第44回定期総会・司法に関する教育の充実を求める決議

(司法に関する教育の充実を求める決議)

司法は、日本国憲法における権力分立制の下で、立法、行政をチェックし、市民の人権と民主主義を擁護するために重要な役割を果たすものとして位置づけられている。このような司法の機能を健全に発展させるうえで、市民が司法制度の内容とその利用の仕方並びに人権保障の意義につき正しい理解を持つことは、その不可欠の前提条件である。


われわれは、司法を市民に身近な存在とするために、市民とともに「司法改革」に取り組んでいるが、より多くの市民が司法の役割と人権について理解を深め、そのあり方に関心を持つことこそが、その必須の前提となるものと考える。


そのためには、学校教育及び社会教育の中で司法及び人権についての教育をより一層充実させることが重要であり、特に学校教育では教科書における司法及び人権に関する内容を拡充することなどが必要である。 よってわれわれは、司法及び人権についての教育の充実を期して、関係各方面に対し強くこれを訴えるものである。


以上のとおり決議する。


1993年(平成5年)5月28日
日本弁護士連合会


提案理由

1.日本国憲法において、司法は基本的人権と民主主義を擁護するために重要な役割を果たすものとして位置づけられている。しかし今日、わが国の司法は、この役割を十全に果たしているとは言い難い。


1990年(平成2年)の日弁連定期総会で採択された「司法改革に関する宣言」は、「わが国の司法の現状をみると、この国民の期待に応えていないばかりか、むしろ国民から遠ざかりつつあるのではないかと憂慮される。」と述べている。われわれは、このような司法の状況を改革するために「司法改革」に取り組むことを決意し、上記宣言に引き続き、1991年(平成3年)の定期総会において、「司法改革に関する宣言-その二」を採択した。


2.このように司法が市民から遠ざかりつつある原因の一つとしては、市民が司法及び人権の役割について必ずしも正確な知識を得る機会に恵まれていないためである。国民主権の下において、わが国の司法のあり方を最終的に決するのは国民であるが、国民が主権者としての役割を十分に果たすためには、十分かつ正確な情報を提供されていなければならない。


3.そのためには、学校教育及び社会教育の場において、司法及び人権に関する教育が十分になされることが重要である。教育基本法は、教育の目的として、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」と定め、これを受けて、たとえば1989年(平成元年)に文部省により定められた高等学校学習指導要領でも、「現代社会」科目の目標は、「広い視野に立って、現代の社会について理解を深めさせるとともに、人間としての在り方生き方についての自覚を育て、民主的、平和的な国家・社会の有為な形成者として必要な公民としての資質を養う。」とされているところである。このことは学校教育においても、司法については、その役割についての理解を深め、司法制度及び民事、刑事、家事、少年等の諸手続の概要とその利用の仕方並びに市民が有する基本的人権をはじめとする諸権利について、正確な知識と主権者としての自覚を持つことを理解させることが求められていると解される。また、弁護士制度と弁護士の果たす役割についての基礎知識も十分に教えられる必要がある。


4.ところで東京弁護士会の調査によると、学校教育の中心となる教科書において司法及び人権に関する記載は、以下のとおり必ずしも十分でない。


1992年(平成4年)4月から高校で用いられている「現代社会」教科書15社26種類の中で、「裁判を受ける権利」について説明している教科書は4種類にすぎないし、「裁判の公開」という用語を掲載している教科書は11種類、「疑わしきは被告人の利益に」または「無罪の推定」という用語を掲載している教科書はわずか5種類にすぎない。また、「陪審」という用語を掲載している教科書はわずか2種類であり、「法曹一元」、「法律扶助」などの用語は全く掲載されていない。


弁護士に関する記載も不十分なものに止まっている。たとえば「日本弁護士連合会」という用語を使用している教科書は2種類、「弁護人依頼権」は7種類であり、「国選弁護人」、「付添人」という用語は全く掲載されていない。


アメリカ合衆国の教科書の中には、刑事手続きとその中における被疑者、被告人の権利を詳細に紹介したものがあり、わが国の教科書の現状にとっても参考になると思われる。


5.このような教科書の現状は、速やかに改善されることが望ましいのものであり、われわれは、出版社及び執筆者等関係各方面に対し、これを要望するなどの行動につき検討を開始すべきである。また、教育の現場を担う教師に対し、司法及び人権に関する理解を深めてもらうための情報を提供すること、裁判に対する知識と親近感を深めるための小・中・高校生を対象とする法廷傍聴なども検討されるべきであろう。


6.われわれは、前記のとおり市民とともに歩む「司法改革」への取り組みを開始しているが、司法及び人権についての教育が拡充され、より多くの市民が司法及び人権に関する知識と関心を深めてこそ、真の意味での「司法改革」が実現されることになろう。


以上のような観点から本決議を提案するものである。