第49回定期総会・規制緩和の進展に際し消費者をめぐる法制度の抜本的改革を求める決議

本年は、消費者保護基本法制定30周年に当たる。


この30年、消費者問題の重要性はますます増大してきたが、消費者の権利確立は必ずしも十分ではなく、特に消費者取引における被害の現状は看過し得ない。


現在、金融ビッグバンに象徴される規制緩和が進行中であるが、消費者をめぐる法制度を現状のままにしての規制緩和の進展が、さらに大規模な消費者被害をもたらすことを懸念せざるを得ない。


今こそ、消費者をめぐる法制度の抜本的な改革が必要である。


まず、事業者に対する既存の行政的諸規制に代わって、事業者と消費者間の取引に関する、新たな民事ルールの確立が不可欠である。このルールは、消費者を単なる保護の対象ではなく、事業者と対等な権利主体とする理念に基づいて、契約締結過程の行為準則となり、また契約内容の適正を確保するものでなくてはならない。


現在、国民生活審議会消費者政策部会が民商法の特別法として制定作業に取り組んでいる「消費者契約法(仮称)」は、包括的な消費者契約における消費者の権利の基本法として評価しうるものであり、消費者の利益の立場からさらに充実した、実効ある立法の早期実現を望むものである。


また、消費者取引の各個別の分野に特有な具体的ルールの設定も必要である。さしあたり、金融部門における日本版ビッグバンの進展に対応する特別法としての「金融サービス法」と、消費者与信の部門において過剰与信と与信による悪徳商法加担防止を主たる目的とする「統一消費者信用法」の制定が緊急課題である。


次に、規制緩和の時代にこそ公正競争の理念が必要であって、独占禁止法を強化・充実しなければならない。とりわけ、私人による民事訴訟を手段とした独占禁止法の活用に道を開く法改正が緊急の課題であって、消費者団体に悪徳商法に対する差し止め請求の訴権を認める制度の新設などを実現すべきである。


さらに、規制緩和の時代にも、消費者の権利実現の環境を整備する行政機能は存置しなければならない。進行中の省庁再編において、消費者被害の防止に実効的な権限を有する行政機関の設置を求める。


以上のとおり、消費者の権利確立のために、下記の提言を行う。


  1. 消費者契約における包括的基本法である「消費者契約法」の早期制定
  2. 金融商品購入に際して消費者の権利を確保する「金融サービス法」の早期制定
  3. 多重債務問題を予防し与信による悪徳商法加担を防止する「統一消費者信用法」の早期制定
  4. 悪徳商法の未然差し止めを主眼とした独占禁止法改正の実現
  5. 消費者被害の防止に実効ある権限を有する行政機関の設置

以上決議する。


1998年(平成10年)5月22日
日本弁護士連合会


提案理由

1.今、消費者は、非常事態にある。


一方で、古典的な悪徳商法の被害は絶えることがない。古くはネズミ講、豊田商事から、最近の霊感・霊視、オレンジ共済、ココ山岡、和牛預託商法まで連綿とつながっている。他方、近年の大型消費者被害の特徴は、公設商品先物取引被害、ワラント、変額保険、提案型融資等々、商品取引・証券・保険・銀行など信用秩序の裡にあるはずの許認可業者によって引き起こされていることにある。消費者被害は、一般市民に無差別に生じている。


また、規制緩和・金融ビッグバンは、早くもその助走の段階で金融機関の経営破綻をもたらし、なんの「落ち度」もない市民の消費者被害を現実のものとした。日産生命の破綻による処理の経過は、その典型として記憶に新しい。


さらに、過剰融資と高金利を主な原因として、消費者に対する与信は、膨大な多重債務者群を創り出し、深刻な社会問題を引き起こしている。97年の自己破産申立件数は、史上最高の7万件を超えたが、この勢いはさらに加速されようとしている。


以上のとおり、多発・多様化・大型化した消費者被害は、現在既に看過し得ない。このままでは、規制緩和・金融ビッグバンの本格的展開とともに、さらに大きな消費者被害の発生を憂慮しなければならない。


にもかかわらず、消費者被害救済に活用しうる現行の法制度は極めて不十分である。民法の一般規定と、本来産業育成を主たる任務としてきた各種業法の一部規制規定を活用しているのが訴訟実務の実情であって、消費者被害救済に司法が有効に機能しているとは言い難い。


2.日弁連は、1989年9月16日松江で行われた第32回人権擁護大会において「消費者被害の予防と救済に関する国の施策を求める決議」を採択した。同決議は「消費者は、その消費生活の全ての場面で、安全および公正を求める権利が保障されるとともに、その実現に参加する権利を有する」と宣言し、その立場からの「消費者法」の制定と、「総合的統一的な消費者行政を推進する消費者庁の設置」を提言した。


その後9年が経過する中で特筆すべきは、消費者団体をはじめ多くの関係者の努力で製造物責任法が成立したことである。これは消費生活における安全を求める消費者の権利確立の面で画期的な成果であった。しかし、消費者取引の面に関しては大きな前進があったとは言い難く、昨今の省庁再編論議の中における消費者行政のあり方についての論議も不十分である。


このような状況のもとで、右89年決議における提言は今日でもその意義を失わず、むしろ提言実現の必要性は一層の切実さを増している。


3.消費者の権利確立のためには、次の諸施策が必要である。


(1.消費者契約法の早期成立


1996年12月の第15次国民生活審議会消費者政策部会は、消費者取引の適正化のために,包括的な民事ルールを定立する必要性を指摘する報告を行った。翌97年10月には、すべての消費者契約を対象とした包括的な法律の早期立法が必要であるとして、想定される法律の内容についての論点を提示し、本年1月には「消費者契約法(仮称)」として具体的な内容を示す中間報告を行った。


この法案の骨格は、事業者と消費者の間にある情報や交渉力の格差という現実から出発して、この格差を是正して実質的な対等性を実現するために、契約締結過程における事業者の消費者に対する情報提供義務を明定すること、詐欺や強迫の程度に至らない不当勧誘にも取り消し権が認められること、消費者に不当に不利益な条項を無効とすることを通じて契約内容の公正を実現すること、さらにこの法律を実効化する制度を作ること等にある。


我々は、この立法提言は時宜に適ったものであると歓迎する。特に、消費者の置かれた状況と消費者被害の実情を十分に踏まえて、立法の必要性を具体的に説いている姿勢を評価したい。中間報告において公表された内容から後退することなく、さらに消費者の利益実現の方向で「消費者契約法」の立法化が実現し、全ての消費者取引に通有する事業者の義務と消費者の権利が法定されるならば、我が国の消費者取引のあり方が変り、消費者訴訟の実務が変わることになろう。


(2.金融サービス法の制定


消費者取引の各分野に、その固有の性格に応じたきめ細かな特別法が必要である。今第一に求められているものが、証券・銀行・保険の分野においてビッグバンの急速な進展に対応すべき消費者保護施策としての金融サービス法である。


近時この分野では、ワラント等新型金融商品のリスク不開示の勧誘、適合性を欠いた消費者に対する売りつけ、不動産共同投資や変額保険等の提案型融資のような深刻な消費者被害が続発してきた。これを防止し得ず、救済も十分にはなしえない現行法制の不備が明らかである。たとえば、銀行法は消費者保護の視点を欠き、銀行取引における顧客保護のための行為規制はまったく存在しない。また、諸外国で見られる消費者保護のための事前規制や監視体制がなく、被害回復手段も貧弱である。


日本版ビッグバンの推進により、従来の銀行・証券・保険の業態間の相互参入が進めば、業態に着目した個別業法による規制は有効性を失う。業態ではなく金融商品・金融サービスという取引内容に着目して、横断的に金融資産運用に関するサービスをひろく対象とする包括規制を行うことを目的とする金融サービス法の制定が必要となってくる。


 この立法には、売手注意を基本理念とし、誠実公正義務、適合性の原則、書面作成・交付義務、説明義務、不実告知・依頼のない勧誘・断定的判断提供の禁止等の行為規制を行い、違反する場合には無効、取消、解除、損害賠償請求権等私法上の効果を認め、必要な場合には差し止めも行えるような救済制度を持ち、証拠書類の開示義務等紛争防止・解決に関する規定、業者の信用状態開示規定等も含むことが必要である。


(3.統一消費者信用法


消費者に対する信用供与は、貸金業者、信販会社、銀行、その他多様な業者によって行われているが、現行制度においては、貸付信用については貸金業規制法、販売信用については割賦販売法と規制根拠が別れており、所轄官庁も大蔵省と通産省とに区分され、統一的な法的規制は存在しない。過剰与信による安易な貸付等に対する有効な対策は講じられておらず、割賦販売法の指定商品制は規制対象外取引を存在させ、個人信用情報に関する被害についての法的規制は全くない。悪徳商法やハイリスク金融商品の売却が与信とセットになって、与信が悪徳商法に加担し、これを助長する例が多いが、その防止策も極めて不十分である。法制の不備が消費者被害の拡大を防止できない原因の一端となっている。


これに対しては、対消費者信用供与取引のすべてを適用対象とし、契約内容を記載した書面の交付義務、クーリングオフの定めを持ち、広告・過剰与信・取り立て・金利規制、個人信用情報保護の厳格化等の内容を持つ統一消費者信用法の制定が必要であり、直ちに立法化のための作業に着手すべきである。


(4.独占禁止法に基づく民事訴訟活性化のための立法措置


独占禁止法は企業の自由かつ公正な競争を促すことにより、一般消費者の利益を確保することを目的とする自由主義市場経済体制の基本法である。独占禁止法に基づく民事訴訟の活用は独占禁止法を法規範として実効あらしめるために不可欠であるが、我が国では独占禁止法制定以来同法違反を理由とする民事訴訟は極めて少なく、また、裁判所が独占禁止法違反を認めて判断を示した事例も極めて少ない。


その原因の根本は、私人において独占禁止法を活用して訴えを提起する(私訴)ことを促進する制度の未整備にある。特に違法行為差し止め権明文の不存在と、損害額立証の推定規定を欠いていることが重要である。


欺瞞的顧客誘因として明らかに独占禁止法の定める不公正な取引に該当する行為が差し止めの措置を受けることなく放置され、消費者被害の拡大を許してきたのがこれまでの実態であった。また、独占禁止法違反を根拠とする損害賠償請求訴訟は、損害額立証の壁に突き当たってきた。数々の重要事件において公正取引委員会は「損害額算定は不可能」と表明し、裁判所が厳格な損害額立証を求める姿勢をとっていることと相まって、この種訴訟の遂行は困難となっている。


このような状況を改善するためには、独占禁止法違反に対する損害賠償について損害額の推定規定を設けること、欺瞞的顧客誘因行為と取引強制に対する差し止め制度を創設するほか、差し止め対象行為について一般条項を設け、消費者団体に訴権を与える等の立法措置がとられるべきである。


4. 以上のような具体的な立法措置をとるほか、今般進められている省庁再編の機会に、従来の縦割り行政、後追い行政の弊害を除去し、消費者の立場に立った総合的統一的な消費者行政を推進する、消費者庁または国民生活庁を設置すべきである。


あるいは、不適正な取引を是正するための基本的な実効ある措置として、消費者に危害を及ぼす取引を行っている疑いのある事業者に対してその業務内容を調査する権限と被害防止のために必要な指導や改善措置を命ずる権限を、現在ある部局に与えるべきである。


また、消費者被害発生の根絶のため、より根本的には消費者に対する積極的な情報提供と、抜本的な消費者教育の充実をはかる必要がある。


5.本年は消費者保護基本法が制定されて30周年にあたる。


この30年の消費者運動の歩みはめざましく、消費者が単なる保護の対象とされる時代は過去のものとなった。上記のとおり、消費者と事業者との間の格差を埋めて実質的対等性を確保し、また消費者自らが権利を守るために行動できる条件としての制度を確立することが必要と意識されるようになっている。


本決議は、そのような消費者の権利確立に資するものとして、提案するものである。