第53回定期総会・ジェンダーの視点を盛り込んだ司法改革の実現をめざす決議

男女が性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる男女共同参画社会の実現こそ、「21世紀の我が国社会を決定する最重要課題」(男女共同参画社会基本法前文)である。


性差別の根絶は国際社会においても優先課題とされ、1995年の第4回世界女性会議が、あらゆる政策や計画にジェンダー(社会的・文化的に形成された性差)の視点の反映を求める行動綱領を採択したのは、ジェンダーにもとづく性別役割分業意識、固定観念、偏見(ジェンダー・バイアス)を排除する必要性からである。


司法の分野におけるジェンダー・バイアスの存在も例外ではない。とくに、司法の判断が、個々の人権に重大な影響をもたらすこと、裁判による規範定立を通じてジェンダー・バイアスを再生産してしまうこと、さらに、救済を求めて司法を利用する人々が、ジェンダー・バイアスによりその利用を非難されることで、いわば二次的被害さえ生じていること、などを見逃すわけにはいかない。


ところが、現在すすめられている司法改革の議論にはジェンダーの視点が取り入れられていない。男女共同参画社会の実現という観点がなければ、21世紀のわが国社会にふさわしい司法改革を実現したことにはならない。


当連合会は、ジェンダーの視点を盛り込んだ司法改革を実現するため、「司法における性差別」に関するデータ収集・分析と改善勧告などの啓発活動を積極的に推進すること、司法を性差別の禁止を実現する場として機能させるため、ジェンダー問題についての啓発・教育プログラムを開発し、その受講・研修の必修化をめざすこと、さらに司法における意思決定の場に女性が参加し、男女共同参画を実現するためのポジティブ・アクションにとりくむことを決意するとともに、裁判所や法務省など関係機関に対して、以下の点を強く要請するものである。


  1. 司法における性差別に関するデータの収集・分析、啓発活動の推進、教育プログラムの開発、研修の必修化、ポジティブ・アクションの実施などに取り組むこと
  2. 性暴力被害やセクシュアル・ハラスメントに関する刑事裁判や取調、また民事裁判の各段階におけるプライバシー保護、ドメスティック・バイオレンスをふくむ離婚事件における調停前置制度、性差別事件に関する証拠収集手続と立証責任、養育費に関する民事執行制度などをはじめとするすべての司法手続をジェンダーの視点から見直し、速やかに積極的な是正措置をとること
  3. 性暴力やセクシュアル・ハラスメントなどにおける被害者に対する実効性ある被害救済の実現、裁判外での紛争解決機関の拡充と司法との連携、自治体による裁判支援の充実、法律扶助・訴訟救助の制度的見直しなど、女性の司法へのアクセス障害を除去するための施策を速やかに実行すること

以上のとおり、決議する。


2002年(平成14年)5月24日
日本弁護士連合会


提案理由

1. 性差別撤廃に向けて

憲法第14条は、「法の下の平等」を保障して性による差別を禁止し、女性差別撤廃条約は、女性に対するあらゆる差別の撤廃をうたっている。また、市民的及び政治的権利に関する国際人権規約第3条、第26条は男女平等を保障し、性による差別を禁止している。さらに、1999年6月に施行された男女共同参画社会基本法(以下「基本法」という)は、男女が、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる男女共同参画社会の実現を「21世紀の我が国社会を決定する最重要課題」と位置づけている(基本法前文)。ここでいう「性別」とは男女の生物学的性差(セックス)ではなく、社会的、文化的に形成された性差(ジェンダー)をいう(男女共同参画ビジョン)。性差別の根絶は、国際社会の優先課題であり、1995年9月に北京で行われた第4回世界女性会議では、あらゆる政策や計画にジェンダーの視点を反映することを明確に打ち出した行動綱領が採択されている。


2. 司法におけるジェンダー・バイアスの存在

一般に、社会制度や慣行における性にもとづく差別・偏見(ジェンダー・バイアス)は、女性のあるいは男性の社会における活動の選択に影響を及ぼし、男女共同参画社会の形成を阻害する要因となっている。司法の分野においても、こうした性にもとづく役割分業意識や固定観念の存在は例外ではない。裁判官、検察官、弁護士、調停委員、調査官、書記官、そして警察官などの司法に携わる人々が、ジェンダー・バイアスを持っていることによって、司法作用すなわち現実の裁判や調停の場で、いろいろな性差別が起きている。


司法の場におけるジェンダー・バイアスがとくに深刻なのは、司法が人権を担保する重要な機能を担っているため、個々の人権に重大な影響をもたらす結果となり、また裁判による規範定立を通じて、ジェンダー・バイアスが再生産されてしまうことにある。また、救済を求めて司法を利用する者が性を理由に不当に非難されることにより、被害者をさらに傷つけるということも、司法における二次的被害として問題とされ、司法に対する不信感や絶望、アクセスの障害を招いている。


さらに、この問題を深刻にしているのは、行為者の問題意識の欠如である。ジェンダー・バイアスそのものは、社会制度や慣行により歴史的に形成されてきたものであるため、ある場合には伝来の美徳とも認識されている。そのため、このような行為者は、むしろ善意、あるいは公正な見方だという確信をともない行動していることが多い。だからこそ、司法にかかわる者はその責務として、自らがこの問題意識を持つとともに、司法の場におけるジェンダー・バイアスを率先して除去していかなければならないのである。


3. 司法改革におけるジェンダーの視点の重要性

ところが、現在すすめられている司法改革の制度設計においては、このジェンダーの視点が取り入れられていない。「21世紀の我が国社会において司法が果たすべき役割」(司法制度改革審議会設置法第2条第1項)を考えるにあたって、「21世紀の我が国社会を決定する最重要課題」である男女共同参画社会の実現という観点からの分析・検討がなされなければ、真の意味での司法改革はありえない。また、司法制度改革推進法第2条は「司法制度改革は、国民がより容易に利用できるとともに、公正かつ適正な手続の下、より迅速、適切かつ実効的にその使命を果たすことができる司法制度を構築し……もってより自由かつ公正な社会の形成に資することを基本として行われるものとする」との基本理念を述べており、公正かつ適切な手続が保障される司法制度を実現するためにも司法の場からジェンダー・バイアスを払拭することが必要不可欠である。


すなわち、ジェンダーの視点を盛り込んだ司法改革を実現することが必須かつ急務である。


4. ジェンダー・バイアスを認識するために

司法にジェンダーの視点を取り入れる第一歩は、司法に携わる者すべてが、自分自身と司法制度の中に潜在する偏見や固定観念の存在とその危険性を認識することである。そこで、司法におけるジェンダー・バイアスの存在についての広範な事例調査と証拠収集により、ジェンダー・バイアスの存在を証明し、その改善措置の必要性を訴え、根拠づけることが必要とされる。


実際、アメリカ合衆国各州でも、これらのデータ(証拠)を示すことにより、ジェンダー・バイアスの存在が認知され、その解消のための施策(裁判官などの教育プログラムなど)が実施されている。


わが国においても、同様のデータ収集や分析がなされるべきである。


5. 啓発・教育プログラムの開発と研修の必修化

司法の場を憲法が求める性差別の禁止を実現する重要な場所として機能させるため、すでに司法の場で仕事をしている人、これから司法の場に参入してくる人に対し、ジェンダー問題についての啓発・教育プログラムを開発し、その受講または研修を必修化する必要がある。


教育・研修は、どの職種であれ、ジェンダー課目を必修とすべきである。選択科目・任意研修とすると、ジェンダー・バイアスにどっぷりと浸かっている人ほど、この種の研修を受ける必要性を自覚していないため、本当に研修・教育が必要な人がそれを受けないという矛盾が発生するからである。


法科大学院や法学部においては、ジェンダー問題を専門的に扱う科目の設置とともに、他の一般的な法律教科のジェンダー・バイアスをただすという視点からの再構成が必要である。とくに、ジェンダー・バイアスの問題は、性差別の問題であるから、憲法の一部として全学生必須の科目とするべきである。


6. ポジティブ・アクションの実施

また、基本法第13条にもとづき策定された「男女共同参画基本計画」の「1 政策・方針決定過程への女性の参画の拡大 (3) 企業、教育・研究機関、その他の各種機関・団体等の取組の支援」においては、さまざまな分野における女性の参画状況に関する定期的な調査の実施及び男女間の格差を改善するために必要な措置(ポジティブ・アクション)を具体化することがあげられている。


司法における性差別を是正するためには、意思決定の場に女性が参加するよう、弁護士会、裁判所、検察庁において、以下のとおり積極的な是正策が講じられる必要がある。その際、女性の参画を阻害している要因がないかについて、調査を行い、これを除去するための措置を講じることとし、数値目標は国のかかげる目標値に準じるものとする。


弁護士会

本来、弁護士会は、弁護士の強制加入団体として法曹界の重要な一翼を担うものであり、弁護士会における男女共同参画の実現なくして男女共同参画社会の実現はありえない。また、人権擁護と社会正義の実現を標榜する弁護士の集団である弁護士会こそ、両性の平等という憲法の理念を実現すべく、男女共同参画を積極的に推進し、社会のモデルとなるべきである。


全国の弁護士の中で女性の占める割合は、2001年で10.9%であり、年々上昇傾向にあるが、弁護士会の意思決定機関の中に占める女性はきわめて少数である。弁護士会の意思決定機関の中に占める女性の割合が、弁護士全体の女性割合に満たない場合には、女性の参画を困難にするような障害の有無を具体的に調査し、その障害をとりのぞくための施策を構築することが必要とされる。


裁判所・検察庁

2000年の判事の女性割合は7.0%(ただし判事補は21.4%)、検察官の女性割合は6.1%である。弁護士会と同じく、それぞれの職種における一定の職位以上(裁判所長、検事正など)の女性割合が、裁判官または検察官全体に占める女性割合に満たない場合は、積極的是正措置がとられるべきである。


最高裁判所判事

日本の法曹史上、最高裁判所判事に就任した女性は2名のみであり、法曹(弁護士)分野出身の女性はひとりもいない。これまで女性の最高裁判所判事が出現しなかった要因を分析するとともに、障害要因の除去をふくめた積極的是正措置をとることが必要である。


7. ジェンダーの視点からの法制度・手続などの見直し

歴史的に司法システムは男性の手で作られ、男性にとっては中立公正な制度であると信じられてきた。しかし、ジェンダーという観点からは現実には数々の問題が存在している。よって、すべての司法手続を、ジェンダーの視点から見直し、速やかに積極的是正措置をすすめる必要がある。


とくに、以下のような点が検討されるべきである。


  1. 性暴力被害やセクシュアル・ハラスメントに関する刑事裁判、取調手続における被害者のプライバシーへの配慮、被害者の希望に応じた性別の警察官・検察官による事情聴取、事情聴取に携わる職員への教育訓練の実施など。
    また民事裁判においても、被害者が証言する場合の衝立の使用、ビデオリンク方式の採用など、尋問方法の改善や記録の閲覧制限など、被害者のプライバシーを保護するための措置をとること。
  2. ドメスティック・バイオレンスをふくむ離婚事件については、調停前置主義の例外措置を認めること。
  3. 性差別事件についての証拠収集手続において、証拠提出命令などの活用により、被害者の証拠収集をサポートできるような制度を設けること。また、性差別の疑いがある場合には立証責任を転換すること(2001年EU指令)。
  4. 離婚後の養育費に関し、不払の割合が極めて高いことをふまえて、当連合会が提言しているような給与天引制度、国の養育費立替払制度の新設など(1992年「離婚後の養育費支払確保に関する意見書」)、民事執行制度を見直し、養育費の支払確保をはかること。

8. 女性の司法へのアクセス

女性の司法へのアクセス障害を除去するための施策を実行する必要がある。


歴史的・経済的事情から、女性の就労や社会参加の機会が制約されてきたため、司法の場で女性が権利意識を持って主体的に問題解決にあたる能力が十分に開発されていない面がある。また、性的暴力やセクシュアル・ハラスメントなどの被害に対する評価の低さ(慰謝料の低さ)、強姦罪の法定刑の軽さ(財産犯である強盗罪より法定刑が軽い)は、司法手続に救済を求めても十分には被害回復にならないという点で、被害者の司法手続利用を阻害する要因になっている。


さらに、専業主婦やパートなどの低賃金労働を余儀なくされている女性の場合、訴訟を提起するための費用(弁護士費用・訴訟費用)を調達するのが困難である点も、女性の司法へのアクセスを阻害する要因になっている。


よって、司法改革においては、とくに、性暴力やセクシュアル・ハラスメントなどの被害者に対する実効性ある被害救済の実現、裁判外での紛争解決機関の拡充と司法との連携、自治体による裁判支援制度の充実、法律扶助・訴訟救助の制度的見直しなどについては、速やかに是正措置を講じるべきである。