第56回定期総会・司法改革実行宣言

昨年末までに司法改革関連の24の法律が成立した。民事・刑事・行政の全般にわたる訴訟制度の改革、裁判外紛争処理制度の創設、これらを担う弁護士・裁判官・検察官制度の改革など、明治期および第二次世界大戦後の時期における司法制度の改革にも匹敵する大規模な改革により、新たな司法制度の骨格が完成した。司法改革は、制度設計・立法の段階から実行の段階に移行し、制度の運用を担う弁護士および弁護士会が果たすべき責務は重大である。


当連合会は、司法改革の中核たる、裁判員制度の実施と刑事訴訟の改革、日本司法支援センターの準備に万全を期し、法科大学院を中心とする新たな法曹養成システムを定着させ、裁判官制度改革を実効あらしめるために、次の取り組みを強化する。


  1. 裁判員制度の実施に向けて、国民の理解を得るための広報活動や法教育の拡充、弁護技術の研修、弁護の担い手の確保等の万全の態勢整備および改正刑事訴訟法で導入された被疑者国選弁護制度、公判前整理手続・証拠開示制度の適切な運用確保、並びに取調べ過程の可視化(録画・録音)、身体拘束制度の抜本的改革をはじめとするさらなる制度改革課題の実現
  2. 日本司法支援センターの財政的基盤の確保、同センターにおける被疑者段階からの国選弁護制度の対応態勢の整備、適切な水準の国選弁護報酬の実現、総合法律支援法に明記された弁護活動等の独立性・自主性の確保
  3. 法科大学院を中核とする新たな法曹養成システムの定着と新司法試験や新司法修習のあり方についての検討、司法修習生の増加に対応する修習受入態勢の整備
  4. 裁判官の任命過程の透明化(下級裁判所裁判官指名諮問委員会)、人事制度の透明化・客観化(新たな人事評価制度)、裁判所運営への国民参加(地裁・家裁委員会の活性化)の実効性の確保
  5. 弁護士任官の推進と非常勤裁判官制度の拡充、判事補・検事の弁護士職務経験制度の拡充と運用態勢の整備

司法改革実行の時を迎え、上記の活動を強化し、具体的な制度運用とそこでの実践を通じて、「日本国憲法がよって立つ個人の尊重と国民主権の理念に基づいた司法制度の実現」という今次司法改革の基本理念の実現をめざさなければならない。


当連合会は、全国の弁護士および弁護士会の力を結集して新たな制度への対応態勢を整備し、市民とともに、総力をあげて司法改革の実現に向けて取り組むことを決意する。


以上のとおり宣言する。


2005年(平成17年)5月27日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1. 司法制度改革の到達点と実行の時代の課題

(1)1999年(平成11年)、司法制度改革審議会の設置により本格化した司法制度改革は、2004年(平成16年)12月、第161回臨時国会における立法により、制度設計・立法の段階から実行・運用の段階に移行しつつある。


同年末までに司法制度改革推進本部の所管となる合計24本の法律が制定され、民事・刑事・行政の全般にわたる訴訟制度の改革、裁判外紛争処理制度の創設、これらを担う新たな法曹養成制度の創設、弁護士・裁判官・検察官制度の改革、裁判員による裁判制度の創設など、明治期および第二次世界大戦後の時期における司法制度の改革にも匹敵する大規模な司法制度改革の骨格ができ上がった。日本弁護士連合会が1990年(平成2年)の司法改革宣言以来総力をあげて取り組んできた司法改革が、社会にその姿を現した。


(2)当連合会は、1990年(平成2年)の定期総会における第一次司法改革宣言以来8次にわたる司法改革宣言に基づき、「小さな司法から大きな司法」への転換、「市民の市民による市民のための司法(市民の司法)」の実現をめざして取り組んできた。当連合会が取り組んできた司法改革は、裁判官制度のあり方、国民の権利をめぐる実体法・手続法のあり方、弁護士と弁護士会のあり方を含めた司法を、国民にとって身近で利用しやすいものにするとともに、国民の司法参加を拡大し、適正かつ迅速な権利の実現をはかることをめざすものであった。また、当連合会は、司法予算の拡大と裁判官・検察官の大幅増員、法律扶助制度の抜本的改革と国費による被疑者弁護制度の実現、行政訴訟制度の改革と弁護士偏在問題の解消が必要であることなどを明らかにし、それらの実現に向けて全力をあげて取り組んできた。


1999年(平成11年)7月、内閣に司法制度改革審議会が設置された後、当連合会は、「市民の司法」の実現を掲げ、これが審議会の論議に反映されるように主体的かつ積極的に取り組んだ。


2001年(平成13年)6月に審議会意見書が取りまとめられ、同年12月、内閣に司法制度改革推進本部が設置された。当連合会は、審議会意見書の骨抜きや後退を許さず、国民に開かれた透明な立法作業を進めることを目標として、11の検討会への対応や、法案の必要な修正や附帯決議に向けた国会対策などに精力的に取り組んできた。これらと並行して、司法シンポジウムや東京ミーティングをはじめとした各種のシンポジウム・集会の開催、100万人署名運動の取組みなど、司法改革推進のための国民的な運動も推し進めてきた。司法制度の各分野におよぶ広範な立法により司法制度改革の骨格が形成されたことは、当連合会が全国の弁護士と弁護士会、市民とともに総力をあげて取り組んだ司法改革運動の成果というべきものである。


(3)当連合会は、司法改革に責任を担う主体として位置付けられており(司法制度改革推進法第4条)、司法制度改革が制度設計・立法の段階から実行の段階に移行した今、制度を担うものとしての責務はきわめて重大である。当連合会は、引き続き、今次司法制度改革の細部にわたる制度設計に取り組むとともに、司法の担い手として、主体的かつ積極的に、各制度実行に向けた態勢の整備とその運用に取り組む。


もとより、改革された司法制度を実行しつつ絶えずこれを検証し、より完全な制度にしていくことが必要であるが、さらに、これと同時に並行して、当連合会は、刑事司法の抜本的な改革、行政訴訟のさらなる改革、そして、最高裁判所裁判官の任命のあり方や特例判事補制度の解消など裁判官制度の改革、裁判官・検察官の増員を含む司法基盤の強化などの課題にも引き続き取り組む。


司法制度が真に国民的な基盤に支えられ、国民にとって利用しやすく頼りがいのあるものとなり、透明で公正なものとなるように持続的に取り組んでいかなければならないことはいうまでもない。


2.実行課題への取組みの強化

当連合会は、今次司法改革が実行の段階に移行したこの時期にあたり、とりわけ、司法改革の中核たる裁判員制度の実施と刑事訴訟の改革、日本司法支援センターの準備に万全を期し、法科大学院を中心とする新たな法曹養成システムを定着させ、裁判官・検察官制度改革を実効あらしめるための取組みを強化する。


(1) 裁判員制度の実施に向けた準備、改正刑事訴訟法の施行に向けた刑事訴訟改革の取組み


刑事裁判において、国民の中から無作為に選ばれた裁判員が裁判官とともに裁判を行い、有罪・無罪だけでなく刑罰の内容まで判断する裁判員制度の実施を4年後に控え、改正刑事訴訟法は本年秋に施行される。法律専門家でない裁判員が事実を適正に認定し量刑判断をするための材料が公判手続において適正に提示されるように、直接主義・口頭主義を文字通り実現すること、および被告人の防御権を十分に保障したうえで、短期間の集中審理を実現するための十分な証拠の開示、争点整理が必要となる。また、裁判員制度の実施に向けて、国民の理解を得るための広報活動や法教育の拡充が重要である。当連合会は、裁判員による裁判に対応した弁護技術の研修、弁護の担い手の確保などの態勢整備などに、強力に取り組む。


また、改正刑事訴訟法で導入された被疑者国選弁護制度、公判前整理手続・証拠開示制度の運用が適切になされるように、最高裁判所規則の制定や対応態勢の整備に取り組む。さらに、当連合会が刑事手続における人質司法、密室取調べとしてつとに批判してきた捜査のあり方について、任意性の立証に必要な取調べ過程の可視化(録画・録音)、代用監獄の廃止を視野に入れた身体拘束制度の抜本的な改革をはじめとする喫緊の課題に取り組み、その実現をめざす。


(2) 日本司法支援センターの設立に向けた取組みと弁護士へのアクセスを容易にするための取組み


総合法律支援法の制定により、2006年(平成18年)には日本司法支援センターが設立され、全国の都道府県に支部が設置される。2004年(平成16年)末にすべての地方組織予定地に準備組織が立ち上がり、将来の地方組織の核となる態勢ができつつある。今後は、同センターの実際の業務や、弁護士を含む同センタースタッフの職務のあり方をどのようなものとしていくかなど、この制度を立ち上げていくための細部にわたる制度設計に参画するとともに、同センターが十全に機能するための常勤弁護士や契約弁護士の確保、被疑者国選弁護制度の実施に向けた対応態勢の整備などの準備を全国の弁護士会、日本司法支援センター準備委員会との緊密な連携をはかりながら、主体的積極的に進めるものである。


また、弁護士や裁判所などへの司法アクセスを容易にするため、当連合会は、司法過疎地域に設置される日本司法支援センター地域事務所との連携をはかりつつ、過疎地型公設事務所の設置など弁護士過疎の解消に向けた取組みを継続する。


(3) 新たな法曹養成制度についての取組み


2004年(平成16年)4月から、法科大学院による新たな法曹養成制度が始動した。


法科大学院は、同年4月に68校が開校し、2005年(平成17年)4月に6校が開校した。2年制コースの卒業者が出る2006年(平成18年)からは新司法試験が実施される。司法修習生の給費制は、当連合会の反対にもかかわらず2010年(平成22年)に廃止されることとなり、法曹養成における質の維持が、より重要な課題となってきている。


法科大学院を中核とする新たな法曹養成制度をわが国に完全に定着させ、豊かな人権感覚、様々な分野の専門的ニーズにも対応できる能力と高い倫理性をもった法曹を輩出するシステムを構築していくために、法科大学院制度の充実のための方策、新司法試験制度や新司法修習のあり方についての検討、司法修習生の増加に対応する修習態勢の整備に取り組む必要がある。


(4) 裁判官制度・検察官制度改革への取組み


裁判官制度の改革は、裁判官の任命過程の透明化(下級裁判所裁判官指名諮問委員会)、人事制度の透明性・客観性の確保(新たな人事評価制度)、裁判所運営への国民参加(地裁委員会・家裁委員会の活性化)、判事補の弁護士職務経験制度など大きな進展を見た。しかし、弁護士任官者は年間10名を超えられない状況にある。弁護士が弁護士のまま民事調停官や家事調停官となる非常勤裁判官制度の拡充をはかり、非常勤裁判官からの弁護士任官者の輩出への努力や、公設事務所等の基盤整備など、法曹一元を視野に入れつつ、弁護士任官制度の推進に向け取り組みを強化する必要がある。また、判事補の弁護士職務経験制度を定着・拡充させ、より多くの判事補が弁護士の職務を経験することが可能となるよう取り組む。また、下級裁判所裁判官の指名が適正で透明性をもって行われるように関係者の声を反映していくことなど運用面での努力を重ねる。


検察官制度の改革では、検事の弁護士職務経験制度の定着・拡充に取り組む。また、検察審査会制度の改革に対応して、弁護士が検察官役として刑事訴訟に参加していくことに対応する態勢を整備する。


3.司法制度改革の諸課題とわれわれの今後の取組み

内閣に設置された司法制度改革推進本部は、昨年11月をもって解散し、後継組織として司法制度改革推進室が設置された。


当連合会は、司法制度改革の進展に伴い、司法改革実現本部を発展的に解散し、司法改革関連の組織の横断的な連絡・調整をはかるために司法改革総合推進会議を設置するとともに、分野ごとに、弁護士制度改革推進本部、ADRセンター、日本司法支援センター推進本部、行政訴訟センター、労働法制委員会などを立ち上げて取り組む体制を構築した。


本年度は、司法改革の内容を具体化し適切な運用をはかっていくために、当連合会の組織を活用し、運用態勢の整備を引き続き進める。


当連合会は、最高裁判所や法務省と時には激しい議論を交わしつつも、法曹三者が一致して国民のための司法制度作りを行ってきたことが、司法改革を進める大きな力となったことを踏まえ、本年度を司法制度改革による新たな制度を本格的に実行に移す初年度と位置付け、法曹三者との連携を保ちつつ司法改革の実現をはかる。そして、全国各地の地域の特性と会員の日常活動の実情を踏まえつつ、地域住民の法的ニーズに的確にこたえ、新たな制度を真に国民に根付いたものとするために、全国の弁護士会と会員の総力を結集して、細部の制度設計・運用そして改善に向けた努力を継続する。


当連合会は、こうした実行、実践を通じて、「日本国憲法がよって立つ個人の尊重と国民主権の理念に基づいた司法制度の実現」という司法改革の基本理念のさらなる実現をはかり、この社会が透明で公正なルールによって運営され、すべての人々があまねく法の支配の下において生活を営むことができる社会となることをめざすものである。そのためにも、今後とも、刑事司法改革、行政訴訟改革など今次改革で積み残された課題や裁判員制度、総合法律支援制度など新たに発足した制度の改善が求められる事項について、持続的に「市民の司法」の拡充の立場から先見性を持った問題提起と実現のための取り組みを強力に進める。


当連合会は、ここに、全国の弁護士および弁護士会の力を結集して新たな制度への対応態勢を整備するとともに、市民とともに、今後とも、総力をあげて司法改革の実現に向けて取り組むことを決意する。