第49回定期総会・労働法制の規制緩和に反対し,人間らしく働ける労働条件の整備を求める決議

  1. 政府は、本年2月10日「労働基準法の一部を改正する法律案」を国会に提出し、また現在、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」(以下「派遣法」という)の一部「改正」法案を今国会に提出するべく準備中である。これらの内容は、昨年6月成立した時間外・休日・深夜労働に関する労働基準法(以下「労基法」という)の女子保護規定の撤廃とあいまって、労働法制における規制緩和、労働力の流動化を一層促進するものである。


  2. 元来、労基法をはじめとする労働諸法は、労働者が人間らしく働くための労働条件の最低基準を法律で定めたものである。
    しかし、現在提案されている労基法の「改正」案では、労働契約期間の上限を3年に延長することとしている。こうした期間の延長は、短期雇用の労働者を増大し、ますます不安定雇用を促進することとなろう。また、法案の時間外労働に関する男女共通の規制は法的拘束力がないばかりか、さらに深夜労働については何らの規制もない。さらに、裁量労働制の拡大、変形労働時間制のより一層の弾力化が推し進められている。このような法案が通過すれば、歴史的経過の中で形成されてきた1日8時間労働の原則が崩れ、過労死に象徴されるようなわが国の長時間過密労働にますます拍車をかけることになり、労働者の健康、家庭生活をおびやかし、とりわけ女性にとって家庭生活と職業生活の両立はますます困難となるであろう。
    さらに、新裁量労働制において「労使委員会」の導入が提案されているが、これは法的規制をもって最低限の基準を定め、それにより労働者を保護することを目的とする労基法の性格を大きく変えかねない重大な問題である。


  3. また、労基法の「改正」に続いて、労働者派遣を原則自由化する派遣法の「改正」が準備されている。現行の派遣法においては、派遣労働者の平等待遇や団結権など労働者の重要な権利が全く保障されておらず、そのため、派遣労働者は劣悪な労働条件の下で働いている。このような権利保護のための法改正こそ必要であるにもかかわらず、今回の「改正」は、この点については何らの権利も定めず、派遣事業の原則自由化のみ打ち出している。このような法「改正」では、政府の根拠としているILO第181号条約の趣旨にすら反するものとなろう。


  4. 当連合会は、これまでも、労働時間や労働契約の規制緩和に反対し、男女共通の時間外・休日・深夜労働の規制を求めるとともに、派遣労働者の権利擁護のための法の整備を提案してきた。
    以上のような理由から、当連合会は、今回の労働法制に関する規制緩和に反対し、労働者が健康で人間らしく、家庭責任との調和を図りながら働き続けることができる労働条件の確立を強く求めるものである。

1998年(平成10年)5月22日
日本弁護士連合会


提案理由

1.日本国憲法は国民に労働の権利・義務を定め、健康で人間らしく働くために労働条件を法律で定めること、労働者の団結権・団体交渉権その他団体行動権を保障することを定めている。


労基法をはじめとする種々の労働法制は、この労働者の憲法上の労働者の権利を保障するために定められた。


2.しかし、現実の労働実態は、このような憲法上の権利からほど遠く、長時間労働や男女の賃金格差など、国際的に見ても労働条件は劣悪である。


ところが、今回の労基法、派遣法の「改正」は、このような問題を解決するどころか、さらに労働条件を悪化させ雇用の不安定を増大させるおそれのあるもので、容認することはできない。


3.労基法の「改正」については、以下のような問題がある。


第1に、労働契約期間の上限を、「当該事業場で確保することが困難な高度の専門的な知識、技術又は経験を有する労働者」及び「60歳以上の労働者」等について3年に延長するとしている。


これは、「専門的能力を有し、柔軟、多様な働き方を志向する労働者がその能力をより一層発揮するための環境整備」及び「高齢者の雇用の場の確保」のためとされている(中央労働基準審議会の建議)。


確かに、今日雇用形態が多様化し、特にパート、契約社員、派遣、嘱託といった形の非正規雇用労働者、有期雇用労働者が増大している。しかし、このような雇用形態の労働者が増大しているのは、人件費の節約をめざした使用者の意図によるところが大であって、労働者側の自主的な選択によるものとはいいがたい。特に有期雇用として働く労働者の多数を占める女性は、長時間労働では家庭生活との両立が困難である、あるいはそもそも募集・採用の段階で門戸を閉ざされている等の理由により、有期の非正規雇用労働者として働かざるを得ないのが現状である。


現在、有期雇用契約でも、一定の回数以上更新を重ねることによって、期限の定めのない雇用契約として解雇制限の法理が適用されている。しかし、契約期間の上限を3年に延長することは、期間の経過によって、一方的に労働契約を終了させることを可能にし、3年間の契約期間での打ち切りという雇用の不安定を拡大する。また、労働者を限定する要件は抽象的で、その拡大が危惧される。


第2に、新たな裁量労働制を導入している。すなわち、これまでは業務により裁量労働制の範囲が規制されていたが、今回の法案では業務を問わず労使委員会の決定によって適用できるもので、ホワイトカラー全般に拡大されるおそれがある。しかし、裁量労働制は、みなし労働時間制によって労働時間の上限規制をなくし、定められた仕事を終了するまで働くことを求めるという労働強化をもたらすとともに、時間外手当を削減して賃下げにつながる。


入社後1年4カ月で自殺した労働者は、長時間過密労働の下で自殺直前の8月は22日間に10回の徹夜という「社会通念上許される範囲をはるかに超え長時間過密労働」(電通事件。東京地判96.3.28、東京高判97.7.28)を強いられていた。職場では、時間短縮どころかこのようなノルマに追われた長時間過密労働が広がっているのが実態で、裁量労働制が採用されれば、現在蔓延しているサービス残業を一層増加させるものとなるであろう。


法案では、このような裁量労働制への規制として、労使の代表によって構成される労使委員会で定めるとしているが、わが国の組織労働者の割合は22.6%にすぎない。しかも、労働者の過半数が働いている100人以下の事業所では、組合組織率はわずか1.6%である。そして、組合のない事業所では、労働者代表について38.6%が使用者の推薦によって選ばれている。また、現在でも労使の代表によって定められる労使協定による時間外労働の規制は、長時間労働の規制の役割を果たし得ていない。労基法の労働者保護法としての本質からすれば、労働条件の規制は法による規制と行政による監督が基本であり、そのうえに立っての「労使自治」でなければならない。


第3に、法案では時間短縮のための措置として、1年単位の変形労働時間制の所定労働時間の限度を、期間の長短にかかわらず、1日10時間、1週52時間とし、年間を通じて週平均40時間の実現を図るとしている。しかも、労働日・労働時間の特定は30日以上前に特定することを要件にはしているが、1カ月以上の期間ごとに区分して特定できるとしている。


変形労働時間制による労働時間の弾力化は、1日の労働時間を延長するとともに、不規則労働を強いる結果となる。加えて繁忙期(長時間労働の時期)の時間外労働も禁止されていない。しかも、法案では1カ月前にしか自分の労働日や労働時間が分からないということになり、生活管理に著しい支障をきたすこととなる。健康に働き続けること、あるいは家庭責任との両立を図るためには、1日の労働時間の短縮が重要で、短時間労働の時期があったとしても、長時間労働の時期の健康破壊、ないしは育児・介護の手当ができなければ勤務を中断せざるを得ない。子育ての時期に一旦退職して中高年で再び働くというわが国の女性労働者のM型雇用は依然として改善されていないが、変形労働時間制の拡大はこのような傾向にますます拍車をかけることが予想される。


また、今回の法案では、変形労働期間の中途で労働者を採用することを認めており、繁忙期のみを雇用する不安定雇用労働者を一層増大することとなろう。さらに、繁忙期の時間外労働が所定労働に組み込まれて、実質的な賃下げにもつながる。


労働者保護の原則とも言うべき1日8時間労働の原則を破壊する変形労働時間制の拡大は認めるべきでない。


4.さらに重要なことは、昨年6月に成立した労基法の「改正」により定められた時間外・休日・深夜労働についての女子保護規定の撤廃にともない、国会でも時間外労働を規制するために実効性ある方策を実現することが付帯決議されたにもかかわらず、男女共通の労働時間規制について、罰則はおろか具体的法的規制が法案に盛り込まれていないことである。


現在でも、目安時間が定められ、法的には労使協定で規制が可能であるにもかかわらず、現実には全く規制がないに等しく、年間総労働時間は、仏・独に比べれば年間300から400時間も長い。過労死に代表される労働者の健康破壊、保育や介護能力を失った家庭の崩壊は深刻な社会問題である。国会の付帯決議は、このような長時間労働が女性にまで及ぶことの深刻さに鑑み、女子保護規定撤廃の施行までに男女共通規制を実現するよう求めたものである。


ILO第1号条約は時間外労働の上限を定めることを求め、諸外国ではほとんどが男女共通の時間外規制を行っている。1995年に発表されたILOの調査では151ヵ国中96カ国が1日単位の規制を行い、その中でも1日2時間を上限とするものが最も多い(ILO労働条件ダイジェスト)。また、わが国も批准した同第156号条約は、家族的責任を持つ労働者への特別措置とともに一般労働者の労働基準の改善を求め、同時に採択された同第165号勧告では「1日の総労働時間の漸進的短縮及び時間外労働の短縮」を求めている。


今回の改正案は、先の女子保護規定の撤廃の経過や国際基準に反するものである。また、政府が閣議決定した年間総労働時間1800時間の達成には時間外労働を年間147時間以下にすることが必要であり、そのためには、時間外労働時間の具体的数値を法律の条文に定めた強行法規としての法的規制が是非とも必要である。


また、深夜労働に関しても今後の検討課題とされ、提案されておらず、現行の野放し状態が女性労働者にまで及ぶこととなる。深夜業は公共上必要な最低限度の業種に限定するとともに、例外的に認められる場合も時間規制等の規制を図るべきである。そして、これらに違反した場合には罰則規定をもうけることが必要である。


5.現在準備が進められている派遣法の「改正」では、派遣事業が原則自由化されようとしている。その理由として、ILO第181号条約により、民間職業紹介に関する新たな基準が示されたことを根拠にし、労働者派遣事業を経済社会情勢の変化への対応、労働者の多様な選択肢の確保、雇用の安定の確保から、臨時的・一時的な労働力の受給調整に関する対策として位置づけるべきとしている。


確かに、同条約では職業紹介の原則自由化をうたっているが、同時に採択された同第188号勧告とともに派遣労働者の権利保護のための規定を詳細に定めている。わが国の派遣法においては、このような権利保護は定められておらず、そのため労働者派遣の広がりは、人件費の削減が主な目的であり、長期的、恒常的労働者派遣が一般化しているとともに、派遣労働者は劣悪な労働条件下での不安定な雇用状況に置かれている。


当連合会は、派遣労働者への差別禁止や労働者の権利保護のための規定こそが必要である旨提言して来たが、今回予定されている法「改正」にはこのような内容は盛り込まれておらず、また立法目的とされる一時的、臨時的労働としての位置づけのための措置も特別なものはない。これでは、劣悪な労働条件の不安定雇用が野放しとなるのみである。


6.当連合会は、これまでも労基法の改正や派遣法の制定及び改正につき、労働者保護の立場から種々の意見を述べてきたが、今回の法「改正」の内容はそのような意見と相容れないものである。


当連合会は、上記のような労働法制に関する規制緩和に反対し、労働者が健康で人間らしく、家庭責任との調和を図りながら働き続けることができる労働条件の確立を強く求めるものである。