第55回定期総会・司法改革宣言2004

現在開会中の第159回通常国会において、裁判員制度、総合法律支援制度、公的弁護制度、労働審判制度、判事補などの弁護士職務経験制度などの創設、刑事訴訟・行政訴訟改革など、きわめて重要な司法制度改革関連法案が成立しようとしている。また、法科大学院制度、裁判官制度・弁護士制度の改革などはすでに実施段階にある。


これらの司法制度改革は、日本弁護士連合会が1990年(平成2年)以降7次にわたる司法改革宣言に基づき、「小さな司法から大きな司法」への転換、「市民の司法」の実現をめざし、市民とともに総力をあげて取り組んできた運動の成果というべきであり、2001年(平成13年)6月の司法制度改革審議会意見書の具現化でもある。


わが国は、日本国憲法がよって立つ個人の尊重と国民主権の理念に基づいた司法制度、国民参加の司法制度の実現に向けて、第一歩を大きく踏み出した。われわれは、これらの新しい制度が国民に身近なものとして広く利用されるように、全国各地の弁護士会と今まで以上に緊密な連携をとり、地域の特性と地域住民の法的ニーズに的確に応えていく必要がある。そのためにも、制度実施の対応準備に向けた弁護士会内の体制を早急に整備し、国民への広報、法教育の充実、必要かつ十分な国の予算確保などを着実にすすめなければならない。


いまや司法制度改革は、制度設計から確実に実行の時代を迎えているのである。


しかしながら、われわれがめざす司法改革は、いまだ道半ばでもある。


今回の一連の司法制度改革関連法案が成立しても、取り組むべき課題は山積している。例えば、裁判員制度については、裁判員の実質的、主体的関与を真に可能にするとともに、被告人の防御権を保障した刑事手続の確立を図ることが必要であるし、総合法律支援制度の具体的内容については、関係当局との協議や会内における準備作業に多くが委ねられている。


また、取調べ過程の可視化(録画・録音)の実現や身体拘束制度の改革などの刑事司法改革、司法アクセスを妨げる弁護士報酬敗訴者負担制度の阻止、ADR問題、司法修習生の給費制問題、民事司法改革、いわゆる第二段階の行政訴訟改革などの重要課題が残されている。


われわれは、これまでの司法改革運動の到達点と意義を確認し、実行の時代を迎えた司法改革課題について「制度に魂を入れる」とともに、21世紀にふさわしい「市民の司法」をさらに推進するため、引き続き市民とともに総力をあげて取り組むことを決意するものである。


以上のとおり宣言する。


2004年(平成16年)5月28日


日本弁護士連合会


(提案理由)

1. 司法改革の現段階

(1)2004年(平成16年)1月に招集され、現在開会中の、第159回通常国会において、政府は、司法制度改革推進本部の所管にかかる10本の司法改革関連法案を上程した。この中には、国民の司法参加制度である裁判員制度を創設するための「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律案」、公的弁護制度の運営主体や民事法律扶助事業の引継主体となる日本司法支援センターを創設する「総合法律支援法案」、公的弁護制度の創設と証拠開示制度など刑事訴訟手続の充実・迅速化のための方策を制度化した「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」、新たに労働審判制度を創設する「労働審判法案」、判事補及び検事の弁護士職務経験制度を創設する「判事補及び検事の弁護士職務経験に関する法律案」、原告適格の拡大や義務付け・差止め訴訟の法定、執行停止要件の緩和や仮の救済制度の新設など救済方法の多様化・充実等を定めた「行政事件訴訟法の一部を改正する法律案」、知的財産事件の審理の充実・迅速化や知的財産高等裁判所の設置に関するいわゆる知財二法案などが含まれる。これらの司法改革関連法案は衆参両院の審議に付され、必要な修正や附帯決議が付されたうえで、いずれも会期中に成立しようとしている。


(2)また、今次司法制度改革の重要な柱であった法科大学院制度の創設については、今春、68校に及ぶ法科大学院が開校し、新たな法曹養成制度がスタートした。


裁判官の任命制度の改革として設置された下級裁判所裁判官指名諮問委員会は、発足初年度における新任判事補候補者たる司法修習終了者、弁護士任官候補者たる弁護士、再任候補者及び判事任命候補者たる判事・判事補に対する審査をひととおり終え、その審査のあり方を教訓として第2年度に入ろうとしている。新しい裁判官の人事評価制度を定める「裁判官の人事評価に関する規則」も実施段階を迎え、裁判所運営に国民の意見を反映する新たな地方裁判所委員会・家庭裁判所委員会もすでに活動を開始している。


弁護士制度については、昨年来2度にわたる弁護士法の改正が行われ、当連合会と各弁護士会は、これに対応して臨時総会を開催するなどして、制度の整備を行った。弁護士の営利業務の許可制から届出制への移行、弁護士会の綱紀・懲戒制度の改革(綱紀審査会の設置、日弁連綱紀委員会の法律上の委員会への改組など)、弁護士報酬の基準を示す会規の廃止と新たな弁護士報酬に関する規定の制定、弁護士資格の特例の範囲に関する法改正と事前研修の義務化、弁護士会の会務運営の透明化(総会の公開や市民会議の設置)などはすでに制度化され実施段階に入っている。


さらに、裁判所及び検察庁の人的体制の充実と弁護士の体制の整備等により公正かつ適正で充実した手続の下に裁判が迅速に行われるべきものと定める「裁判の迅速化に関する法律」に基づいて、最高裁判所に「裁判の迅速化に係る検証に関する検討会」が設置され、2年毎10年にわたる検証の第1回目に向けた作業がすでに開始されている。


(3)当連合会は、1990年定期総会における第一次司法改革宣言以来、7次にわたる司法改革宣言に基づき、「小さな司法から大きな司法」への転換、「市民の市民による市民のための司法(市民の司法)」の実現を目指して取り組んできた。


すなわち、第一次司法改革宣言において司法の機能低下を指摘し、その改革の必要性を提起して以来、この司法改革は、裁判官制度のあり方、国民の権利をめぐる実体法、手続法のあり方、弁護士と弁護士会のあり方を含め、司法を国民にとって身近で利用しやすいものにするとともに、国民の司法参加を拡大し、適正かつ迅速な権利の実現を図ることをめざすものであった。そして、そのために、司法予算の拡大と裁判官・検察官の大幅増員、法律扶助制度の抜本的改革と国費による被疑者弁護制度の実現、行政訴訟制度の改革と弁護士偏在問題の解消が必要であることなどを明らかにし、それらの実現に向けて全力をあげて取り組んできた。


1999年(平成11年)7月、内閣に司法制度改革審議会が設置されると「市民の司法」の実現を掲げ、これが審議会の論議に反映されるように積極的に取り組んだ。


2001年(平成13年)6月、審議会意見書が出され、これに沿った司法制度改革の推進のために内閣に司法制度改革推進本部が設置されると、審議会意見書の骨抜きや後退を許さず、国民に開かれた透明な立法作業をすすめることを目標として、11の検討会への同時対応や、法案の必要な修正や附帯決議の成立に向けた国会対策などに、精力的に取り組んできた。


そしてその間、司法シンポジウムや東京ミーティングをはじめとした各種のシンポジウム・集会の開催や100万人署名運動の取組み、裁判員ドラマ「裁判員ー決めるのはあなた」の上映運動など、司法改革推進のための国民的な運動も推し進めてきた。


現在国会に上程されている司法改革関連立法やすでに実施段階を迎えている司法制度改革は、以上のような、当連合会が市民とともに総力をあげて取り組んできた運動の成果というべきであり、2001年(平成13年)6月の司法制度改革審議会意見書の具現化したものにほかならない。


(4)わが国は、日本国憲法がよって立つ個人の尊重と国民主権の理念に基づいた司法制度、国民参加の司法制度の実現に向けて、第一歩を大きく踏み出した。


われわれは、これらの新しい制度が国民の間で身近なものとして広く利用されるように、全国各地の弁護士会と今まで以上に緊密な連携をとり、地域の特性と地域住民の法的ニーズに的確に応えていく必要がある。そのためにも、制度実施の対応準備に向けた弁護士会内の体制を早急に整備し、国民への広報、法教育の充実、必要かつ十分な国の予算の確保などを着実にすすめなければならない。


いまや司法制度改革は、制度設計から確実に実行の時代を迎えているのである。


2.これからの司法改革の課題

しかしながら、現在の司法制度改革の実現状況はひとつの通過点であって、われわれがめざす司法改革の事業は,いまだ道半ばでもあるといわざるを得ない。


(1)法科大学院制度、裁判官制度、弁護士制度に関する諸改革などすでに実施段階に入っているものについては、今後制度の理念を実質的に踏まえた運用を確立していかなければならない。


法科大学院が「プロセスとしての法曹養成制度」として真価を発揮するようになるかどうかは今後の運用如何にかかっている。そのためには、複数の第三者評価機関による適正な評価制度の実現、法科大学院の教育内容、新司法試験、新司法修習との連携を含めたあり方の検討などがこれからの重要な課題である。


下級裁判所裁判官指名諮問委員会の設置は、裁判官の指名人事が密室から開放され、外部委員の参加する委員会に適否の答申を求めることによる透明性の実現という観点から画期的な意義がある。しかし、裁判官任命手続に国民の意思を反映させるというこの制度の理念がより実質化するためには、適否に関する外部資料が豊富に収集されるようになること、同時に、地域委員会の資料収集方法について、弁護士任官の推進に資するために実質的な情報が有効に収集されるためのあり方が検討され、任官希望者の負担感や萎縮効果による弁護士任官推進の阻害事由が解消されるようにすること、そのためにも地域委員会の活性化が図られること、指名諮問委員会による面接を含めた審査のあり方の改善が図られることなどが必要であろう。


新たな裁判官の人事評価制度の運用においても、再任の適否の資料にもつながる人事評価のための判断資料の充実・明確化、そのための弁護士による豊富な情報資料の提供、手続の運用の透明性・客観性の確保が重要な課題となる。


地裁委員会・家裁委員会は、かつての半世紀に及ぶ家庭裁判所委員会の形骸化の轍を踏むことのないように、裁判所運営への国民参加という制度の理念が十分に活かされるよう、自由闊達な意見交換や多彩な取組みが実現されるような工夫が求められている。


弁護士制度については、「弁護士倫理」を今日の状況に応じて改め、倫理研修を一層充実・強化すること、営利業務従事者等に対する指導・監督を適切に行う体制を整備することが必要である。また、弁護士会の法律相談センターや過疎地型公設事務所の設置をさらにすすめること、「弁護士の報酬に関する規程」の施行に伴い各弁護士の報酬基準を法律事務所に備え置くことや、委任契約書を作成することの徹底、研修の充実・強化と弁護士の専門性を高めるための方策の実施など、市民と司法の接点を担う弁護士の職務の質の向上とこれに対する市民の信頼の確保に資する方策に引き続き取り組むことが求められている。


さらに、裁判の迅速化の検証に関しては、拙速を許さず充実した審理を通じて迅速化を図るとともに、検証結果を通じて裁判所・検察庁の人的体制の充実と物的施設の拡充に反映されるような取組みが求められている。


(2)また、今回の一連の司法改革関連立法についても、新たに創設される諸制度をいかに国民にとって分かりやすく使いやすい制度とできるか、国民の権利保障に資する制度としうるかが重大な課題として残されている。


裁判員制度が国民の司法参加の制度として、司法における国民主権の理念を体現する重要な役割を担うものであることはいうまでもない。5年以内の準備期間を経て実施することが予定されているが、その間に、この制度の趣旨が広く市民の中に行き渡り、市民が主体的かつ積極的に裁判員として訴訟手続に参加するような社会状況が創り出されなければならない。同時に、裁判員制度のもとでの刑事手続において、被告人の防御権保障が確保される適正な運用を確立することは、われわれに課せられたきわめて重要な課題である。そして、そのためにも、取調べ過程の可視化をはじめとした刑事手続の改革の一層の前進を図ることが重要であることはいうまでもない。


総合法律支援制度の具体化にあたっては、法務省に設置された準備室を中心に行われる業務方法書の作成など、実施細則の策定等制度の具体的内容をつくりあげていく作業と、各地における日本司法支援センター支部の設立に向けた準備活動が、並行してすすめられることになる。この場合、各地におけるスタッフ弁護士の確保や弁護士会等が行っている法律相談事業、公設事務所の活動との連携のあり方などの具体化も喫緊の課題である。当連合会と各弁護士会が、この制度のもとで運用される公的弁護制度と法律扶助事業の円滑な実施、いわゆる弁護士過疎地域における司法アクセスの確保など、制度の具体的内容を実現する中心的な役割を果たすための体制整備も重要である。


さらに、原告適格の拡大と救済方法の多様化等により、司法による行政のチェック機能の強化を図る新しい行政訴訟制度が、国民により身近な存在となって広く活用されるよう周知を図る取組みも重要である。


新しい労働審判制度により、労働紛争の適正迅速な解決が広く行われるような取組みがすすめられていくべきことはいうまでもない。


(3)われわれが、さらに取り組むべき残された課題もきわめて多い。


まず、司法アクセスの促進を妨げる弁護士報酬敗訴者負担制度の阻止やあるべきADR基本法の制定、司法修習生の給費制度の維持は、引き続き国会や検討会における重要な課題である。裁判官・検察官及び裁判所・検察庁職員の大幅増員の課題も残されている。


また、審議会意見書において当面の課題とされなかった課題、例えば、取調べ過程の可視化(録画・録音)の実現、身体拘束制度の改革、公的付添人制度の創設、刑事裁判における証拠の全面開示、団体訴訟の導入や訴訟対象の拡大など多くの積み残し課題に関するいわゆる第二段階の行政訴訟改革、民事裁判における証拠収集方法の抜本的拡充、特例判事補制度の計画的・段階的解消とそのうえに立った法曹一元制度の実現、最高裁判所裁判官の任命制度の改革などがある。


これらのなかで、刑事司法改革の関連課題については、法曹三者による「刑事手続の在り方に関する協議会」と「公的付添人制度に関する意見交換会」がそれぞれ設置され、すでに協議が始まっている。これらの協議会を通じて、残された刑事手続の改革と公的付添人制度の実現を図ることは重要な課題である。また、ADR基本法の制定については、現在、司法制度改革推進本部の検討会が再開され、あるべき姿についての検討が始められている。


われわれは、これらの課題について、あらためて新たな展望を切り開く取組みを推し進めていくものである。


3.まとめ

われわれはここに、これまでの司法改革の到達点と意義を確認し、実行の時代を迎えた司法改革課題について「制度に魂を入れる」とともに、21世紀にふさわしい「市民の司法」をさらに推進するため、引き続き市民とともに総力をあげて取り組むことを決意し、この宣言を提案するものである。