第54回定期総会・名古屋刑務所事件を契機に刑務所等の抜本的改革を求める決議

 

名古屋刑務所における受刑者に対する人権侵害事件は、2名の死者と1名の重傷者に関して、複数の刑務官が特別公務員暴行陵虐致死傷事件で起訴され、現在、他にも同種の事件が多数の刑務所・拘置所に及んでいることが明らかになってきた。


当連合会が本年3月に実施した「刑務所・拘置所110番」においても、革手錠と保護房を使用した人権侵害が全国に広がっていたことが裏付けられた。本年3月には衆議院法務委員会の要求により、過去10年間にわたる約1600名の死亡被収容者の死亡帳が公表されたが、この中にも保護房拘禁に関連した死亡事案や十分な医療措置がとられていない疑いのある事件が多数に及んでいる。


これらの事態を受け、ようやく法務省は行刑制度の全体的な改革をする方針を明らかにした。当連合会は政府に先がけて監獄法の改正を求め、全国の弁護士会における人権擁護委員会は、刑務所・拘置所の秘密の壁に阻まれながらも、人権救済のための活動を継続してきた。当連合会は1982年(昭和57年)の政府による刑事施設法案に対しては、「刑事被拘禁者の処遇に関する法律案」を対案として示し、国際人権基準に合致した監獄法の全面改正を求めてきた。また、2000年(平成12年)からは法務省矯正局と行刑の改革のため、受刑者処遇に関する勉強会を開催してきた。このように当連合会は、行刑の改革に向けての努力を継続して行ってきた。


以上を踏まえ、当連合会は以下の改革が実現するよう、政府に強く求める。


第一に、法務省の外部に特別の調査委員会を設置し、特に刑務所・拘置所における死亡事件を中心に徹底的に調査して原因を究明すると共に、深刻な事態が今日まで明らかにならなかった理由を明らかにして再発防止措置をとること。


第二に、刑務所・拘置所における処遇を「規律優先」から「人間的な処遇」へ改め、閉鎖的な矯正処遇のあり方を根本的に変えていくため、以下の行刑改革を実現すること。


  1. 革手錠を廃止し、保護房収容とその継続について医師の関与と判断を厳格に実施し、また収容期間を短縮すること。また、保護房内の状況をビデオ録画し、一定期間保管することを施設に義務づけること。
  2. 法務省から独立した人権救済機関を設置するとともに、上部機関に直接届く日常的苦情処理体制を整備する。
  3. 面会・信書の発受の制限を緩和し、電話の利用など受刑者等の外部交通を広く認める。とりわけ不服申立の相談・調査に関与する者には立会のない面会、検閲のない信書の発受を保障する。
  4. 拷問等禁止条約の選択議定書を批准する。
  5. 刑務所・拘置所における医療制度の改善のため、緊急に医師の確保と予算措置を講ずるとともに、医療部門の所管を法務省から厚生労働省に移管する。
  6. 刑務官に対する人権教育を徹底する。また、過剰収容に対応するためにも、施設の充実と刑務官の抜本的増員により、刑務官の負担の軽減を図る。

いま、この時期をおいて行刑制度改革の実現はない。当連合会は、事件の真相の究明と、行刑制度の抜本的な改革を政府に求める。


以上のとおり決議する。


2003年(平成15年)5月23日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1. 名古屋刑務所事件

一連の名古屋刑務所事件を契機に、全国の刑務所内における行刑の実態が明らかになり、死亡事件まで隠蔽してしまう閉鎖的体質などが次々に明らかになった。


(1) 2件の傷害・死亡事件の公表・起訴

2002年(平成14年)10月4日、名古屋刑務所は、同年5月27日、同所の保護房内で革手錠を施錠された受刑者が死亡する事件(以下「5月事件」という。)が起き、同年9月25日には受刑者が傷害を負い外部の病院に移送される事件(以下「9月事件」という。)が起きたことを発表した。この事件は、名古屋弁護士会に対する人権救済申立を取り下げるよう施設側が指導している中で発生したものである。


名古屋地方検察庁は、同年11月27日に9月事件について、特別公務員暴行陵虐致傷罪により5名の現職刑務官を起訴し、12月18日にはこの5名のうちの2名と別の1名の現職刑務官を5月事件について特別公務員暴行陵虐致死罪により起訴した。


(2) 高圧放水事件での逮捕・起訴

2003年(平成15年)2月12日名古屋地検は、2001年(平成13年)12月14日に受刑者の肛門にホースで高圧による放水をして死亡させた高圧放水死亡事件(以下「12月事件」という。)で、刑務官を特別公務員暴行陵虐致死の罪で逮捕し、同年3月4日に特別公務員暴行陵虐致傷の罪で起訴した。この事件は矯正局への内部告発があったが、法務大臣へは伝わっていなかった。


(3) 国会調査で他の死亡事件も判明

名古屋刑務所における事件と関連して実施された参議院議員の調査では、名古屋刑務所において2001年(平成13年)以降、保護房と革手錠を併用した件数が非常に多かったことや、公表された死亡事件以外にもこの4年間だけで、府中刑務所で2件、横須賀刑務所で1件の保護房内での受刑者の死亡事件や、岡山刑務所で1件、下関拘置支所で1件の保護房収容中に受刑者が病院に移送された事件が明らかになった。


また、参議院法務委員会で12月事件が取り上げられた際、矯正局は、受刑者のプライバシーの問題があり、公表は慎重であるべきとし、「死因は自傷行為によって、直腸を傷つけ、腹膜炎で死亡した」との説明をしていたが、これは後に虚偽の説明であったことが指摘されている。


(4) 過去10年間の全刑務所での死亡者リスト(死亡帳)の公開

受刑者の死亡記録の提出を拒んでいた矯正局も、衆議院法務委員会の要求により、全国の刑務所における過去10年間、1600人の死亡者のリスト(以下「死亡帳」という。)を公開するに至った。この死亡帳の中には、革手錠が原因と疑われる死亡事件や、保護房内での医療措置に問題のあったと思われる事案などが多数含まれ、衆議院と法務省で徹底調査をするという異例の事態となっている。


(5) 日弁連の「刑務所・拘置所110番」調査

当連合会と全国の各弁護士会は、本年3月に「刑務所・拘置所110番」を実施し、120件を超える相談が寄せられた。集計の結果、「革手錠の濫用」や「看守による暴行」が全国的なものとなっていることが判明し、医療に関する深刻な訴えも多く、さらに、不服申立をしようとしたが握りつぶされたという訴えもかなりの数にのぼった。


2. 事件の原因究明と改革

このような事態を受け、ようやく法務省は行刑制度の全体的な改革をする方針を明らかにした。しかしながら、法務大臣が示した改革案によれば、革手錠の廃止が打ち出されているものの、代替物の検討が指示されている。また、PFI(民間資本による公共施設の建設)の検討や、刑務官の転勤などが改革案として打ち出されているが、このような改革案では事件の再発防止策として不十分なものと言わざるを得ない。


当連合会は早くから監獄法の改正を求め、政府が提案した刑事施設法案に対しては、1992年(平成4年)に「刑事被拘禁者の処遇に関する法律案」を対案として示し、代用監獄の廃止を含む国際人権基準に合致した監獄法の全面改正を求めてきた。また、2000年(平成12年)からは法務省矯正局と行刑の改革のため、受刑者処遇に関する勉強会を開催してきた。この中で、当連合会は包括的な被拘禁者処遇の改善等につき、わが国の矯正実務を踏まえつつ、国際人権法と欧州の進んだ行刑政策に学びながら、具体的に提案してきた。このように当連合会は、行刑の改革についての努力を継続して行ってきた。


また、当連合会と弁護士会は、施設当局の隠蔽の中で、人権救済に取り組み、過去5年間の人権救済申立のうち、刑務所・拘置所に関するものが全体の約4割に達している(1998年から2002年までの日弁連・各弁護士会人権救済申立事件総件数は3,043件)。本年3月27日には、広島弁護士会と同会会員が人権救済申立事案に関して、申立人の主張にかかる事実を見聞したとされる受刑者との面会調査を広島刑務所当局により拒否されたことについて損害賠償請求していた事件について、広島地方裁判所は、この請求を棄却する判決を言い渡した。刑務所の措置の違法性が争われた多くのケースで、裁判所は、刑務所側の主張を採用して原告の請求を棄却してきた。このように刑務所・拘置所内の人権救済は、矯正行政と司法の二重の壁によって阻まれ続けてきたのである。


以上を踏まえ当連合会は、名古屋刑務所における事件のような人権侵害の再発を防止するために、以下のとおり原因の究明と改革の実現を政府に強く求める。


(1) 名古屋刑務所事件等の全貌の解明

名古屋刑務所を発端とした、日本の刑務所・拘置所問題は内外で大きな問題となっており、このような人権侵害の再発を防止するためには、徹底的な真相の究明が必要である。


そのためには法務省から独立した特別の調査委員会を設け、受刑者や刑務官が真実を打ち明けられる方法で、包括的な調査を実施する必要がある。また、国会で明らかになった死亡帳やカルテなどを保全し、これらの資料に基づく包括的な医学的調査も不可欠である。そして、これらの調査は早急になされるべきである。


(2) 革手錠の廃止と保護房内のビデオ録画・保管等

当連合会は前述の「刑事被拘禁者の処遇に関する法律案」において革手錠の廃止を求めていた。1998年(平成10年)に実施された国際人権(自由権)規約に関する政府報告書の審査に基づき、国連規約人権委員会は最終見解の第27項fで、「残酷で非人間的な取扱いと考えられる革手錠のような保護手段の多用」に懸念を表明していた。矯正局はこの勧告をそれなりに重大なものと受けて、保護房と革手錠の運用の適正を期すための矯正局長が通達を出した結果、その翌年には革手錠の使用件数が激減した。しかし、残虐な使い方のできる革手錠が存在していたことが、今回の人権侵害の大きな要因であり、革手錠は廃止しなければならない。


また、数々の人権侵害の温床となっている保護房の適正な運用を担保するため、その収容期間を短期化するとともに、医師の関与と判断を必須とし、保護房内の状況についてビデオによる録画とその保管を義務づけることが必要である。


(3) 矯正局の体質改善

当連合会と各弁護士会は、刑務所・拘置所の受刑者等の人権救済申立事件に対し、警告・勧告・要望を繰り返してきた。それは過去5年間で約99件にのぼり、人権救済申立事件全体の約4割を占めている。しかし、このような弁護士会からの警告等を受けながら、法務省矯正局を中心とする行刑当局は、有効な改善策を実施することがなく、刑務所内のデータもなかなか公表してこなかった。


さらに、わが国では矯正や保護の実務に携わったことのない検事が、法務省の主要ポストを占めているという状況もこれらの一因と考えられる。


従来、矯正や保護部門の長に検察官が就任するような特異な人事を行っているのは日本と韓国等であった。しかし韓国では、金大中政権以降、矯正局長ポストに、初めて生え抜きの実務家が任命され、刑事施設の改善が進められている。過剰収容を解決し、建設的な刑事政策を採用するためにも、日本でも矯正行政内外から、矯正行政と受刑者の人権について大きな関心、深い識見とグローバルな視点を持った人材を局長に登用することで矯正局を根本から変革する必要がある。


(4) 受刑者等の外部交通権の保障

受刑者等が刑務所・拘置所等の処遇について不服申立を行うためには、外部との面会や信書のやりとりが非常に重要であり、先進国では常識となっている電話の利用も認められるべきである。現在、受刑者や死刑確定者などの刑確定者は、未決のときには面会と信書のやりとりができた友人・知人との関係を絶たれ、家族と弁護士以外とは原則として面会も通信もできなくなってしまう。このような施設の閉鎖性が、人権侵害の実情が容易に外部に知られない大きな要因となっている。


また弁護士と受刑者との面会にも時間制限や刑務官の立会がつき、通信は検閲されている。これでは、不服申立についての事件の相談も不可能である。


受刑者等の不服申立のため、刑務官の立会のない面会や検閲のない信書の発受など受刑者の外部交通権の保障が認められるべきである。


(5) 情願制度の限界と法務省から独立した人権救済システムの確立

今回の一連の事件で極めて特徴的な問題点は、集団暴行事件の当事者である矯正局、刑事事件を捜査する検察・刑事局、人権侵害事件として調査する人権擁護局の責任者が、すべて法務大臣であるということである。施設内の密室で行われる暴行虐待の防止のためには、法務省から独立した人権救済機関が必要不可欠である。現在国会に提案されている人権擁護法案は法務省の外局に置かれるもので、このような機関では刑務所における人権侵害を実効的に救済することは不可能であろう。不服申立や人権救済は、法務省から独立した人権救済機関を設置して行われるべきである。


また、従前からの不服申立制度である刑務所の所長面接や法務大臣への情願制度も改善し、直接上部に届く制度とすべきである。


(6) 拷問等禁止条約の選択議定書の批准

1984年(昭和59年)に国連拷問等禁止条約が採択され、1999年(平成12年)に政府はこれを批准した。しかし、国内の状況に関する第1回政府報告書の提出が条約批准後1年以内とされるいるのもかかわらず、現在に至るまで国連拷問禁止委員会に提出していないことは、政府の拘禁施設内における人権問題の軽視の姿勢の現れであり、極めて遺憾である。


昨年12月に開催の国連総会では、拷問等禁止条約の選択議定書が採択された。同選択議定書は、あらゆる拘禁施設を定期的および臨時に訪問し改善の勧告などを行う小委員会を国連の下に設置することを求め、同時に、各国にも同様の査察機能を持った機関を設けることを定めている。この選択議定書は、わが国の拘禁施設に広範に見られる閉鎖性と人権侵害の救済が困難である状況を改善するうえで極めて重要な制度的な提案を含んでいると言える。


同選択議定書は本年1月1日以降、批准手続を開始することにされており、政府は、刑務所・拘置所における人権侵害を防止する施策として、同選択議定書の批准手続を直ちに行うべきである。


(7) 刑務所医療の独立性の確保

今回の一連の事件で明らかになった刑務所医療の問題点は極めて深刻である。


医療が保安に従属しており、医療の実態が、医師の勤労実態、医療予算などあらゆる面で余りにも貧弱であるため、満足な医療を受けられないで死亡したと思われる件数も多い。


施設において常勤とされている医師の勤務実態は、週2~3日しか勤務していない。刑務所の医師は担い手が少ないため、このような実態が是認されてきた。検査設備や薬剤も貧困である。


当連合会は刑務所の医務部門を法務省から厚生労働省に移管し、国立病院または私立医療機関に委託すべきと考える。


フランスでは1994年から被拘禁者の健康と医療の管轄が司法省から厚生省に移され、それぞれの刑務所では地元の病院から医師が来て処置することになった。このような改革は人権侵害の抑止効果が期待できるだけでなく、刑務所医療の充実にも資することができる。


(8) 刑務官に対する人権教育と刑務官の増員

当連合会の「刑務所・拘置所110番」に寄せられた相談内容として、受刑者が刑務官から「人間扱いされていない」という声が多かった。国連規約人権委員会は、1998年(平成10年)11月5日に発表した最終見解で政府に対し、「行政官に対する規約上の人権教育が何ら提供されていないことについて懸念を有し、かかる教育が得られることを強く勧告」している(32項)。法務省は、国連が作成した人権教育マニュアルを活用し、国連や他の国際団体から講師を招いた研修を実施すべきである。


また、刑務官の不足については過剰収容が問題となる前から存在したが、過剰収容の進む中で刑務官の精神的、物理的負担は極限にまで達している。このような危機的状況を放置してきた政府、法務省の責任は極めて重大である。


刑務所・拘置所の施設拡充と刑務官の抜本的増員により、その負担を軽減して、受刑者の社会復帰に資する建設的処遇を行うよう、改革されるべきである。