裁判前の報道自粛に関する件(宣言)

報道機関中には、世人をして裁判前に有罪を断定させるような報道をしたり、または、被疑者や被告人の写真を不当に掲載することが少なくない。


かくては、被疑者らの人権を侵害するのみならず、裁判の本旨をあやまるおそれあるものといわざるを得ない。


報道機関は、すべからく、斯様な報道をなさざるよう細心の注意をすべきである。


右決議する。


(昭和41年8月27日、於札幌市、第九回人権擁護大会)


理由

最近、新聞、ラジオ、テレビなどの報道機関のうちには、題名、引句を誇張したり、あるいは被疑者または被告人が拒むにもかかわらず、無理無態に写真を撮影するなど、裁判前に詳細に有罪の事実を掲げ犯罪を断定させるような結果を招いている事例が多くなっている。


一例を挙げると、被告人が知事選挙の総括主宰者として起訴された選挙違反事件につき、まだ裁判前にもかかわらず題名に“被告人は濡雑巾の鬼”とか“被告人の総括主宰者は万人の認める所”とか“知事の失格は当然”とか大きな見出をつけて説明し、裁判手続によらないで“万人で認める所である”として犯罪を断定し、現職知事の失格は当然であると報道している。


また、最近の傷害事件につき、起訴前に被疑者を“白衣の悪魔”とか“細菌魔”と断定し、大きな見出で詳細に有罪の記事を掲載し、殊にこの事件では被疑者が写真の撮影を拒んで逃げるのを報道機関の人が取り囲んでもみくちゃにしたり、コートで顔をかくそうとしているのに無理に撮影し、或は非公開の取調室の模様を「望遠レンズ」で撮影して新聞に掲載している。


以上は最近の事例であるが、この種の事例は全国的に多数散見されているのであり、かような風潮が蔓延するといわゆる“マスコミ裁判”に発展する危険があり、一面起訴状一本主義に反する結果ともなり兼ねない。


また、確定判決まで無罪無罪の推定を受ける被告人の権利を害し、後日確定によって真相が明確になり、被告人が無罪の判決を受けるなど、嫌疑が晴れるに至っても、もはや社会的に回復し得ない痛手を蒙ることになる。


以上事例に鑑み、事前に有罪を断定させるような公表行為は、報道の自由の域を越え、裁判の本旨に反し、被疑者、被告人の人権尊重の念慮に欠くる所為であるから、報道に当っては、斯様なことのないよう細心の注意を要請するものである。


注(1) 提案会
第一東京弁護士会


注(2) 要望先
日本新聞協会々長、全国主要新聞社々長