第60回定期総会・司法改革宣言 -日弁連創立60周年を迎えて-

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基本的人権の擁護と社会正義の実現を弁護士の使命と定め、新たに確立された弁護士自治の下、日本弁護士連合会が創立されて60年の節目の年を迎える。


当連合会が創立以来、日本国憲法の理念の下に取り組んできた幅広い分野における人権擁護活動は、わが国の人権状況の改善に少なからぬ貢献を果たしている。
また、当連合会が「市民の司法」を掲げ司法改革への取組を開始してから、20年を迎えようとしている。


刑事弁護の充実強化を通じての刑事司法改革、消費者の権利救済と消費者庁構想、陪参審などの市民の司法参加を謳った1989年人権擁護大会の宣言・決議と1990年定期総会の司法改革宣言は、20年を経た今日、裁判員裁判と被疑者国選弁護制度の本格実施、消費者の権利擁護を図る消費者行政の一元化などとして結実しつつある。


とりわけ、1999年の司法制度改革審議会設置以来の10年間は、「市民の司法」を掲げた当連合会にとって、かつてない改革が具体化した期間であった。


同審議会意見書の提言を踏まえ、裁判員制度、法科大学院制度、日本司法支援センター(法テラス)をはじめ、司法制度全般に及ぶ制度改革と立法措置がなされ、本年5月21日の裁判員制度の施行と対象事件が大幅に拡大された被疑者国選弁護制度の実施によって、今次司法改革は、ここにその全体像を明らかにすることになる。


司法改革がまさに実行の段階を迎える中、司法と法曹の現場では、改革に伴うさまざまな克服すべき課題も明らかになってきている。司法アクセスの拡充、民事司法・刑事司法の改革、法曹人口と法曹養成制度など人的基盤の適切な整備、弁護士の活動領域の拡大、裁判所・裁判官制度の改革など、「市民の司法」実現に向けた当連合会の取組は、改革がわが国社会において具体化しつつある今日、まさに正念場にさしかかっている。


当連合会は、この記念すべき年を迎え、「市民の司法」の理念を高く掲げ、改革によって生まれた諸々の制度を自らの実践により担うこと、そして、現実の課題を克服しつつより良い制度の実現を目指し、市民とともに司法改革のさらなる前進を図っていくことを決意する。


以上のとおり宣言する。


2009年(平成21年)5月29日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1 はじめに

1949年9月、現行の弁護士法施行に伴い創立された日本弁護士連合会は、本年で60周年を迎える。


弁護士法は、旧来の弁護士法と異なり、基本的人権の擁護と社会正義の実現を弁護士の使命と定め、その使命に基づき法律制度の改善に努力することも責務とし、その使命と責務の制度的担保として、弁護士会に高度な自治権を保障した。


当連合会は、60年間にわたり、その使命と責務の下、冤罪事件への取組をはじめとして、公害、環境、消費者、労働問題等、さまざまな分野における人権擁護活動を推し進めてきた。


刑事弁護の充実強化を通じての刑事司法改革、消費者の権利救済と消費者庁構想、陪参審などの市民参加を謳った1989年の人権擁護大会の宣言・決議と1990年の定期総会の宣言は、会内外の議論を踏まえて、20年を経た今日、裁判員裁判と被疑者国選制度の本格実施、消費者の権利擁護を図る消費者行政の一元化などとして実現しようとしている。


2 司法改革における「市民の司法」の実現

当連合会は、1990年からの数次にわたる司法改革宣言、1998年11月の「司法改革ビジョン-市民に身近で信頼される司法をめざして-」、1999年11月の「司法改革実現に向けての基本的提言」の中で、機能不全に陥った「官僚司法」から日本国憲法と世界人権宣言の基本理念に立って、個人の尊厳と人権が保障される「市民の司法」への根本転換を掲げ、その実現のための司法改革に取り組んできた。


そのような中で、1999年7月司法制度改革審議会が設置され、わが国の司法制度にとり百年に一度ともいわれる大改革が開始された。今次の司法改革は、2001年6月の司法制度改革審議会意見書の提言、司法制度改革推進本部の下での制度設計と立案作業を経て、2004年末の関連法案の成立をもって一つの区切りを迎えた。


当連合会は、今次司法改革の過程において、「市民の司法」の実現という改革理念・方向性を高く掲げ、これを広く市民に示しつつ、全力で、主体的・積極的に司法改革運動に取り組んだ。


その結果、司法制度全般に及ぶ立法措置がなされ、2004年には法科大学院が開校、2006年には日本司法支援センターが業務を開始するなど、制度は具体化を果たしてきた。そして、本年5月21日の裁判員制度の全面施行と、対象事件が大幅に拡大された被疑者国選弁護制度の実施によって、創設された制度の全てが始動する。


これらの諸改革は、なお検討すべき諸課題が含まれているものの、当連合会が掲げてきた「市民の司法」の実現を目指す内容と重なりあう方向性を打ち出したものであると評価し、さらにこれらの諸改革をより良いものに推し進める必要性があることを、ここに改めて確認する。


3 司法改革の本格実施段階における課題

司法改革がまさに実行の段階を迎える中、司法と法曹の現場では、改革に伴うさまざまな克服すべき課題も明らかになってきている。急激な弁護士人口の増加と法的需要の拡大ペースとの齟齬は、個々の弁護士の日常にも少なからぬ変化を及ぼしつつある。また、引き続きさらなる取組が求められている人的・制度的改革課題も少なくない。


法曹のうち、市民に一番身近な立場である弁護士は、地域的にも職域的にも、社会の隅々にその活動分野を広げ、市民の多様な法的需要に対応しなければならない。裁判官・検察官については、いずれもその大幅な増員と、高い質を確保するための諸施策が求められている。


法科大学院を中核とする新しい法曹養成制度については、法曹の質の向上に向けたさらなる成熟化を図らなければならない。


容易に司法にアクセスできず、司法救済が受けられない弱い立場の市民が多数取り残される「司法格差」の解消のためには、司法過疎・偏在の解消や民事扶助制度の抜本的改革、訴訟費用保険制度のさらなる普及、根本的には司法予算の大幅増加等、関係機関の取組が必要とされている。


民事司法制度については、利用しやすい民事裁判に向けた証拠収集の拡充や訴訟手段の整備などが求められている。刑事司法制度については、人質司法の打破、取調べ過程の全面的可視化、証拠開示の拡充などが求められるとともに、裁判員制度とその運用についても被告人の防御権の確保等に向けた一層の対応が必要である。


「市民の司法」実現に向けた当連合会の取組は、改革がわが国社会において具体化しつつある今日、まさに正念場にさしかかっている。


4 むすび

当連合会は、創立60周年を迎えるにあたり、「市民の司法」という改革の理念を高く掲げ、改革によって新たに生まれた諸々の制度を自らの実践により担いつつ、市民とともに現実の課題を克服し、司法改革のさらなる前進を図っていくことを決意し、本宣言案を提案する。