第43回定期総会・坂本弁護士一家救出に関する決議

(坂本弁護士一家救出に関する決議)

坂本弁護士が、妻都子さん、長男龍彦君とともに、1989年(平成元年)11月4日自宅から忽然と姿を消して2年6か月が経過した。


この間、一家の救出に向けて警察の懸命の捜査、多くの市民・マスコミの温かい協力、私たち自身のさまざまな努力が続けられてきた。


しかし、誠に残念ながら、今日まで一家の救出には至らず、安否の確認はおろか、事件の概要すら判明しないという状況にある。


いま、時の経過のなかで、この事件が人々の意識から遠ざかりつつある。一部には生存を危ぶむ声や、救出への懐疑的な姿勢もみられ、誠に憂慮すべき事態に立ち至っている。


私たちは坂本弁護士の沈着、冷静かつ粘り強い性格からして、一家はどこかで必ず生きていると信じている。救出の手が差し延べられるそのときを固く信じて、今このときも不屈の精神でたたかい抜いているはずである。


私たちは、この問題を弁護士業務に関連した拉致事件と断定し、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の活動を暴力的行為によって妨害する狙いをもったものであると位置づけた。坂本弁護士一家救出活動は、一家の救出と同時に、正にこのような狙いをもった暗黒の勢力による妄動の根絶に向けての活動でもある。


救出活動が功を奏さず、この事件が風化することは、家族をもまきこむというこの卑劣な事件の醸し出す恐怖が、私たちの意識の底に重く沈潜してくることを意味する。ひいては弁護士の活動が広範囲にわたって阻害され、逼塞し、わが国の司法制度ないし法秩序自体が危殆に瀕することとなる。


たゆみなく続けられる救出活動を通じ、民主主義や基本的人権を擁護する活動を、より強固に進めることによってのみ、犯人の狙いを打ち砕くことができるものと確信する。ここに私たちは坂本弁護士一家救出のため、総力をあげる決意を改めて表明するとともに、広く市民にこれまでに倍するご支援、ご協力を心から要請するものである。


以上のとおり決議する。


1992年(平成4年)5月20日
日本弁護士連合会


提案理由

1.坂本堤弁護士一家3名が1989年(平成元年)11月4日以来行方不明となってすでに2年6か月余が経過した。


事件が坂本弁護士の弁護士業務に起因したものであることは、当連合会の調査のみならず、警察の捜査によっても明らかにされ、今日では疑う余地のないものとなっている。


2.当連合会は、このような観点から平成2年度の第41回定期総会において、弁護士業務妨害に関する決議を採択し、その中で「暴力的手段による弁護士活動の妨害は司法制度ないし法秩序への挑戦であることを厳しく認識し、一致団結してこれと闘い、基本的人権の擁護と社会正義の実現のため全力を尽くす決意」を表明し、政府ならびに関係諸機関に対し「現に生命の危険にさらされている坂本弁護士とその家族の救出に総力をあげとともに、弁護士業務を原因として加えられる暴力から弁護士の生命身体の安全を確保するため万全の措置を講じるよう強く要請」した。


会長自ら数次にわたって現地におもむき、前記決議及び調査結果に基づいて警察庁、神奈川県警察本部に対し度々厳正な捜査を要請してきた。


また当連合会は、広く市民に救出と事件の本質を訴えることを目的とし関東弁護士会連合会および横浜弁護士会と共催で「生きてかえれ!坂本弁護士と家族の救出をめざす全国集会」を二度にわたって開催し、多くの市民の参加を得た。


さらに近時坂本弁護士一家拉致事件をはじめとする弁護士業務に対する暴力的な妨害が増加する中でその絶滅を期し、昨年11月21日当連合会は弁護士業務妨害対策協議会を発足させ活動を開始した。


3.この間、坂本弁護士一家拉致事件については、関東弁護士会連合会をはじめとする全国のほとんどの単位弁護士会において会長声明や決議がなされるとともに、坂本弁護士一家の救出をめざす弁護士会主催の集会も数多く開催されている。また弁護士有志の間で「坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会」(略称「救う会」)が結成され、この会には現在3000人を超える弁護士有志が参加し活動を継続している。このほか、市民のなかから「坂本弁護士と家族をさがす会」などの会が結成され、弁護士一家救出に向けてさまざまな取り組みがなされてきた。


さらに、弁護士と市民の有志からなる「坂本堤弁護士一家救出のための懸賞金広告実行委員会」が発足し、懸賞金広告が実施されている。


国会議員の間にも超党派による「国会議員懇談会」も結成された。


4.このような当連合会、各弁護士会連合会、全国の単位弁護士会、弁護士会員の努力、多くの市民の協力、捜査当局の懸命な捜査等にもかかわらず、残念ながら、今日まで坂本弁護士一家の救出はもとより有力な手懸りもないまま概に2年6か月余が経過した。


坂本弁護士一家の親族の方々の心痛を考えるとき、また、本件が単に坂本弁護士一家だけの問題ではなく、弁護士活動全体に対する挑戦であることを考えるとき、この問題の未解決のまま推移させることは許されない。


ことの重大性を認識しながらも、時間の経過は、人々の認識から事件を遠ざけていく。一部には生存を危ぶむ声やこのまま救出活動を継続していくことについて消極的な意見も聞かれ始めた。


事件の風化は単に事件が忘れ去られるということではない。事件直後に家族から「あなたは大丈夫?」と問われ、「危険な仕事はしないで」と請われた会員も少なくない。坂本弁護士一家の救出活動が功を奏さず、事件の解明がなされないということは本来弁護士業務と無関係な家族をも巻き込むという卑劣なこの事件が醸し出す恐怖が私たちの意識の底に深く沈潜していくことを意味する。


基本的人権の尊重と社会正義の実現を使命とする弁護士が1回や2回の業務妨害で、その使命を放棄することはあり得ない。しかし、これまで100歩出て、人権侵害とたたかっていたものが、99歩、98歩、あるいは90歩になることも否定できない。基本的人権の尊重や民主主義の擁護が不断の努力とたたかいによってのみ維持・発展していくものであるという歴史の教訓からすれば、一人ひとりの少しずつの後退がもたらすものの大きさは図り知れない。


5.マスコミによる坂本事件の報道も極端に減少しているいまこそ、当連合会は坂本弁護士一家の生存を信じ、救出を改めて訴えると同時に、事件の本質即ち弁護士業務の暴力的妨害がもたらすものが、わが国の民主主義や人権を大きく後退させることに繋がることを各界に強く訴える必要がある。救出活動のあり方も、広く市民の力をかりて、ともに救出のために奮闘し合うことが、救出の最大の保障である。そして、その活動を通じてわが国の民主主義や基本的人権の尊重がより強固に確立されることにより犯人の狙いを打ち砕くことができる。


引き続き捜査機関に対し、一層強力な捜査を要請するとともに、当連合会の坂本弁護士事件に対する考えを明確にアピールすることが、いま求められている。


以上の理由により本決議を提案する次第である。