第58回定期総会・取調べの可視化(録画・録音)を求める決議

 

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わが国の取調べは、完全な密室で行われている。そのため、これまで違法・不当な取調べが繰り返され、自白調書の作成過程を検証できない虚偽の自白によって、多くの冤罪が生み出されてきた。2007年(平成19年)に入ってからも、わずか3か月のうちに、富山県下で、無実の者が虚偽の自白により有罪判決を受け、刑に服していたことが明らかになった(富山事件)。鹿児島県下では、多くの者が虚偽の自白を強いられ、6人もの人々が違法・不当な取調べに耐えかねて虚偽の自白をしていたことが無罪判決で認定された(志布志事件)。また、佐賀県下では、連続殺人事件について、任意取調べの名のもとに深夜にまで及ぶ17日間の取調べを受け、犯行を認める旨の虚偽の上申書を書かされており、裁判所から、取調官の強制と誘導によって書かされたもので重大な違法性があると厳しく指弾されて、無罪判決が言い渡された(北方事件)。
もはや、密室での取調べに依存したわが国の刑事手続が破綻していることは、連日の報道を待つまでもなく明らかである。


当連合会は、かねてから、このような違法・不当な取調べと、虚偽の自白による冤罪を防ぐためには、人質司法の改革、代用監獄の廃止とともに、取調べの全過程の録画・録音が不可欠であるとして、取調べの可視化を強く求めてきた。
世界を見渡せば、密室取調べの弊害に対する反省から、今や欧米諸国のほとんどにおいて録画・録音や弁護人の立会いによる取調べの可視化が実施され、韓国・台湾をはじめとするアジアの国においても、取調べの可視化が実施されるに至っている。
さらに、2009年(平成21年)5月までに実施される裁判員裁判では、市民にわかりやすい審理が求められるとともに、できるだけ明瞭な証拠提出を心がけ、裁判員に過大な負担をかけないことが求められており、これまでのように、自白の任意性・信用性をめぐって、長期間の審理をすることは許されない。


ところで、最高検察庁は、こうした流れを背景に、2006年(平成18年)5月、「裁判員裁判対象事件における被疑者取調べの録音・録画の試行」として、取調べの録画・録音の試験的実施を発表した。
しかしながら、この試行は、対象事件も録画・録音する範囲も、検察官の裁量に委ねるもので、しかも、これまで多くの虚偽自白を生み出してきた警察官による取調べは対象とされていない。
こうした部分的な録画・録音では、密室での取調べの弊害は全く除去されないばかりか、かえって、取調べの状況についての誤った判断につながるおそれすらあり、自白調書の作成過程をめぐる争いはなくならない。


全ての被疑者の取調べの全過程を可視化すれば、違法・不当な取調べをすることはできなくなる上、自白の任意性・信用性をめぐる争いがほぼなくなることは、諸外国の例が示しているところである。そうすることによって、諸外国において治安が悪化したとか、捜査に支障を来したという例は聞かない。
したがって、裁判員制度の実施を目前に控え、速やかに、取調べの全過程を録画・録音する立法措置を講じることが必要である。


ここに、当連合会は


  1. 国に対し、裁判員制度の実施を目前に控え、速やかに、被疑者取調べの全過程を録画・録音し、これを欠くときは、証拠能力を否定する法律を整備すること
  2. 検事総長、警察庁長官に対し、上記1の法制化がなされるまでの間、各捜査機関の捜査実務において、被疑者又は弁護人がこれを求めたときは、即時に被疑者取調べ全過程の録画・録音を実施すること


を求めるとともに、被疑者取調べ全過程の録画・録音による可視化の実現のため、全力を挙げて取り組むものである。
以上のとおり決議する。


2007年(平成19年)5月25日
日本弁護士連合会


(提案理由)

  1. 2007年(平成19年)1月、富山県下の強姦、強姦未遂事件において、無実の者が虚偽の自白を強いられた結果、有罪判決を受け、刑に服していたことが判明し、同年2月9日、富山地方検察庁は、再審請求をした(以下「富山事件」という。)。
    また、同年2月23日には、鹿児島地方裁判所により、鹿児島県下の公職選挙法違反事件につき、12名の被告人全員に対する無罪判決が言い渡された(以下「志布志事件」という。その後確定)。この事件においては、強圧的、誘導的な取調べにより12名の被告人中、実に6名もの被告人が虚偽の自白をしていた。その結果、捜査機関がつくりあげた虚偽の事実により起訴されてしまった。この無罪判決に先立つ同年1月18日には、家族の名前などを書いた紙を強引に踏ませる「踏み字」を強要する取調べが行われたことについて、鹿児島地方裁判所は、鹿児島県に慰謝料の支払いを命ずる判決を言い渡し、この判決は確定している。
    さらに、同年3月19日、福岡高等裁判所は、佐賀3女性連続殺人事件(以下「北方事件」という。)について、一審の佐賀地方裁判所の無罪判決を支持し、検察官の控訴を棄却する判決を言い渡した(確定)。この被告人も、任意取調べの中で虚偽の上申書を書かされたことが判明している。
    これらの事件で明らかになった事実は、あまりに重い。
    いずれの事件でも、全く無実の人々が自白をした。とりわけ、志布志事件では、6人もの人が身に覚えのない自白をした。この事件により、現在でも密室での取調べでは、虚偽の自白を強要する違法・不当な取調べが横行していること、そして、誰もが虚偽の自白をしてしまうことが広く世間に明らかとなった。
    また、いずれの事件でも、検察官は、虚偽の自白を前提に捜査をすすめている。このことは、検察官でさえも、警察署の密室での取調べの実態を知ることができないこと、そして違法・不当な取調べを是正することができないことを実証した。
    富山事件では、偶然真犯人が判明した結果として、無実の者が有罪判決を受けていたことが判明したのであり、このことは、密室での取調べによって得られた自白が存在する以上、真犯人が判明するなどしなければ、冤罪は明らかにならなかったこと、隠れた冤罪が多数存在する可能性を示している。
    また、志布志事件では、無実であることを明らかにするために、54回(判決宣告を含む。)にもわたる公判期日を要し、その間、捜査機関は、違法な取調べをしたことを否認し続けた。このことは、捜査機関は決して真相を語らないこと、被告人が密室での取調べの実態を明らかにすることが極めて困難であることを実証した。
    さらに、北方事件においては、任意取調べの名の下に深夜にまで及ぶ17日間もの取調べが行われ、その中で、犯行を認める旨の虚偽の上申書を書かされており、控訴審の福岡高等裁判所から、取調官の強制と誘導によって書かされたもので、重大な違法性があると強く指弾されているのである。


  2. この三つの事件が明らかにした事実は、いずれも特殊なできごとではない。わが国の密室での取調べが抱えている本質的かつ致命的な欠陥である。
    また、これらの事実は、初めて明らかにされたことではない。これまで死刑再審四事件をはじめ幾多の冤罪事件、取調室での人権侵害事例によって繰り返し実証されてきた事実である。そして、そのことは、捜査機関には、わが国の取調べが抱えている本質的かつ致命的な欠陥を是正することは期待できないことをも示している。


  3. 過去には、世界の多くの国で、密室での取調べがなされていた。しかし、冤罪事件や取調室の中での人権侵害事例により、密室での取調べの抱える本質的かつ致命的な欠陥が明らかになるにつれて、多くの国が、このような密室での取調べをなくした。
    今や、欧米諸国のほとんどの国において、また、アジアでも、韓国、台湾、香港、モンゴルなどにおいて、取調べの録画・録音、弁護人の立会い等による可視化がなされるに至っている。
    1998年(平成10年)、国際人権(自由権)規約委員会は日本政府に対し、「委員会は、刑事裁判における多数の有罪判決が自白に基づくものであるという事実に深く懸念を有する。自白が強要により引き出される可能性を排除するために、委員会は、警察留置場すなわち代用監獄における被疑者への取調べが厳格に監視され、電気的手段により記録されるべきことを勧告する。」との最終見解を示した。わが国における自白強要型の取調べシステムが、国際人権(自由権)規約第7条、第9条、第10条、第14条に違反することは明らかである。
    にもかかわらず、いまだ恐るべき密室での取調べに固執しているわが国の刑事手続は、今や完全に世界の後塵を拝している。


  4. 違法・不当な取調べをなくすためには、取調べの内容を検証可能なものとすること、すなわち取調べの全過程を録画・録音するしか方法はない。
    また、2009年(平成21年)5月までに施行されることとなっている裁判員制度においては、市民にわかりやすい審理が求められるとともに、できるだけ明瞭な証拠提出を心がけ、裁判員に過大な負担をかけないことが求められている。これまでのように、自白の任意性・信用性をめぐり、被告人と取調官の長期間にわたる論争を繰り返すということは、およそ想定されていない。
    全ての被疑者の取調べの全過程を可視化すれば、違法・不当な取調べをすることはできなくなる上、自白の任意性・信用性をめぐる争いがほぼなくなることは、諸外国の例が示しているところである。そうすることによって、諸外国において治安が悪化したとか、捜査に支障を来したという例は聞かない。


  5. ところで、最高検察庁は、こうした流れを背景に、2006年(平成18年)5月には、「裁判員裁判対象事件における被疑者取調べの録音・録画の試行」として、取調べの録画・録音の試験的実施を発表した。
    しかしながら、その方針は、「裁判員対象事件に関し、立証責任を有する検察官の判断と責任において、任意性の効果的・効率的な立証のため必要性が認められる事件について、取調べの機能を損なわない範囲内で、検察官による被疑者の取調べのうち相当と認められる部分の録音・録画を行うことについて、試行する」というものである。すなわち、その対象事件も、録画・録音する範囲も、検察官の裁量に委ねられており、しかも、これまで多くの虚偽自白を生み出してきた警察官による取調べは対象とされていない。
    1で述べた三つの事件が明らかにした密室取調べの弊害は、あらゆる事件に共通するものであり、かつ捜査機関による取調べの全過程が可視化されない限り、除去され得ない。そればかりか、部分的な録画・録音は、事実上その対象を絞ることによる作為を許すものであり、かえって取調べの状況についての誤った判断につながるおそれすらある。
    加えて、そもそも、密室での取調べが抱えている本質的かつ致命的な欠陥の是正を捜査機関に期待することが誤りであることは、歴史が明らかにしている。  


  6. 当連合会は、2003年(平成15年)7月14日「『取調べの可視化』についての意見書」において、取調べの全過程を可視化する制度を確立すべきとの意見書を採択し、同年10月17日の第46回人権擁護大会では、取調べの全過程の可視化を求める旨決議した。そして、2006年(平成18年)1月20日には、取調べの可視化の試験的実施を提案した。
    密室での取調べに依存したわが国の刑事手続の破綻が誰の目にも明らかになり、かつ、裁判員制度の実施が目前に迫っている今、全ての事件における被疑者取調べの全過程を録画・録音することが急務である。


  7. さらに、現在の刑事手続においては、人質司法、代用監獄も問題としなくてはならない。
    志布志事件の判決においては、「自白した方が早期に釈放されるとの認識の下、早期の釈放を期待して、否認から自白に転じ、その後もその自白を維持したことが如実にうかがえる。本件のように、法定刑が比較的低く、有罪になっても、罰金刑かせいぜい執行猶予付きの懲役刑になる可能性が高いと見込まれる場合、身柄拘束を受ける被疑者・被告人にとって、刑事責任を負うかどうかよりも、身柄拘束がいつまで続くのかの方が、はるかに切実な問題となるのは至極当然である。…このような状況においては、被疑者が早期に釈放されることを期待して、たとえ虚偽であっても、取調官に迎合し自白に転じる誘因が強く働くと考えられる。」などと指摘している。このように虚偽の自白をした被告人は、比較的早い時期に保釈が認められているのに対し、否認を貫いた被告人については、長期にわたる身体拘束を受け、供与者とされた被告人は、実に1年1か月もの間勾留され、4回にわたってされた保釈請求のいずれもが退けられ、そのためもあり、勾留の途中において、当選した県会議員を辞職せざるを得なくなるに至っている。
    そもそも、捜査機関である警察自らが24時間身体を管理する代用監獄が、それ自体自白強要の圧力となるものである。国際人権(自由権)規約委員会の前記最終見解は、日本政府に対し、代用監獄の廃止と起訴前勾留の改革について勧告している。しかしながら、監獄法の改正作業の過程で設置された「未決拘禁者の処遇等に関する有識者会議」の提言では、代用監獄問題は、「刑事手続全体との関連の中で検討すべき」課題として先送りされた。こうして2006年(平成18年)6月に成立した「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律の一部を改正する法律」の審議過程で、衆参両議院法務委員会は、刑事司法全体が大きな変革の時代を迎えていることなどを踏まえて、刑事司法制度の在り方を検討する際には、取調べを含む捜査の在り方について検討するとともに、代用刑事施設制度の在り方についても、刑事手続全体との関連の中で検討すべきこととの附帯決議をしている。


  8. したがって、当連合会は、代用監獄の廃止及び人質司法の打破を訴えるとともに、とりわけ今日においては、喫緊の課題として、国に対し、速やかに、被疑者取調べの全過程を録画・録音し、これを欠くときは、証拠能力を否定する法律を整備することを求める。あわせて、検事総長、警察庁長官に対し、その法制化がなされるまでの間、各捜査機関の捜査実務において、被疑者又は弁護人がこれを求めたときは、即時に被疑者取調べ全過程の録画・録音を実施するよう指導を徹底することを求める。
    当連合会は、被疑者取調べ全過程の録画・録音による可視化の実現のため、全力を挙げて取り組んでいくことを決意する。