第45回定期総会・入札制度の改革と独占禁止法の改正及び運用強化を求める決議

(入札制度の改革と独占禁止法の改正及び運用強化を求める決議

1. わが国有数の総合建設業者と地方首長らとの間の数々の贈収賄事件、さらに元建設大臣に対する斡旋収賄罪による起訴にまで発展したいわゆる「ゼネコン疑惑」は、公共事業の受・発注をめぐる腐敗の根の深さと広がりを、改めて世間に印象づけた。


この腐敗は、「指名競争入札」制度の中で生まれた。この閉鎖的、競争制限的な発注方式が発注者と受注者との癒着を生み、受注を確実にしたい業者は発注権限を持つ首長らに賄賂を贈って「天の声」を得、高価格での受注をタライ廻しにしたい業者たちは「被指名仲間」で談合を行なって次の順番をまった。指名と賄賂と談合は連珠のようにつながって循環した。この閉鎖的、競争制限的な発注方式が続くかぎり、この構造腐敗を払拭することはできない。


贈収賄事件が唾棄すべき犯罪であることはいうまでもないが、談合もまた犯罪であるとともに、もっとも悪質なヤミカルテル行為である。ヤミカルテルを典型とする競争秩序阻害行為や不公正な取引、優越的な地位を濫用しての販売価格指定や競争制限などは、商品やサービス価格の上昇等をもたらし、国民や消費者に多大の不利益を蒙らせ、その生活を圧迫さえするものである。わが国経済社会において見られる競争秩序阻害行為や不透明な取引慣行に対しては、諸外国からも大きな批判を浴びていることは周知の事実である。 当連合会も、1990年6月と1991年3月の二度にわたって、今回の決議と同旨の意見を表明し、独占禁止法の運用等の改善を求めたが、「ゼネコン疑惑」を見るにつけても、その改善が極めて不十分な状態にあることは論をまたない。


2. 以上のような現在の状況を踏まえれば、公正、透明な経済取引の実現を期するためには、今こそこれまでの入札制度を抜本的に改め、また独占禁止法の改正等を含めその運用の強化と適正を図ることが肝要である。


(1)入札制度については、試行段階にある一般競争入札方式を定着させて一層の拡充を図るとともに、入札参加資格の審査基準や審査内容の公表を行うべきであり、入札予定価格や各業者の入札価格等を含めた入札結果の速やかな公表が求められる。第三者による審査機関を新設して審査の公正の担保をも図るべきである。また、談合への制裁を強化するため、談合による落札が明かになったときは、国や自治体は参加した事業者らに対し、速やかに不正な利得の返還を求める損害賠償請求をなすべきである。


(2)独占禁止法をヤミカルテル抑止の宝刀として蘇らせるために次のような法改正を含む対策を講ずることを求める。


公正取引委員会の確定審決で認定された独占禁止法違反行為事実は、同法第25条の損害賠償請求訴訟においては、原則として裁判所を拘束することとし、違反行為と損害の因果関係及び損害の額・範囲については推定規定あるいは見做規定を設けるなどして原告の立証上の負担軽減を図り、かつ審決が確定した事件記録は開示をなすべきである。右同法第25条に基づく損害賠償請求訴訟の提起に関しては、東京高等裁判所を専属管轄とすることを改め、被害当事者の居住地を管轄する高等裁判所への提訴に道を開くこと、また事業者団体を被告とすることができるように改めるべきである。


さらに、公正取引委員会の独立性を確保し、法の運用の厳正を期するため、同委員会の委員・委員長の選出に当たっては、従前の枠組みに固執することなく、広く学者や法曹からも人を得るべきである。


以上の改革を早急かつ積極的に行うことを強く求めるものである。


以上のとおり決議する。


1994年(平成6年)5月27日
日本弁護士連合会


提案理由

1. 「ゼネコン疑惑」が顕在化して以来、「指名競争入札」を前提にした改善策では汚職の根絶や公共事業の受注の公正、適正の確保は不可能との認識の下に、1993年12月に出された中央建設業審議会の「公共事業に関する入札・契約制度の改革について」と題する答申を踏まえ、政府もようやく条件付で一般競争入札の導入を決めた。


しかし、政府の採用する入札制度では、小規模工事については指名競争入札方式を残したり、一般競争入札でも入札参加者の資格審査において発注側公務員の強い権限が温存され、その恣意的な行使や濫用の防止という面では不十分なものとなっている。


公共事業をめぐる汚職や入札談合は、「指名権」に象徴されるような発注側公務員の強力な権限とその恣意的な行使を排除できるシステムが整っていなかったことが背景となっていた。このことからすれば、入札参加者の資格の審査に当たっては、例えば「ボンド制」を採用してボンド発行会社に審査をさせたり、資格審査のための第三者機関を設けて審査をする等によって、発注側公務員の恣意が入り込む余地のない方式を採用した上で、一般競争入札方式の採用をさらに拡大する必要がある。


また、資格審査における客観性・透明性を高め、恣意や濫用を防止するためには、他からの批判を受け入れられる制度でなくてはならない。そのためには、入札参加資格審査の資格基準を客観化し、それを公表するだけでなく、審査内容を公表することが必要である。


さらに、現状では政府の入札の場合には入札予定価格、最低入札価格及び各入札者の入札価格の公表はしない扱いとなっているし、地方公共団体の場合でも入札価格は公表しているところもあるが、入札予定価格、最低入札価格は非公開となっている。


しかし、これらを非公開とすることは、談合が行われた事実を国民の目から隠蔽するものである。最近でも、依然として公共事業の入札において談合がなされた疑いがもたれる例も見られることから、公共事業の入札においては、入札予定価格、最低入札価格及び各入札者の入札価格を事後に公表することによって、入札の経過と結果を国民が監視できるようにすべきである。


2. 入札談合に対する制裁はこれまで不十分だったと言わざるを得ない。


独占禁止法違反行為の刑事制裁の面では、専属告発権を有する公正取引委員会が告発権行使に消極的であったことから、刑事責任の追求が不十分であったことは言うまでもない。また、違反者を入札から排除するという国や地方公共団体によって行われている現行の措置も、その措置が短期間にとどまることもあって、談合の抑止としては決め手に欠ける。


その意味では、入札談合の防止のためには、刑事制裁や課徴金だけでなく、談合の「やり得」を許さず、税金の適正な執行を確保する面からも、談合によって得た不当な利得を被害者に確実に返還させることが特に重要である。


社会保険庁の調達に関するいわゆる「シール入札談合事件」について、国は、1993年12月、違反した企業3社に対し談合で得た不正な利得の返還を求めて不当利得返還請求訴訟を提起した。これは、国や地方公共団体が談合を行った企業に対して提起した初めての訴訟である。これまで国や地方公共団体は、談合事件で摘発された違反企業を「指名停止」にすることはあっても、自ら積極的に談合によって不当に支払わされた受注代金の返還請求を行おうとすらしなかった。


談合による直接の被害者は、発注者たる国や地方公共団体であるが、公共土木建設事業費が年間40兆円になろうとしている現在、談合によって不当に支払わされた国や地方公共団体の事業費は莫大な金額となっていることは想像に難くない。その意味では、国民は無駄な税金の支出を通じて莫大な間接的被害を受けていることになるし、また、これによって波及する社会的害悪も深刻なものがある。にもかかわらず、国や地方公共団体が不正な利得の返還も求めずに放置しておくことは、国民に対する重大な背信行為である。


今後、公共事業の入札に関する談合が認定された場合、国や地方公共団体はこの損害額の算定につとめ、違反者に対し積極的に不正な利得の返還請求をなすべきである。


3. アメリカ合衆国では、反トラスト法による損害賠償請求が大いに活用され、違反行為に対する大きな抑止効果をもたらしてきた。


我が国では、1989年12月8日に最高裁が、いわゆる「石油カルテル事件」について二審の仙台高等裁判所秋田支部の判決を破棄して消費者側を敗訴させたが、この最高裁判決は、独占禁止法に基づく損害賠償請求における制度上の不備を強く認識させるものであった。この事件で最高裁判所は公正取引委員会の確定審決に事実上の推定力を認めるにとどめた。そのため公正取引委員会の勧告審決や刑事確定判決がある場合であっても、なお、被害者側はカルテルの存在の立証責任を負わされることになっている。また、損害の立証についても、最高裁は被害者側に損害の範囲と金額について過大な立証責任を負わせる判断をした。


公正取引委員会は、この問題についていわゆる日米構造協議での指摘を踏まえ、独占禁止法の運用改善による損害賠償制度の活性化を図ろうとしている。しかし、その対策はなお不十分であり、被害者が制度を活用するインセンティブたり得ていない。


従って、この損害賠償請求制度の活性化のためには、


  1. 消費者がこの損害賠償を請求する場合は勿論のこと、国や地方公共団体等が提訴する場合でも、被害者側の手持資料や証拠が乏しく、損害賠償責任の立証に大きな困難がある。
    このような実情に鑑みれば、公正取引委員会の手持資料の開示は不可欠であるし、さらに公平と禁反言の見地から確定審決の事実認定に対しては法律上の推定力を付与すべきである。
  2. 談合等の独占禁止法違反行為がなかったら実現したであろう価格を立証することは、現実にはかなり困難である。そこであるべき価格と現実の価格の差を損害と推定ないし擬制する旨の規定を創設し、そして前者についての具体的な算定方法は公正取引委員会で定めることとする等の立法措置が不可欠である。
  3. 独占禁止法第25条に基づく損害賠償請求訴訟は、現行の法第85条2号の規定によって一審を東京高等裁判所に限定されているが、東京高等裁判所に管轄を制限する合理的理由はない。
    被害者側の負担を考慮すれば、これによって提訴が阻害されることは明らかであり、一般国民は勿論、地方公共団体等による損害賠償請求訴訟の積極的利用に障害となる。
  4. 独占禁止法第25条1項は、損害賠償義務を負う者を事業者に限定し事業者団体を除いている。
    しかし、事業者団体が率先して談合を主導したり、談合における重要な役割を担ったり、事業者団体自身が談合によって有形、無形の利益を享受していたことも否定できないことから、談合の防止と事業者団体が得た不正な利益の返還を求める意味でも事業者団体に対する損害賠償請求を認めるべきである。

4. 現行の独占禁止法では、委員長及び委員は35才以上で、法律又は経済に関する学識経験者から内閣総理大臣が両議院の同意を得て任命するものと規定されている(同法第29条2項)。


しかし、従来、一部の例外を除いては、歴代の委員長が大蔵省の出身者から任命されているのが実情である。また、委員についても大蔵省、通産省から各1名が任命されてきた。


このように委員会の委員の過半数が、企業や事業者を指導、監督したり保護、育成する官庁の出身の官僚が占めることは、欧米では考えられない事態である。産業の保護、育成や監督にあたる官庁の官僚出身者が委員の過半数を占めていることは、出身官庁に対する遠慮や身贔屓、あるいは政治家との関係を重視すること等の結果、公正取引委員会自身の公正さや権能行使の厳正さを損ない、さらにはその独立性を損わないとも限らない。


建設談合事件の刑事告発や独占禁止法違反行為に対する罰金上限額の引き上げの問題では、政治家の圧力によって公正取引委員会の独立性が脅かされたかのような印象を国民に与えたが、この問題にはこのような人事の弊害が如実に表れている。


独立行政委員会である公正取引委員会が、委員長や委員の出身官庁からの独立は勿論、政治家や他の官庁からも独立した立場で公正かつ適正にその任務を遂行するためには、このような偏った委員構成の悪しき慣行を改め、学界や法曹会から、より中立・公正な立場の者を選任することが是非とも必要である。