問題は、われわれの調査により次第に明らかになりつつあるが、そこには患者の人権を尊重する思想の片鱗もなく、患者はもっぱら病院経営のための財源たる一種の固定資産の如く取り扱われ、適切な治療を施すことなく、ただただ入院の継続を強制されているだけの状態である。一部の良心的医師が適切な治療を施し、患者が緩解して隊員するようなことになると、病院経営上、マイナスであるとし、これら良心的医師を追放する事例に接している。


これらは、政府の低医療費政策に根本原因があるというべきである。低医療費政策は、本来国民の健康を守るために十分な公共投資すべき医療費を一定の枠内でおさえ、医療を営利の対象とし、その負担を医師ら医療従事者、ひいては患者に押しつける政策である。そこで、独立採算制である各種病院・診療所は、良心的医療を施すと赤字に悩むことになる。個々に乱診、乱暴、患者の固定資産視の傾向が生ずるのである。


わが国の医学教育にも問題が多い。多数の医科大学の中で、医学概論(医の哲学)の講座のある大学は稀であるときく。また私立の医科大学に入学するには最高1,000万円、少なくとも数百万円の寄付金を必要とするとのことである。これでは優秀な人材を集めることは不可能であり、哲学のない医学は単なる技術にすぎないのであるから、この医学教育の現状において、真の医道を体現した医師の育成は極めて困難であることは明白である。


最近、われわれの記憶にあらたな保険医の総辞退事件は、各種の混乱を引起こし、国民に多大な不安を与え、これがための犠牲者もでている模様である。これは政府の医療政策の貧困をその怠慢によるものはもとよりであるが、医師会の態度も当を得たとは言い難い。医療保険に関する医師会側の主張に関しては、もっともの点もあるが、あのような手段、方法で目的達成を計ったことは、元来病者を救う崇高な使命を担う医師自身が、自らその使命をなげうったものではなかろうか。


以上、医療の欠陥の面を指摘したが、わが国の医道は、未だ廃退せず、病者の人権を尊重し、民主的医療に従事する地の塩たる医師もまた多い。われわれは、人権擁護を使命とする在野法曹としてこれら医師と協力し、時にはその楯となり、人命尊重を基調とする医療制度を確立し、医療による人権侵犯の絶滅を期するため、在野法曹として奮起すべきであると信じ、この宣言をするものである。


注(1)提案会
東京弁護士会、第一東京弁護士会


注(2) 要望先
厚生大臣、文部大臣、衆・参両院社会労働委員会委員長、各党党首、日本医師会会長、各医学会会長