第42回定期総会・司法改革に関する宣言-その2

(司法改革に関する宣言-その2)

われわれは、昨年5月25日開催された定期総会において、司法改革に関する宣言を採択した。この宣言において、われわれは、わが国司法の現状が、法的紛争の適正かつ迅速な解決、人権保障、行政権のチェックなどの面においてその機能を十分に果たしていないばかりか、むしろ国民から遠ざかりつつあり、抜本的な改革を要する状態であることを指摘し、国民主権の下でのあるべき司法、国民に身近な開かれた司法をめざして、国民とともに司法の改革を進めるとの決意を表明した。


以来われわれは、法務省および最高裁判所との協議により司法試験制度と法曹養成制度についての抜本的改革をめざして法曹養成制度等改革協議会を発足させ、また刑事裁判の現状を改革するための刑事弁護センター活動を推進し、さらに司法シンポジウムの討議を経て司法改革に関する組織体制等検討委員会を発足させ、司法改革に向けての持続的かつ積極的な取り組みのための組織体制を整える準備に入り、改革に向けて活動を開始した。


この司法改革は、単に裁判制度の改革に止まらず、国民の権利をめぐる実体法、手続法のあり方、さらには弁護士と弁護士会のあり方を含め、広く司法全体を、身近でわかりやすくかつ利用しやすいものとし、国民の参加を拡大するとともに、適正かつ迅速な権利の実現をはかることをめざすものである。ここにおいてわれわれは、弁護士と弁護士会の使命に照らし、われわれ自身が国民の要求に応える姿勢を明確に示すことなくしてわれわれの主張を説得力もあるとすることはできないことを銘記し、弁護士と弁護士会のあり方を改革するとともに、この司法改革の理念を弁護士会のあらゆる活動の中心に据え、国民に訴えていかなければならない。


われわれは、司法改革の必要性を広く世論に訴え、弁護士の日常活動を通じて国民の要求を集約し、課題を策定するとともに、議論を深め、司法改革を推進する組織を設置し、長期的展望に立って、国民とともに、総力をあげ司法改革を実現していく決意である。


以上のとおり宣言する。


1991年(平成3年)5月24日
日本弁護士連合会


提案理由

1.昨年の司法改革宣言において、われわれは、今日のわが国の司法の現状と問題点について分析し、これを改革するための基本理念を示した。


今日のわが国の司法は、日本国憲法の期待した人権保障機能を十分に果たしているとはいえない。行政訴訟における行政追随といわれる判決傾向、刑事訴訟における警察の捜査に対する検察官および裁判官による抑制機能の後退、民事訴訟における適正を欠く判決や訴訟の遅延など、国民の司法に対する期待を裏切る状況が続いている。


上記司法改革宣言の提案理由は、このような状況を指して「司法の機能低下」と呼び、その原因として次の二つを掲げている。


その第1は、国家組織のなかで司法が相対的にその規模・容量を縮小してきたことである。裁判官や検察官は十分に国民の期待に応えうる人員が確保されておらず、弁護士側の態勢も国民の増大する法的需要に応えるためには十分とはいえない。法律扶助制度の現状は先進諸国のそれに遥かに及ばない状況にある。


その第2は、裁判所および検察庁が官僚司法体制をとっているために、その組織・運営において歪みが生じてきていることである。行き過ぎた官僚的統制は組織の硬直化や国民生活からの隔絶を招いている。


上記司法改革宣言は、このような司法の現状をふまえ、今こそ国民主権の下でのあるべき司法、国民に身近で開かれた司法をめざしてわが国の司法を抜本的に改革すべきであると述べ、司法関係予算の大幅な増額および司法の組織・運営に生じている諸問題を国民の視点から是正していくこと、さらには国民の司法参加や法曹一元の実現をはかることを課題として掲げている。


2.昨年11月に開催された第13回司法シンポジウムにおいては、以上の問題意識の上に立って、司法の現状を総括したうえで、その原因を分析することからさらにすすんで改革の具体的課題について、論議がなされた。


シンポジウムで議論された改革の具体的課題を例示すれば、以下のようなものが挙げられる。


(1) 最高裁判所裁判官の任命方式の改革・弁護士会からの推薦方法の改革

かつて日弁連が提案した最高裁判官任命諮問委員会制度の再検討をなし、また国会における最高裁判事候補者に対する聴聞会制度の検討をし、さらに弁護士会から最高裁判事候補者を推薦する際の手続をより開かれた民主的なものとすること。


(2) 弁護士からの裁判官任官

全会員に対して実施したアンケートの結果をふまえた、任官のための条件の緩和および弁護士会が任官者の推薦およびバックアップを含めより積極的にこれに関与するためのルールづくり。


(3) 司法関係予算の拡大

裁判所の人的・物的設備の充実ならびに法律扶助や国選弁護の拡充など。


(4) 国民の司法参加

陪審制、参審制など国民の司法参加の制度の導入。


3.以上のような裁判所および裁判官制度の改革は、司法改革の中心的課題の一つであるが、司法改革の課題はそれに止まるものではない。


司法を通じての国民の権利の実現という観点からみたときは、国民の権利が裁判の場においてより実現しやすくなるような実体法の制定・改革(たとえば当事者適格の拡大、訴訟費用の軽減、挙証責任の転換など)、刑事訴訟法、民事訴訟法等をはじめとする手続法の改正、さらには国民の司法へのアクセスを実効的に保障する立場にある弁護士および弁護士会のあり方の改革(たとえば法律相談や法律扶助事業の抜本的拡大と運用改善など)を含め、広い意味での司法全体を通じて前記の改革の理念をふまえての再検討が必要といえよう。


その際の改革の視点を整理すると以下のようになろう。


  1. 適正かつ迅速な国民の権利の実現をめざすこと
  2. 司法を国民が身近に感じるようにすること
  3. 司法を国民にわかりやすく利用しやすいものとすること--利用の範囲をひろげ、より負担を小さくし、手続をわかりやすく、利用しやすくすること
  4. 司法への国民の参加を拡大すること

4.このように広く司法改革をとらえるとすれば、それは弁護士会の活動の全分野に関連するものといえよう。したがって日弁連の全委員会において、各委員会の課題を日弁連全体の活動との関係できちんと位置づけ、受身の姿勢ではなく、より積極的な姿勢をもって、会員全員の共通の課題として司法改革の実現をめざすという共通認識をもつ必要があろう。


その際、まずわれわれ弁護士および弁護士会のあり方について真摯に検討を加え、われわれ自身が上記の改革の視点にてらし、日常活動を通じて国民の要求にみずから積極的に応える姿勢を示さなければならない。たとえば全国各地の弁護士会で実施されつつある刑事弁護活動に関する「当番弁護士制度」などはその先駆けと評価されよう。このような実績を国民の目に見える形で積み上げていくことにより、司法改革の理念は、国民に説得力あるものとなるのであり、地道にできることから一歩づつ進め、かつ常にこれを国民にアピールしていくことが求められているといえよう。


外国人弁護士問題、民訴法改正問題、法曹人口問題など、われわれをとりまく状況が激動しつつある現在、このような積極的な理念と姿勢を中心に据えていかない限り、これらの問題を正しく解決していくことはできない。


現在求められているのは、このような認識を共通にするための会内の広範な論議であり、われわれはこれを急いで進めていかなければならない。


5.前記の司法シンポジウムにおいては、司法改革の具体的課題からさらに進んで、司法改革を実現していくための組織および運動の課題について議論がなされた。その中で今までの日弁連の活動について、これまでも司法改革の提言・決議がいくつもなされてきたが、これを具体的に実現させていくための持続的、継続的な取り組みが不足していたこと、国民的視野で国民の理解を得る活動が不足していたこと、全会員の課題にしていくための努力が不足していたことなどが指摘された。


このシンポジウムの議論を受けて、司法改革の実現に向けて積極的かつ持続的に取り組んでいくための組織体制等検討委員会が本年4月に発足した。上記委員会は本年末までに各弁護士会と各種委員会の意見を集約して司法改革の課題を選定し、これを実行するためのあらたな組織体制の骨格について答申をする予定である。


また昨年4月に発足した刑事弁護センターは、わが国の現在の刑事手続を抜本的に見直し、制度の改正と運用の改善をはかるとともに、個々の弁護活動の充実をめざして、各弁護人に対する情報の提供、研修の強化など個々の弁護活動に必要な支援を進め、あわせて刑事裁判についての国民の理解をひろげ、国民のより積極的な司法参加の実現をはかることを目的として活発な活動を開始している。


さらに本年2月の三者協議会でその要綱を確定した法曹養成制度等改革協議会は、司法試験制度と法曹養成制度の国民的見地に立った抜本的改革及びこれに関連する事項(国民の立場からみた法律専門職のあり方、司法試験制度・法曹養成制度と大学法学教育の関係、法曹人口を含めて法曹三者のバランスよい後継者確保のための方策、現行制度を含む司法試験制度の運用のあり方及び改善など)等について協議を開始する予定になっているが、これについても日弁連は積極的に取り組むための準備を進めている。


6.これらの動きは、すべて司法改革に繋がるものであり、われわれは、司法改革に向けての前進を開始しつつあるといえよう。


すでに司法改革の基本理念については、前述のとおり昨年の司法改革宣言において宣言したところであるが、今回これをあらためて確認するとともに、これを上記のような会内の具体的な取り組みや論議の成果をふまえ、司法改革を推進する組織の設置を含め、さらに一歩進めた内容とし、全国の弁護士と弁護士会が総力をあげ、国民とともにこれを実現していく決意であることを内外に宣言することにより、より着実にこれを実行していくため本宣言を提案する。