第53回定期総会・司法改革に対し抜本的な予算措置を求め、市民のための大きな司法の実現をめざす宣言

司法改革は、いま、政府に設置された司法制度改革推進本部において、司法制度改革審議会の意見書の趣旨にのっとり具体的な制度設計と立法作業が進められている。当連合会が、1990年(平成2年)5月の定期総会において司法改革宣言を出して以来めざしてきた「大きな司法」、「市民による市民のための司法」を実現する重要な時期に入っている。


もとより裁判官、検察官の大幅増員をはじめ、法科大学院の設置、裁判員制度、国費による被疑者弁護制度などは、いずれも相当規模の財政資金を必要とするものであり、政府が必要かつ十分な予算措置を講じなければ、これらの制度改革の目的は達しえない。審議会意見書や衆・参両法務委員会の附帯決議が特段の予算措置を行うことを政府に求めていたように、それは当然の前提とされていたのである。具体的な制度設計の段階にいたって、政府において財政難を理由に司法改革関連予算の拡充に消極的になるようなことがあれば、「改革つぶし」との批判を免れないであろう。


今般の司法改革は、法の支配を社会の隅々にまで浸透させ、この国のあり方を変えることを目的として行われるものである。その重大な意義に照らせば、司法改革に対し抜本的な予算措置を行うことは、何よりも国民の要請と利益にかなうことである。


われわれは、司法制度改革推進本部における立法作業において、あるべき制度設計が財政上の困難さを理由に歪められたり、矮小化されたりすることのないように、国民とともに司法改革に対し抜本的な予算措置を求め、「信頼するに足りる、力強い大きな司法」、「市民の司法」の実現のためにいっそう努力する決意である。


以上のとおり、宣言する。


2002年(平成14年)5月24日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1. 5次にわたる司法改革宣言

当連合会は、1990年(平成2年)5月の定期総会において、「司法改革に関する宣言」を発し、「今こそ国民主権の下でのあるべき司法、国民に身近な開かれた司法をめざして、わが国の司法を抜本的に改革するときである」として「国民のための司法を実現するため、国民とともに司法の改革を進める決意である」と表明して以来、これまで5次にわたる司法改革宣言を行ってきた。


1994年(平成6年)5月の定期総会では、弁護士偏在の解消と司法の物的・人的規模の拡充、陪・参審の導入、法曹一元の実現という具体的目標を掲げ、この実現を図る決意を宣言した(第3次司法改革宣言)。


さらに内閣に司法制度改革審議会の設置される直前の1999年(平成11年)5月の定期総会では、法曹一元制の導入、陪・参審制の実現、法律扶助制度の抜本的改革、国費による被疑者弁護制度の法制化、行政争訟手続の強化、弁護士偏在解消のための法律相談センターや公設法律事務所の設置、弁護士業務の改革などを、国民とともに、国民の立場に立って実現するために全力を尽くすことを宣言した(第4次司法改革宣言)。


そして、司法制度改革審議会の審議がすすみ、重大な局面を迎えた2000年(平成12年)5月の定期総会では、「憲法と世界人権宣言の定める個人の尊厳と人権の確立を求めて、わが国の司法について、これまでの行政主導型の社会における『小さな司法』から、わが国の社会の隅々まで『法の支配』がいきわたる『大きな司法』へと変換をとげる抜本的な改革」と「市民の参加をうけ、市民に身近で役立つ『市民の司法』」の実現をめざすことを宣言した(第5次司法改革宣言)。


2. 司法制度改革審議会意見書の意義

司法制度改革審議会は、2001年(平成13年)6月12日、2年間にわたり60回をこえる審議の結果を取りまとめ、「司法制度改革審議会意見書―21世紀の日本を支える司法制度」を発表した。


審議会意見書は、不十分な点を含んでいるものの、裁判官、検察官、弁護士人口の大幅拡大、量のみならず質の高い法曹の養成を担う法科大学院の設立、わが国で初めて市民が裁判官と対等の立場で裁判過程に参加する裁判員制度の導入、国費による被疑者弁護制度の法制化、弁護士偏在解消のための法律相談センターや公設事務所の設置、裁判官の給源の多様化・多元化を図り、弁護士任官を推進すること、判事補に弁護士などの他の法律専門職経験を積ませる制度の導入、特例判事補の計画的・段階的解消、裁判官の任命過程に国民の声を反映させる指名諮問委員会(仮称)の設置、裁判官人事評価の透明性・客観性の確保などを提言している点において、「日弁連が提唱してきた『市民の司法』をめざす方向性を打ち出したものとして基本的に評価できるものとなっている」(2001年(平成13年)9月7日の当連合会「司法制度改革審議会意見書について」)。


3. 司法改革に対する予算措置の重要性

この審議会意見書を受けて、政府は2001年(平成13年)11月に3年の時限立法である司法制度改革推進法を成立させ、12月1日に内閣総理大臣を本部長とする司法制度改革推進本部を設置した。司法制度改革推進本部は、審議会意見書の趣旨にのっとって司法制度の改革と基盤の整備を進める機関であり、現在ここにおいて具体的な制度設計と立法作業が急ピッチで進められている。日弁連が、めざしてきた「大きな司法」、「市民の司法」を現実のものとすることができる重要な段階に入っている。


ところで、審議会意見書の提言している法曹人口の大幅増員、法科大学院の設立、国費による被疑者弁護、裁判員制度の導入などは、相当規模の財政資金を必要とするものであり、政府において十分な予算措置を行わなければこれらの制度改革が実現しないことは言うまでもない。


今般の司法改革において十分な財政上の措置を取ることの重要性については、審議会意見書がわざわざ一項目を設けて、「当審議会としては、司法関連予算の拡充については、それを求める世論がすでに国民的に大きな高まりを持つに至っていることを確信しており、政府に対して、司法制度改革に関する施策を実施するために必要な財政上の措置について、特段の配慮をなされるよう求める」と明記しているところである。また、衆議院法務委員会においても、「政府は、司法制度改革を実効性あるものとするため、裁判所、検察庁等の人的・物的体制の充実等を始め、特段の予算措置を行うように努めること」と附帯決議がなされ(2001年10月26日)、さらに参議院法務委員会では、「政府は、司法制度改革を実効性あるものとするため、裁判所、検察庁等の人的・物的体制の充実等を始め、万全の予算措置を行うよう努めること」と附帯決議がされた(2001年11月8日)。


4. 財政面からの異議

ところが、それにもかかわらず、財務省などからは、わが国の裁判官、検察官の数は諸外国に比しても遜色ないなどと主に財政の支出を抑制する側面から審議会意見書に対する批判がなされ、法曹人口の増大に水を差す議論が展開されている。さらにまた財務省広報誌「ファイナンス」(2002年3月号)には、「今後、(司法制度改革について)具体的方策の検討を進める中で、限られた財政資金の効率的使用の観点から合理的な制度を構築していく必要がある」などとする主計局主計官の論文が掲載されている。これらは、財政資金が限られているのだから、それにあわせて司法改革の制度設計は小さく行われるべきだという意見と言わざるをえない。


このように、財務省などからは、司法改革に大きな予算措置を行うことに対してブレーキをかけるような異議が述べられている。これをうけて与党の中にも陰に陽に慎重意見が出されている状況である。しかし、これでは、「大きな司法」、「市民の司法」は決して実現しない。


5. 国民とともに「大きな司法」「市民の司法」をめざす

近年の司法関連予算が国家予算の中に占める割合は0.4%に過ぎない。そのあまりにも少ない司法関連予算が、わが国の司法の機能低下をもたらし、「2割司法」などと言われ、市民の司法に対する信頼を失ってきた重大な要因の一つとなってきた。


審議会意見書が提言している司法制度改革を実現するために新たに必要となる予算金額は、制度設計が確定的にならないと正確には算出できない。しかしながら、日弁連が要求する制度内容によって仮に概算してみると、下記内訳のとおり約3430億円であり、これを仮に平成14年度国家予算と対比してみると、その0.4%に過ぎない金額である。


裁判員制度の確立 約 130億円
裁判官・検察官の増員 約 1960億円
国費による被疑者弁護・少年付添 約 400億円
法科大学院 約 790億円
法律扶助 約 150億円

審議会意見書は、21世紀には司法の役割が飛躍的に増大することをふまえて、これまでの「小さな司法」を根本的に変換し、法の支配が社会の隅々にまでいきわたり、弱い立場の人の権利が迅速に実現できる「信頼するに足りる力強い大きな司法」を実現し、この「国のかたち」の再構築を提言している。そのためには前述した抜本的な予算措置が必要なのである。それは国民の権利・利益を守るために必要な予算であり、それ自体が国民の要請と利益にかなうものであることは言うまでもない。


今般の司法改革の重要な意義に照らせば、司法改革関連予算の抜本的拡充は不可欠なのであり、まちがっても限られた財政資金を前提として、それに合わせた制度設計が行われてはならない。


われわれは、財政面から司法改革に対してブレーキをかけるかのような動きがあらわれてきていることを広く国民に知らせ、国民とともに司法改革に対し抜本的な予算措置がなされるよう大きな国民的運動を起こし、「大きな司法」「市民の司法」の実現のためにいっそう努力するものである。


以上