第44回定期総会・消費者保護基本法の抜本的改正を求める決議

(消費者保護基本法の抜本的改正を求める決議)

1968年(昭和43年)5月、消費者保護基本法が制定され、今年はその25周年にあたる。


この間、立法、行政の各分野で諸施策が講じられてきたものの、企業利益を重視した経済優先政策のもとで、消費者保護において顕著な改善が達成されたとは言い難い状況にある。欠陥商品事故などがあとを断たないだけでなく、豊田商事事件や茨城カントリークラブ事件に象徴されるような不正な事業活動による深刻な消費者被害も繰り返し発生している。


消費者被害の予防、あるいはその救済に関するわが国の制度と施策は、欧米諸国に比べても著しく立ち遅れているといわざるをえない。このような消費者保護の停滞は、消費者の権利保障の視点を欠落した消費者保護基本法の不備に起因する側面があることを否定できない。


法律施行後四半世紀を経過し、生活大国、生活者優先が謳われている今、国は、消費者主権の考え方を確立し、消費者被害の予防と救済を徹底するために、同法について、次のような点につき抜本的改正をするとともに、総合的な消費者行政を推進するため、各省庁に分散している消費者保護機能を統合した消費者庁(仮称)を設置すべきである。



  1. 消費者主権の考え方に基づき、消費者の「安全を確保する権利」「知る権利」「商品を正しく選択する権利」「意見を反映する権利」などを明記すること。
  2. 国、地方自治体に対し、消費者の権利を実現するための具体的施策の策定、及び措置請求、差止請求、開示請求など消費者の被害の発生予防と被害の拡大防止に関する具体的権利を保障する法令の整備と施策の充実を義務づけること。
  3. 国、地方自治体、事業者に対し、消費者被害に関して事業者の責任を加重し、適切、迅速かつ完全な救済制度の実現に関する法令の整備と施策の充実を義務づけること。

以上のとおり決議する。


1993年(平成5年)5月28日
日本弁護士連合会


提案理由

1. はじめに

1955年(昭和30年)、経済白書が「もはや戦後ではない」と高らかに宣言して以来、歴代政府は大量生産、大量販売の生産体制を整え、高度経済成長政策を推進し、経済大国への道を追求してきたが、他方で、公害問題とともに、森永ミルク中毒事件、サリドマイド薬害事件をはじめとする悲惨な消費者被害が相次いで発生した。消費者問題が重大な社会問題となり、消費者の権利が叫ばれ、消費者主権の確立を求める声が強まる情勢の中で、消費者保護基本法(末尾添付、以下単に「基本法」という。)が、自民、社会、公明、民社4党の議員により提案され、1968年(昭和43年)5月24日可決成立、同月30日に公布、施行された。


2. 基本法制度と施策の実情

この基本法が規定する危険防止、計量、規格、表示の適正化、公正自由な競争の確保などの消費者保護施策に関する法律は70余りを数えることができる。


しかし、これらの法律のうち、消費者保護を本来の目的として立法されたものは少なく、多くは公衆衛生など、公共の安全確保、事業活動の秩序維持などを主目的として立法されたものであって、結果的あるいは反射的に消費者保護の機能を有するに過ぎない。


また、消費者保護を目的に立法された法律でも、消費者は保護の対象でしかなく、権利の主体としては位置づけられていないため、事業者に対する行政の規制を通じて結果的に消費者の利益が擁護される構造になっている点で基本的に同様である。


消費者は自ら被害防止のため、事業者や行政に対して必要な作為、不作為を請求できる権利を認められていない。


消費者生活用製品安全法等における「申出権」にしても行政の権限発動の端諸となりうるに過ぎず、消費者に真の権利を認めたものとは言い難い。


この点においてはあの豊田商事事件後に制定された、いわゆる現物まがい規制法にしても、その後の詐欺的商法に対する規制法についても、法律違反の行為の差止請求権を認めていない点などにおいて基本的に変わるところはない。


食品、薬品、その他の安全についていえば、一時厳しい基準が設けられたものの、外圧などで規制が緩和され、自動車については内外異にする二重基準が事実上設定されいる。


欠陥商品による被害者救済についても、製造物責任法の立法化が遅れており、消費者のための情報公開の法制化もなされていない。


3. 基本法の問題点と改正の必要性

このような立法、行政の停滞は基本法の不備に由来しているところが大きく、少なくとも次の点についてその抜本的改正が急務である。


(1) 「消費者の権利」の確立

まず第一に、基本法は、消費者主権を基礎とする消費者の権利を認めておらず、その権利に基づく立法と施策を義務づけていない。


アメリカ合衆国においては、既に1962年のケネディ大統領特別教書において、「安全の権利」、「知らされる権利」、「選択の権利」、「意見をきかれる権利」を消費者の4つの権利として掲げ、それらを保障するために政府が推進すべきさまざまな政策を提案しており、わが国の地方自治体においても東京都、大阪府などの消費者保護条例は、この点において基本法をこえて消費者の権利を規定している。


大量生産、大量消費社会において、弱者である消費者が日常的に安全を確保する権利、情報を得る権利、公正な事業活動と公正な競争のもとで正しい商品を選択できる権利、意見を反映できる権利、適切・迅速な被害救済を受ける権利などは、憲法で保障された生存権的基本権の内容をなすものであり、基本法においてこれらの権利を宣言するとともに、これらの消費者の権利を保障することこそが基本法の目的であることを明らかにすべきである


(2) 「具体的」施策の義務づけ

第二に、基本法7条から11条において規定された諸施策は、抽象的、総花的であり、既に各省庁が担当していた諸施策を整理し、抽象化して羅列したものに過ぎず、新たに消費者保護を前進させ、実効あらしめる具体的施策を推進する内容には至っていない。


基本法としての宣言的性格に留意するとしても、国、地方自治体に対し、上記の消費者の権利の宣言を踏まえ、これらの権利の侵害を防止、排除する義務を課すとともに、権利実現のため、(1)商品等に関する情報公開請求権、(2)行政規制措置請求権、違法行為差止請求権、(3)消費者及び消費者団体の訴権などについて明確な方向性を示し、国がこれらについて具体的立法、施策を講じるべきことを義務づけることが必要である。


(3) 事業者責任の強化と救済制度の実現

第三に、基本法は、国、地方自治体、事業者に対し、「苦情処理」の体制整備を義務づけている(15条)が、苦情処理の担当者には事実調査のために必要な権限がなく、また事業者には担当者が示す解決案に従う義務もない。


最も公平であり、実効的であるとされる裁判制度も、当事者の対等性を欠くことからくる立証の困難性、少額被害に対する対応等において、消費者被害に関しては十全に機能しているとは言い難い。


過失責任の見直し、立証責任の軽減など、消費者被害の適切・迅速な解決に役立つよう法制度を改善することを含め、実効的な救済制度を確立する必要性を明記すべきである。


4. 総合的、専門的消費者行政の確立

基本法を抜本的に改正し、また基本法に基づく消費者保護行政を具体的に推進していく上においても、現在の縦割りの行政組織を改め、消費者保護を専門的、総合的に行うための独立の行政機構の創設が不可欠である。


公害防止、環境保護に関して環境庁ができてから既に久しく、消費者庁(仮称)を設置するのに時機は熟している。


このことについては、既に当連合会は、第32回人権擁護大会(松江市)の宣言において提唱したところであり、基本法の抜本的改正とともに、ただちに実現することを求めるものである。


〔参考〕

消費者保護基本法

(昭和43年5月30日施行・法律第78号)


第1章 総則

(目的)
第1条

この法律は、消費者の利益の擁護及び増進に関し、国、地方公共団体及び事業者の果たすべき責務並びに消費者の果たすべき役割を明らかにするとともにその施策の基本となる事項を定めることにより、消費者の利益の擁護及び増進に関する対策の総合的推進を図り、もつて国民の消費生活の安定及び向上を確保することを目的とする。


(国の責務)
第2条

国は、経済社会の発展に即応して、消費者の保護に関する総合的な施策を策定し、及びこれを実施する責務を有する。


(地方公共団体の責務)
第3条

地方公共団体は、国の施策に準じて施策を講ずるとともに、当該地域の社会的、経済的状況に応じた消費者の保護に関する施策を策定し、及びこれを実施する責務を有する。


(事業者の責務)
第4条

事業者は、その供給する商品及び役務について、危害の防止、適正な計量及び表示の実施等必要な措置を講ずるとともに、国又は地方公共団体が実施する消費者の保護に関する施策に協力する責務を有する。


2. 事業者は、常に、その供給する商品及び役務について、品質その他の内容の向上及び消費者からの苦情の適切な処理に努めなければならない。


(消費者の役割)
第5条

消費者は、経済社会の発展に即応して、みずからすすんで消費生活に関する必要な知識を修得するとともに、自主的かつ合理的に行動するように努めることによつて、消費生活の安定及び向上に積極的な役割を果たすものとする。


(法制上の措置等)
第6条

国は、この法律の目的を達成するため、必要な関係法令の制定又は改正を行わなければならない。


2. 政府は、この法律の目的を達成するため、必要な財政上の措置を講じなければならない。


第2章 消費者の保護に関する施策等章 消費者の保護に関する施策等

(危害の防止)
第7条

国は、国民の消費生活において商品及び役務が国民の生命、身体及び財産に対して及ぼす危害を防止するため、商品及び役務について、必要な危害防止の基準を整備し、その確保を図る等必要な施策を講ずるものとする。


(計量の適正化)
第8条

国は、消費者が事業者との間の取引に際し計量につき不利益をこうむることがないようにするため、商品及び役務について適正な計量の実施の確保を図るために必要な施策を講ずるものとする。


(規格の適正化)
第9条

国は商品の品質の改善及び国民の消費生活の合理化に寄与するため、商品及び役務について、適正な規格を整備し、その普及を図る等必要な施策を講ずるものとする。


2. 前項の規定による規格の整備は、技術の進歩、消費生活の向上等に応じて行なうものとする。


(表示の適正化等)
第10条

国は消費者が商品の購入若しくは使用又は役務の利用に際しその選択等を誤ることがないようにするため、商品及び役務について、品質その他の内容に関する表示制度を整備し、虚偽又は誇大な表示を規制する等必要な施策を講ずるものとする。


(公正自由な競争の確保等)
第11条

国は、商品及び役務の価格等について公正かつ自由な競争を不当に制限する行為を規制するために必要な施策を講ずるとともに、国民の消費生活において重要度の高い商品及び役務の価格等であつてその形成につき決定、認可その他の国の措置が必要とされるものについては、これらの措置を講ずるにあたり、消費者に与える影響を十分に考慮するよう努めるものとする。


(啓発活動及び教育の推進)
第12条

国は、消費者が自主性をもつて健全な消費生活を営むことができるようにするため、商品及び役務に関する知識の普及及び情報の提供、生活設計に関する知識の普及等消費者に対する啓発活動を推進するとともに、消費生活に関する教育を充実する等必要な施策を講ずるものとする。


(意見の反映)
第13条

国は、消費者の保護に関する適正な施策の策定及び実施に資するため、消費者の意見を国の施策に反映させるための制度を整備する等必要な施策を講ずるものとする。


(試験、検査等の施設の整備等)
第14条

国は、消費者の保護に関する施策の実効を確保するため、商品の試験、検査等を行なう施設を整備するとともに、必要に応じて試験、検査等の結果を公表する等必要な施策を講ずるものとする。


(苦情処理体制の整備等)
第15条

事業者は、消費者との間の取引に関して生じた苦情を適切かつ迅速に処理するために必要な体制の整備等に努めなければならない。


2. 市町村(特別区を含む。)は、事業者と消費者との間の取引に関して生じた苦情の処理のあつせん等に努めなければならない。


3. 国及び都道府県は、事業者と消費者との間の取引に関して生じた苦情が適切かつ迅速に処理されるようにするために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。


第3章 行政機関等章 行政機関等

(行政組織の整備及び行政運営の改善)
第16条

国及び地方公共団体は、消費者の保護に関する施策を講ずるにつき、総合的見地に立った行政組織の整備及び行政運営の改善に努めなければならない。


(消費者の組織化)
第17条

国は、消費者がその消費生活の安定及び向上を図るための健全かつ自主的な組織活動が促進されるよう必要な施策を講ずるものとする。


第4章 消費者保護会議等章 消費者保護会議等

(消費者保護会議)
第18条

総理府に、消費者保護会議(以下「会議」という。)を置く。


2. 会長は、内閣総理大臣をもつて充てる。


3. 委員は、関係行政機関の長のうちから、内閣総理大臣が任命する。


4. 会議に、幹事を置く。


5. 幹事は、関係行政機関の職員のうちから、内閣総理大臣が任命する。


6. 幹事は、会議の所掌事務について、会長及び委員を助ける。


7. 会議の庶務は、経済企画庁において処理する。


8. 前各項に定めるもののほか、会議の組織及び運営に関し必要な事項は、政令で定める。


(国民生活審議会)
第20条

消費者の保護に関する基本的事項の調査審議については、この法律によるほか、経済企画庁設置法(昭和27年法律第263号)第8条の定めるところにより、国民生活審議会において行うものとする。


附則

  1. この法律は、公布の日から施行する。
  2. 2. 〔省略〕