第48回定期総会・憲法50年・国民主権の確立を期する宣言

わが国は、1946年11月3日、国民主権、恒久平和、基本的人権の尊重を原理とする日本国憲法を公布し、翌1947年5月3日これを施行した。われわれ国民は、今なお沖縄に巨大な米軍基地が存在しているなどの重要問題をかかえながらも、日本国憲法のもとで、平和と人権の擁護に努め、今ここに施行50年を迎えるに至った。


しかし、わが国では、立法・行政・司法いずれの分野においても、いまだに強固な官僚主導が続き、国民一人ひとりが国の主役として参画し、尊重されているとは言い難い状況にある。また、国政に関する情報開示制度も確立されておらず、国民主権をはじめとする憲法の諸原理が十分に定着するには至っていない。


国民主権の確立は、わが国のみならず国際社会における平和と人権の擁護を実現する力の源泉であり、21世紀を間近にした現在、国民一人ひとりが、国民主権の確立に自覚的に取り組まなければならない。


国際社会においては、第2次世界大戦後、国際連合をはじめとする平和と人権に関する諸制度が整備されつつあるものの、戦禍は絶えず、無数の人命と多大な財が失われ、地域紛争はなお各地で多発している。また、地球的規模で公害、環境破壊、核問題や人権侵害、飢餓・貧困などの問題が深刻化している。


われわれ国民は、国内はもとより世界の各地、とりわけアジアの人々と連帯し、平和で安全に人間らしく生きる権利を実現するために貢献することが求められている。


当連合会は、1949年9 月の発足以来、基本的人権の擁護、社会正義の実現を使命として活動をしてきたが、日本国憲法施行50年にあたり、心を新たにして、日本国憲法を尊重し、人間の尊厳を守るために、国民主権の確立をはじめとする諸課題の達成をめざし、国民とともに力を尽す決意である。


以上のとおり宣言する。


1997年(平成9年)5月23日
日本弁護士連合会


提案理由

1. わが国は、先の戦争において、多大な惨禍を内外に与えたことに対する反省と教訓にもとづき、1946年11月3日、日本国憲法を公布し、翌1947年5月3日これを施行した。


憲法の国民主権の原理及び基本的人権の保障は、「すべての権力は人民に存し、したがって人民に由来するものである」とするヴァージニア権利宣言(1776年)、アメリカ独立宣言(同年)、フランス人権宣言(1789年)などに由来し、世界人権宣言(1948年)、国際人権規約(1976年)と軌を一にし、国際的な普遍性を持っている。


さらに、戦争放棄・戦力不保持、国際協調主義は、平和への指針として世界に誇り得る先駆性を示している。


2.この50年間、わが国が直接戦火にまみれることはなかった。しかし、わが国は、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争では沖縄などの米軍基地が利用され、軍需景気の利益を受け、湾岸戦争では多額の費用を提供するなど、間接的にこれらの戦争に関わりを持ってきた。また、わが国の主権回復後も、沖縄の米軍支配は1972年まで続き、その後も巨大な米軍基地が現在まで存続しており、戦後補償などの処理が未だに完了していないなど、大きな課題が残っている。また、自衛隊及び日米安保条約にもとづく米軍基地の存在は、憲法の平和主義の原理との関係で、国論を二分する憲法問題として存在している。


わが国は、明治以来官僚による中央集権体制が敷かれ、立法、行政、司法のいずれの分野においても、天皇の名のもとで官僚などによる国民支配が行われてきた。しかし、国民主権を基本原理とする日本国憲法が制定されたこの50年間を見ても、強固な官僚主導は未だ改まっていない。


阪神・淡路大震災の被災者の例を見ても明らかなように、立法府は、国権の最高機関として、国民の権利を保障して、その生存と幸福を確保する機能を果たしてきたとは言えず、むしろ行政府の主導に委ねてきた。行政府が国民の権利などを軽視する状況もなお続いていると言わざるを得ない。裁判所は、行政訴訟などにおいて、国民の権利を保障・擁護するというより、公共の利益を理由として制限することが少なくなく、真の法曹一元、国民の司法参加に背を向け、司法の分野において国民主権の原理を弱める結果をもたらしている。このように、わが国の現状は、国民主権の原理が未だ確立したとは言えない状況にある。


3. 第2次世界大戦直後から生じた、米ソを2極とする東西対立は、その後の世界の政治・経済・軍事などに大きな影を落し、南北朝鮮、東西ドイツの分裂を引き起こし、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争などの戦争、地域紛争、内戦、軍備拡張、核武装競争などを招来した。


この間、国際連合(1945年)の他に、アラブ連盟(1945年)、米州機構(1948年)、アフリカ統一機構(1963年)、東南アジア諸国連合(1967年)、欧州連合(1993年)などの地域機構が設立され、政治、経済、文化などで地域的協力を進める体制が作られてきた。


また、人権に関しても、基本的人権の擁護は、単なる内政問題ではなく、国際社会の共通の関心事であるとの認識のもとに、世界人権宣言(1948年)、人種差別撤廃条約(1965年)、国際人権規約(1966年)、女子差別撤廃条約(1979年)、拷問等禁止条約(1984年)、子どもの権利条約(1989年)、ヨーロッパ人権条約(1950年)、米州人権条約(1969年)、アフリカ人権憲章(1981年)など多数の宣言、条約が採択・調印されているほか、国連人権委員会など、これらにもとづく国際的・地域的な人権擁護制度・機構が整備されつつある。


それにもかかわらず、戦争、内戦、地域紛争で無数の人命と多大な財が失われ、公害、環境破壊は進み、薬害など多種多様な人権侵害が行われている。飢餓・貧困は深刻になっているが、これに対処すべき日本のODAは、被援助国の民生に必ずしも役立っていないとの批判がある。さらに、生命科学、情報科学など先端科学の研究・開発・実用化に伴い新たな人権問題が生じつつある。


また、核兵器をはじめとする核関連の諸問題が深刻になっている。


4.今われわれは、21世紀に向けて、わが国はもとより、世界の各地、とりわけアジアの人々と連帯し、前述の諸課題の達成をめざし、国際人権諸条約を早期に批准することなどをはじめとして、人間が人間らしく生きる権利を十分に保障し、実現することが緊急に求められている。


わが国の今日の課題は、多種多様であるが、これらの根本をなす課題は、国民主権の確立である。立法、行政、司法の全般において、国籍の有無を問わず、わが国に住んでいる一人ひとりが、人間として尊重され、公務員はそのために奉仕することが憲法の定める国民主権である。


国民主権は、一人ひとりが参政権、最高裁判所裁判官の国民審査、国政情報の開示請求などの種々の権利の行使、様々な改革運動などを自覚的に行うことによって確立するものであり、誰かによって与えられるものではない。


国民主権を確立することは、前述の諸課題に国民の総意を反映させて、有効、適切に取り組むことになる。国民主権の確立は、日本国憲法の定着・確立にとってもっとも緊要の課題である。


5.当連合会は、1949年9月の発足以来、基本的人権の擁護、社会正義の実現を使命として、平和的生存権、国際協調、基本的人権の擁護、公害防止・環境保全、消費者の安全と保護、両性平等の実現など様々な活動をしてきた。


そして、1977年5月、憲法施行30周年を記念して、「弁護士の使命が、この憲法とともにのみ達成されることに思いをいたし、そのゆるぎなき定着と発展とに向かって、われわれの総力を結集することを誓う。」と宣言し、憲法の定着と発展のために取り組み、とりわけ近年は国民のための司法改革に力を注いできた。


当連合会は、日本国憲法施行50年を契機として、昨年11月から、全国各地の弁護士会とともに、「生かそう憲法-国民主権、私たちが主役です-」という標語のもとに、国民主権の確立をテーマとして、情報公開法の制定をはじめ様々な取り組みをしている。


当連合会は、21世紀に向けて、今後とも引き続き、日本国憲法を尊重し、基本的人権の擁護、社会正義の実現という使命にもとづき、国民主権の確立を図りつつ、前述の諸課題を達成し、人間の尊厳を守るために、国民とともに力を尽くす決意である。


われわれは、この決意を憲法施行50年を機に国民に表明し、国民の理解と賛同を得ることが必要であり、大切である。


以上の理由により本宣言を提案する次第である。


以上