第35回定期総会・決議 少年法の正しい運用を求めるとともに、少年法「改正」に反対する決議

(決議)

最近の少年非行は、すべての国民に深刻な問題を投げかけている。その解決には、社会の教育力の充実と、少年法の適切な運用が必要である。しかるに、近時、家庭裁判所の少年事件の取扱いは、少年法本来のあり方に反して、形式的な処理に傾き、処罰的色彩を強めている。また、警察は、取締りの強化へと傾斜し、違法取調べなど少年の人権侵害をしばしば引き起している。


このままでは、少年の健全な育成を目的とする少年法は、処罰と取締りの法へと変質してその本来の目的から遠ざかり、非行問題の解決はさらに困難になるおそれが大きい。


また、法制審議会の答申に基づいて少年法を「改正」することは、この変質を立法的にも押し進めるものである。


われわれは、すべての少年のすこやかな成長を願う立場から、このような運用の現状と少年法「改正」を容認することができない。日本弁護士連合会は、答申に対する意見書に基づき、関係当局に少年法の正しい運用を求めるとともに、少年法「改正」を許さず、今後も少年の人権を全うするために力を尽くしていくものである。


右宣言する。


1984年(昭和59年)5月25日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1.少年をとりまく社会環境が悪化する中で、非行の件数が年々増加し、その態様も多様化しつつあり、今日の少年非行は一層深刻の度を加えてきている。こうした非行に象徴される今日の少年問題は、国民すべてが力を合わせて解決すべき重要な課題である。この課題は、本来、家庭の健全化、学校教育の充実、地域的連帯の回復など社会の教育力を強めることなどによって、はじめて解決されるものであり、必要に応じて少年の健全育成を目的とする少年法の適切な運用によって補われるべきものである。


2.ところが、最近の家庭裁判所における少年保護事件の取扱いをみると、少年法本来のあり方とは逆に、簡易迅速な形だけの処理に傾き、全体として、刑事裁判的色彩を強めている。すなわち、少年保護事件の受理件数が増えているにもかかわらず、裁判官や調査官の増員を行わず、要保護性をみきわめることなく、事案の大小のみによって機械的に事件を分類し、必要な調査を省くことなどによって予め定められた事件数を処理しようとする体制が作られてきている。裁判官に対する官僚的統制が強まるなかでは、ともすれば裁判官が少年事件に取り組む情熱を失いがちになり、刑事裁判的な意識と姿勢が、少年保護事件の扱い方の中に浸透しつつある。また、調査官についても、官僚的階層化が進み、上司の指導監督が個々の具体的調査にも及びはじめており、過重な事務負担を、なるべく手間をかけずに効率的に事件を処理することによって解消しようとする傾向を強めている。こういう態勢のもとで、従来ケースワーク的な役割を果してきた試験観察も減少の途をたどっている。こうして、少年の閉ざされた心を開き、その成長の芽をみつけて引き出してやるという本来の働きを今日の家庭裁判所に期待することは、ますます難しくなってきている。家庭裁判所が、少年の教育や成長という教育・福祉的機能を弱めて、単に非行事実を認定し、その罪質と犯罪の大小にとらわれた処分をする機関に変質することは、少年法を実質的に改悪するものであり、家庭裁判所の自己否定につながるものといわなければならない。


3.他方、警察は、その大きな組織力を背景に、非行の捜査、防犯活動、補導等を通して家庭・学校・地域社会に影響力を増大させ、実質的な指導性を強めようとしている。こうした中で、違法取調べ、誤認逮捕など警察官による少年の人権侵害がしばしば引き起されている。われわれは、少年警察の果すべき役割に対しては正当な評価を惜しまないものであるが、少年問題は何よりもまず、教育と福祉の問題であり、そのために捜査の対象となった少年事件はすべて家庭裁判所に送致させ、捜査機関による処分を一切認めていない少年法の原則に照し、警察の権限拡張に警戒と危惧の念を禁じ得ないものである。少年の人権侵害が許されてはならないことはいうまでもない。


4.こうした少年法の運用は、いずれも、少年の健全な育成を目的とする少年法の目的に逆行するものである。こうした傾向がさらに進むならば、少年法は、非行に陥った少年を健全に成長発達させるための法から、一般予防を目的とした処罰と取締りの法へと変質するばかりか、今日切実に求められている非行問題の解決をさらに困難にするおそれが大きい。


5.われわれは、答申に関する意見書で明らかにしたとおり、すべての少年のすこやかな成長を願う立場から、少年法制の発展に逆行する少年法「改正」に反対してきた。昭和52年の法制審議会の答申に基づいて少年法を「改正」することは、右に述べた少年法の変質を立法的に押し進めるものである。ところが、法務省は、弁護士会、マスコミをはじめ国民の批判や反対にもかかわらず、依然、少年法「改正」の意図をすてていないようであり、昨年9月の「みどりちゃん事件」についての最高裁判所決定に関連して書かれた検察官の論文や、日独シンポジウムでの法務省参事官の報告の中でも、少年法「改正」の必要性が主張されているのである。


6.以上のような、少年非行、少年法の運用、少年法「改正」の動きをめぐる現在の情勢に鑑み、ここに本決議を提案する次第である。