公害対策の推進に関する件(宣言)

本文

無謀な自然破壊を防止し、よい生活環境を保全することは、1970年代の全人類に課せられた緊急最大の課題である。


これが実現のためには、公害問題に関する産業優先の謬見を打破し、人命尊重の基本的態度を確立することが根本的要請である。


われわれは、この立場から、公害対策推進のため次の五点を提言する。


  1. 健康優先の立場を徹底し、公害諸立法において、経済発展との調和を考慮した条項をすべて削除すること。
  2. 公害の予防・排除に対する企業の責任を具体的に明確にすること。
  3. 公害行政の一元化を推進し、国と地方公共団体との責任を明確にするとともに、地方公共団体の権限を大幅に強化すること。
  4. 無過失責任の原則の採用、因果関係の立証責任の転換等、被害救済のための実効ある制度を確立すること。
  5. 企業・国・地方公共団体等の所持する公害関係の全資料を、国民に公開する制度を確立すること。

われわれは全力をあげてこの提言の実現に努力する。

右宣言する。


1970年(昭和45年)9月22日
第13回人権擁護大会、於新潟市


提案理由

この10年来、公害問題は年と共にやかましくなって来た。しかしそれはなお、局地的な事件の域を出なかったといえる。


それが、1970年代にはいって様相は一変した。地域的な事件は全国的な問題に拡大し、今や地球的規模をもち、人類存立の基礎を脅かすものとなった。このことを明記するために次の二事例を援用する。


国連は1972年を期し、人間環境に関する国際会議の開催を予定し、昨年からその準備をすすめているが、国際会議必要な理由を次の如く説明する。


「世界は核戦争による絶滅を避け得たとしても、人類は公害による絶滅の脅威を受けている。政府も企業もこれに対する責任をとるべきである」と。


本年にはいって、ニクソン大統領は、年頭一般教書において、「70年代は米国にとって、大気・水・生活環境の純粋さをとりもどすことによって過去への債務の返済としなければならない。今後10年間、人口や自動車の増加から環境は破壊され、人間が住むにたえないものになる危険がある。自然をその本来の姿にかえすことは党派を超越した大目的である。われわれは今この問題を解決しなければ、永久に機会を失うであろう」と宣言し、ついで2月10日、議会に公害防止に関する特別教書を送り、23件に立法と37項目にわたる実行計画を策定し、水質保全対策だけで100億ドルの予算を計上した。その実行姿勢のほどを知るべきである。


それほどに公害は、地球的規模に拡大し、環境破壊は、核戦争以上の脅威となって、世界人類の上にのしかかってきたのである。公害問題が人類共通の最大緊急の課題となった所以である。


本年3月、東京で開かれた社会科学者の公害国際シンポジュームは、公害解決の論議において、「公害の解決は、技術的対策だけですむ段階ではない。社会意識自体、従来の経済観、価値観を根本から覆していかねば環境破壊は防げず、人類の将来は打開できない」と、人間の考え方のコペルニクス的転換を強調した。


現在の公害問題は、もはや問題指摘の域を通りこして、ただ強力な実行が要請されている。


われわれは、この春公害防除と被害救済のための一般的宣言を発したが、今回、五つの具体的実行項目を提言するのは、この要請にこたえんがためである。


  1. 政府の最近の発言は、世論の高まりにおされ、経済発展との調和条項を削除するといい、いかにも従来の考え方を変革したかの如き姿勢をみせている。しかしながら、公害対策基本法にこの条項を強行に挿入した経過(シンポジューム報告で明らかにされた)や健康優先を叫ぶその舌で、「二者択一ではなくて調和が大切」というような発言(7月29日)をみると最後の最後まで監視と追求を止めるわけにはいかない。
  2. 企業の責任については、基本法に事業者の責務として規定されているが、既に責務という言葉に問題があるのみならず、社会的責任、民事的、刑事的責任、防除事業の費用負担等、具体的には殆ど確認していない。
  3. 公害行政一元化も政府は相当前進の姿勢を示している。われわれは中央、地方何れにおいてもセクショナリズムを排し、一元的組織を確立すると共に、地方公共団体の権限を大幅に強化するに伴い、その権限実行のための裏付けを要請する。
  4. 公害訴訟の遅延と被害者の悲惨を対照するとき、被害救済制度に根本的転換を考えねばならない。われわれは既に具体的にこれを発表した。
  5. 富山県カドミウム汚染が数年来秘密にされてきた。公害実態調査でも企業の秘密を盾に幾多の障害がある。公害問題解決のため公開制度を確立することを要請する。

注(1) 提案会
第一東京弁護士会、第二東京弁護士会


注(2) 要望先
総理大臣、厚生・通産・自治の各大臣、衆・参両院公害対策委員会委員長、各党公害対策委員会委員長