第47回定期総会・弁護士過疎地域における法律相談体制の確立に関する宣言

~弁護士過疎・偏在の解消と法律相談体制の確立をめざして

日本弁護士連合会は、過去3度にわたり、総会において司法改革に関する宣言を採択し、市民にとって利用しやすい、開かれた司法をめざして、司法改革に取組んできた。特に、一昨年の第45回定期総会の「司法改革に関する宣言(その3)」においては、全国どこにでも身近なところに弁護士が存在し、市民が適切で迅速な権利の実現を得られるような体制を整備することを目標の一つに掲げ、弁護士の偏在問題の解消に向けて努力することを宣言した。その結果、昨年9月、関係諸団体の協力を得て島根県内に石見法律相談センターが開設されたほか、他の地域での取組みも始まっており、一定の前進を見ている。


しかしながら、今なお、全国の地方裁判所・家庭裁判所の支部管轄区域において法律事務所が全くないか、または1か所しかない、いわゆる0~1地域は極めて多数に及んでおり、弁護士の過疎・偏在は厳然として存在している。


当連合会は、司法改革の一環として、被疑者国公選弁護制度の創設、法律扶助制度の抜本的改革、法律相談事業の全国的展開・拡充などに取組んでいるが、これら諸施策の実現のためにも、弁護士過疎・偏在を解消し、全国各地域に弁護士が存在するような体制を主体的に整備することが必要であると考える。


よって、当連合会は、弁護士過疎・偏在問題の解決のために全力をあげて取組むことを決意するとともに、当面の措置として5年以内に、いわゆる0~1地域を中心として緊急に対策を講ずべき弁護士過疎地域に法律相談センターを設置するなど、市民が容易に弁護士に相談し、依頼することができる体制を確立するよう最善を尽くす。


以上のとおり宣言する。


1996年(平成8年)5月24日
日本弁護士連合会


提案理由

1. 弁護士過疎・偏在が意味するもの.

弁護士の偏在問題が全国的視野で検討されたのは、1993年11月第8回日本弁護士連合会・弁護士業務対策シンポジウムである。そこで公表された「弁護士0~1マップ」(裁判所の支部はあるが、弁護士がいない〈0〉あるいは弁護士事務所は一つだけ〈1〉という地域の実態を明らかにした地図)は、マスコミからも「法の谷間」として問題提起された。


現在、全国には203か所の地方・家庭裁判所支部管轄区域があるが、このような弁護士事務所が存在しないか、一つしか存在しない、いわゆる0~1地域が78か所と全体の約4割にも及んでいる。


このことが示すように、都市部とそうでない地域との間には弁護士へのアクセスの機会一つとってみても不平等が存在している。この不平等性は、市民の裁判を受ける権利(憲法第32条)や弁護人依頼権(憲法第34条)の実質的保障にもとることは明白である。したがって弁護士過疎・偏在は、法律事務の独占が認められているわれわれが主体的に取り組み、速やかに対処すべき緊急課題であって、地域を問わず市民が必要とするときは、いつでも、弁護士の助言等が得られるなど、その法的サービスの享受が受けられるようにすべきことを、弁護士側の体制として求められている。


一例をあげれば、1994年2月に法曹養成制度等改革協議会が実施した世論調査の結果では、最近10年間に何らかの法律問題を抱えたことがある人の中で弁護士、弁護士会に相談した人の割合は、都市規模別では東京都区部が33,3%であるのに対し、町村では17,1%と約2倍の開きがあり、また、地域別にみると、近畿地方が33,7%であるのに対し、中国地方が10,0%と約3倍強の開きがある。この調査結果が弁護士過疎・偏在問題を示す全てではないが、少なくとも、求められている体制に至っていないことは指摘できよう。いわゆる小単位会における人的物的体制は、市民に対し法的サービス享受の不平等を一層招来させている可能性がある。


われわれの使命は、基本的人権の擁護と社会正義の実現であり、司法の一翼を占めるものとして、その使命を果たさなければならないが、このように弁護士が偏在している状況においては、われわれが司法の一翼を担っているものと自信をもって言えるか、問題であろう。むろん、弁護士の過疎・偏在問題の原因は、多様な要因が複雑に関係しているとはいえ、求められる弁護士側の体制の確立のためには、弁護士会が指導力を発揮して、これらの問題解決にあたることが喫緊の課題であることを明示している。



2. 弁護士過疎・偏在問題に関する諸宣言・決議・提言.

この課題に関する諸宣言・決議としては、関東弁護士会連合会定期大会決議(1994年9月28日)、中国地方弁護士大会宣言(同年10月7日)、島根県弁護士会決議(同年10月7日)、中国地方弁護士大会宣言(1995年10月13日)と続き、これらの動きとともに、1994年12月26日には会員50人以下の19弁護士会で構成する小規模単位会協議会も意見書を発表した。


また、当連合会における討議でも、弁護士業務対策委員会ほかで構成する弁護士偏在問題プロジェクトチームから1995年3月20日に「弁護士偏在対策要綱」が答申され、さらに、国選弁護に関する委員会が1995年9月22日開催の第5回国選弁護シンポジウムの論議を踏まえて、同年12月19日付で被疑者国公選弁護制度の実現を視野においた「弁護士過疎地域登録援助制度(通称Jターン制度)」を、法律相談事業に関する委員会から1996年2月14日付で「法律相談体制の確立の諸施策」がそれぞれ提言されている。


これらの弁護士会内部における諸動向は、まさに弁護士過疎・偏在の解消という喫緊の課題に対して、われわれはいかに対応すべきか、その解消に向けた在り方の討議であった。


3. 実践段階に入った弁護士過疎・偏在を解消するための諸施策.

下記に掲げるこの2年余の動きをみると、弁護士過疎・偏在問題を解消するための諸施策は実践段階に入ってきたと言ってよいであろう。


  1. 会員が50人以下の弁護士会が集まり、小規模模単位会協議会が発足し、この問題に関する具体的な改革の途を検討していること。
  2. このような問題解消のパイロット事業として、当連合会は中国地方弁護士会連合会、島根県弁護士会と協同して、島根県西部地区の浜田市に「石見法律相談センター」を開設し、地元自治体の支援もあって、これが地元市民と弁護士とのアクセスの機会を確保し、その権利擁護に役立っていること。
  3. 法曹養成における改革として司法修習生の実務修習地への配属が全都道府県に広がるとともに、日弁連新聞あるいは各弁護士会誌などで全国各地の情報が提供されるようになったこと。
  4. いわゆる0~1地域が多数存在する各弁護士会連合会が集まって「偏在サミット」が開催されていること。
  5. 九州の離島地域での法律相談、阪神大震災における被災地住民に対する法律相談等において、地元弁護士会を超えた広域的な相互協力体制がとられるなど、弁護士過疎・偏在の補完対策がとられるようになったこと。

われわれは、現在、司法改革の諸施策として、被疑者国公選弁護制度の実現、法律扶助制度の抜本的改革、法律相談事業の全国的展開などに取り組んでいるが、これら市民にとって有意義な改革の実現のためには、速やかに弁護士過疎・偏在を解消し、全国各地域に相当数の弁護士事務所が所在するような体制が整備されることが急務であることを強く認識し、いま、過疎・偏在解消のため実践されている流れを一層早める必要がある。


4. どのような対策がとられるべきか.

さしあたって、全国各地における法律相談センター等を一層充実強化することである。すなわち、全ての弁護士過疎地域で、少なくとも週1回以上の法律相談が実施される体制を整え、民事、刑事、行政等の諸問題について、希望する市民がいつでも弁護士に相談し、または依頼して自己の権利擁護に資する体制が早急に確立される必要があり、われわれにはその責任がある。


そして、この過疎・偏在問題の根本的な解消の途が、弁護士の過疎地域への定住促進にあることから、大都市圏以外からの求人求職情報の提供システムの確立や就職、開業のための財政的な支援策等についても検討する時期にきており、また、公設法律事務所の設置、複数事務所の設置の当否など、中長期的な抜本的対策の検討も必要である。


このような弁護士過疎・偏在の解消は、各弁護士会が単独で対策を講ずることは困難である。そのため、各地の弁護士会連合会、弁護士会と協力し、司法改革の実現のための最重要課題として、弁護士過疎・偏在の解消を速やかに実現できるように努める。当面の対策として、弁護士会が主体的に関与して、可能な限り週1回以上の法律相談を行う体制を整備し、希望する市民が弁護士に事件依頼できる法律相淡センターなどを、5年以内に、いわゆる0~1地域を中心として緊急に対策を講ずべき弁護士過疎地域に設置することに最善の努力をし、また、中長期的な対策として、抜本的対策の検討を可及的速やかに提示できるよう、当連合会の組織を挙げて、これを実現させることを決意し、本宣言を提案するものである。


以上