第28回定期総会・憲法の定着と発展に関する宣言(憲法施行30周年記念全国弁護士会大会)

(宣言)

日本国憲法が施行されて満30年の時が経過した。この憲法は、恒久平和を念願して戦争放棄と戦力不保持を規定し、国民主権を基盤とする統治機構を定め、基本的人権を侵すことのできない人類普遍の永久の原理と把え、これが保障に関する幾多の条項を設けた。この崇高な基本理念は、人類の多年にわたる犠牲的努力の成果であり、過去の専制と隷従、圧迫と偏狭から現在及び将来の国民を解放し、恒久平和と民主主義の実現を希求したものである。


この憲法体制は、国民の強い共感と支持によって、30年の経過と共に定着したかにみえる。しかし、憲法理念の完全実現には、なお幾多の困難な道程をのり越えていかなければならない。日本の長い歴史をかえりみるとき、わが民族は、平和と民主主義の理念の実現を一度も経験したことがなく、その発想さえ拒否され続けてきた史実の力により、憲法の基本原理が、幾度か試練の場に立たされたこと及び将来も立たされるであろうことを厳粛に想起しなければならない。


われわれは、憲法施行満30年の時に当り、人権擁護と社会正義実現をめざす弁護士の使命が、この憲法とともにのみ達成されることに思いをいたし、そのゆるぎなき定着と発展に向って、われわれの総力を結集することを誓う。


右決議する。


1977年(昭和52年)5月30日
第28回定期総会 於東京


理由

日本国憲法が施行されてここに30年を経過した。現行憲法は明治憲法の統治権源流を変え、民主的諸原理を採用して基本的人権の保障をめざした。


悲惨な戦争による荒廃の中で、国民は、新鮮な感動と平和への願望をこめて現憲法を選択し、民族の将来をこの憲法体制に託しその定着と発展に努めてきた。


成立の由来と内容において、日本国憲法に酷似したドイツのワイマール憲法が十数年にしてもろくも崩壊し、独裁国家へと変貌したことに対比し、わが国民の英知と努力は高く評価される。しかし、わが国の長い歴史を冷静に回顧するとき、日本国憲法が平穏理に誕生したことは、敗戦の結果とはいえ、奇蹟というほかなく、それだけに、その定着のためには歴史の重力を絶ち切る不断の努力が要請される。とりわけ、天皇大権が憲法によっても全面的に規制されず、終局的統治権がそこにゆだねられていた明治憲法に郷愁を覚え、それとは根源的に異質な日本国憲法に未だなじめない国民階層もあること、30年の歩みの中で生起した事件には、憲法理念への挑戦と目すべきものもあることを思えば、未だ十分に国民に定着したとはいい切れない。


人権を擁護し、社会正義の実現をめざす弁護士の使命達成は、民主的原理を尊重する憲法秩序のもとにおいてのみ可能である。弁護士の社会的地位も評価も民主主義の興隆衰退とその消長をともにしてきた各国の歴史的事実がこれを実証して余りあるものというべきである。多年、われわれ弁護士の熱望してやまなかった弁護士自治の原則も法曹養成の統一化も、現行憲法秩序の所産であることを忘れてはならない。


しかしながら、平和、人権、福祉等の憲法理念は、それをとりまく諸条件に楽観を許されないものがあり、完全実現には、幾多の試練をへなければならない。憲法施行30周年を迎えたこのとき、われわれは、憲法の原点に立ちかえって憲法の理念を再確認し、国民とともに、崇高な憲法理念のゆるぎない定着と発展に向け、決意を新たにして取り組まなければならない。現在の国民はもちろん、子々孫々の国民に人権を保障し、専制と隷従の圧政を許さないことがわれわれの責務であることの自覚を固め、憲法施行30周年を祝福したい。