第40回定期総会・拘禁二法案に反対する宣言

(宣言)

憲法の理念を受け、わが国の刑事司法が改革されてすでに40年が経過した。


しかしながら、その現状をみるとき、代用監獄を利用した無制約かつ長時間の取調べをはじめ、弁護人の接見交通や証拠の採否について、刑事訴訟法の原則と例外を逆転させた運用が常態化している。これらの刑事司法の歪みは、虚偽の自白による重大な誤判を生み出すなど、もはや看過できないものとなっている。しかも、代用監獄を恒久化し、弁護人の接見交通に新たな制約を課す拘禁二法案が国会に上程されている。


かかる状態は、わが国が批准した国際人権規約、並びに昨年12月、国連総会で採択された「あらゆる形態の抑留・拘禁下にある人々を保護するための原則」の諸規定とも、明らかに矛盾するものである。


ときあたかも、当連合会が発足して40周年を迎えるにあたり、われわれは、更めて人権保障に徹した刑事手続法の改正と運用の改善に向けて努めるとともに、目下の拘禁二法案については全面的出直しを求めるものである。そして、われわれは今後とも一層、真に国民のための司法の実現を期し、全力を尽くすことをここに誓う。


右宣言する。


1989年(平成元年)5月27日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1.わが国の刑事司法は、昭和24年1月、新刑事訴訟法の施行により、新たな一歩を記した。憲法が比類ないほど刑事手続に関する詳細な規定をおいたのも、戦前の官憲による人権蹂躙と職権的手続の弊を深刻に反省した結果である。


この憲法のデュープロセスと司法の民主化の理念を受け、より具体的に、黙秘権、令状主義、当事者主義、弁護権の拡大、勾留理由開示、準起訴手続、伝聞禁止の証拠法則などが刑事手続に導入された。


この新たな刑事司法を支える組織として、裁判所、検察庁、警察が前後して改革のうえ再生した。司法の一翼を担う者としての弁護士を統合する日本弁護士連合会も、弁護士法の施行とともに発足した。


本年は、刑事司法の核となる刑事訴訟法と人権擁護の使命をうたう弁護士法が、施行されてからともに40年の記念すべき年にあたる。


2.しかし、この40年を経た現在、われわれは、緊急に改革すべき数々の問題に直面している、といわざるを得ない。


さる1月31日、再審中の死刑囚赤堀政夫氏が無罪判決を得て、35年ぶりに自由の身となった。無辜の市民が、4人までも死刑の確定判決を受け、無実を晴らすのに、再審で30年余を要する事態を重ねている。のみならず、今日もくり返し誤判が生み出され、捜査官憲の人権侵害と不祥事が絶えない。これらは捜査過程における自白の強要とその場所を提供した代用監獄の弊害がとりわけ顕著な原因であり、自白偏重の裁判がそれを助長してきたといえる。


3.いま手続の流れに沿って、刑事手続の現実を概観しよう。


第1に、身柄拘束と取調べである。本来任意捜査が原則であり、捜査の到達点として身柄の拘束があり、その目的も、逃走防止と罪証湮滅防止につきるはずである。だが実態は、自白獲得のための拘束であり、そのためには別件逮捕、勾留も辞さず、自白を強要する取調べの前には黙秘権はないにひとしく、取調べを拒否する自由もない。取調方法と時間を具体的に規制する法規も救済手段もないこととあいまって、連日連夜の長時間にわたる取調べもまれではない。拷問やそれに類する強制的取調べの訴えもまれではない。起訴前に保釈も国選弁護制度もない現実も、捜査側の専断を許す結果となっている。


第2に、弁護活動である。捜査段階の弁護人の活動は、接見がほとんどすべてといってよい。刑訴法39条3項も、検察官による接見指定を1項の接見自由の原則に対する例外と位置付け、かつ防御権を不当に侵害してはならないと戒めている。それなのに、否認事案や重要事案では、ほぼ例外なく、接見指定を原則とし、しかも時間は1回15分、回数は全勾留期間を通じてせいぜい数回どまりというのが弁護人接見の実態である。


接見室の構造も、直接被疑者と文書の授受ができないように金網かボードが遮っている。弁護人が被疑者と握手し、取調べに弁護人が立会うことや、録音テープを回すことなど、先進諸国で実施ずみのことである。これらが夢と映るのがわが国の捜査と拘禁の実態である。弁護人接見のこの実態を是正すべく、全国で多くの接見妨害事案について、国家賠償の裁判も提起されている。


第3に、公判手続である。


当事者主義、起訴状一本主義は、被告人の人権保障に奉仕するものである。


しかるに、それ自体が自己目的化し、検察官手持証拠の開示を求める被告・弁護人の声を斥ける論拠に転化している。開示された証拠が誤判を正すうえで重要な役割りを果たしたケースは多い。徳島事件、松山事件、財田川事件など、再審事件で顕著であり、このことは、1、2審係属中に開示されていたならば、無実の被告人が早期に救済されていたことを確信させる。


日弁連は、昨年3月、証拠開示の法制化を促す意見書を公にした。裁判所の訴訟指揮権に解決を求めた最高裁判決(昭和44年4月25日)では不十分であり、立法的解決が急がれるのである。


さらに、伝聞法則の形骸化も甚だしい。反対尋問にさらされない密室の調書がまかり通る現状は、わが国の刑事司法を歪めている元凶の主要な一つである。自白調書、参考人調書ともども、任意性もしくは信用性の状況的保障が要件とされており、これを厳格に審査する限り、たやすく採用できないはずである。


刑訴法321条、322条のルーズな運用は、自白の信用性を否定しても、その任意性を否定する判断には容易に進まない裁判所の姿勢にも反映している。


共犯者の虚偽の自白による有罪認定の危険に対しても、手立てが必要である。そして、誤判を予防し、国民の司法参加を実現する有力な方策として、停止中の陪審の再開を真剣に検討すべきである。


第4に、代用監獄である。


捜査側が同時に身柄を拘束することに、問題の根幹がある。


警察と検察は、その便宜の故に、この制度に固執し、80年前、監獄法を制定したときに政府が約束した将来的廃止を今日まで無視してきたのである。財政上の理由により、代用監獄廃止に見合う拘置所の増設が困難だという主張は、本質的なものではない。


死刑再審で無罪判決が続出する事態を踏まえ、最高検察庁自ら、最近、代用監獄の弊害を認め、身柄を早期に拘置所に移すこと、弁護人との接見を制限した状態下の自白には問題があること、をそれぞれ指摘する報告書をまとめたことが報じられている。


警察庁は、昭和55年4月以降、留置業務を捜査部門から分離したので、弊害は除去されたという。しかし、その後も、代用監獄での偽りの自白を原因とする冤罪は跡を絶たない。そればかりか、覚醒剤事件捜査のために、無免許運転の女性被収容者を全裸で身体検査し、強制的に採尿までさせた長野南警察署の事件、現行犯逮捕された交通事故加害者が適切な医療を受けないで留置され、その晩のうちに腸間膜裂傷で失血死した八王子警察署の事件、女性被収容者が夜間当直看守に強姦された静岡県三島警察署事件などが最近発生している。これでもまだ、政府当局は、留置場を監獄に代用する制度の存続を主張するのであろうか。


以上のような刑事手続の全体を通じた歪みは、運用の改善を求めるだけでは到底解消し得ないところにきている。今日、刑事訴訟法の改正に踏み込んで、人権保障に徹した刑事手続の抜本的改革を論じざるを得ない所以である。


4.このような改革に逆行する立法がある。一昨年4月国会に再提出され継続審議中の拘禁二法案である。


警察留置場を拘置所と並ぶ拘禁施設に格上げし、人的・財政的裏付けを与えて恒久的・安定的拘禁制度に再編しようというのが、拘禁二法案の本質である。


弁護人との接見も、指定制度による妨害的運用ともいうべき現状に加えて、執務時間など、施設の管理運営上の理由による新たな制約が明文化される。


死刑再審4事件の重みや弁護人接見をめぐって続発するトラブルは全く考慮されていないといえる。


5.日本の刑事司法とくに代用監獄に対する批判は、国内の学者・有識者はもとより国際的にも高まってきている。国連人権委員会等の場だけでなく、各国のマスコミを通じた国際世論が、前近代的「ダイヨウカンゴク」を告発している。


日本の拘禁制度が国際的法規範や人権基準に照らして遅れていることが指摘されて久しい。


昨年12月、国連総会は、法制度改革の指針として提案された「あらゆる形態の抑留・拘禁下にある人々を保護するための原則」を全会一致で採択した。この原則は、捜査機関に対する司法のコントロール、自白を強制するための拘禁状態の不当な利用の禁止、弁護人の接見交通権の完全な保障、起訴の前後を問わない国選弁護人や保釈の制度的保障などを、今日の国際水準として掲げている。


そこに規定されている諸原則は、代用監獄制度を含むわが国の刑事司法の在り方に根本的改革を迫るものである。


しかも、この原則は、先に日本が批准した国際人権規約(B規約)を敷衍し、具体化するものであり、わが国の刑事手続が規約に違反する場面も出てくることになる。


「国際化」は、今次監獄法改正の目標の一つであり、この新たな原則に基づく根本的な見直しなしに立法作業を進めることは、国際的責務に背くものである。


6.われわれは、当連合会の創立40周年を迎え、司法を真に国民の信頼に応えるものとするため、刑事手続法の改正と日常的運用の改善を求める。そして、拘禁二法案については根本的見直しを求めるが、それは一旦廃案とする全面的出直し以外にない。


これらの課題を遂行するにあたり、われわれは、これまでの至らざるところを厳しく自省し、徹底的な弁護活動に取組むほか、刑事司法制度の改革について提言をまとめ、積極的に当局側に働きかけていく所存である。


そのことが、国民の負託に応え、われわれの使命を達成する方途だと考える。


よって、ここに本宣言案を提案する次第である。