第46回定期総会・阪神・淡路大震災の被災者救済と市民本位の復興等を求める決議

平成7年1月17日未明発生した阪神・淡路大震災は、兵庫県南部の都市部を中心とした広範囲の地域に壊滅的な損害を与え、いまなお多数の被災者が不自由な生活を余儀なくされているばかりでなく、震災に伴う二次的な被害も深刻になっている。


我々は、阪神・淡路大震災のこの未曾有な被害に対し、その救済・復興を一翼を担うことが司法の使命であることを認識し、直ちに「阪神・淡路大震災緊急対策本部」を設置すると共に、近畿弁護士会連合会を中心に、震災に関するさまざまな無料法律相談活動を積極的に行い、「罹災都市臨時示談斡旋仲裁センター」を設置するなど被災者の権利救済に尽力してきた。今後も、これらの活動の一層の充実を図ると共に、被災者の救済活動に最善を尽くすことを宣言する。


我々は、多くの被災者に接し、また今日までの被災地における活動を通じ、改めてわが国の自然災害対策制度の不備を痛感し、政府・国会等関係各機関に対し、被災者の救済と被災地の復興等について、次の施策を実施するよう求める。


第1に、被災者の人間らしい安定した生活を回復するため、被災者のニーズに対応した応急仮設住宅を建設し、公営住宅の整備拡充を含め、速やかに実質的な保障を徹底すること。併せて被災事業者の再建と雇用不安等の解消に必要な援助を行い、更に震災に伴う二次的健康被害及び二次的災害の予防・救済を図るため万全の措置を行うこと。


第2に、被災地の復興にあたっては、地域の特性を活かした市民本位の安全で住みやすい街づくりを実現するために、震災復興計画の策定及びその実施について各専門分野の英知を集めると共に、情報を市民に十分公開するなど、地域コミュニティを重視した市民参加を実質的に保障すること。


第3に、被災地をめぐる法的紛争の激増が予測され、法律相談や示談斡旋仲裁に止まらず、調停や訴訟事件への対応が急務である。震災によって発生した法的紛争を、簡便で迅速・適正に解決するため、調停・裁判制度について特別の措置をとることを提言すると共に、示談斡旋仲裁を含め被災者が等しく法的救済を受けられるよう早急に財政措置を講じること。


以上のとおり決議する。


1995年(平成7年)5月26日
日本弁護士連合会


提案理由

1. はじめに

平成7年1月17日午前5時46分、兵庫県の淡路島北端を震源として発生した直下型のマグニチュード7.2(最大震度7)の阪神・淡路大震災は、神戸市、芦屋市、西宮市、宝塚市、北淡町を中心に、広範囲の地域に大規模な損害を与え、死者、行方不明者が5,500人以上、全半壊、全半焼の家屋が約252,000棟、その被災世帯が約493,000世帯、被災事業者の損害もはかり知れない未曾有の被害をもたらした。また、阪神高速道路や鉄道高架の落下など、交通、港湾その他多数の公共施設の損壊、電気・ガス・水道の切断など都市機能に壊滅的な打撃を与えた。そして、いまなお多数の被災者が避難生活を余儀なくされている。


阪神・淡路大震災のこの未曾有の被害の救済・復興については、司法もまたその一翼を担わなければならない。


我々は、震災後直ちに「阪神・淡路大震災緊急対策本部」を設置し、近畿弁護士会連合会を中心にさまざまな緊急無料法律相談を各所で行ったが、要請された員数を超える担当希望者が殺到した。さらに全国各地から多数の弁護士がボランティア活動として無料法律相談を実施した。会員にこのような積極的活動は弁護士と弁護士会の使命をはたすことに大きな貢献をしたものである。


加えて、近畿弁護士連合会においては、4月より被災者の法的紛争を迅速、適正、簡易、廉価に解決するため、「罹災都市臨時示談斡旋仲裁センター」を芦屋市、宝塚市、西宮市、尼崎市、豊中市、神戸弁護士会、大阪弁護士会に設置するなどして、被災者の権利救済に尽力してきた。 今後もこれらの活動の一層の充実を図ると共に、国籍の有無にかかわらずひとしく被災者の救済活動に最善を尽くしていく所存である。


2. 被災者救済の実質的保障と二次的被害の予防を求めて

(1)日本弁護士連合会は、平成6年2月、政府に対し、災害対策システムの再検討を促す幾つかの立法提言を行い、かつ平成6年5月27日の第45回定期総会においても同旨の決議を行った。そのなかで被災者救済対策の重要課題として、「災害対策基金創設措置法(仮称)の制定」と「地震等被害住宅共済制度(仮称)の創設」を提言した。


わが国の現行の災害対策システムにおいては、被災者の自助努力を原則とし、被災者への無償供与的な救済策は実施できないとされており、この原則に縛られ被災者への補償を行わないとすれば、大規模災害における殆どの被災者の自立復興は望むべくもない。このことは、雲仙普賢岳噴火災害あるいは北海道南西沖地震災害において実証されたところである。


阪神・淡路大震災においても、政府等は被災者及び被災事業者に対し低利ないし無利子の融資あるいは減税等の様々な措置を実施しているものの、既成の行政原則を踏み出すことのない救済策だけで、阪神・淡路大震災の被災者の自立復興が図れるとは到底考えられない。


我々は、国に対し大規模災害による被災者の自立復興を目的とした国民災害共済制度等被災者救済システムや災害対策復興基金制度など被災者への無償供与的な救済策が可能となる制度を検討して実現することを求めると共に、被災者及び被災事業者の再建のため、実質的な救済の徹底を図り、資金面においても、住宅建設やその他人的・物的設備の面においてもその充実を図る制度的保障の確立を求めるものである。


(2)阪神・淡路大震災後、4ヶ月余が経過しようとしているが、被災者は恒久的な住宅再建の目途もたたぬまま、いまなお、プライバシーもなく不自由な非難所生活を強いられている。仮設住宅の供給は絶対数において不足し、また高齢者や障害者等被災者のニーズにも十分に対応していない。仮設住宅は、単に数のみの問題でなく被災者のニーズに即した質の改善が求められる。あわせて公営住宅の整備拡充が恒久住宅の確保の一環として、早急に実施されるべきである。


また、今回の震災は、被災地の産業にも甚大な被害を与え、多くの労働者が解雇や自宅待機等の危機にさらされ、事業継続の不安、雇用の不安、生活の不安は深刻であり、被災事業者の再建と雇用不安等の解消に必要な援助が急務である。


(3)大震災により被災者は、肉親を失い、自ら負傷し、そして住居や生活基盤を失った。避難所生活や仮設住宅における生活が長期化するなかで、被災者の精神的ストレスその他健康被害は無視できない状態にある。ましてわが国の国籍を有しない被災者の心情には計りしれないものがある。更に、被災地域全般の生活環境においても、ビル等の解体撤去作業の際の粉塵が甚大であり、特に発ガン性物質であるアスベスト被害が憂慮されている。


このような震災による二次的被害は上記にとどまらず、廃棄物処理・ガケ崩れ等次第に拡大するおそれがあり、二次的被害の予防と速やかな救済措置を実施しなければ、震災の復興は有り得ない。政府等関係機関に対し、阪神・淡路大震災の二次的被害の予防と救済に万全の措置をとることを強く求めるものである。


3. 市民本位の安全で住みよい街づくりのために

阪神・淡路大震災は都市を直撃し、都市機能を広範囲かつ甚大に破壊し、従前の都市防災対策の視点を根底から覆した。


現在、都市防災機能強化の観点から、高層住宅、大幅員の幹線道路、大規模公園の建設等による復興構想等が提示されているが、被災地の復興は、市民から地域社会を奪うものであってはならず、地域の特性を活かし地域コミュニティの育成にも配慮した、安全で住みやすい街づくりを目標とするものでなければならない。


被災地全体の復興にあたっては、都市計画決定がなされていない広範な地域での悪質な地上げの監視と規制、被災者の土地売却・住宅建て替え等の要望に対する対応、細街路、小公園の整備等による災害に強い街づくりの推進等幾多の課題が山積している。


また、神戸市等の被災自治体は、既に復興のための都市計画を策定し、都市再開発事業、土地区画整理事業による被災地の復興に着手しているが、対象地域の市民の意向を確認し、その意思を計画に反映させる手続が不十分であったと言わざるを得ない。


復興のための街づくりは、行政と市民等が一体となって行われるべきものであり、あくまで市民本位のものでなければならない。市民と対立した状態での都市計画の実現は困難であり、復興計画の策定及び復興事業の遂行にあたっては、都市防災の専門家、建築専門家、経済界の代表、行政、法律家等広範な分野の専門家等の英知を結集する必要があることはもとより、市民参加が実質的に保障されなければならない。


そのため、第1に、都市計画が実施される地域では・街づくり、防災等に係わる情報を市民に公開し、市民の意向・希望をできる限りきめ細かく聴取し、計画案策定の重要な判断資料とする、・地域・地区毎に説明会を開催し、計画案の内容及びその実施に伴う影響等につき具体的に説明のうえ市民の理解を得るよう努めることが重要である。


第2に、被災地の広範囲の復興については、各分野の専門家と市民の代表を中心メンバーとする住民の街づくりのための機関の設置を検討すべきである。


4. 被災者の法的救済と迅速、適正な法的紛争の解決のために

罹災都市借地借家臨時処理法をはじめ16の震災特別立法が制定されたが、被災地においては、これによって解決できない借地借家、区分所有建物をめぐる問題、住宅ローンや各種債権債務に関する問題及び労働問題などが山積している。


これらはいずれも被災者の生活基盤に直接かかわるものであり、早期に解決しなければならない。そのためには、簡便で迅速かつ適正な司法手続きが不可欠であり、まさに司法の使命が問われているのである。


現在、被災地における震災関連事件は急増中であり、近畿弁護士会連合会は「罹災都市臨時示談斡旋仲裁センター」を発足させ対応しているが、今後更に裁判所に係属する事件の増加が見込まれる。


これらの事態に備えるため、現在行われている被災地の事件を担当する裁判官や調停委員増員等の措置だけでは不十分であるので、裁判所の出張所を自治体各地に設けたり、更には、弁護士を対象とした・臨時(非常勤)調停主任官制度、・非常勤裁判官制度、・1~2年程度の短期裁判官任官制度の新設などを含む罹災都市臨時調停制度の導入を検討すべきである。


他方、被災者の経済的困窮にも配慮し、調停・裁判手続のみならず、示談斡旋仲裁においても被災者が等しく法的救済を受けられるよう早急に法律扶助等の財政措置を講じるよう要望する。これら諸施策については、平成7年2月21日、最高裁判所・法務省・当連合会との合意により設置した「法曹三者震災対策連絡協議会」において積極的に提言し、被災者に対する十分な司法サービスの提供のため取り組むことを表明する。